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第15話 師匠の時は嫌いだが、伯父の時は何だか安心
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穂積の爺さんの死後、一週間近く泣き尽くしたせいで腫れた目がどうにも治らない。
完全にバックボーンを失って、行動制限が増えると覚悟していたのに、調子が狂いそうになるほどに何も変わらなかった。
学校へ行くのもだめだと止められるかと思ったが、意外とあっさりと許可は下りた。確実なる悪鬼危険ホットスポットとなっている高校へ通学する不思議。
ただし、屋上には立ち入るなとだけは釘を刺された。
日中であれば問題ないという判断なのだろうが、きっとそんな甘い考えはすぐに改めることになるような気がしている。
眠い体をなんとかたたき起こして、制服のブラウスに袖を通した。
あまりにいつもどおりの感覚。これは近頃の感覚からしたら、とんでもない違和感だ。
富貴のアイロン技術がすこぶる上達している気がする。
毎朝、口論になるほどの腕前のはずなのに、なんだこのクリーニングに出した後のような。まさか本当にクリーニングにだしたのかと、たかだか制服だぞと、まじまじとみてみるが、どこにもクリーニングのタグは見当たらなかった。
「白、リボンとって!」
言ってみてすぐに肩を落とした。
自分で決めたこととはいえ、これほどまでに寂しいものなのかと今更ながらに痛感。
あの暢気な声が聴こえてくる気がするけれど、それは幻聴だ。
自分自身で決めて、アイツに特命をだし、自分の元を離れさせたはずだ。
ちょっとだけイライラして自分で机の上に投げ捨てたままのリボンネクタイをつかむ。
鏡を見ないで結べるようになったのはいつの頃だったろう。
白、いや今は望か。あの狐男に結び方が醜いと怒られて、特訓した日が懐かしい。
「母さんより母さんだったんだよなぁ、ほんとに」
鏡に映るひどい寝ぐせの残った髪をみて、苦笑いだ。
丁寧に編み込みをしてくれたり、巻いてくれたりしていたのはあいつだ。
平屋づくりだから我が家に2階はない。離れの独立した空間が私の居住区であり、母屋は当主の居住区となっていて完全に分離している。
当主と後継者が同時に襲われることのないように分けられているのが宗像本家の当たり前だ。最初から母屋には父、離れには私と伯父というよくよく考えてみたらおかしな配置だった理由が今ならわかる。
障子をあけて、庭に面した無駄に長い廊下を歩く。
ああだこうだと話しながら毎日歩いていたのに、今や無言。一人になってみるとなかなかに寂しい。
離れの居間にたどり着くと、ダイニングテーブルの上に朝ご飯が並んでいた。
「久しぶりにまともな食事、いつも通りというか」
言葉を口にして自分でも一気に身震いしたのがわかった。これはどう考えても公介特製の和朝食ではないか。私はうなりながら、すぐ手の届く所に無造作に置かれていた弁当袋を開け、中身を確認。
「OL弁当!」
声が裏返る。公介だ。公介が帰ってきている。
学生鞄を放り捨て、公介の部屋のある離れへ駆け出した。
声をかけることもなく、勢いよく障子を開ける。
だが、そこに探していた公介の姿はなかった。
公介の仕事用のPCに付箋が張られているだけだ。
《ご飯はチンできるようにしてあります。 ママはもうしばらく帰りません。 探さないでください。 後、編集さんにUSBを渡しておいてね。 生活費はいるのだからよろしくね》
腹が立ったが、ホッとして鼻の奥がツンとした。本当に無事だった。
せっかく戻ってきたのならどうして何も言わないのだ。
声かけることくらい出来ただろうと嬉しい反面、怒りが込み上げてきた。
「公介のあほんだら!」
大声で叫んでみた途端、スマホの呼び出し音が急にけたたましくなり始めた。
表示されているのは冬馬の名前だ。
画面をスライドさせて、やや八つ当たり気味の声で応答する。
「もしもし? 何か用?」
『なんだよ、機嫌悪いな。 公介さんが今朝うちに来たらしいぞ!』
「……そうだろうね」
『もう知ってたのか?』
