黙の月ー神の絆に愛されし桜

ちい

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第57話 盗まれた約束

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 「まだ子供のくせに、状況判断まで優れているとはさらに面倒だな」
 
 ふわふわした響きの声だったのに、女の声が一気に明瞭に耳に届きはじめた。
 にらみ合いを先にやめたのは女の方だった。
 おかしい、僕はとっさに四人に陣を張るように告げた。
 最も強い封陣は悠貴のもののはずだ。それに雅と珠樹、静音のものが加わるとそう簡単には崩されない。だけどと、僕はうなった。
 玉座を破壊させないために呼び込まれたこの相手は格上だ。
 そして、僕たちの魂は一度、この相手に敗北した経験がある。
 敗北の要因は5人が分離したことにあるはずだ。
 心理的なゆさぶりが来ると僕は直感した。
 僕はとっさに右足をわずかに持ち上げ、とんと一度軽く砂利を踏んで音を出した。
 幼馴染たちはそれに左足を軽くもちあげて、同様に踏んで返答してくれた。
 これは幼い頃からの合同稽古で身に着けた変な癖でもあり、合図のようなものだ。
 僕が右を踏む時は「技が出るよ」「しかけられるよ」という合図で、彼らが左を踏む時は「わかっている」「覚悟しておく」という返事だ。
 僕は他の4人より目が良かったから、師匠の眼の動きから予想をつけることができた。たった数秒の差でも、師匠クラスとやりあうには十分有効となる。それを師匠達に悟られないように皆に知らせるために生み出されたのがこのやり取りだ。まさか、こんなところで役に立つとはと僕は思わずにやけそうになる口元を咳ばらいをすることでこらえた。

「血系異端とは何かを、お前たちは知っているのか?」

 そんなワードは知らないし、知る必要もないのだとそんな気がした。
 攪乱させるためのパワーワードというところだな。
 女の赤い目がぎろりと僕を見た。熟れたざくろの赤のような瞳に僕は軽く嘔気を催した。どうしてかはわからない。ひどく不快なのだ。

「女王も聖人君子殿も教えてはくれなかったか?」

 聖人君子殿とは誰だと問い返そうとしたが、やりとりを深めることは墓穴を掘る気がしてやめた。
 
「よもや、天月眼だけが特異であると思ってはいないな? お前たちは全員がその血系異端だ。 血系異端は何がなくとも抹殺されてしかるべき存在。 理由は簡単だ。 王を超えうる種をその身に宿しているからだ」
 
 だから、理を、世界を、仲間を恨めとでも言いたげだ。
 右のつま先を僕は二度土に擦り付けた。
 これは僕が仕掛けてみるから、動かないでという合図。

「どうもご丁寧にありがとう。 それをきいても、僕たちは何とも思わないよ。 僕らの親世代はこれでもかってくらい僕らを大切にしてくれる。 だから、殺されるおそれってのがまるでないんだよね」

 もう一度、ゆっくりと扇を持ち上げて、僕は口元を覆い隠すように広げた。

「闇は闇、穢は穢。 根の深きところにおわします神々よ、月讀の名を以て命じる。 吾に敵意ある者の名を示せ」

 口早にそれをつぶやくと、ガラスがはじけ飛ぶような音が響き、女が大絶叫をあげた。ぽたぽたと赤い雫が女の眼から零れ落ちていた。女の顔は陶器が割れたようなひびがはいっており、そこからも血があふれ出していた。両手で顔を抑えている女の指の合間からあふれ出た血液は止められない様子だった。
「悪魔め……」 
 女は屋根の上から、砂利の上へと転がり落ちた。
 玉砂利がその血を吸い取り、文字を描き始めた。

【颯貴】

 血文字は確かにそう読めた。
 颯貴は『さつき』と呼ぶのだと、盈月が教えてくれた。
 盈月の声をきいた悠貴の眉間にしわが刻まれた。
「颯貴って……」
 悠貴は険しい表情のままで、ゆっくりとその場に四つん這いになっている女を見据えた。
「颯貴という名は恐れ多いという理由で使用不可になっている名前の一つ。 在位900年超の千年王の器だったと言われていた女王?」
 悠貴の額に汗が噴き出している。悠貴は公介から宗像本家の『記憶』を譲り受けたただ一人の後継者。だから、記憶の海をサーベイランスして、その結果を口にしているのだから間違いない。
「まともにやりあってはいけない」
 誰よりも冷静沈着な悠貴が首を横にふって、僕に退こうと意思表示した。
 駄目だと僕はうなずかなかった。僕の名前を悠貴が呼んだが、退く選択肢はもうない。僕だって十分にわかっている。千年王が目の前にいるとしたら、僕らの勝率は大幅に引き下げられる。
 僕らの王である紅王は千年王と約束された希代の王であるが、まだ、千年の在位
を達成したわけではない。だが、この目の前にいる女は千年手前まで在位していた実績のある人物。
 突出した封術と爆発的なエネルギー源をもっている紅王のように、彼女もまたそれほど長い間の在位をキープしたからには何かを持っている。
 考えろ、考えろ、考えろと僕は自問自答を繰り返す。
 噴出してくる汗が顎をつたい落ちる。

