黙の月ー神の獣に愛されし紅

ちい

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第28話 宗像という闘い方

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 それぞれが複雑な想いを抱えたまま、先へ先へとすすんでいく。
 この弱り切った情けない身体を一心に支えてもらったままで、黄泉の奥底へ向かって一歩一歩いく。
 だが、面白いほどに寒かったはずなのに、今は寒さも感じない。
 一人じゃないって偉大だなと小学生の感想文のような言葉がこぼれ落ちそうになる。
「志貴はどうしてこうも無知なのか……」
 時生の発言は私の自尊心を大いに傷つける。
「父さんも公介さんも望も誰も教えてくれなかったんだから仕方ないじゃないか」
「これが意図された結果というのなら、何の意図があるのか……」
 時生は驚いたような、呆れたような表情だ。
「ほら、話の続き! 宗像と穂積の関係性!」
 はいはいと時生は宗像と穂積の関係性について講義を再開してくれた。
「宗像は所謂、王家そのものなんだが決定的に欠けているものがありありとわかる血族でもある。 それは血が強すぎるが故に、穢れに弱く、穢れにあったのなら短命となってしまうことだ。 最強だが戦えば短命に終わるという皮肉。 黄泉使いは戦闘が主となる血族だ。 故に王は皆、短命に終わりすぐに入れ替わる。 気質も思考もその首座にすわった者それぞれだ。 古の時代ならば王制が色濃かったろうから王が立つ度に短いスパンで方針が大きく方向転換を求められることも多かっただろう」
 問題はそれだけではなかった。
 宗像は理を死守することが魂に刻まれているが、それでも、その気になれば一面火の海にだってかえられるし、黄泉の最下層にまでぶち抜けるほどの穴だってあけられるほどの潜在能力を宿していることは誰の目から見ても脅威でしかなかった。
 もちろん、この脅威は冥府にとっても同じだ。
 冥府も黄泉使い達もその脅威だけは後世のためにも何とか取り除いてしまいたかった。そこで、ある役割を果たす者を選び、立てることにした。
 黄泉使いには元来、一霊四魂という言葉がある。
 荒魂、和魂、幸魂、奇魂という四つの機能をもち、それらを直霊がコントロールしている。
 直霊は内省の機能をもっており、理に従い良心のような働きをする。しかし、これが悪行を働くと直霊は曲霊となり、四魂の機能は一気に邪悪に転じる。
 特に荒魂はその人間の最も荒ぶる側面、勇猛果断、義侠強忍な部分を指しており、このコントロールがはずれるともう誰も手がつけられなくなる。
 つまり、宗像において最強と謳われる強者の荒魂がすべての不安要素となりうる。
 最も強い者の荒魂が制御不能となった時、誰がそれを止められるというのか。
 誰も居るはずがない。
 だから、最も強い者が生まれたならばその荒魂を抜き出し、身の内に秘め預かる役割の者を置き、常にそれを監視しておけば良い。
 危急の際には王の荒魂をその者ごと叩き潰せば良いというわけだ。
 よく言えば暴発の安全装置。
 王の荒魂を身に宿すのは容易なことではないし、常に狙われ続ける。
 そんな危険な役割など背負いたくもないと逃げ出すかと思えば、ただの一人も逃げ出すこともないどころか光栄至極だと能力の高い者を喜び差し出した家があった。
「穂積はその役割を担うことで始まった家だ。 王の荒魂を自然と身に宿すのが彼らの特殊能力というわけだ。 それ故に、穂積は宗像と常に一蓮托生。 穂積の者は誰の荒魂を背負っているかを決して口外はしないし、現代に至るまでそれが続いているのかどうかもわからない。 それほどに穂積は宗像のために尽くす家だ」
 冬馬はその穂積の家の方針を受け継いでいることになる。時生の言葉にうなだれるしかない。
「逆に言うと、尽くさねばならない何かを抱えている家だとも言える。 穂積は大昔から王家と一蓮托生、王補佐を出す家。 つまりは王のためにならどんな汚いことでも請け負う。 王がどんなに嫌がっても、王を護るために必要、皆を護るために必要とふめば手を汚す。 犠牲を払うこともいとわない。 汚れ役を一手に引き受けることを是とする」
「汚れ役って何をしてきたの?」
 咲貴は矢継ぎ早に色々と聞きたいことだらけの様子だ。
「それは穂積でないとわからないよ。 当主になるとこれまで穂積が行ってきたありとあらゆる歴史を一気に受け継ぐ。 冬馬もそうだったろうね。 たとえば絶対に枯れることのない王樹の意味を知っているとかはあり得る話だ」
 絶対に枯れることのない王樹は伝説レベルの噂話だが、実は確実に存在しているはずの代物なのだ。
 宗像の主ですらその場所を特定することができない。黄泉使い全ての根源とされているそれは封印されているはずのものでもあるのだ。
 絶対に枯れることのない王樹に依存せず立つために、宗像の主が背負っている宗像約定なのだから。
 真の王玉が眠るとも、玉座が眠るとも言われる王樹ではあるが、獣たちはただの棺桶だと口にする。
 宗像約定と同等の存在になりうるのが絶対に枯れることのない王樹でもあるのだが、望は知らぬ存ぜぬ。お前がおれば何の問題もないので捨て置けと私に言った。
「王の荒魂を預かり、絶対に枯れることのない王樹の本当を知っている。 それじゃ、穂積が世界を牛耳れるじゃないか」
 咲貴の言葉に望がため息を漏らした。
「それでは困るから、私が王玉という形を示した。 この玉を持つ者が王様でございとするために。 宗像は短命、いつか生まれてくるたった一人の真の王者を迎えるまでの系譜を絶やさぬために力を貸すための道具でしかない。 平均的な宗像の主であれば玉に依存してしまう。 だから、玉を奪われるとたちまち命を落してしまう。 ただし、真の王であればもとから持っている物が多すぎるから玉は逆にそれにセーブする役割を果たすことになる。 泰介はそれを逆手にとって志貴に埋め込んだ。 志貴のありあまる爆発力を隠す目くらましに使ったんだよ。 そして、それを知らない壮馬は知らずに一度そのトリガーをはずしてしまった。 最も怖い相手を目覚めさせたことをこれから思い知るだけね」