「いや、弁当と食事があったのでね。 アイロンも綺麗にかかってたしね」
『なんだそりゃ。 ところで、お前、逢えたのか?』
「いや、寝てた」
『うちの母さんに爺さんのお悔やみを言いに来て、花を墓前にって届けてくれたらしい。 そもそも、俺も逢えてないけどな』
「情報はそれだけ?」
『なんだよ、その言い方! まぁ、いいけど。 うちの母さんがお前をほっぽり出して何してるんだって突っ込んで聞いたらしい。 そしたらな、自分しかできん用事をすませにゃならんからと急いで飛びだして行ったらしいぞ』
「どこへ!?」
『わかんねぇよ。 でも、お前、探すんだろ?』
「探さないと人生のピンチだ」
『わかった・・・・・・ 付き合ってやるよ。 俺、定期考査中だから、それをちゃっちゃと済ませていけるように動くから』
「そうだった! テストだ! 真剣に忘れてた。 そういえばうちも今日からだったわ」
『ひょっとして丸腰で試験受けるつもりか? ある意味で脱帽するわ』
「うるさいな!」
冬馬との通話が終了し、スマホがロック画面に戻るそのわずかな瞬間、メールに1という表示を見た気がした。
あわててパスコードを入力し、待ち受け画面のロックを急いで解除した。メールのアプリを起動させようとするが、焦りすぎて何度も何度も指先でノックしてしまう。慌てれば慌てるほど、反応しない画面。ようやく開けた画面に未開封メールが1件ある。
「どうでも良いお知らせメールでないことを願う!」
受信箱をひらけ、送信元に目をやる。Kosuke Munakataの表示。
「公介!」
呼び捨ては今に始まったことではないが、急ぎその内容に目を通す。
《おはよう、志貴。 寂しかったか? 泣いたか? まあ、とりあえず、お前の探し物は必ず意図しないタイミングで向こうから現れる。 それまでちゃんとハウスしておくように。 下手に動くだけ無駄だからな。 狐に探させても無駄骨だぞ? じゃ、俺特有の俺しかできん用事があるからいつもの所にちょっと行ってくるわ。 では、またね。 伯父様より》
何度も何度も読み返す。
読み落としのないように丁寧に読み返してみる。
しかしながら結論、どうしろってんだという内容でしかない。
「何が伯父様だ!」
怒鳴りつけてみるといくらか胸がすっとした。
だが、本音ではすっとするどころか、不安増大だ。勝手に向こうから現れるってそこそこに危険ってことだ。しかも公介しかできない用事なんてもんで思い当たるのは一つしかない。禁域関係だ。ややこしいことしかないって言ってきたようなものじゃないか。
それでも、こんなどうしようもない展開でも冷静になれば見えてくるものがいくらかはあるが、何せ禁域は未熟者の黄泉使いがノックするにはハードルが高い。
何故なら、禁域は黄泉の玄関口のようなもので、知識と技術の不足した者が立ち寄ることは危険そのもの。
黄泉と言えば一般的にはきっとあの世のイメージだろうが、それはちょっとだけ違っている。実のところ、現世と冥界のちょうど狭間のニュートラルな空間を黄泉というのだ。
冥界へはとんでもなく高いハードルが設けられており、人の輪廻から解き放たれた者のみが扉をくぐることが許される。
この度の人生の答えをめでたくも答えられたとしても、さらに輪廻を繰り返し、学びを続ける者の魂はこの黄泉にとどまり、再度、生を受けるタイミングを待つシステムになっている。
つまり、黄泉は待機場になっているというわけだ。
現世にあふれる悪鬼と冥界の最下層に封じ込められたはずの最凶の罪人が何かのきっかけをもってこの待機場に干渉しないように監視するために生まれた血族が黄泉使いなのだ。
現世にあって現世になく、黄泉にあって黄泉にないといういかにも表現しづらい人間というわけだ。
その本来の最も濃い役割を果たしている黄泉使い達が集っているのが禁域とされる出雲と熊野というわけだ。
そうした重要拠点だからこそ、当主をしのぐレベルの術者を選抜して送り込んでおり、黄泉に干渉させないというたった一つの任務をひたすらにこなす。
やれどこに悪鬼が増えただのというレベルの任務には彼らは一切関与しない。
ただひたすらにその場から離れずに監視するのだ。