「待って……」

 僕は不思議な感覚に苛まれた。
 僕の瞳は1500年ぶりだと夜達は騒いでいた。
 宗像不遇の時代を乗り切って、紅王が立つまでの期間は約1100年。
 颯貴の在位は900年超あり、その後半部分で接点があったということになる。
 どうして、それほどの王が在位中に、ココに拘ったのかがわからない。
 千年王ともいわれる王が在位半分で僕らと同じ魂達を殺し、その終焉に春夏秋冬の春の雪となり、消息不明となっている。
「何かがおかしい」
 千年王の器である紅王はココには見向きもしなかったのに、彼女は固執し、罪を犯した。彼女は天月眼を持っていない。だから、当然のようにこの玉座は開かれない。
 しかし、彼女は見事なまでに僕らに干渉した。
「……力を得たかったはずでは?」
 彼女が僕らに干渉した理由は廃することが目的だったわけじゃない。
 やっぱり変だ。彼女の目的と行動が一致していない。

「千年王クラスというのなら、どうして、ここまで易々とやられるの?」

 静音の言葉は的を射ていた。
 いくら名を示せと僕が術を飛ばしたとしても、紅王であればどうあっても跳ね返したことだろう。そうするだけの力が彼女にはなかったということだ。
 慟哭がする。これは僕の危機意識だ。
「僕は……何か見逃している気がする」
 何かがおかしい。僕は口元を手で覆った。
 見逃しているのは何だ。ここまでの流れにおいて、僕はうまくミスリードさせられているのかもしれない。

「今頃何を言っているんだ? お前たちは任務に出る前に誰に祈っているのだ?」

 颯貴が哀し気に眉を寄せて、気が狂ったように笑った。血の通わない白い肌をしている彼女の色のない唇が嘲笑している。
「黄泉使い達は誰に護ってくれと祈る!? ご丁寧に神棚に名をあげてまで、祈る相手がいるだろう?」
 愚かだなと彼女は吐き捨てるように言った。
「黄泉使い達が彷徨うことのないように、漆黒の闇に浮かぶのは蒼い焔。 願えば、蒼い焔がその道を照らし、帰路をしめしてくれる。 黄泉であれ、どこであれ、守護してくれているのだろう?」
 蒼い焔が浮かび、帰路を示す。
 僕たちは自分自身の炎があったから願ったことがない。
 だから、気が付かなかった。
 現女王を示す色は『紅』だ。それなのに、黄泉使い達は神棚に祈り、『蒼炎』に救いを請う。
 蒼炎は誰が与えてくれるものだと言うのか、僕は眩暈がした。
 本当に選択を間違ってしまったかもしれないと息を飲んだ。
「在位900年超は私ではない。 何もかもが奴の手の平の上でのことだ! そもそも、奴の在位は千年どころではないぞ。 神棚にあげられている男の名ですら本当かどうか怪しいものだからな!」
 そんな馬鹿なとつぶやいてみても、今更どうすることもできなかった。
 未来の僕が『選択を誤る』と僕を殺そうとしたのはこれが理由かもしれない。
 あの場で僕が死んでいたならば、女王はここに封じられたまま、朔も鬼衆も同様に封じられたままだ。だけれど、少なくとも、一番やばい敵と女王が対峙する未来はなかった。標的が『僕』だったのなら、標的が消滅すれば女王との争いは避けられる。
 女王が戻ってきてはいけない、早すぎると未来の僕があれだけ騒いでいたのに、どうして僕は気が付けなかったのか。

「僕は間違ったのかもしれない……」
 
 髪をかきむしり、うつむいた。
 胸の鼓動が加速していき、息をするのも忘れるほどに唸った。
 身体中の力が抜け落ち、その場に座り込んだ僕の名前を静音が呼んでくれた。
 僕の顔をもちあげるように彼女の両手がそえられた。

