8 / 278
父の判断
しおりを挟む
父に呼ばれたのは翌日の朝食後だった。食堂で父に執務室へ来るようにと言われたのだ。きっとハリマン様との婚約の件だろう。無事白紙になって姉と交替出来るといいのだけど……時々両親も姉も、更には兄も意味が分からないことを言い出すから不安だ。
「お父様、イルーゼです」
ドアをノックすると中から入れと声がして、ドアノブに手をかける前にドアが開いた。バナンが開けてくれたのでそのまま執務机の前まで進む。部屋の中には父とバナンだけだった。母や姉は同席しないのかしら? ソファを勧められるわけでもないのでこのまま話すのだろう。だったら話は短いかもしれない。
「お前とハリマンの婚約は継続する」
「……そうですか」
出てきたのは思った以上に乾いた声だった。当然のように告げる姿に心の奥がすっと冷えていくのを感じた。
「この件、ハリマン様は了承なさっていますの?」
父の表情が強張った。目撃者がいても解消出来ないなんて信じられないわ。
「これから話をする」
「そうですか」
継続と言われても昨日のハリマン様の様子では納得しないと思うけれど……大丈夫なのかしら? それとも姉が彼を丸め込むのかしら? 家のためだから仕方がない、でも本当に愛しているのはあなただけ、結婚しても心は繋がっているから云々……って泣き真似しながら縋ればそれで納得しそうだけど。
「……何も、言うことはないのか?」
じっと私を見ながらそう尋ねる父は私の真意を探っているように見えた。でも探る必要はないはずよ。私の希望は昨日伝えてあるのだから。
「……変わりますの?」
「何?」
「言ったところで、何か変わりますの?」
「何だと?」
「何か言って決定が変わるのなら申しましょう。でも、そうでないなら時間の無駄ですから」
「イルーゼ……」
何故か傷ついた表情をされた。傷ついたのは私の方なのに。
「では、一つだけ条件を」
「何だ?」
目を見開き私を見た。こんなに父が私を見たのは随分久しぶりね。そしてどうしてそこで警戒を表に出すのかしら? 私が反発すると思っていたのでしょう? 条件を付けられるくらい想定内していなかったの?
「ハリマン様には二度とこの家に来ないようにして下さい。もしお姉様と二人きりで会ったとわかった時点で、お茶会の席で昨日見たことを皆様にお話ししますわ」
「な! イルーゼ!!」
父の顔が一気に赤くなったけれど、それほど難しいことではないでしょう?
「お前っ!! そんなことをして……!」
「何か不都合がありますか? 妹の婚約者と二人きりで会わないなんて、当然のことではありませんか?」
「そ、れは……」
言葉を詰まらせた父に驚く。もしかして今後も二人きりで会うのを止めないの?
「……お父様、まさか今後もお姉様とハリマン様が二人きりで会うのを容認するおつもりだったのですか?」
低い声が出て父が怯んだけれど、もしかして姉の倫理観がおかしいのは父のせいなのかしら?
「そ、そんなわけはないだろう」
どうしてどこで言葉に詰まっているのよ。やっぱりこの人もダメね。信用出来ないわ。
「だったら問題ありませんよね。あと、公爵ご夫妻には私からもお話しますから」
「話すだと? 何を話す気だ?」
「何って、あったことをそのままですわ。当主である公爵閣下もそうですが、公爵夫人にも報告は必要でしょう? ハリマン様を監視して頂く必要がありますもの。それとも……」
一旦言葉を区切って父を見ると、唾を飲み込む音が聞こえた。
「まさか隠し通す気だったのですの? もし他からご夫妻の耳に入ったらどうなるか、お考えになりまして?」
「そ、それは……」
目を泳がせているところを見ると、公爵ご夫妻には適当に話して誤魔化す気だったらしい。
「私に口止めしても無駄ですわよ。結婚したらいくらでもお話する機会はありますから」
結婚してあちらの籍に入れば話さない訳にはいかないわ。私はシリングス公爵家の人間になるのよ。家の名に泥を塗るようなことを見逃せるはずがないでしょう。
「……わかった」
これで公爵家に真実に近い話が伝わるかしら。どっちにしても私から話をするけれど。それにこの話を聞いた公爵が破談にするならそれでもいい。むしろそうなってほしいくらいだから。
