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ランベルツ侯爵家の夜会

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 ランベルツ侯爵家は五侯爵家の中では一番力が弱いと言われている。百年前にはゾルガー家にも匹敵するほどの力を誇っていたけれど、その後放蕩な当主が続いたうえに領地で大規模な干ばつが起きて急速に力を落としていったのだとか。無能な当主は実直な養子に挿げ替えられて立て直しを続け、最近では他家に並ぶほどにまでなった。その結果アンジェリカ様の降嫁があったけれど、アンジェリカ様の失態のお陰で王家に強く出られるようになるなんて思いもしなかっただろう。
 今日はその当主の誕生を祝う夜会。数年後にはロジーナ様がフレディ様に嫁ぐため、ゾルガー家としては外せない夜会でもあるわ。

 ロッテたちに手伝って貰って身に着けたドレスは十日前にヴォルフ様から届いたもの。ヴォルフ様の瞳と同じ濃緑の絹が使われたそれは首元と手首まで覆われていて肌の露出は少なめだけど、お尻まで体のラインに沿ったものだった。膝上で一旦細くなったスカートもその下はドレープがたっぷりとあしらわれて広がり、首回りと袖口、スカートの裾には金糸と黒糸で細かい刺繍が施されている。これまでのドレスとは随分と様相が違うわよ……思わず鏡の中の自分をまじまじと見つめてしまったわ。

「……身体の線、出過ぎじゃない?」

 はっきりと体の線が出てそれが羞恥を誘う。上半身だけなら珍しくないけれど、お尻部分まで露わになるなんて……こんなデザインがあるなんて知らなかったわ。デザイナーによると他国ではこんな形が流行っているらしい。

「でも……とてもお似合いですわ。お嬢様はスタイルがよろしいですもの」
「ええ。肌が見えないせいか品よく見えますわ。これは着る人を選ぶデザインですわね」

 ロッテとザーラがそう言うのなら大丈夫かしら? ヴォルフ様は私やエルマ様がこれからの流行を作ると仰っていたけれど、それってこのようなドレスを流行らせろってこと? 他国で流行っているならそういうことよね。

「よく似合っているな」

 迎えに来てくれたヴォルフ様に褒められてしまったからこれでいいのよね。ちょっと恥ずかしいけれど、きっと物凄く目立つだろうけど。私は広告塔なのだからしっかりしなきゃね。
 そんなヴォルフ様は黒に近い深緑色を基調とした盛装だった。差し色に緑と金が入っていて色は私と共通している。それでも並ぶとわかる程度でそれぞれを見ると揃いとわからないわね。暗い色目はヴォルフ様の精悍さを一層引き立てて雄々しく見える。



 会場に着くと物凄く目立ったわ。ヴォルフ様一人でも存在感があるのに私のこのドレスは一層目を引いたみたい。二人揃って浮いている感じがしたわ。招待客も遠巻きにこちらを伺っている中、声をかけてきたのはエルマ様だった。

「まぁ、イルーゼ様。今日は一段と艶やかですわね」

 さすがのエルマ様も目を見開いていたわ。彼女も大人っぽいデザインのドレスだったけれど、さすがにスカートは従来の腰から広がるタイプだもの。

「でも、凄くお似合いですわ。私も今度はこんなドレスにしようかしら?」
「ふふ、エルマは大人っぽくて背も高いからきっと似合うだろうね。でも、ちょっと妬けちゃうかな」
「妬ける?」
「うん、だって身体の線を他の男の目に晒すことになるでしょ?」

 エスコートするギレッセン様がエルマ様に微笑みながらそう言うとエルマ様の頬が途端に赤くなった。言われてみれば確かに男性の目が気になるわね。それにしてもギレッセン様がそんな風に言うなんて意外だったわ。彼はエルマ様のお姉様の婚約者だった方で仲が良かったから、てっきりお姉様を忘れていないのかと思っていたわ。

「なるほど……」

 そんなことを考えていたら上からそんな呟きが聞こえてきた。ヴォルフ様のものだったけれど、何に対してのなるほどなのかしら? 見上げたけれど何も仰らないからわからなかったわ。