そして、それに口を出せるのは彼らが認めた人間のみ。
認められなければ元締めであろうと宗像であろうと各家の当主であろうと、跡継ぎであろう問答無用にばっさりと切り捨てられるのが当たり前だ。
公介はその禁域に立ち入ることを認められた一人だ。その公介が真っ先にいくとしたら間違いなく宗像派閥が護っている出雲だ。
「禁域に何の用だってんだ?」
禁域に居る黄泉使いは特殊であり、一風変わって般若の仮面をしている。
ゆえに、通称黄泉の鬼と呼ばれている。
黄泉の鬼には宗像から三名が出雲に出向いている。
出雲の頂点は冬馬の父であり、その下にものすごいキャラクターの二名がいる。
三年前に稽古というレベルで半殺しにされた記憶がばっちりと残っているほどだ。
公介が待てをかけなかったのなら、あばら二本では済まなかっただろうと複雑な想いになるほどに戦闘に特化した二名がいる。
その内の一人は私の淡い初恋のその人で、たかだか稽古一回、5分でぼこぼこにされ公介にストップかけられたことまで思い出し、遠い目になりそうだ。
幼いころから大好きなのだが、如何せん、恐怖のレベルの強さを誇るだけでなく、一度たりとも相手にしてもらった試しがない。
つまり出雲へ向かうとなれば、天地がひっくり返ってもガチンコで喧嘩のできる相手ではない三名とご対面することになる。
ちょっと用事という雰囲気では済まされない場所で、名実ともにトップ3のえげつなく凶悪な黄泉使いに何の用事があるというんだ。
ひょっこりと顔を出して許されるあたり、公介はやはり桁違いの黄泉使いということだ。
熊野も同様、津島から同じようなキャラクターが配備されているわけで、考えるだけで嫌になる。
ぐちゃぐちゃっと髪をかきむしってみて、やや多めの息を吐いた。
どこもかしこも一筋縄ではいかない。
腕時計に目を落として、あわてて駆け出す。遅刻だけはしたくなかった。
荒々しく弁当を鞄に押し込んで、真っ黒の革靴に足を滑り込ませる。
玄関を飛びだし、丁寧に敷き詰められた正方形の石の上をはねるように駆け出す。
自転車の前かごにまた荒々しく鞄を押し込み、ペダルを踏みこむ。
駅までの長い坂を自転車に乗りくだりながら、ほうとため息をつく。
「絶対に出雲にいるはずだ」
公介の行動の先には必ず答えがある気がした。
これまで全くと言ってもいいほどに姿を見せなかった公介の動きが活発になっている。私は腐っても姪っ子だ。あのひねくれ者の考えそうなことくらいわかる。
公介はある意味で欲しいものをもう手に入れたに違いない。
だから表だって動き出したのだろう。
「これからの方針くらい言えっつうの!」
ペダルをこぐ足に容赦なく力が入り、スピード倍増だ。
風が異様に心地よい。
ようやく公介が一緒に戦うぞとサインを送ってきたことがむかつくけれど嬉しかった。
私のこの性格を読み違えていたとしたら公介は相当おバカだ。
完全にバックボーンを失って、行動制限が増えると覚悟していたのに、調子が狂いそうになるほどに何も変わらなかった。
学校へ行くのもだめだと止められるかと思ったが、意外とあっさりと許可は下りた。確実なる悪鬼危険ホットスポットとなっている高校へ通学する不思議。
ただし、屋上には立ち入るなとだけは釘を刺された。
日中であれば問題ないという判断なのだろうが、きっとそんな甘い考えはすぐに改めることになるような気がしている。
眠い体をなんとかたたき起こして、制服のブラウスに袖を通した。
あまりにいつもどおりの感覚。これは近頃の感覚からしたら、とんでもない違和感だ。
富貴のアイロン技術がすこぶる上達している気がする。
毎朝、口論になるほどの腕前のはずなのに、なんだこのクリーニングに出した後のような。まさか本当にクリーニングにだしたのかと、たかだか制服だぞと、まじまじとみてみるが、どこにもクリーニングのタグは見当たらなかった。
「白、リボンとって!」
言ってみてすぐに肩を落とした。
自分で決めたこととはいえ、これほどまでに寂しいものなのかと今更ながらに痛感。
あの暢気な声が聴こえてくる気がするけれど、それは幻聴だ。
自分自身で決めて、アイツに特命をだし、自分の元を離れさせたはずだ。
