上 下
3 / 196

露見

しおりを挟む
「イ、イルーゼ、これは……」
「あ、あの……」

 二人はソファに座り抱き合ったまま私を見上げていた。慌てているせいか姉ははだけた胸元を戻す余裕もないらしい。
 尤も、ここにいる者の殆どが同じ状況に置かれているように見える。父は顔を赤くしながらも、相手は溺愛している愛娘と王弟で公爵家の一人息子。何と言うべきか迷っているらしい。必死にゾルガー侯爵家との婚約を整えたのに当の愛娘がそれを反故にしたから、怒るに怒れない状況なのだろう。

 母は母で頬に手を当てて二人を見ていたけれど、その眼には父とは違う色が浮かんでいるように見えた。三人も子を産んだのに未だ夢見がちな令嬢の感覚が抜けない母のことだから、目の前に現れた物語のような展開に心ときめかせているのかもしれない。部屋の入口にいる客人は思いがけない状況に好奇の色を深く宿してどうなることかと固唾を飲んで見守っているのに、母はそれに気付いていない。これ以上の醜聞を広げないためにも客人は別室に案内すべきなのに。バナンですらその事に気付かないなんて、執事失格だ。私には好都合だけど。

「お姉様、ハリマン様、やはりお二人は想い合っていらっしゃったのですね」
「ま、待って……」
「いや、これは……その……」

 これだけの目撃者の前でまだ白を切れると思っているのかしら。何度も諫めその度に何もないと決して認めなかった二人。でもこれまでよ。

「イルーゼ? どういうことだ?」

 父が少しだけ冷静になったらしい。険しくした薄青の瞳を私に向けて尋ねてきた。何を言っているのかしら? 私はこれまでに三度、父に二人の様子と姉とハリマン様の婚約を進言しているのに。

「どうもこうも、以前申し上げた通りですわ。お姉様はハリマン様と想い合っています。お二人のためにも私との婚約を白紙にしてお姉様とと申し上げたではありませんか。家同士の婚約なら相手が交代しても問題はないはずです。年齢的にもその方が妥当ですし」

 そう、ハリマン様は私の二つ上だけど、姉の婚約者は私と同じ年。年齢から言えば私より姉の方がハリマン様には合っている。それに姉は自分の方が年上であることを気にしていたし、もしかしたら相手もそうかもしれない。姉と婚約者の関係は決していいものではなかったから。

「だが……」
「お父様、お姉様とハリマン様が想いを確かめ合っているのは今回が初めてではありませんわ」
「な!」
「イルーゼっ!!」

 父は驚きで、姉は焦りから声を上げたけれど……声を荒げるなんて肯定しているも同然なのよ。

「私、これまでも何度か、お二人が抱き合っているのを見ていますから」
「……っ!」
「本当か?」
「ええ。こんな時に冗談など言いませんわ。そうですわね……庭の楡の木陰やバラの生け垣の側の四阿、あと誰も使っていない筈の客間からお二人の声が聞こえたこともありましたわ」

 私が言葉を重ねるごとに姉とハリマン様は顔が青ざめさせ、父はまた赤くなった。二人は私が知らないと思っていたらしい。隠しているつもりだったでしょうけど、全く隠せていなかったわよ。幸い屋敷の中でのことだったから、外には漏れていないようだけど。

「だ、旦那様……」

 ここでようやく冷静になったバナンが恐る恐る父の声をかけた。バナンの視線は入り口にいる二人の婦人に向けられていた。その視線に気付いた父が驚愕の表情を一瞬だけ浮かべた。ああ、やっとお客様に気付いたのね。

「こっ、これはレデナー伯爵夫人とベルツ伯爵夫人、せっかくいらして下さったのにとんだ場面をお見せしてしまいましたな。オ、オリンダ、お客様をおもてなしせねば」
「そ、そうでしたわね。お二方、元のお部屋に戻りましょう」

 引き攣った表情の父に促されて、母は無理やり作り笑顔を浮かべるとお客様を伴って部屋を出て行った。途端に安堵の空気が流れたけれど、それも一瞬だけのこと。このことはいくら口止めしてもきっと世間に流れていく。仮にあの二人が話さなくても、ハリマン様の婚約者が姉に代わったらそれだけで世間は面白おかしくあることないこと吹聴するだろう。

