上 下
82 / 278

協力者と元婚約者の婚約

しおりを挟む
 それから二日後、アルビーナ様とハリマン様の婚約が発表された。姉との婚約は姉が王都を去った直後に白紙になっていて、それからはありびーな様との話が内々に進んでいた。ただハリマン様が難色を示していると聞いていたからもう少しかかるかと思っていたわ。

 でもハリマン様ももう直ぐ二十一歳を迎える。既に二度の婚約解消をしているから、シリングス公爵は早々に話をまとめたかったらしい。

 それにミュンター侯爵家との関係は資産のない公爵家には魅力的だったはず。我が家も資産はそこそこあるけれどミュンター侯爵家には及ばないもの。色々とよろしくない噂はあるけれど証拠はないし、噂されていた前当主は既に領地で隠居しているから問題なしと判断されたのでしょうね。

 お祝いを送ったところアルビーナ様から礼状が届いて会いたいと書かれてあった。王都のカフェで会おうと提案したらゾルガー邸に伺うとの返事が来たわ。政敵の家に来て大丈夫なのかと思ったけど、ミュンター家は今それどころじゃないから大丈夫との返事だったので招待した。



 アルビーナ様とお会いしたのは五日後だった。ずっとお会いしたいと思っていたけれど、私もバタバタして余裕がなくて連絡出来なかったのよね。まだクラウス様やカリーナの行方も知れないし安心には程遠いけれど、アルビーナ様の婚約が成ったのはよかったわ。

「それでハリマン様との関係はいかがですの?」
「…まぁまぁですわ」
「まぁ、それはそれは……」

 勿体ぶった言い方に照れが感じられて思わず吹き出しそうになってしまった。今日のアルビーナ様の装いはレースなどが殆どないシンプルなデザインで、豊かな胸が目を惹くわ。化粧も前よりも控えめで目元のきつさが出ているけれど無理やりたれ目にしようとしていた厚化粧よりはずっと好感が持てる。前よりも大人っぽくなって彼女によく似合っている。最初からこうしておけばよかったのに。

「それにしても、よくミュンター侯爵様がお許しになりましたわね」
「父は今私どころではありませんもの」
「ああ、ロミルダ様の件ですわね」

 ロミルダ様はアルビーナ様の妹で父親から溺愛されている。お会いしたことは数えるほどだけど彼女こそ姉たちが目指した可憐で儚げな美少女そのもの。ただ性格はかなり苛烈でこのアルビーナ様ですら家では彼女の下に置かれているらしい。ちょっと気になるわ、このアルビーナ様が煮え湯を飲まされていたのだから。

 そのロミルダ様は陛下の一番下の息子で公爵位を得て臣籍降下したブレッケル公爵の婚約者だったのだけど、先日とある伯爵家の夜会でそのブレッケル様から婚約の解消を求められたという。なんでも会場で伯爵家の令嬢に言い掛かりをつけて取り巻きと共に貶めていたところを当のブレッケル様に見られてしまったのだとか。前々から彼女のそのような一面に気付いていたブレッケル様はロミルダ様の不適切行為を記録していて、証人も集めていた。これ以上の婚約継続は無理だと宣言し、翌日には陛下に婚約破棄を奏上したという。

「父は妹の本性を知らないからまだ誤解だと言っているけれど、あの一件でブレッケル様が被害にあった者は名乗り出て欲しいと仰ったそうよ。それで余罪が次々と……」
「それはまた……ブレッケル様もやり手ですわね」

 行動力が凄いわ。ブレッケル様は見目もよくてロミルダ様が執心だったと聞くわ。十五歳ではあの性格はもう治らないかもしれないわね。それでも五侯爵家の娘となれば繋がりを求めて妻にと望む人もいそうだけど。

「前々から妹が婚約破棄されるかもしれないという噂は流れていたもの。父がハリマン様との婚約を急いだのもそのせいね」
「破棄されてしまうとアルビーナ様の話まで流れてしまうかもしれませんものね」

 貴族は体裁を重視するからそうなるでしょうね。我が家のように醜聞続きの家は滅多にないもの。だからヴォルフ様に直談判したのだけど。

「それでハリマン様は?」
「まだ納得出来ないようですけれど……」
「絆されつつあると?」
「ええ。あの方、本当に胸がお好きなのね。私が隠すのをやめたら態度が軟化したわ。信じられない……」

 そう言いながらもまんざらでもない様子だった。今まで逆の噂を信じていたのは時間の無駄だったわね。あの噂を流したのは姉でしょうけれど。

「それならこれからですわね」
「そうなるといいけれど……でもハリマン様はあれでいいのですわ。反抗的なところもお可愛らしいですから」
「可愛い……」
「見た目だけなら一級品ですもの。ふふ、私はそれを一番近くで愛でられればいいのよ」
「そうですか」

