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王女と王太后

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 王女が面倒事を起こした。よりにもよってランベルツの夜会で毒虫を使ってイルーゼを襲おうとしたのだ。幸いイルーゼに被害はなかったがあれだけの数、マルガを連れて来たとはいえ刺されていたら命が危うかっただろう。仮に一命を取り留めても障害が残るのは否めない。嫌がらせの範疇を越えている。

「何としてでも犯人を突き詰めろ」

 屋敷に戻って最初にしたのは部下への指示だった。ここでイルーゼに何かあればゾルガーの名に傷がつく。気に入っていると散々アピールしている彼女が傷つけられるなどあってはならない。使える手は全て使い些細な情報も集めるように命じた。関係ないと思われるものも突き詰めると繋がっていることもあるのだ。

 翌日王太子からの呼び出しがあったが忙しいと断った。こちらもやるべきことがあるし、何の情報もない今会って話したところで意味はない。会うのは証言や証拠を集めてからでも遅くはないだろう。



 四日目の晩、我が家の影をまとめるヴィムが顔を出した。穏やかな顔立ちと表情はとてもそんな風には見えない。こんな男が表情を変えずに人を殺すなど想像出来る者は少ないだろう。そんな彼にも目の下に疲れが現れていた。相手が王族では調べるのも簡単ではないか。

「犯人がわかったか?」

 問いかけても茶の頭は下がったままだった。さすがにこの短期間でそこまで求めるのは酷か。

「王女は謹慎中だったのだろう?」
「はい。王女には陛下が送った監視が付いていました。外に出られたのは王太后の手引きがあったからです。背格好が似た侍女と衣装を交換して外に出て、途中でフェルマー伯爵家に寄りドレスに着替えていました」
「王太后か……」

 ため息しか出ない。その甘やかしが孫の破滅を招いていると理解出来ないのか。結果、上は毒杯で下もその瀬戸際だ。

「既に正気を失っているようです」
「……そうか」

 数年前からおかしな言動が増えてきたが最近顕著になっていると聞く。物忘れから始まったが、今では王妃の顔すら覚えていないという。まだアンジェリカが生きていると思い込み、今は妹を姉だと思い込んでいるとか。
 王女もそんな王太后に姉のふりをして甘えているという。思考を止めた王太后は孫に懇願されるまま手を貸したのだろう。クラウスの件も関わっていた形跡があったが聞き取りをしても会話が通じないと王太子が嘆いていた。今回も話を聞くのは難しいだろう。だったらもう幕を下してもいい。

「毒虫の入手先は? 誰がすり替えたかわかったか?」
「申し訳ございません。まだ特定には……」

 王宮の使用人の中には我が家の者が紛れ込んでいるが、向こうの影もいるだけに王宮の奥では動き回るのも難しい。王家の影が何か掴んでいればいいが。

「あの小箱に触れることが出来た者はそれなりにいたようです。王女の元に落とし物として届いてから一月以上王女は気にも留めていなかったと。ですが毒虫は生き物。箱の中で生きられるのは三日が限界です。ですが……」
「ああ、五匹とも生きていたな」

 毒虫は攻撃性が強いものが多い。同種であっても狭い空間に置かれれば争い共食いもする。五匹とも生きていたということはあの箱に入れられてそれほど時間が経っていないということだ。だったら接触した人物は限られてくる。

「特定出来るか?」
「夜会当日と前日にあの小箱の置かれた部屋に出入りしたのは侍女二人とグレシウスから連れてきた侍女、王太后です。四人とも取り調べでは気付かなかったと証言しております」
「そうか」