「しっかりと聞いて、正道にある王には全てが味方する」

 静音がにっこりと笑んだ。
 大丈夫だと言うように力強く続けた。
「紅王は在位に関係なく、もはや千年王と言われている。 負けるはずがない。 しっかりしろ、女王の息子! あんたにかけるとここへ私たちを送り込んだ女王の信頼を裏切るな!」
 静音がパチンと僕の頬を両手でたたいた。
 じんわりと頬に広がる痛みが加速しすぎた鼓動を徐々に鎮めていってくれるのがわかった。息をすることを思い出し、僕はゆっくりと空気を吸い込んだ。
 静音がそれをみて、うんと頷いた。本当に年下はどちらかわからないなと僕は苦笑いした。
「無駄に年月重ねているかもしれないけど、王としてまっとうに存在していない者が正当な王の中の王である我らが女王様に勝てるはずがない。 俺は間近で女王様みたけどさ、あの覇気は桁違いだぞ?」
 雅が僕の顔を覗き込むように身をかがめた。雅はいつも通り、どこか意地悪な笑顔を浮かべて言った。
「女王の強さはマジでやばい! あれを見たから負けがイメージできん。 女王の最強たる所以はな、たぶん、刃を多く持っていることだと俺は思う。 信頼できる刃を6+1持っているんだぞ? 一つでもおっかないのが、六つある上に、あの朔がいる。 フルで挑んで、負ける未来があるとしたら、そりゃ、神様に文句言わなくちゃなんねぇよ。 それにあの人たち、たいがい、ずるいから大丈夫だと思うぞ」
 雅がいひひと笑いながら付け加えた。
「大人には大人の流儀があるんだと思う。 私たちを全員をこちらに動かしたのなら、女王はきっとこの程度の事実であればすでに把握していた上での行動だろう。
あの人たちはだてに辛酸舐めてここまで来てない。 高尚な勝ち方に拘る人達ではないから、大人なりのやり口を見せたくないのかもしれない。 稽古において、そもそもあの底意地が悪い師匠達が卑怯な真似をしなかったことがあるか? 卑怯、卑劣、意地悪の3点セットのような人たちだ。 稽古であれ、あの人たちは負けるのをよしとしなかっただろう? むしろ、敵に回った奴らに同情してやれ」
 悠貴が胸の前で腕を組んで、ゆっくりとこちらに視線を向けた。
 僕はあまりの言い草に思わず吹き出してしまった。
 悠貴の言うことは真実だと僕も同意してしまう。
「そうそう、汚い闘いを仕組んだ奴にはそれ以上に汚い闘い方を得意とする師匠達をぶつけておけば良いんだ。 片腕でも最強だとのたまう馬鹿までいるしね」
 珠樹もまた飄々と言ってのける。
 皆が皆、一様に師匠は汚いと思っていたのがおかしかった。
「貴一、あのさ、女王様は一度封じられた失態演じてるから、巻き返しは半端ないと思うよ。 それに、女王様が気が付けるくらいなら、うちの父上はきっとそれ以前に気が付いているから、もう罠はあると思うよ。 御存知のように、感じが悪いほどに意地悪するのが得意だからね。 敵に回った方々にまじ同情する」
 静音がうえっと舌を出して苦笑いする。
 確かに、時生おじさんを敵に回すのが僕も一番嫌だ。想像するだけで、うえっとなり、僕も同じように舌を出した。
 
「宗像颯貴さん、あなたは運が悪いと思う。 私たちの師匠は底意地が悪くて、敵が強けりゃ、相手の眼にむけて砂を投げてでも勝てという人たちなんだ。 過去がどうとか、血系異端がどうとか、もうそういう無駄なものは却下する。 とにかく、勝って戻らなくちゃ、どんなお仕置きが来るかわからないんで、行く手を阻むのであればうちの天月眼の王がだまちゃいないよ? それに聞こえてるんだろ? 夜の連中! うちの貴一君が欲しけりゃ、私ら四人を倒してみろ! 全員、王紋もちの『紅王花』だけどね!」

 静音が声高に叫ぶと、周囲がざわざわっと動き始めた。
 前方には宗像颯貴、そして、その周囲には夜がいる。
 雅、珠樹、悠貴は僕を囲むようにして立っており、槍を構えている。
 僕は盈月に指先を傷つけてくれるように命じ、扇の親骨の上を指でなぞった。
 軽い痛みが走り、血が滲みでた。
 静音を呼び寄せて、血がにじんだ指を差し出した。彼女は迷わずそれに唇を当てた。琥珀色の瞳に深みが増した。まるで朔である父のような瞳の色だ。

