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予期しなかった訪問

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 アルビーナ様と会った私は屋敷に戻ると姉の証言とアルビーナ様から聞いた話を書面にまとめ、ザーラに頼んでヴォルフ様に送ってもらった。既にヴォルフ様が動いているだろうし、既にご存じかもしれないけれど報告する必要があると感じたからだ。普通こういうことは家長である父の役目なのだけど、すっかりふさぎ込んだ父は当てにならないし、母はそれ以前の問題。かと言ってこのまま黙しているのは不誠実でしかない。どうして私が……と思わなくもないのだけど、誰も動かないのだから仕方がない。

 出来れば婦人病の薬と避妊薬を手に入れたかったのだけど……婦人病の薬は姉もアルビーナ様も持ち帰り出来ないと言っていたし、避妊薬はことの最中に飲まされているとかでこちらも持ち帰り不可。私もサロンに行ければいいのだけど伝手もないし絶対に警戒されるわよね。姉を行かせるわけにもいかない。ザーラに相談したら危険だから止めて下さいと言われてしまったけれど……どうしたものかしら。

 薬を手に入れる方法を考えていたら朝になっていた。朝食後にヴォルフ様から連絡があってこれから我が家にいらっしゃるという。すっかり機能停止に陥っていた我が家は蜂の巣を突いたように大騒ぎになり、父はソファから転げ落ちながらヴォルフ様を迎える準備をバナンに命じたとか。姉を同席するようにとの一文があったので慌てて母を引っ張り出して姉の準備をさせていた。姉は大丈夫なのかしら? でもヴォルフ様は事情を知った上で姉を呼んだのなら直接話を聞くつもりなのね。

 ヴォルフ様がやって来たのはお昼前だった。この家にお迎えするのは今日が最後になるのかしら? 姉のやったことを思えばそれも仕方ないけれど、自分の落ち度ならまだしもどうして姉のせいで私が……との思いが拭えない。

 数日ぶりにお会いしたヴォルフ様は特に不機嫌ではないように思えた。わかっているけれど、いざその時が来たと思うと逃げ出したい気持ちに駆られる。でも、逃げても結果は変わらないわ……せめて見苦しい姿は見せたくないと組んだ手に力を込めた。

 応接室へと案内するとヴォルフ様は二人掛けのソファに座った。一人掛けに座ると思っていた我が家の面々が驚く中、ヴォルフ様が私の名を呼んで空いている隣を叩いた。

(え? もしかしてそこに座れと仰るの?)

 目が合うと頷かれたけれど、これが勘違いだったらとんでもなく失礼よね。思わず父を見たら父の方は固まっていた。全くもう、役に立たないわね!

「こっちに来い」

 そう言われてようやく勘違いではないとわかったわ。どういうおつもりかわからないけれど、命じられたら従うだけ。ソファの後ろを通ってヴォルフ様の左側に来ると腕を引かれて隣に座らされた。びっくりしたわ……どういうこと? ヴォルフ様が両親らに向かって座れと言うと、固まっていた両親や姉も我に返って私たちの向かい側に座った。

「こ、侯爵様、今日はどのようなご用件で……」

 怯えた目を向けた父は明るい部屋の中で見ると一層老け込んだように見えた。それは母も同じだった。心労がそれだけ凄かったのだろうけど、それも姉を好きにさせていたせいだから自業自得よね。姉の軽い化粧に違和感が拭えないわ。

「姉の件、報告は受け取った」

 ヴォルフ様は昨日送った手紙を読んで来て下さったらしい。あれでよかったのかしら? 報告書なんて書いたことがなかったから心配だったけれど、内容は出来るだけ簡潔に感情を入れずに書いたつもり。ザーラとマルガに同席して貰ったのは私が嘘を書いていないと証明するため。

「……ほ、報告?」

 父が怪訝な表情でヴォルフ様を見た。そう言えば父には何も言っていなかったわね。まぁ、言ったところで反対されそうだから言わなかったのだけど。

「姉の聞き取りや王女のサロンの様子をまとめたものだ」
「そ、それは……イルーゼ?!」

 父が目を見開いてこっちを見たけれど非難の色が濃いのは父に言わなかったから? 家の恥だからと父は報告する気がなかったってこと? それこそ最悪の手なのに……

「ああ。伯爵はどうだ?」
「はっ? わ、私ですか?」
「ああ。何か姉から聞いていないか? または姉のことで何か気になったことは?」
「そ、それは……」

 言い淀みオロオロする父の口からは何も出てこなかった。部屋に籠って酒に逃げていたものね。ため息が出そうになったところでバナンが姉の外出先の記録だと言って紙を差し出した。テーブルの上に置かれたそれには姉の外出の記録が日付と時間と共に記されていた。意外だわ、父もこれくらいやれば出来るのね。行き先の殆どがリシェル様のサロンだった。アルビーナ様が言っていた通りだわ。クラウス様とはどこで会っていたのかしら? 

「フィリーネ、麻薬に心当たりは?」

 ヴォルフ様の声は低くてよく響く。特に大きな声を出されたわけではないのに責められているような感じがするのはその存在感のせいかしら。膝の上に置いた姉の手がドレスを握るのが見えた。

「……リ、リシェル様の婦人病の薬か……そ、その……」
「何だ?」
「…………ひ、避妊薬が……」
「避妊薬だと?!」
「フィリーネ!! どういうこと?!」

 父が立ち上がり、母は僅かに姉から身を引いて声を上げた。二人とも避妊薬のことは知らなかったのね。姉が私に話したのは麻薬の影響だったのかしら。

「どっ、どういうことだ?! お前はハリマン様の婚約者だぞ!!」
「そうよフィリーネ。あんなに愛し合っているって言っていたじゃない!!」

 両親の間に座っていた姉は身を縮こまらせて俯き、ドレスを握っていた。落ち着いているのは医師に貰った薬の影響かしら。さすがに両親はヴォルフ様がいるためか声を抑えているけれど、その顔にはこれまでに見たこともないほどの怒りや失望が載っていた。この二人が姉にこんな表情を向けるのは初めてではないかしら? それくらい姉は優遇されていたわ。溺愛と言っていいほどに。

「こ、侯爵様……」
「何だ?」
「その……フィ、フィリーネは……」

 何も答えない姉に焦れたのか、父は縋るような声をヴォルフ様に向けた。謝罪するのかと思ったけれど違ったわ。こうなっても心配するのは姉なのね。わかってはいたけれど気持ちが沈んでいくのを感じた。その時右手に温かい物が触れた。固くて少しかさついたそれはヴォルフ様の手で、大きなそれが私の手を握っていた。驚いて見上げたけれどその視線は父の方に向けられていた。

「今更、どうにかなると思っているのか?」
「そ、それは……」

 その一言で察したのか、父は力なくソファに腰を下ろて項垂れた。母はまた泣き出してハンカチで目を抑えている。姉は俯いたままだった。どうにかなると思っていたわけじゃ、ないわよね? まさかとは思うけれどこの事態が理解出来ないの?

「フィリーネ」

 ヴォルフ様に名を呼だれた姉は肩を揺らし目に怯えを浮かべて声の主を見上げた。姉でもヴォルフ様は怖かったのね。それでよくフレディ様の婚約者の頃にああも好き勝手していたわね。感心する。

「三日以内に領地に向かえ」
「……え?」
「お前は流行り病にかかって領地で静養するんだ。面会も病を理由に断れ」
「こっ、侯爵様っ!! それは……!!」
「断ればイルーゼとの婚約をガウス家有責で破棄する。もちろん共同事業もだ」




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