「お話は以上で?」
「あ、ああ……」
「では失礼しますわ。今日はお茶会がありますから」
それだけを言うと父の返事を待つことなく部屋を出た。お茶会は既に出席と返事をしてあるから今更欠席など出来ない。そして私には好都合。今日は親しい方とのお茶会だから。
部屋に戻るとロッテが外出の準備をしながら私を待っていた。今日は学園で親しくしているエルマ様のお茶会なのだ。彼女はベルトラム侯爵家の跡取り娘で、私と同じで姉とは真逆の外見をしている一人でもあり、情よりも貴族の義務を重んじる方でもある。そのせいか話が合う上、聡明で情報通でもあるから話が尽きない貴重な相手だ。
一方で家の利益を優先するから純粋な友人とは言い難いけれど、それは貴族の家に生まれれば仕方のないこと。お互いに価値観が近いから戸惑うことも少ないし、言わなくてもわかる空気を共有できるから居心地がいい。
「イルーゼ様、旦那様は何と……」
ドレスに合わせる宝飾品を用意していたロッテが私を迎え、不安そうな視線を向けた。心配してくれたことに心が軽くなる。
「ハリマン様との婚約は継続よ。でもハリマン様に知らせるのはこれからですって。どうなるかしらね」
家にいたくないけれど、これから話し合いがあると思うとその動向が気になってしまうわね。でも、ハリマン様がどれほど騒ごうとも結果は変わらないわ。どうせ姉に懐柔されるのだから。
「お父様、イルーゼです」
ドアをノックすると中から入れと声がして、ドアノブに手をかける前にドアが開いた。バナンが開けてくれたのでそのまま執務机の前まで進む。部屋の中には父とバナンだけだった。母や姉は同席しないのかしら? ソファを勧められるわけでもないのでこのまま話すのだろう。だったら話は短いかもしれない。
「お前とハリマンの婚約は継続する」
「……そうですか」
出てきたのは思った以上に乾いた声だった。当然のように告げる姿に心の奥がすっと冷えていくのを感じた。
「この件、ハリマン様は了承なさっていますの?」
父の表情が強張った。目撃者がいても解消出来ないなんて信じられないわ。
「これから話をする」
「そうですか」
継続と言われても昨日のハリマン様の様子では納得しないと思うけれど……大丈夫なのかしら? それとも姉が彼を丸め込むのかしら? 家のためだから仕方がない、でも本当に愛しているのはあなただけ、結婚しても心は繋がっているから云々……って泣き真似しながら縋ればそれで納得しそうだけど。
「……何も、言うことはないのか?」
じっと私を見ながらそう尋ねる父は私の真意を探っているように見えた。でも探る必要はないはずよ。私の希望は昨日伝えてあるのだから。
「……変わりますの?」
「何?」
「言ったところで、何か変わりますの?」
「何だと?」
「何か言って決定が変わるのなら申しましょう。でも、そうでないなら時間の無駄ですから」
「イルーゼ……」
何故か傷ついた表情をされた。傷ついたのは私の方なのに。
「では、一つだけ条件を」
「何だ?」
目を見開き私を見た。こんなに父が私を見たのは随分久しぶりね。そしてどうしてそこで警戒を表に出すのかしら? 私が反発すると思っていたのでしょう? 条件を付けられるくらい想定内していなかったの?
「ハリマン様には二度とこの家に来ないようにして下さい。もしお姉様と二人きりで会ったとわかった時点で、お茶会の席で昨日見たことを皆様にお話ししますわ」
「な! イルーゼ!!」
父の顔が一気に赤くなったけれど、それほど難しいことではないでしょう?
「お前っ!! そんなことをして……!」
「何か不都合がありますか? 妹の婚約者と二人きりで会わないなんて、当然のことではありませんか?」
「そ、れは……」
言葉を詰まらせた父に驚く。もしかして今後も二人きりで会うのを止めないの?
「……お父様、まさか今後もお姉様とハリマン様が二人きりで会うのを容認するおつもりだったのですか?」
低い声が出て父が怯んだけれど、もしかして姉の倫理観がおかしいのは父のせいなのかしら?