 彼女の想いは男性への愛情というよりもお気に入りの人形に向けたそれみたいわだ。でもそれで彼女が幸せならいいわよね、他人がとやかく言うことではないもの。ミュンターと繋がればシリングス公爵家もハリマン様の代で潰れることはなさそうだし。

「ああ、一つ忠告よ」
「忠告?」
「あなたの家のワイン、最近流通を変えていない?」
「流通を?」

 急にワインの話が出て来て驚いたわ。そんなことよくご存じだったわね。

「最近中々手に入らなくなっているし、手に入れようとすると法外な値を吹っ掛けられるそうよ。父が嘆いていたわ」
「ええっ?!」
「やっぱり知らなかったのね」
「え、ええ……父は家業に口を挟むなと言う人ですから」
「確かにそんな感じよね。まぁ、うちもだけど」

 大抵の家はそうでしょうね。女性の社会進出が著しい隣国アーレントと違って我が国では未だに女が領地や家業について口出しするのははしたないと考えるのが一般的だもの。

「変な商会に騙されているんじゃないの? ガウス伯爵に聞いても無駄でしょうから侯爵様に相談してみるといいかもね」
「そうですね。ありがとうございます」

 まさか忠告してくれるとは思わなかったけれど、後でヴォルフ様に聞いてみなきゃね。ワインに関してはゾルガー家とも共同事業をしているもの。父や兄で対処出来るならいいけれど、そうでなければヴォルフ様の手を煩わせることになる。だったら早めに報告しておいた方がいいわね。



 アルビーナ様が帰った後でティオにアルビーナ様に言われたことを話したところ、ヴォルフ様は既にご存じだった。情報が早くて薄ら寒いわ。どれだけの情報網をお持ちなのかしら。もしかしたら王家の内情だって把握していそうね。執務室に向かうとヴォルフ様はちょうど外出から戻られたところだった。いつもの簡素な騎士服も似合うけれど改まった格好も絵になるわ。簡単にアルビーナ様との会話を報告した。

「準備はしてある。心配するな」
「……ありがとうございます」

 私の出る幕なんかなかったわ。こう言っては何だけど、私ってヴォルフ様に必要ないわよね。時々どうしてここにいるのかと思ってしまうわ。まぁ、子どもを産むのが私の役目だからそれ以外のことは期待されていないのでしょうけど。婚約者になってからは夫人教育の一環として子どもが孕みやすくなるようにと体調管理や生活の注意点なども習っているけれど、そう言えば閨教育はどうするのかしら? 普通は母親がやるものなのよね。でも母は領地だしいつ戻って来るかもわからない。これってどうすればいいのかしら? 父には相談したくないし、困ったわね……

「どうした?」
「え? あ、何でもありませんわ」

 考えていた内容が内容だったから焦ってしまったわ。嫌だ、顔が赤くなっていなければいいのだけど……




しおりを挟む
感想 1,134

あなたにおすすめの小説

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた

迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」  待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。 「え……あの、どうし……て?」  あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。  彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。 ーーーーーーーーーーーーー  侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。  吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。  自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。  だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。  婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。 ※基本的にゆるふわ設定です。 ※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます ※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。 ※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。

(完結)嘘をありがとう

七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」 おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。 「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」 妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。 「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

恋という名の呪いのように

豆狸
恋愛
アンジェラは婚約者のオズワルドに放置されていた。 彼は留学してきた隣国の王女カテーナの初恋相手なのだという。 カテーナには縁談がある。だから、いつかオズワルドは自分のもとへ帰って来てくれるのだと信じて、待っていたアンジェラだったが──

そちらがその気なら、こちらもそれなりに。

直野 紀伊路
恋愛
公爵令嬢アレクシアの婚約者・第一王子のヘイリーは、ある日、「子爵令嬢との真実の愛を見つけた!」としてアレクシアに婚約破棄を突き付ける。 それだけならまだ良かったのだが、よりにもよって二人はアレクシアに冤罪をふっかけてきた。 真摯に謝罪するなら潔く身を引こうと思っていたアレクシアだったが、「自分達の愛の為に人を貶めることを厭わないような人達に、遠慮することはないよね♪」と二人を返り討ちにすることにした。 ※小説家になろう様で掲載していたお話のリメイクになります。 リメイクですが土台だけ残したフルリメイクなので、もはや別のお話になっております。 ※カクヨム様、エブリスタ様でも掲載中。 …ºo。✵…𖧷''☛Thank you ☚″𖧷…✵。oº… ☻2021.04.23 183,747pt/24h☻ ★HOTランキング2位 ★人気ランキング7位 たくさんの方にお読みいただけてほんと嬉しいです(*^^*) ありがとうございます!

処理中です...