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生誕祭の準備

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 陛下の生誕祭を祝う夜会まで一週間を切った。私は相変わらずゾルガー家に通って家政と領地経営を学んでいたけれど、先週からはそれにマナーとダンスも加わった。

 マナーはそれなりに出来ていると思っていたけれど、フレディ様と接しているとやっぱり十分じゃないと思うようになったのが大きかったわ。筆頭侯爵家の未来の夫人として後ろ指を指されることがないようにしたいとティオに話したら、ヴォルフ様がマナーの講師を呼んで下さったのだけどその方とお会いして驚いたわ。だって王家の指導をなさっている方だったのだから。時間がないから厳しく指導をお願いしたら、本当に厳しくて泣きそうになったわよ。それでも必死に食らいついたわ。姉はともかくアルビーナ様たちに対峙するならマナーくらいはしっかり身に付けておきたかったもの。

 そして今日はと言うと……

「ッ!」
「もっ、申し訳ございませんっ!」

 昼食後はダンスの特訓を受けていた。ヴォルフ様がお忙しいのでお相手をして下さっているのはなんとフレディ様なのだ。ヴォルフ様も家族になるのだから仲良くなるにはちょうどいいだろうと仰ったけど、それどう考えても押し付けましたよね? そう言いたかったけれど実際お忙しそうなのでフレディ様にお願いすることにした。
 でも、どうもフレディ様相手だと気を使うし勝手が違って上手く踊れなかった。どうしてかとここ数日考えて一つの可能性に思い至ったわ。

(これもハリマン様のせいよ……!)

 ハリマン様はダンスが苦手だったし、身長差が殆どなかったせいか凄く踊り難かった。そのせいで踊りやすいように無意識に補正をかけていたらしく、それが悪さをしているのよ。ダンスの先生に変な癖がついていると言われて気付いたわ。そしてその影響を最も受けているのがフレディ様だったのだ。理不尽よね。こんなことになるならハリマン様の足なんて踏みつぶしてやればよかったわ。

「申し訳ございませんでした……」
「いや、大して痛くはなかったから」

 ダンスの後のお茶でフレディ様に謝ったけれど、毎回気にするなと言われている。お気持ちは嬉しいけれど私は背が高いからそれなりに体重もあるし、靴だって固いから痛くない筈がない。そう言われても気になるのよ。家族になるから悪い印象は持たれたくないし。

「本当に気にしなくていい。それに……フィリーネの方が酷かった」
「……重ね重ね申し訳ございません」

 まさか姉の方が酷かったなんて……余計に気になるわよ。足踏み姉妹と思われていないかしら? 姉はダンスが得意だと言っていたのに、こうなると実際はどうか怪しいわね。あの人、勉強も何だかんだ言ってサボっていたみたいだし。
 その後フレディ様は従者のオリスに呼ばれて行ってしまった。

「はぁ、フレディ様にはご迷惑をかけっぱなしね。申し訳ないわ……」

 気にするなと言われると余計に気になるわ。いい加減にしてくれと言われた方がまだ気が楽かもしれないわね。

「ガウス様、お気になさらずに。フレディ様は気を悪くされていませんから」
「そうかしら……」

 そうは言っても話が続かないのは変わらないし、関係がよくなっているとは思えないのよね。

「フレディ様は女性と接することが少なかったせいか苦手に思われているところがおありなのです。ガウス様が急に叔父の妻にと言われて戸惑っているだけですよ。学園では同級でいらっしゃいましたから」
「そう、ね」

 それは私も同じだわ。同じ年で甥だと言われてもピンとこないもの。正直公の場ではどう呼んだらいいのかと迷ってしまいそう。結婚したら叔母上と呼ばれるようになるのかしら?

