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父の判断

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 父に呼ばれたのは翌日の朝食後だった。食堂で父に執務室へ来るようにと言われたのだ。きっとハリマン様との婚約の件だろう。無事白紙になって姉と交替出来るといいのだけど……時々両親も姉も、更には兄も意味が分からないことを言い出すから不安だ。

「お父様、イルーゼです」

 ドアをノックすると中から入れと声がして、ドアノブに手をかける前にドアが開いた。バナンが開けてくれたのでそのまま執務机の前まで進む。部屋の中には父とバナンだけだった。母や姉は同席しないのかしら? ソファを勧められるわけでもないのでこのまま話すのだろう。だったら話は短いかもしれない。

「お前とハリマンの婚約は継続する」
「……そうですか」

 出てきたのは思った以上に乾いた声だった。当然のように告げる姿に心の奥がすっと冷えていくのを感じた。

「この件、ハリマン様は了承なさっていますの?」

 父の表情が強張った。目撃者がいても解消出来ないなんて信じられないわ。

「これから話をする」
「そうですか」

 継続と言われても昨日のハリマン様の様子では納得しないと思うけれど……大丈夫なのかしら? それとも姉が彼を丸め込むのかしら? 家のためだから仕方がない、でも本当に愛しているのはあなただけ、結婚しても心は繋がっているから云々……って泣き真似しながら縋ればそれで納得しそうだけど。

「……何も、言うことはないのか?」

 じっと私を見ながらそう尋ねる父は私の真意を探っているように見えた。でも探る必要はないはずよ。私の希望は昨日伝えてあるのだから。

「……変わりますの?」
「何?」
「言ったところで、何か変わりますの?」
「何だと?」
「何か言って決定が変わるのなら申しましょう。でも、そうでないなら時間の無駄ですから」
「イルーゼ……」

 何故か傷ついた表情をされた。傷ついたのは私の方なのに。

「では、一つだけ条件を」
「何だ?」

 目を見開き私を見た。こんなに父が私を見たのは随分久しぶりね。そしてどうしてそこで警戒を表に出すのかしら? 私が反発すると思っていたのでしょう? 条件を付けられるくらい想定内していなかったの?

「ハリマン様には二度とこの家に来ないようにして下さい。もしお姉様と二人きりで会ったとわかった時点で、お茶会の席で昨日見たことを皆様にお話ししますわ」
「な! イルーゼ!!」

 父の顔が一気に赤くなったけれど、それほど難しいことではないでしょう?

「お前っ!! そんなことをして……!」
「何か不都合がありますか? 妹の婚約者と二人きりで会わないなんて、当然のことではありませんか?」
「そ、れは……」

 言葉を詰まらせた父に驚く。もしかして今後も二人きりで会うのを止めないの?

「……お父様、まさか今後もお姉様とハリマン様が二人きりで会うのを容認するおつもりだったのですか?」

 低い声が出て父が怯んだけれど、もしかして姉の倫理観がおかしいのは父のせいなのかしら?

「そ、そんなわけはないだろう」

 どうしてどこで言葉に詰まっているのよ。やっぱりこの人もダメね。信用出来ないわ。

「だったら問題ありませんよね。あと、公爵ご夫妻には私からもお話しますから」
「話すだと? 何を話す気だ?」
「何って、あったことをそのままですわ。当主である公爵閣下もそうですが、公爵夫人にも報告は必要でしょう? ハリマン様を監視して頂く必要がありますもの。それとも……」

 一旦言葉を区切って父を見ると、唾を飲み込む音が聞こえた。

「まさか隠し通す気だったのですの? もし他からご夫妻の耳に入ったらどうなるか、お考えになりまして?」
「そ、それは……」

 目を泳がせているところを見ると、公爵ご夫妻には適当に話して誤魔化す気だったらしい。

「私に口止めしても無駄ですわよ。結婚したらいくらでもお話する機会はありますから」

 結婚してあちらの籍に入れば話さない訳にはいかないわ。私はシリングス公爵家の人間になるのよ。家の名に泥を塗るようなことを見逃せるはずがないでしょう。

「……わかった」

 これで公爵家に真実に近い話が伝わるかしら。どっちにしても私から話をするけれど。それにこの話を聞いた公爵が破談にするならそれでもいい。むしろそうなってほしいくらいだから。

「お話は以上で?」
「あ、ああ……」
「では失礼しますわ。今日はお茶会がありますから」

 それだけを言うと父の返事を待つことなく部屋を出た。お茶会は既に出席と返事をしてあるから今更欠席など出来ない。そして私には好都合。今日は親しい方とのお茶会だから。

 部屋に戻るとロッテが外出の準備をしながら私を待っていた。今日は学園で親しくしているエルマ様のお茶会なのだ。彼女はベルトラム侯爵家の跡取り娘で、私と同じで姉とは真逆の外見をしている一人でもあり、情よりも貴族の義務を重んじる方でもある。そのせいか話が合う上、聡明で情報通でもあるから話が尽きない貴重な相手だ。
 一方で家の利益を優先するから純粋な友人とは言い難いけれど、それは貴族の家に生まれれば仕方のないこと。お互いに価値観が近いから戸惑うことも少ないし、言わなくてもわかる空気を共有できるから居心地がいい。

「イルーゼ様、旦那様は何と……」

 ドレスに合わせる宝飾品を用意していたロッテが私を迎え、不安そうな視線を向けた。心配してくれたことに心が軽くなる。

「ハリマン様との婚約は継続よ。でもハリマン様に知らせるのはこれからですって。どうなるかしらね」

 家にいたくないけれど、これから話し合いがあると思うとその動向が気になってしまうわね。でも、ハリマン様がどれほど騒ごうとも結果は変わらないわ。どうせ姉に懐柔されるのだから。




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