ちょっとだけイライラして自分で机の上に投げ捨てたままのリボンネクタイをつかむ。
鏡を見ないで結べるようになったのはいつの頃だったろう。
白、いや今は望か。あの狐男に結び方が醜いと怒られて、特訓した日が懐かしい。
「母さんより母さんだったんだよなぁ、ほんとに」
鏡に映るひどい寝ぐせの残った髪をみて、苦笑いだ。
丁寧に編み込みをしてくれたり、巻いてくれたりしていたのはあいつだ。
平屋づくりだから我が家に2階はない。離れの独立した空間が私の居住区であり、母屋は当主の居住区となっていて完全に分離している。
当主と後継者が同時に襲われることのないように分けられているのが宗像本家の当たり前だ。最初から母屋には父、離れには私と伯父というよくよく考えてみたらおかしな配置だった理由が今ならわかる。
障子をあけて、庭に面した無駄に長い廊下を歩く。
ああだこうだと話しながら毎日歩いていたのに、今や無言。一人になってみるとなかなかに寂しい。
離れの居間にたどり着くと、ダイニングテーブルの上に朝ご飯が並んでいた。
「久しぶりにまともな食事、いつも通りというか」
言葉を口にして自分でも一気に身震いしたのがわかった。これはどう考えても公介特製の和朝食ではないか。私はうなりながら、すぐ手の届く所に無造作に置かれていた弁当袋を開け、中身を確認。
「OL弁当!」
声が裏返る。公介だ。公介が帰ってきている。
学生鞄を放り捨て、公介の部屋のある離れへ駆け出した。
声をかけることもなく、勢いよく障子を開ける。
だが、そこに探していた公介の姿はなかった。
公介の仕事用のPCに付箋が張られているだけだ。
《ご飯はチンできるようにしてあります。 ママはもうしばらく帰りません。 探さないでください。 後、編集さんにUSBを渡しておいてね。 生活費はいるのだからよろしくね》
腹が立ったが、ホッとして鼻の奥がツンとした。本当に無事だった。
せっかく戻ってきたのならどうして何も言わないのだ。
声かけることくらい出来ただろうと嬉しい反面、怒りが込み上げてきた。
「公介のあほんだら!」
大声で叫んでみた途端、スマホの呼び出し音が急にけたたましくなり始めた。
表示されているのは冬馬の名前だ。
画面をスライドさせて、やや八つ当たり気味の声で応答する。
「もしもし? 何か用?」
『なんだよ、機嫌悪いな。 公介さんが今朝うちに来たらしいぞ!』
「……そうだろうね」
『もう知ってたのか?』
「いや、弁当と食事があったのでね。 アイロンも綺麗にかかってたしね」
『なんだそりゃ。 ところで、お前、逢えたのか?』
「いや、寝てた」
『うちの母さんに爺さんのお悔やみを言いに来て、花を墓前にって届けてくれたらしい。 そもそも、俺も逢えてないけどな』
「情報はそれだけ?」
『なんだよ、その言い方! まぁ、いいけど。 うちの母さんがお前をほっぽり出して何してるんだって突っ込んで聞いたらしい。 そしたらな、自分しかできん用事をすませにゃならんからと急いで飛びだして行ったらしいぞ』
「どこへ!?」
『わかんねぇよ。 でも、お前、探すんだろ?』
「探さないと人生のピンチだ」
『わかった・・・・・・ 付き合ってやるよ。 俺、定期考査中だから、それをちゃっちゃと済ませていけるように動くから』
「そうだった! テストだ! 真剣に忘れてた。 そういえばうちも今日からだったわ」
『ひょっとして丸腰で試験受けるつもりか? ある意味で脱帽するわ』
「うるさいな!」
冬馬との通話が終了し、スマホがロック画面に戻るそのわずかな瞬間、メールに1という表示を見た気がした。
あわててパスコードを入力し、待ち受け画面のロックを急いで解除した。メールのアプリを起動させようとするが、焦りすぎて何度も何度も指先でノックしてしまう。慌てれば慌てるほど、反応しない画面。ようやく開けた画面に未開封メールが1件ある。
「どうでも良いお知らせメールでないことを願う!」
受信箱をひらけ、送信元に目をやる。Kosuke Munakataの表示。
「公介!」
呼び捨ては今に始まったことではないが、急ぎその内容に目を通す。
