善界の狗

煮卵

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悪縁契り深し

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春勢から届いた天狗の協力を得られた旨を書いた文を読んだ時子は不機嫌であった。
「妾の子風情が・・・」
ぐしゃりと文を握りつぶす。
天狗を調伏するくらいの腕は自分にも合った。自分に同情する春勢につけ込み
天狗の待つ社に向かわせたのは早いところ厄介な春勢を片付けておきたかったからだ。
兄の時正は気が弱く彼女の思うがままだったが、春勢は何かと一族の在り方に
口を出す。

時子は薄荷家の中でも1、2を争う霊力を持っているという自負があった。
自分が男であったならおそらくは兄の時正に代わって当主となっただろう。
時正も大した霊力ではなかったが、春勢はさらに劣っていた。
一体どんな手段を使って調伏したのかーーー
若い頃の父に一番よく似た顔を持つ妾の子。大した発言力は持たなかったが鬱陶しいことに
変わりはない。

彼女は一族の男たちを軽蔑していた。
ただ一人、叔父の「飯室の僧正」を除いては

彼だけは真の術者として一目置いていた。全盲であったため当主にはなれなかったが、かなりの使い手であった。
とはいえ、彼女はその死を嘆いているわけではない。
かの「金剛薩埵宝瓶」は愛染明王の全法術を使えるようになる秘物。使うのにある儀式が必要と聞いたが
強大な力を手に入れれば一族はおろか都を牛耳ることも夢ではない。間者を寺に潜ませ、奪取の機会を窺っていたのだが・・・叔父は死に、宝瓶は奪われてしまったと聞く。なんとしても宝瓶だけは取り返さなければ・・・

「出来損ないの弟も、潜り込ませれば何か掴んでくるかも知れぬ・・・」
文机に向かおうと向き直ると、上に何かが乗っている。
「これは・・・」
寺に潜伏させている間者の生首であった。
「!」
背後に、凄まじい妖気を感じた。振り向くとそこには僧服に身を包んだ若い男が立っている。
「何者だ!」
男は答えず、代わりに手にした錫杖で時子の喉を突き刺した。
「ああっ!!」
錫杖には毒が塗ってあったらしく、全身に痺れが走る。
身体の自由がきかない。どうやら痺れ薬だけではなく、呪術の類をかけられているようだ。
(誰か!!)
血の溢れ出る喉を抑え、呪術の気の流れを変えて傷を少し癒すと、呼吸はできるようになった
助けを求めようと叫ぼうとするが掠れ声しか出なかった。男の顔を見上げる。ゾッとするほど美しい容貌の男だった、
剃髪すると大概の美少年も凡庸な僧に成り果てるが、彼は違った。剃髪し、隠すもののない首筋が艶かしい。
話に聞いたことがある。叔父は、この世のものとは思えないような美しい稚児をそばに侍らせていたと。
名は確かーーー
「翠嵐・・・か・・・?」
「この状態で話せるとは。助けを求めても無駄だ。屋敷の人間は全て片付けた」
少し高く、艶のある声だった。。抑揚も、感情もないがどこか神秘的な気配を漂わせる声。
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