「ゾルガー侯爵、よく来て下さった。ああ、噂の婚約者殿も一緒か」

 エルマ様の次にやって来たのは会場に入った時から姿を探していたランベルツ侯爵だった。私よりも二十上の侯爵はあのアンジェリカ様の夫だった方でロジーナ様の戸籍上の父親。今は別の妻を迎えて幼い二人の娘がいるけれど今日の夜会には出て来ていないわ。まだ十に満たないから仕方ないけれど。

「ガウス家のイルーゼだ」
「イルーゼでございます。この度はおめでとうございます」
「ははっ、噂に勝る美女でいらっしゃるな、侯爵が羨ましい。ああ、フレディ様からは先ほどお祝いの言葉を頂きましたよ。卒業して彼も立派な一人前ですな」
「そうだな」

 歳が近いアルトナー侯爵よりも随分若々しく見えるわね。表情が明るいせいかしら。心配の種だったロジーナ様がフレディ様と婚約し直して安心されたのかもしれないわね。

「侯爵、後ほど少しお時間を頂いてもよろしいですかな?」

 にこやかな表情のまま言われたけれど大事な話があるのね。エルマ様もいるから今でも構わないのだけど。ヴォルフ様を見上げるとこちらを見ていたので是の意味を込めて頷いた。

「イルーゼ、ここで待っていろ。直ぐに終わらせる」
「わかりましたわ」

 直ぐ側にエルマ様がいるのをヴォルフ様も気付いていた。私がエルマ様の方に向かうのを見届けるとランベルツ侯爵がではこちらへと促し、ヴォルフ様が動く気配がした。

「エルマ様、暫く側にいてもよろしいかしら?」
「構いませんわ。侯爵様は大事な御用?」
「その様ですわね」

 これだけの人がいれば大丈夫でしょう。リシェル様の姿もないし。王族はあまり臣下の夜会には出てこない。妃の実家の場合はあるけれど、ランベルツからは近年妃が出ていないから今日王族が来る理由がないもの。

「ああ、イルーゼ嬢、こちらでしたか」

 表れたのはフレディ様だった。お一人だけどロジーナ様はどうなさったのかしら?

「ロジーナ嬢はもう帰ったよ」

 どうやら顔に出ていたらしい。恥ずかしいわ。

「そうでしたか」
「叔父上は侯爵と?」
「ええ、何やらお話があるようですわ」
「でしたら俺が側に」
「お願いしますわ」

 そういえばヴォルフ様に守れと言われていたわね。ちゃんと覚えていてくれたなんてフレディ様は真面目な方ね。

「まぁ、イルーゼ様。フレディ様といつの間にそんなに仲良くなられましたの?」

 エルマ様が驚いているわね。でもそうね、学園にいた頃は接点が全くなかったものね。

「夫人教育で毎日ゾルガー家に通っていますから。それに昼食はヴォルフ様も交えて三人で頂いていますの」
「まぁ、三人で?」

 凄く驚かれてしまったけれど仕方ないわね。ヴォルフ様もフレディ様も人付き合いはしない方だから別々だと思うわよね。私もそのつもりでいたから最初は戸惑ったもの。

 その時だった。会場の入り口の方が騒めくのが聞こえて会話を楽しんでいた人たちの視線がそちらに向いた。

「まぁ……お珍しい……」
「このような場にいらっしゃるなんて」
「最近はサロンも開かれていなかったのに。ご病気ではなかったのか」
「そう言えばそんな話がありましたな」

 周りの方たちの囁きの中現れたのはリシェル様だった。入り口では使用人が慌てている様子が見えて、この参加が想定外であることが伺えた。銀の生地に濃緑と黒で編まれたレースが被されたドレスにリシェル様の色はなく、緑玉で統一された首飾りと耳飾りは誰を意識しているのかわかる人にはわかるだろう。すっきりしたシルエットのドレスは女性らしく品があるけれど、艶やかな笑みを浮かべたその姿は挑発的にも見えた。




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