 望がけけけと笑った。だが、その表情は怒りに満ちている。
「そもそも王の荒魂をそう簡単に預かれる者などいない。 だけど、穂積一族はそれをまことしやかに成し遂げてしまった。 脅威となる物を私めが預かっております、だから王には危険がございませんって、預かる振りを徹底的にしたんや。 荒魂はその者の本性をいう。 和魂しかない人だったのなら志貴がこんなに七転八倒するほど悩むわけあらへん。 荒魂のない人間ってのは天下万民平和で暮らせと願うような性質になるんや。 志貴がそう見えるか?」
 人型に戻った望は仰々しく手を広げて見せて、咲貴の方をゆっくりと見た。
「壮馬は生粋の穂積ではないから、それがわからない。 故に、王玉を潰せば王が滅ぶと信じている。 自分の護りたい者を狩る者をまた遠ざけることに成功する。 そして、愛する者の魂を生かすために最高の器を用意しようと動くだけ」
 冬馬を次の生け贄にするのねと咲貴は苦しげに言った。
 その言葉に一心が一気に殺気だった。支えてくれている腕が怒りに震えている。
「本当に喰わすか?」
 一心が彼には珍しいくらいの低い声でぶっきらぼうにつぶやいた。
「まだ喰わせていないところをみると、それなりに躊躇してそうだけどね」
 望がふうっと息を漏らす。
 望と一心の間では会話が成立しているらしいがさっぱり皆目見当がつかない。
 ほうと息を吐いて、望は足を止め、何かを察知したように右方向に目をやった。
「志貴を護れ!」
 望が叫ぶと同時に、一心が身をかがめて素早く私の身体をその両腕で覆い隠し、時生と咲貴が同時に抜刀していた。
「かわれ」
 あいよと一言かわした望が私の側へ来て、一心がゆらりと立ち上がった。
 見たこともないレベルの覇気だ。
 ちらりと望に目をやると、望はただ一言。
 壮馬の最大の誤算は『一心』だよとつぶやいた。
 どうしてと聴こうとした瞬間、爆風が吹き付けた。
 砂塵が巻き上がり、あまりの寒風に思わず身を震わせる。
 さっきまでは何ともなかったのにと思い、苦笑いだ。
「志貴、それは内緒事よ」
 そういうと、望が今度は私をひょいと抱えあげてくれた。
 ほんの数秒前に私がいた場所に黒煙が立ち上った。
 一心がさらに飛びかかってくる悪鬼を一振りでなぎ払った。
 まだ仮面をつけていないのに何て強さだとみとれている私に一心が一喝した。
「志貴! 命じろ!」
 ぽかんとしてしまう。命じろって言われてもどうしたら良いんだろう。
 一心がこちらを見て自分の拳で胸をたたいている。そして、片方だけ口角をつり上げた。
「お前が王なんやろう?」
 急に視界が開けた気がした。
 そうか、黄泉にあって、私以上にやりたい放題ができる人間はいないはずだ。
「お前は誰やった?」
 現存する黄泉の王は私か楼蘭しかいない。
「瀛津鏡、辺津鏡、八握剣、生玉、死反玉、足玉、道反玉、蛇比礼、蜂比礼、品々物比礼」
 自然に口をついていた。
「一二三四五六七八九十、布留部、由良由良止布留部」
 布瑠の言を躊躇なく口にし、指先を歯で傷つけた。
 指先に走る痛みが全く気にならないとはと笑いがこぼれた。
 にじむ血液を唇に無造作に塗り付ける。まだ血がにじんだままの指先に息を吹きかけ、ポンとまだ左胸を軽くはじく。左胸を中心に紅色の光を発する文字が自分の体を這うように広がっていく。
「暗き闇を照らす尊き月よ、汝の光を吾の血潮に呼び覚ますことを許したまえ」
 仮面などもう使ってやるものか。身体が軽くなったように錯覚する。
 ならばと大きく息を吸った。
「黄泉の大地よ、王の命を聴け! 吾の眼前を赦しもなく汚す者達をあるべき場所へ」
 言い終わるかどうかというところで、目の前に大きなブラックホールが現れ、悪鬼を一気に飲み込んでしまう。
 そして、布津御魂、天羽々斬が呼び出しもしていないのに、私の足下へ現れた。
 天下の神器が無造作にぽいっと出てくる始末。
 今、ここで私がやってのけていることはあの王と名乗る女がかつてできていたことだとしたら、私はなるほど壮馬に恨みを買っても仕方がないようだ。
「この傷だから、皆に頼るしかない」
 一心は小さく頷いて迷わず布津御魂を手に取った。
 私が持つと千鳥十字槍だったのに、布津御魂は細身の両刃の長剣にかわっていた。
「咲貴は天羽々斬ね。 大丈夫、私がフォローする。 志貴、これでいいのよね?」
 望の問いに私は迷いなく頷いた。
 時生が私の身体を支える役となり、望はくるりと狐姿になるとあっという間に紅の面となり、咲貴の手の中に収まった。
 咲貴が般若の面を捨て、紅面をつけると、その衝撃にわずかながらよろめき、片膝をついた。
「こんなのを簡単に使ってたの?」
 咲貴が信じられないという声を上げてこちらをみた。
『ああみえて、あのちんちくりん、本物の王様だからね』
 一言余計だとすごんでみても、望には無駄だとわかっている。
 片刃で長剣の天羽々斬は咲貴には重いだろうかと思ったが、どうにもしっくりきているようで選択に間違いはなかったらしい。
「時生、いざという時はこれを使って」 
 術師の時生には別の役割があった。
 私は掌に握りしめていた物を時生の掌の上にちょこんとのせた。
 時生は思った通り、静かに頷いただけで内容を問うことはなかった。
 それは小さいけれどもとある場面においてのみ恐ろしく作用する通称宗像爆弾の種。そもそもが時生に教えてもらった爆弾の種だ。
 時生はあきれたように笑ってくれた。
 宗像爆弾の種は当主の中でも練上げられるのは異端児の父か、その作成方法を知ってしまった私くらいだ。
 私の血液を原料にした一種のレメディだが、爆弾というだけあって使い道を間違えば地獄行きだ。時生の術の威力を短時間であれば100倍程度におしあげるには十分な量のはずだ。まっとうに評価するとこのレメディは禁忌とされてもおかしくないのだが、宗像の主筋においてはいざという時のドラッグ扱いだ。ハイリスク、ハイリターン過ぎて思った以上にまっとうだった当主の公介は絶対に手を出さないであろう闇の産物ともいえる。
「この先、必ず結界が綻びるだろうから、再構築を頼む」
 時生ははぁとため息を吐いた。
「全禁域ってことだね?」
 私はうんと頷き、時生はわかったと言ってくれた。