「僕は君であり、君が僕でもある。 だから、僕を殺すな」

 承知したと静音がにやりと笑った。
 そして、静音も戦列に加わった。
 四人が僕を囲んで戦闘を開始した。
 僕は彼らに護られながら、前進するだけだ。
 そして、僕ははじめて一つの事実を認識した。
 宗像の王は常時一人というのは大噓だ。
 王は乱立できるし、王に従う獣も同時に乱立できる。
 僕らが知っている当たり前は全てファンタジーかもしれない。

「宗像颯貴、あなたは何をするためにここへ来た?」

 復讐だと彼女はつぶやいた。
 僕らに対してではなく、彼女のターゲットは奏太だと直感した。
「私は約束を盗まれたんだ。 約束を盗まれたから、奪われた」
 颯貴は吐き捨てるようにつぶやいた。
 彼女は僕に何かを教えようとしている。
「奴は約束を盗んでしまう。 魂の約束も血の約束も何もかもを奪う。 音もなく、気配もなく、忍び寄り、相手が気が付くころにはすべてを奪い取っている。 お前も奪われかけたのだろう?」
 僕には思い当たる節がない。首をかしげるしかなかった僕に、颯貴が右眼を指さしてつぶやいた。
「お前の眼は無事なのだな。 なるほど、これが本物と言うわけか。 本物は簡単に約束を盗まれないというのか。 本物のお前にこの玉座は不要だろうが、私には絶対に必要だ」
「ある程度の同情はするが、玉座は破壊するよ」
「お前に必要のない力でも私には必要だと言っている!」
「ダメだ。 玉座を手にすることができるのは一人だけときいている。 玉座の主は僕だ。 僕がしたいようにする」
「ようやく扉が開かれたんだ。 ようやく、この玉座を利用して、約束を奪い返す。 それの何が悪い?」
「……だから、与えられないんだよ」
「黙れよ、それ以上、口にすると、本当に私はお前を殺すぞ」
 彼女の口調は荒いが、どこか優しさがにじんでいる気がして、僕は戦闘態勢を説いた。
「扉を開けるのはその資格を有した『望むことのない者』であって、望む者には与えられない。 ようやくわかったよ。 宗像志貴が女王として立っても暗殺の対象とならなかった理由。 そして、僕が暗殺対象である理由もわかってしまった。 あなたのおかげだ」
 颯貴の目に哀しみの光がともる。
「宗像貴一、お前はもっとも酷い仕打ちをうけることになるぞ? 玉座を手放し、私に譲れ。 この復讐は私がすべて背負う。 そうすれば、お前は平平凡凡に暮らしていける」
「僕が平平凡凡に暮らしていける未来はもうこないよ。 彼は僕だけは絶対に見逃さない」
「それは奴が生きている内の話だ」
「あなたは何をしても彼には勝てないよ。 本当はそれをいやというほどに思い知っているはずだ。 あなたでは夜を背負いきれないし、根の泉も従わない。 彼のもっとも嫌うものこそが夜であり、根の泉だ。 僕にはそれを何とかする生まれながらの体質が備わっている」
「15歳になるまでお前を生かしたのは奴の落ち度だろう。 だが、奴はもうお前を見逃さない。 逃げ切る方法は一つだ。 私に玉座を譲渡し、私が約束を取り戻し、王号を取り戻す事のみ」
「違う。 逃げ切る方法はこの玉座を破壊して、紅王の元へ戻ることのみだよ」
「違う!」
「違わない!」
 僕は颯貴の繰り出した炎を自らの炎ではじいた。
 木材が焼けてはぜる音につつまれたまま、白と黒の煙を潜り抜けて、灯篭にともっている何とも言えない緑色の炎を吹き消して突き進んでいく。
「根の泉をまずは制御するために津島の能力者を抱き込む戦略を練ったのだろけれど、モズに見破られた……。 椿はあなただな?」
 颯貴の表情が険しくなり、舌打ちをした。

「女王世代もまるごと全部だましきって何がしたかった?」

 僕より怒りを前面に出したのは他でもない雅だった。
 彼は妹の死を悼み、どれほどの苦痛を味わったことか。
 死んだ妹は最初から存在などしないと言われた彼は今、何を思うのか。
 僕はその横顔をゆっくりと見上げた。
 