 王女は謹慎中だったのに侍女を三人も付けていたか。問題だな。王太后に泣きついたか。

「あと、フェルマー伯爵家の者も可能性はあります。箱ごと入れ替えるなら可能かと」

 それは厄介だな。フェルマー伯爵家か。小伯爵の夫人は王女と学園時代から仲が良かったと聞く。

「可能性はあるか」
「殆どないかと。伯爵家は凡庸ですし息子も然り。今使用人も含めて調べを進めています」
「そうか。決めつけは尚早だ。裏をとれ」
「御意」

 凡庸だと思い込めば調査も甘くなる。完全に白と判断するには早い。

「誰かが王女の部屋に忍び込んだ可能性は」
「扉の前には常に騎士がおります。中に入るのは無理かと」

 毒虫の状態からしてすり替えたのはその日の朝以降か。侍女の身元は調べがついている。気になるのが侍女の一人とグレシウス人。侍女の一人はハイゼ伯の遠縁の娘で母親の実家はミュンターに繋がる者。しかも当日、母親から差し入れがあったという。
 もう一人はベルトラムの縁者で王太后の元侍女だが可能性は低いだろう。ベルトラムはアンジェリカの一件以降王太后を良く思っていない。その侍女は監視だろう。
 グレシウス人は前日に同胞から菓子の差し入れがあったという。怪しいが中身がわからないから何とも言えない。王女と親しくしていた令息の縁者だと言うから連絡役かもしれない。ネズミにうろうろされては厄介だ。王女はよくて幽閉、これを機に帰国させるか。

「まだ足りないな。続けてくれ」
「畏まりました」

 怪しいと思えば全員が怪しいがこれだけのことを起こすには強い意思と動機が必要だ。決定打には欠けても対象が絞られてくれば次の手は打てるか。ヴィムが静かに姿を消した。

「叔父上……」

 一緒に話を聞いたフレディが不安そうに見上げてきた。

「さすがに簡単に尻尾は見せんな」

 失敗すればその先にあるのは死だ。自分に繋がる証拠を残したりはしないだろう。

「犯人はミュンターですか?」
「どうしてそう思う?」
「それは……」

 口籠ってしまった。確かにミュンターが噛んでいるだろうな。だが……

「ミュンターに繋がる証拠はない」
「そうですか……」
「憶測でものを言うな。お前もゾルガーだ。誰かに聞かれれば余計な混乱を招く」

 ゾルガーの言葉は王家に準じる。白いものを黒と言えば追従する者も出るだろう。だがそれは危険だ。盲目的に追従する者など不要だ。

「申し訳ございません」

 途端に眉を下げて縮こまってしまった。素直なのはいいがそこまで気に病むこともないだろうに。

「謝らなくていい。だが気を付けろ。俺の子を支え導くのはお前だ」
「は、はい」

 途端に表情が明るくなったな。考えていることを顔に出し過ぎる。わかりやすいのは敵なら好都合だが身内では心配の種になる。外では無表情らしいがこれで当主になるのは難しかっただろう。そこはイルーゼも同じだな。これくらいの年はこんなものなのか。あれも思っていることが顔に出過ぎる。そこは欠点だがフレディ以上に度胸があるのは長所とも言えるか。

「イルーゼ嬢は大丈夫なのですか?」
「影を付けてある。本人も狙われている自覚があれば大人しくしているだろう」

 そう願いたいしそうでなければ困る。守られる側が勝手に動いては守れるものも守れない。それがわからないような考えなしではないだろう。
 それよりも気がかりなのはガウス伯爵だ。大人しくしているが何を考えているのか。妻と姉を領地に送ってからはあまり表に出て来ていない。思いつめておかしなことを考えていなければいいが。

「旦那様」

 入ってきたのはブレンだった。手にしたトレイには封書が一通乗っていた。これは……

『話がしたい』

 王太子からの呼び出しだった。あの夜会の直後にも呼び出されたがこちらも忙しくて無理だと断ったがそろそろ痺れを切らしたか。呼び出すなら相応の証拠を得たんだろうな。実りのない話をするほど暇じゃないぞ。

「今夜いくと返事をしておいてくれ」

 一礼してブレンが出て行った。今夜は寝ている時間がないな。

「フレディ、ブレッケルと婚約者の関係はどうだ?」
「そう、ですね。相変わらずでしょうか。エーリックは我儘なロミルダ嬢をよく思っていませんから」

 そこは変わらないままか。だったらこの婚約が壊れても問題はないな。



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