「そろそろ?」

 一心が軽く振り返り、小さく頷いた。
 開けって合図だ。
「プランは?」
 咲貴が私に尋ねた。
 一心と時生が『あるわけない』と同時につぶやいていた。 
「咲貴、私の流儀に従ってもらう」
 私のこの言葉に一心はにやりと笑った。
 宗像の流儀。
 津島の戦略きっちりパターン育ちの咲貴には考えもつかないことかもしれない。
 基本、宗像は誰もが一人親方なので連携協同するのは稀だというよりもできない。
「死なない程度にやりたいようにしていいってこと。 自己判断で切り開くだけ」
 時生が苦笑いして説明すると、咲貴の顔が困惑であふれた。
「阿呆なの?」
 彼女の質問に、私達は全員そんなもんだと笑うだけ。
 強いって本当に阿呆の坩堝になるのねと言われたい放題であるが否定することもない。
 時生が咲貴の苦情処理班に徹してくれている間に私は自分の胸にじわりと広がってくる痛みと闘う。食いしばっている歯が方々できしむ音を上げる。
 泉が湧くが如くに現れた悪鬼をものの数秒で吹き飛ばした一心がふいに側にかけよってきた。
「いいか? 気を張れ!」
 一心が袖口で私の額に浮かび上がっていた脂汗をふきとってくれた。
 言葉は強気でも現実はこれだ。傷口が魔法のように塞がってくれはしない。
「わかってる」
 ここで私が気を失ったら、黄泉の大地は王の命をきこうとはしないだろう。
「俺達がお前の刃や。 だから、最後の最後までお前はお前とだけ闘え」
 一心の言葉に涙腺を崩壊しそうになる。
 でも、まだまだときゅっと唇を結びこらえる。
 ただ祈りを捧げて待つ者に願いの達成など訪れはしないと悟った。
 動きまくって、暴れまくって、悩みまくって、とにかく静ではなく動を選ぶ先にしか答えも何も手に入れられそうにない。
 そして、『開け』と私は世界に命令を出した。



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