「そ、そんなわけはないだろう」
どうしてどこで言葉に詰まっているのよ。やっぱりこの人もダメね。信用出来ないわ。
「だったら問題ありませんよね。あと、公爵ご夫妻には私からもお話しますから」
「話すだと? 何を話す気だ?」
「何って、あったことをそのままですわ。当主である公爵閣下もそうですが、公爵夫人にも報告は必要でしょう? ハリマン様を監視して頂く必要がありますもの。それとも……」
一旦言葉を区切って父を見ると、唾を飲み込む音が聞こえた。
「まさか隠し通す気だったのですの? もし他からご夫妻の耳に入ったらどうなるか、お考えになりまして?」
「そ、それは……」
目を泳がせているところを見ると、公爵ご夫妻には適当に話して誤魔化す気だったらしい。
「私に口止めしても無駄ですわよ。結婚したらいくらでもお話する機会はありますから」
結婚してあちらの籍に入れば話さない訳にはいかないわ。私はシリングス公爵家の人間になるのよ。家の名に泥を塗るようなことを見逃せるはずがないでしょう。
「……わかった」
これで公爵家に真実に近い話が伝わるかしら。どっちにしても私から話をするけれど。それにこの話を聞いた公爵が破談にするならそれでもいい。むしろそうなってほしいくらいだから。
「お話は以上で?」
「あ、ああ……」
「では失礼しますわ。今日はお茶会がありますから」
それだけを言うと父の返事を待つことなく部屋を出た。お茶会は既に出席と返事をしてあるから今更欠席など出来ない。そして私には好都合。今日は親しい方とのお茶会だから。
部屋に戻るとロッテが外出の準備をしながら私を待っていた。今日は学園で親しくしているエルマ様のお茶会なのだ。彼女はベルトラム侯爵家の跡取り娘で、私と同じで姉とは真逆の外見をしている一人でもあり、情よりも貴族の義務を重んじる方でもある。そのせいか話が合う上、聡明で情報通でもあるから話が尽きない貴重な相手だ。
一方で家の利益を優先するから純粋な友人とは言い難いけれど、それは貴族の家に生まれれば仕方のないこと。お互いに価値観が近いから戸惑うことも少ないし、言わなくてもわかる空気を共有できるから居心地がいい。
「イルーゼ様、旦那様は何と……」
ドレスに合わせる宝飾品を用意していたロッテが私を迎え、不安そうな視線を向けた。心配してくれたことに心が軽くなる。
「ハリマン様との婚約は継続よ。でもハリマン様に知らせるのはこれからですって。どうなるかしらね」
家にいたくないけれど、これから話し合いがあると思うとその動向が気になってしまうわね。でも、ハリマン様がどれほど騒ごうとも結果は変わらないわ。どうせ姉に懐柔されるのだから。
987
お気に入りに追加
10,424
あなたにおすすめの小説
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた
迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」
待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。
「え……あの、どうし……て?」
あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。
彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。
ーーーーーーーーーーーーー
侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。
吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。
自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。
だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。
婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。
※基本的にゆるふわ設定です。
※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます
※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。
※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。
そちらがその気なら、こちらもそれなりに。
直野 紀伊路
恋愛
公爵令嬢アレクシアの婚約者・第一王子のヘイリーは、ある日、「子爵令嬢との真実の愛を見つけた!」としてアレクシアに婚約破棄を突き付ける。
それだけならまだ良かったのだが、よりにもよって二人はアレクシアに冤罪をふっかけてきた。
真摯に謝罪するなら潔く身を引こうと思っていたアレクシアだったが、「自分達の愛の為に人を貶めることを厭わないような人達に、遠慮することはないよね♪」と二人を返り討ちにすることにした。
※小説家になろう様で掲載していたお話のリメイクになります。
リメイクですが土台だけ残したフルリメイクなので、もはや別のお話になっております。
※カクヨム様、エブリスタ様でも掲載中。
…ºo。✵…𖧷''☛Thank you ☚″𖧷…✵。oº…
☻2021.04.23 183,747pt/24h☻
★HOTランキング2位
★人気ランキング7位
たくさんの方にお読みいただけてほんと嬉しいです(*^^*)
ありがとうございます!
忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。
心の中にあなたはいない
ゆーぞー
恋愛
姉アリーのスペアとして誕生したアニー。姉に成り代われるようにと育てられるが、アリーは何もせずアニーに全て押し付けていた。アニーの功績は全てアリーの功績とされ、周囲の人間からアニーは役立たずと思われている。そんな中アリーは事故で亡くなり、アニーも命を落とす。しかしアニーは過去に戻ったため、家から逃げ出し別の人間として生きていくことを決意する。
一方アリーとアニーの死後に真実を知ったアリーの夫ブライアンも過去に戻りアニーに接触しようとするが・・・。
恋という名の呪いのように
豆狸
恋愛
アンジェラは婚約者のオズワルドに放置されていた。
彼は留学してきた隣国の王女カテーナの初恋相手なのだという。
カテーナには縁談がある。だから、いつかオズワルドは自分のもとへ帰って来てくれるのだと信じて、待っていたアンジェラだったが──
(完結)嘘をありがとう
七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」
おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。
「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」
妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。
「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる