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王太子から見た二人

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 ヴォルフが黙り込んだので手にしたグラスの中身を喉に流した。ケプラー産は癖があるが飲み慣れるとこれがいいんだよね。ヴォルフはガウス産が気に入っているみたいだけど、その為に共同事業をすると言ったのは意外だった。自分の嗜好を行動に映すなんて今までなかったんじゃないかなぁ。過酷な生い立ちのせいで感情が壊れたと言っていたけれど麻痺しているだけだと思いたい。現にイルーゼちゃんのことは気に入っているように見える。自覚はなさそうだけど。

「イルーゼちゃんは? よく破棄しなかったね。てっきりそうすると思っていたよ」

 軽く聞いたつもりだったけど声に力入ったかな。胡散臭そうな目を向けられた。でも、絶対気に入ってると思うんだよなぁ。凄い美人ってわけじゃないけど顔立ちは整ってるし、若いしあの身体だもんな。

「破棄する方が面倒だ。また相手を探すところから始めるなんて時間の無駄だ」

 時間の無駄かぁ、女嫌いかと思うくらい女っ気ないよな。まぁ十四歳で娼館に閉じ込められたら嫌悪感が先に立つのかもしれないけど。

「気に入ってるんだね」
「面倒がないだけだ。愛などいらんと言われた。俺にはちょうどいいだろう?」
「は? そ、そんなこと言ったの?」
「ああ」
「ええ? じゃ、イルーゼちゃんも壊れちゃって、る?」

 ええっ? イルーゼちゃん同類なの? 伯爵家で差別されて育ったならそうなってもおかしくないけど……

「それはないだろう。あれは気が強い」
「それを言うなら君だってそうだろう?」
「俺とでは中身が比較にならんだろう。それに姉とハリマンのせいで愛が信じられないと言っていた」

 それって単に傷心で強がっているだけってこと? だったらヴォルフに熱を上げる可能性もあるだろうに。そうなった時マズく……ないか、夫婦になるんだし。そうなったらこいつの感情にも変化が現れるかもしれない。いや、もうそうなっていないか? 現に気に入ってるよな? 気付いていないだけで。なにこれ、ちょっと面白いことになっているんだけど。

「どうした?」

 顔見ながら考え込んでいたら訝しげに睨まれた。緑の目で睨むなよ怖いから。悪虐王ってこんな感じだったのかなぁ……

「いや、いい夫婦になりそうだなって。あの子度胸も行動力もありそうだし、ちょうどいいんじゃないか?」
「行動力はあり過ぎるかもしれんな。厄介だ」
「厄介って……」
「王女のサロンに潜り込もうとしていた」
「はぁ?」

 何それ。敵陣に正面から突っ込もうとしていたの? どれだけ強心臓なんだよ。

「付けた侍女にサロンに入り込む方法を相談していた」

 嘘っ? 本気で入り込む気だった? 命知らずだなぁ。下手すると毒殺されるかもしれないってのに。いや、リシェルがそこまでするとは思わないけど、でもその取り巻きは分からないよ。まだ若いからかな。いいなぁ、若いって。

「それでさっさと片付けることにした訳か」
「ああ」

 ああって、肯定しちゃうんだ。いきなりクラウスの横領の証拠を出してきたのには驚いたけど、あれ、イルーゼちゃんのためだったってことだよな。まぁ、お陰で問題が一つ片付いたけど。

「そっか。行動力ねぇ。それだと守り固めるの大変だね」
「ああ。既に影は付けてある」
「早ッ!」

 これ、どう考えても囲い込んでない? 自覚ないのか? いや、利があるかどうかで判断しているんだろうけど、それが上手いこと今に繋がっているんだろうけど。もし……もし今回以上の不祥事が起きた時どうする気なんだろう。その時イルーゼちゃんを切り捨てるか? う~ん、分かんないなぁ……切り捨てそうだけど、今まで投資したからとか言って切り捨てない、かもしれない。うわ、これ絶対見逃せないよ。

