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王女のその後◆

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「リシェルが、死んだかもしれない……」

 婚姻式を終え、ティオらの助言に従って休暇を過ごしていた俺の元に届いたのは王家からの呼び出し状。王太子の名で届けられたそれは休暇明けに登城するよう要請するものだった。案内された王太子の私室のいつものソファに座ると、開口一番にそう告げられた。

「どういうことだ?」

 あの女は王領の屋敷に幽閉されていたはずだ。毒杯を賜る予定だったが王太后が先に死んだため、王族が立て続けに亡くなると余計な疑念を生むかもしれないと延期になっていたが……かもしれない? 厳しい監視下に置かれていたのにどうしてそうなる?

「火事だよ。屋敷はほぼ全焼。それで近くの屋敷に移動したんだけど、その最中に賊に襲われたんだ」
「賊に?」
「うん。盗賊だろうって報告書に書いてあった。警護は付いていたんだけど……」

 王女の監視を任されていた管理者の報告はこうだった。王女が幽閉されている屋敷の厨房で火が上がり、風が強かったのもあり屋敷は焼け落ちたという。そこで近くの今は空き家になっている屋敷に避難することになったが移動の途中で襲われた。破落戸と思われる男たちが王女の馬車を奪おうとしたため、御者を務めていた騎士がそれを察して振り切るように馬車を急がせた。だが制御を失って川に落ちたという。

「前日から雨が降っていて道がぬかるんでいた上に川が増水していたらしいんだ。馬車にはリシェルと御者を務めた騎士が二人、女騎士と侍女が一人ずつ乗っていたそうだ。騎士二人は自力で岸に泳ぎ着いたけれど、後は……」
「見つからないのか?」
「……騎士らしい女は少し下ったところで遺体になって見つかったそうだ。でも……」

 俯いて紫の瞳を伏せた。悲しみを感じているのだろう。実の妹相手ならそう感じるものか。増水した川に、しかも馬車ごと落ちたら普通の女は助からないだろうな。服が重くて泳ぐこともままならない。そもそも貴族が泳ぐことなど滅多にないのだから。

「それはいつの話だ?」
「火事があったのは八日前、君の婚姻式の二日前だ。知らせが届いたのは婚姻式があった晩だよ」

 王女が幽閉されている屋敷は王都から馬車で三日、早馬でも二日はかかるだろう。新しい情報でも二、三日前のものか。

「なぜすぐに知らせなかった?」
「何言ってんの? 初夜だろ? そんな晴れの日にこんな話持っていけないよ!」

 そこまで気にすることはないだろう。せめて事情を書いた手紙を……いや、こんなことを手紙にしては送れないか。落とした時大問題になる。

「知らせればよかった。その日は賊が忍び込んで初夜は延期になっていた」
「はぁっ!? 賊!? しかも延期!?」
「俺を狙った暗殺者が入り込んだ。しかも夫婦に寝室にだ。とてもそんなことをしていられる状態ではなかった」

 忍び込んできた男は闇ギルドに出されていた俺の暗殺依頼を受けていた。あの後地下牢で尋問したところ、俺を殺した報奨金で病にかかった仲間の薬を買いたかったと告白した。平民には命を懸けても手に入れるのが難しい薬でも俺にとっては造作もないものだ。裏社会の住人らしく失敗したら死と理解していたせいか話は早く懐柔は簡単だった。薬を条件に依頼人を突き止めるように命じた。

「それって……無事、だったんだよね?」
「ああ、侍女が一人軽い怪我をしただけだ」
「イルーゼちゃんは……」
「無事だ」
「そっか。よかった……」

 あからさまにホッとした表情を浮かべたが心配し過ぎではないか? 確かに侵入を許したのは失態だったがイルーゼの周りは侍女や護衛騎士がいたし、ヴィムがあの男を見張っていた。動きが遅れたのは夫婦の部屋の屋根裏には忍び込めないようになっていたからだ。

「君の方が強かった?」
「そうだな。気配の消し方も毒の使い方も知らなかった」
「そっか……」

 手練れほど俺の屋敷に侵入しようと思わないだろう。俺もヴィムも裏社会では有名だし、これまでに何人消したかわからないほど返り討ちにしている。そんな依頼を受ける馬鹿はいない。