「フィリーナ、服を直して部屋に戻りなさい」

 眉間に皴を刻みながらも父は感情を抑えてそう言った。姉に強く言えないのは昔からだ。

「お、お父様……私……」
「ああ、大丈夫だ。私に任せなさい」
「はい、お父様。ごめんなさい……」

 父に謝った姉は駆けつけた侍女に伴われて部屋を出て行った。予想通り私には謝罪の言葉もなかった。

「ハリマン様、少しお話をお聞きしてもよろしいかな?」
「は、はい……」

 両手を握り膝の上に置いたハリマン様は俯きながらそう答えた。

「ああ、イルーゼも部屋に戻りなさい。このことは決して口外しないように」
「でも、お父様……」
「安心しろ。お前が不利になることはしない」

 心細そうな、今にも泣きそうな声で父を呼ぶと、珍しく父が私を労わるようなことを言った。その気持ちがずっと続くといいのだけど、最後に呼んだのが私だから父にとっての優先順位はきっと変わらないだろう。期待しないでおいた方がよさそうだ。

「わかりました」

 頭を下げてから部屋を出た。ロッテが直ぐに側に来てくれて、それだけで少し気が楽になった。もしかしたら怒鳴られるかもしれないと思っていたけれど、思った以上にお父様は冷静だった。あの二人ももっと際どいことをしているかと思っていたけれど大したことはなかった。でも証拠としては十分ね。このまま婚約を続けることは出来ない。こうして明るみになってしまえば、姉はきっとこれ幸いにとハリマン様との婚約をねだるだろう。

 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美少年に転生しまして。〜元喪女の精霊と魔王に愛され日々!〜

三月べに
ファンタジー
 ギルドの人気受付嬢に告白をされたノークス(15)は、ピンチだと感じていた。  前世では喪女だったのに、美少年に生まれ変わって、冒険者になっていたのだ。冒険者業とギルド業をこなす、そんなノークスは精霊達に愛され、魔族にも愛される!?

溺愛されるのは幸せなこと

ましろ
恋愛
リュディガー伯爵夫妻は仲睦まじいと有名だ。 もともとは政略結婚のはずが、夫であるケヴィンがイレーネに一目惚れしたのだ。 結婚してから5年がたった今も、その溺愛は続いている。 子供にも恵まれ順風満帆だと思われていたのに── 突然の夫人からの離婚の申し出。一体彼女に何が起きたのか? ✽設定はゆるゆるです。箸休め程度にお楽しみ頂けると幸いです。

転生したら血塗れ皇帝の妹のモブでした。

iBuKi
恋愛
謀反が起きて皇帝である父は皇妃と共に処刑された。 皇帝の側室であった私の母は、皇帝と皇妃が処刑された同日に毒杯を賜り毒殺。 皇帝と皇妃の子であった皇子が、新たな皇帝として即位した。 御年十才での即位であった。 そこからは数々の武勲や功績を積み、周辺諸国を属国として支配下においた。 そこまでたったの三年であった。 歴代最高の莫大な魔力を持ち、武の神に愛された皇帝の二つ名は… ――――“魔王”である。 皇帝と皇妃を処刑し側室を毒殺した残虐さで知られ、影では“血塗れ皇帝”とも呼ばれていた。 前世、日本という国で普通の大学2年生だった私。 趣味は読書と映画鑑賞。 「勉強ばっかしてないで、たまにはコレで息抜きしてみて面白いから!」 仲の良い友人にポンっと渡されたのは、所謂乙女ゲームってやつ。 「たまにはこういうので息抜きもいいかな?」 レポートを作成するしか使用しないパソコンの電源を入れてプレイしたのは 『too much love ~溺愛されて~』 というド直球なタイトルの乙女ゲーム。タイトル通りに溺愛されたい女子の思いに応えたゲームだった。 声優の美声じゃなきゃ電源落としてるな…と思うクサイ台詞満載のゲーム。 プレイしたからにはと、コンプリートするくらいに遊んだ。 私、ゲームの世界に転生したの!? 驚いて、一週間熱を出した。 そして、そんな私は悪役令嬢でもなく、ヒロインでもなく…… 高難度のシークレットキャラ“隣国の皇帝シュヴァリエ”の妹に転生する。 強大な大国であり、幼くして皇帝に即位した男が兄…。 残虐で冷酷無慈悲から呼ばれるようになった、二つ名。 “魔王”または“血塗れの皇帝”と呼ばれている。 ――――とんでもない立場に転生したもんだわ…。 父だった皇帝も側室だった私の母も殺された。 そして、私は更に思い出す…私はこの兄に斬殺される事を。 だ、誰か助けてぇええ!(心の悲鳴) ――――この未来を知る者は私しかいない…私を助けるのは私だけ! 兄から殺されない様に頑張るしかない! ✂---------------------------- タグは後々追加するかもです… R15で開始しましたが、R18にするかこれも悩み中。 別枠を作ってそこに載せるか、このままここに載せるか。 現在、恋愛的な流れはまだまだ先のようです… 不定期更新です(*˘︶˘*).。.:*♡ カクヨム様、なろう様でも投稿しております。