「そっかそっか。まぁ、式まで三月を切ったからね」
「ああ、今更変更するわけにもいかん」
「じゃ、リシェルも早いとこ送り出すかな」
「そうしろ」

 そうしろって俺王太子なんだけど。命令されてる俺って……でも、本来なら王太子は俺じゃなかった。臣籍降下したエーリックが羨ましいよ。

「王女に話すのはいつだ?」
「え? あ、ああ。そうだな、父上の手が空くのは三日後だから、早くても三日後?」
「分かった。監視は続けろよ。結婚を嫌がって強硬手段に出るかもしれん」
「強硬手段って……リシェルに出来ることなんかないだろう?」
「その油断が命取りになるぞ」

 そう言われるとぐうの音も出ないよ。でもクラウスが消えたからもう駒に出来そうな奴はいないと思うんだけどなぁ。グレシウスの使用人は監視してるし、最近は勝手に動けないよう周りが手を打ってるから。

「あとシリングスの息子の相手にアルビーナを推せ」
「アルビーナ嬢を? え? どういうこと?」
「アルビーナはあの息子に熱を上げているらしい。イルーゼが協力を条件に手を貸すと言っている」
「はぁ?」

 ええ? アルビーナ嬢ってイルーゼちゃんと夜会でも火花散らしていたじゃないか? それが協力? どうやって取り付けたんだよそんなもの……

「あの子、何やったの?」
「俺も知らん。だがアルビーナはミュンターで冷遇されていた。ハリマンに嫁げるならとイルーゼと手を組むことにしたそうだ」
「はぁ……何だよそれ」

 イルーゼちゃん侮れないなぁ。リシェルと変わってくんないかな。敵の敵は味方ってやつか? もしかしてフィリーネが共通の敵? お互い実家で冷遇されてて気が合ったのか? そりゃあミュンター侯爵がロミルダ嬢を溺愛してるのは有名だけど。

「ハリマンねぇ。ミュンターが許すかな?」
「フレディはロジーナと婚約したんだ。格下のフィリーネなら異を唱えても王女の娘でランベルツの令嬢となれば何も言えんだろう」
「そりゃあ、まぁ……」

 ミュンターは格下のフィリーネが選ばれたのが許せなかったからな。でもゾルガー家は昔から王家や他の侯爵家から妻を迎えることは殆どなかったんだけどね。今アルビーナ嬢と年の合う令息で残っているのはハリマンとエーリックくらいだけど、エーリックはロミルダの婚約者。となると残るのはハリマンだけ、か。

「確かにアルビーナ嬢に釣り合う相手はハリマンしかいないな」
「フィリーネよりもアルビーナの方が頭もいい。あれならシリングスを潰すことはないだろう」
「それは助かるよ。伯爵になる前に消える家が最近多いから。後継がいないのは仕方ないけど潰れたんじゃ王家のメンツに関わるからね」

 だったら早速父上に話をしてみるか。ミュンター侯爵も父上に勧められとなれば無下にも出来ないだろう。アルトナーとは因縁があるけど五侯爵家の血を引くとなればどう転ぶかわからない政局の中では縁を結んで損はない。昨日の敵は明日の味方になるかもしれないんだから。それにしても……

「なんか、君の望む通りに進んでない? やっぱり君の方が王太子に向いてるよ。交代して?」
「そんな面倒な地位はいらん」

 即答かよ。王太子だぞ、未来の国王だぞ? ちょっとは悩んでくれてもいいだろうにノリが悪いなぁ。でも、本当に誰か代わってくれないかな。義務と責任ばっかりで自由なんか全然ないし妻は妻で他の男を想い続けてるから癒しにもならないし……子がいるから離婚も出来ないし愛人も持てないって割に合わないよなぁ。はぁ、普通の貴族の家に生まれたかったよ……



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