「何度も言うが、盗まれた約束を取り戻したかっただけだ」

 颯貴の姿が11歳の少女にかわる。
 僕らが良く知っている椿の姿で寂しそうに笑う。
 魂の色も気配も真っ白だ。殺気も悪意も負の感情とされるものが何一つない。
 どちらが真実の姿なのかがわからない。
 颯貴と椿が同一人物だと言うのは間違いないのだが、どちらが本物なのか判断がつかない。
 殺気むき出しだった颯貴と打って変わって、椿には陰の反応がない。
 雅が大槍を召喚し、ゆっくりとそれを構えた。
 僕はその雅の袖に手を伸ばした。
 目を凝らして、全てを見る。
 真実を見抜けとひたすらに目を凝らして、僕ははっと息を飲んだ。
 颯貴という人間は元は椿のような真っ白な魂をしていたのだ。
 流れ込んでくる颯貴の感情を僕は拒絶せずに受け入れることにした。
 復讐を果たすために椿として津島へ入り込んだまでは良かったが、彼女は津島に執着してしまった。あまりの居心地の良さに、本来の目的を忘れてしまっていた。
 このまま、雅の妹として生きていく方が幸せかもしれないと思ってしまった。
 だから、雅を制御するチャンスを逸してしまった。
 
「奏太が津島を全滅に追いやるシナリオを持っていると気がついたから、あえて討たせた?」

 椿の眼がゆっくりとこちらに向かう。
 結局、宗像颯貴は悪になり切れなかった。
 雅が到着してしまわないように、自分自身を囮にして時間を稼ぎ、ある程度の犠牲を覚悟した。 
「雅が殺されるのは計画の妨げになる。 夜は手に入れられないかもしれないが、根の泉の制御を捨てるわけにはいかない」
「違うでしょう? あなたは護りたくなったんだ。 復讐より大切な家族を護りたくなったんだよ。 津島の二番手ともいえる椿が命をおとしたとなれば、悠貴や僕の目が雅に向く以上、奏太が表立って雅を何とかすることはできない!」
「復讐のためだ」
「違う! 玉座を何とかするつもりなら、もうとっくにやってるだろう? あなたは復讐や約束を取り戻すために立ち上がったのだろうが、その魂はもう還りたがっている! あなたは穢れてなどいないのに、どうして手を汚そうとする?」
「……良い。 ならば教えてやる」
 途端に複数の声がして、椿がゆっくりと階の上に座り込んだ。
「約束を盗まれたのは一人ではない。 幾人もの王が約束を盗まれ、奪われてきた。 私の治世だけではない。 数千年以上にわたって、約束が盗まれて続けている。 その痛みと悔悟に苛まれている魂の集まりが夜になる。 夜になった最後の王がこの私だ。 私は終わらせたい。 この苦しみが終わるのなら、何でもするさ」
 椿の栗色の柔らかな髪が白髪にかわる。
「お前は私が与えようとしたものを拒絶したではないか。 だから、私がするしかない。 それだけのことだ」
 幾度も僕に夜の王となれと告げていた声だ。
 綿毛のような柔らかな髪も知っている。
「夜が玉座を奪えば、奴は思うままにできない。 奴の動きを止めることができれば約束を取り戻せる」
「そうまでして取り戻したい約束って一体何なんだ?」
「お前とその半身が交わした魂の約束だ。 魂の約束は簡単には切り離されない。 だが、奴はそれを盗む。 我らは二度と半身と出逢えない。 意味がわかるか? 永訣とされるのだ。 どれほどの輪廻を繰り返しても二度と出逢えない。 王と半身の約束は絶対だ。 その王側の約束を奴は盗み、半身をいともたやすく御する。 取り上げられた半身を良いようにされる苦痛がわかるか? 自分に何が起こったのかさえわからずに、奴を信じこんでいる姿を、私はもう見たくない。 魂が砕けてしまうまで酷使されても信じているのだ……私だと思って……。 私が約束を盗まれたから、あいつは逃げられないんだ。 宗像貴一、私の姿は未来のお前の姿だぞ? お前がやるか、私がやるか、それだけだ」
「僕がやる。 わかった。 夜をよこせ」
 僕はゆっくりと彼女に向かって手を伸ばした。

「ダメだ!」

 静音が僕の両腕を押さえつけるように飛びついてきた。
 頬が上気しており、怒っている。

「夜などなくても勝てる!」

 静音の両目は潤んでおり、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。

「貴一は貴一だ。 夜などいらない。 玉座もいらない。 こいつらの復讐に利用されてたまるか! 約束を盗まれた方が間抜けなんだ! 憐れむな!」

 時々、嗚咽交じりに叫んでいる。
 静音の手が震えていた。
 僕はこの半身がこれほどまでに可愛いかったとはとふうっと息を吐いた。
 頬に手をあててやると、静音が駄目だからとまだ大声をあげている。
 わかったよと、僕は苦笑いだ。

「僕は玉座の主にはならない。 あなた方の復讐はあなた方が果たせば良い。 僕は僕の大切な人達を傷つける者を排除するためだけに闘うことにする」

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