 依頼を受けるのは切羽詰まって後がない者たち。だが闇ギルドの依頼は失敗しても報酬が手に入らないだけでペナルティがないから条件を出せば大概飛びつく。一方で直接依頼を受けた場合失敗すれば自分が殺されるし、依頼する側も裏切らないように家族や仲間を人質に取るから必死になる。そういう相手では防ぐのは中々に難しい。

「俺の婚姻式の直前に事を起こしているのが気になるな」
「暗殺者が入り込んだのと関係しているって?」
「王女の件も暗殺者の件も、俺の婚姻式の邪魔をしているのは同じだな」
「そりゃ、まぁ、確かに……」

 だからといって関係しているかはわからない。犯人が同じ人物であってほしいと思わなくもないが、下手な先入観は大事な何かを見落とすきっかけになる。闇ギルドはあの男に探らせているから問題は王女だ。

「火事は本当に失火だったのか? 屋敷の移動を言い出したのは誰だ? 何故あの屋敷に決めた? 馬車の移動を指揮したのは誰だ?」
「おいおい、一度に言われても困るよ。そこは今こっちが送った騎士が調査しているよ」
「半月以内に結果をまとめて俺に寄こせ」
「半月ぃ!?」
「それでも遅いくらいだ」
「……わかったよ」

 こっちからも人を送るか。王家の調査は悪くはないが調査する騎士によっては甘いものになって信用出来ない。扉を叩く音がして侍従が入ってきた。

「殿下、準備が整いました」
「そっか、ありがと」
「何だ?」
「ああ、昼食を一緒にと思ってね。たまにはいいだろう?」

 珍しいこともあるがこいつがそう言い出す時は何かある時だ。仕方がない、付き合うか。

 王太子と共に侍従の後をついていくと、そこは王たちが私的に使う部屋だった。二人だけではなかったのか? 嫌な予感がするがここで帰るわけにもいかない。諦めて後に続くと、室内には王と王妃、ブレッケルが既に座っていた。王太子妃は不在か。

「君の婚姻を祝いたくてね。まぁ、リシェルのこともあるからあれなんだけど……」

 小声でそう囁かれた。昼食を共になど珍しいことを言い出したなと思ったがそういうことか。私的なものらしく、王と王妃が正面に座り、俺の右には王太子が、左にはブレッケルが座った。

「両陛下及びブレッケル公爵閣下、御尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じます」

 一礼してから席に着いた。私的なものとはいえ相手は王族、面倒だが線引きは必要だろう。

「侯爵、そんなにかしこまらずに。今日は私的なものだからな」
「ありがとう存じます」

 王が鷹揚に答えた。私的なものとはいえ護衛も給仕する侍従もいる。王太子のように接するわけにもいかない。

「相変わらず他人行儀だな」
「臣として弁えているだけです」

 慣れ合ってはいけない。それが王家と五侯爵家の約束だ。

「そうだったな。それよりも婚姻おめでとう。新婚生活はどうだ?」
「とても美しい花嫁だったそうね。素敵な式だったと伺っているわ」
「ありがとう存じます。お陰様で滞りなく」
「そうか。我が国の貴族を取りまとめる筆頭侯爵家当主の婚姻だ。実にめでたい。次の王家の夜会では皆の前で祝福せねばな」
「ふふ、そうですわね」

 王も王妃も機嫌がいいな。そんなに嬉しいのか? 王女が死んだかもしれないのに。

「夫人になったのはガウス家の令嬢だったな」
「はい」
「確か……卒業式の夜会で、一人で登場された方よね」
「そうですよ母上」
「一人で登場する方が少なかったから覚えているわ。凛とした感じだったわね」
「ああ、わしも覚えている。中々に美人だったな。今風ではないが大人っぽくて印象に残った。侯爵とは似合いだと思う」

 何を考えているかは知らないが、貶す意図がないのなら良しとするべきか。

「そう言っていただけると妻も喜ぶでしょう」
「ほぉ、侯爵がそんな風に言うとはな」
「だから言っているでしょう、父上。何も問題はないと」

 王太子が取り成すように言ったがどういう意味だ? 何も問題はない。今更俺のことで王家に口を出される謂れはない。



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