「結婚したらフレディ様をどうお呼びすればいいのかしら?」
「左様でございますね。一般的には名前を呼ぶことになるかと」
「そうよね」

 叔母上と呼ばれるのは……仕方ないわね、変な感じだけど、兄の子が生まれたら叔母さんになるのだし。そう言えばお義姉様にはまだお子が出来ないのかしら。お義姉様とは気が合うから結婚しても交流は続けたいわ。




 家に帰ると玄関ホールが賑やかだった。何かと思ったらヴォルフ様からドレスが届いたところだった。使者にお礼を言ってドレスを部屋の近くの客間に運んでもらった。

「まぁ……」
「凄い……」

 ロッテとザーラ、マルガがドレスをトルソーにかけてくれたけれど、それはこの前贈られたものに勝るとも劣らない素晴らしい品だった。ため息が出るわ。ずっと眺めていたくなるほどよ。
 今回のドレスは濃緑を基調にしたものだけど光る銀糸を織り込んであるのか動くと光を反射していた。シャンデリアの光を受けて目立ちそうね。黒と金の糸で刺繍が施されていて落ち着いた感じだけど前回よりもデコルテの開きは控えめで肌の露出が少ないのが嬉しいわ。それでも身体のラインが出るのは変わらないけれど。でも、姉たちが作った流行を壊すならこれくらいは仕方ないかしら。エルマ様も今回は大人っぽいドレスにすると言っていたし。

「ちょっと! 通してよ!」

 扉の外で姉の声が聞こえた。護衛騎士がいるから入って来られなかったのね。ザーラに目配せすると扉を開けた。そこにいたのは姉と母だった。

「イルーゼ、また侯爵様からドレスが届いたのですって?」

 以前よりも私の顔色を窺うようになった母が遠慮がちに入って来てそう言った。ザーラや護衛騎士にすっかり押されているわね。

「ええ。来週の王家の夜会用ですって」
「な、何よこれ……ハリマン様が贈ってきたのよりずっと高いじゃない……」

 姉が不満をあらわにした。さすがに人目があるから怒りは抑えているけれど相当怒っているわね。わかりやすくて笑ってしまうわ。

「まぁ、お姉様ったら。そんなことを仰ってはシリングス様が気の毒ですわ」
「な、何よ。そんなこと言って私を馬鹿にしているんでしょう?」

 目を釣り上げてきたけれど、姉はそう感じるのは常に誰かの優位に立とうと必死だからなのね。可哀相な人。

「まさかそんなこと、思いもしませんわ。むしろ羨ましく思っていますのに」
「羨ましい?」

 怪訝な表情で私を睨んでくるけれど、半分は本心よ。

「ええ。だって……相思相愛の方が悩んで選んで下さったドレスですもの。それだけでどんなドレスよりも何倍も価値がありますわ」

 私がそう言うと姉が目を大きく見開いたわ。何か変なことを言ったかしら。

「私には決して贈られることのなかった想いのこもったドレス。それだけで一生記念として残したいくらいですわ」
「そ、そうかしら……」
「もちろんですわ。殆どの令嬢が政略で嫁ぐのですもの。それなのにお姉様は相思相愛でお相手は人気のシリングス様。多くの令嬢が泣いて羨ましがりますわ。そうですわよね、お母様?」

 母に話を振ると母は慌てて頷き、それを見た姉の表情が晴れやかになった。

「そ、そうよね。愛し合う恋人からの贈り物なんて女性として最高だわ。イルーゼはお気の毒ね。こんなに素敵なドレスを贈られても心が籠っていないなんて」
「そうですわね」

 得意げな顔で姉と母は出て行ったけれど、私、ヴォルフ様の愛は求めていないからどうでもいいわよ。それよりも他家が真似できないほど豪奢なドレスが嬉しいわ。これほどのドレスを贈られるって傍目からは十二分に大事にされているとみられるもの。

「お嬢様、最近フィリーネ様にお優しくありませんか?」

 ロッテが意外そうな表情を浮かべた。

「そんなことはないわ。下手に敵愾心を持たれて邪魔されたくないだけよ。この家にいる間だけどね」

 夜会には面倒な相手が私の足を引っ張ろうと待ち構えているわ。その前に姉のことで煩わされたくないだけよ。




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