氷の王弟殿下から婚約破棄を突き付けられました。理由は聖女と結婚するからだそうです。

吉川一巳
恋愛
ビビは婚約者である氷の王弟イライアスが大嫌いだった。なぜなら彼は会う度にビビの化粧や服装にケチをつけてくるからだ。しかし、こんな婚約耐えられないと思っていたところ、国を揺るがす大事件が起こり、イライアスから神の国から召喚される聖女と結婚しなくてはいけなくなったから破談にしたいという申し出を受ける。内心大喜びでその話を受け入れ、そのままの勢いでビビは神官となるのだが、招かれた聖女には問題があって……。小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

大好きな騎士様に冷たくされていた婚約者君が召喚されてきたショタ神子に寝取られる話

豚キノコ
BL
塩対応騎士様×頭弱めの嫉妬しい婚約者君 からの 性格悪いショタ神子×婚約者君 ※受けがちょっと馬鹿っぽいですし、どちらの攻めもクズで容赦無く受けに対して酷い言葉を掛けます。 ※初っ端から♡、濁点喘ぎましましです。 ※受けがずっと可哀想な目に逢います。 展開が早いので、苦手な方は閲覧をお控えください。 タイトル通りの内容です。短く2話に分けて終わらせる予定です。 勢いに任せて書いたものですので、辻褄が合わなかったり諸々の事情で後々加筆修正すると思います。 書きたいところだけ書いたので、猛スピードで話が進みます。ショタである意味はあまりないですが、これは趣味です。大目に見ていただければ…。当然のように女性はいませんし男が男の婚約者になるような世界です。 主の性癖と悪趣味の塊ですので、恐らくメリーバッドエンドになると思います。

完結 冗談で済ますつもりでしょうが、そうはいきません。

音爽(ネソウ)
恋愛
王子の幼馴染はいつもわがまま放題。それを放置する。 結婚式でもやらかして私の挙式はメチャクチャに 「ほんの冗談さ」と王子は軽くあしらうが、そこに一人の男性が現れて……

嫁ぎ先は悪役令嬢推しの転生者一家でした〜攻略対象者のはずの夫がヒロインそっちのけで溺愛してくるのですが、私が悪役令嬢って本当ですか?〜

As-me.com
恋愛
 事業の失敗により借金で没落寸前のルーゼルク侯爵家。その侯爵家の一人娘であるエトランゼは侯爵家を救うお金の為に格下のセノーデン伯爵家に嫁入りすることになってしまった。  金で買われた花嫁。政略結婚は貴族の常とはいえ、侯爵令嬢が伯爵家に買われた事実はすぐに社交界にも知れ渡ってしまう。 「きっと、辛い生活が待っているわ」  これまでルーゼルク侯爵家は周りの下位貴族にかなりの尊大な態度をとってきた。もちろん、自分たちより下であるセノーデン伯爵にもだ。そんな伯爵家がわざわざ借金の肩代わりを申し出てまでエトランゼの嫁入りを望むなんて、裏があるに決まっている。エトランゼは、覚悟を決めて伯爵家にやってきたのだがーーーー。 義母「まぁぁあ!やっぱり本物は違うわぁ!」 義妹「素敵、素敵、素敵!!最推しが生きて動いてるなんてぇっ!美しすぎて眼福ものですわぁ!」 義父「アクスタを集めるためにコンビニをはしごしたのが昨日のことのようだ……!(感涙)」  なぜか私を大歓喜で迎え入れてくれる伯爵家の面々。混乱する私に優しく微笑んだのは夫となる人物だった。 「うちの家族、みんな君の大ファンなんです。悪役令嬢エトランゼのねーーーー」  実はこの世界が乙女ゲームの世界で、私が悪役令嬢ですって?!  えーと、まず、悪役令嬢ってなんなんですか……?!

わがまま公爵令息が前世の記憶を取り戻したら騎士団長に溺愛されちゃいました

波木真帆
BL
<本編完結しました!ただいま、番外編を随時更新中です> ユロニア王国唯一の公爵家であるフローレス公爵家嫡男・ルカは王国一の美人との呼び声高い。しかし、父に甘やかされ育ったせいで我儘で凶暴に育ち、今では暴君のようになってしまい、父親の言うことすら聞かない。困った父は実兄である国王に相談に行くと腕っ節の強い騎士団長との縁談を勧められてほっと一安心。しかし、そのころルカは今までの記憶を全部失っていてとんでもないことになっていた。 記憶を失った美少年公爵令息ルカとイケメン騎士団長ウィリアムのハッピーエンド小説です。 R18には※つけます。

処理中です...