《おはよう、志貴。 寂しかったか? 泣いたか? まあ、とりあえず、お前の探し物は必ず意図しないタイミングで向こうから現れる。 それまでちゃんとハウスしておくように。 下手に動くだけ無駄だからな。 狐に探させても無駄骨だぞ? じゃ、俺特有の俺しかできん用事があるからいつもの所にちょっと行ってくるわ。 では、またね。 伯父様より》
何度も何度も読み返す。
読み落としのないように丁寧に読み返してみる。
しかしながら結論、どうしろってんだという内容でしかない。
「何が伯父様だ!」
怒鳴りつけてみるといくらか胸がすっとした。
だが、本音ではすっとするどころか、不安増大だ。勝手に向こうから現れるってそこそこに危険ってことだ。しかも公介しかできない用事なんてもんで思い当たるのは一つしかない。禁域関係だ。ややこしいことしかないって言ってきたようなものじゃないか。
それでも、こんなどうしようもない展開でも冷静になれば見えてくるものがいくらかはあるが、何せ禁域は未熟者の黄泉使いがノックするにはハードルが高い。
何故なら、禁域は黄泉の玄関口のようなもので、知識と技術の不足した者が立ち寄ることは危険そのもの。
黄泉と言えば一般的にはきっとあの世のイメージだろうが、それはちょっとだけ違っている。実のところ、現世と冥界のちょうど狭間のニュートラルな空間を黄泉というのだ。
冥界へはとんでもなく高いハードルが設けられており、人の輪廻から解き放たれた者のみが扉をくぐることが許される。
この度の人生の答えをめでたくも答えられたとしても、さらに輪廻を繰り返し、学びを続ける者の魂はこの黄泉にとどまり、再度、生を受けるタイミングを待つシステムになっている。
つまり、黄泉は待機場になっているというわけだ。
現世にあふれる悪鬼と冥界の最下層に封じ込められたはずの最凶の罪人が何かのきっかけをもってこの待機場に干渉しないように監視するために生まれた血族が黄泉使いなのだ。
現世にあって現世になく、黄泉にあって黄泉にないといういかにも表現しづらい人間というわけだ。
その本来の最も濃い役割を果たしている黄泉使い達が集っているのが禁域とされる出雲と熊野というわけだ。
そうした重要拠点だからこそ、当主をしのぐレベルの術者を選抜して送り込んでおり、黄泉に干渉させないというたった一つの任務をひたすらにこなす。
やれどこに悪鬼が増えただのというレベルの任務には彼らは一切関与しない。
ただひたすらにその場から離れずに監視するのだ。
そして、それに口を出せるのは彼らが認めた人間のみ。
認められなければ元締めであろうと宗像であろうと各家の当主であろうと、跡継ぎであろう問答無用にばっさりと切り捨てられるのが当たり前だ。
公介はその禁域に立ち入ることを認められた一人だ。その公介が真っ先にいくとしたら間違いなく宗像派閥が護っている出雲だ。
「禁域に何の用だってんだ?」
禁域に居る黄泉使いは特殊であり、一風変わって般若の仮面をしている。
ゆえに、通称黄泉の鬼と呼ばれている。
黄泉の鬼には宗像から三名が出雲に出向いている。
出雲の頂点は冬馬の父であり、その下にものすごいキャラクターの二名がいる。
三年前に稽古というレベルで半殺しにされた記憶がばっちりと残っているほどだ。
公介が待てをかけなかったのなら、あばら二本では済まなかっただろうと複雑な想いになるほどに戦闘に特化した二名がいる。
その内の一人は私の淡い初恋のその人で、たかだか稽古一回、5分でぼこぼこにされ公介にストップかけられたことまで思い出し、遠い目になりそうだ。
幼いころから大好きなのだが、如何せん、恐怖のレベルの強さを誇るだけでなく、一度たりとも相手にしてもらった試しがない。
つまり出雲へ向かうとなれば、天地がひっくり返ってもガチンコで喧嘩のできる相手ではない三名とご対面することになる。
ちょっと用事という雰囲気では済まされない場所で、名実ともにトップ3のえげつなく凶悪な黄泉使いに何の用事があるというんだ。
ひょっこりと顔を出して許されるあたり、公介はやはり桁違いの黄泉使いということだ。
熊野も同様、津島から同じようなキャラクターが配備されているわけで、考えるだけで嫌になる。
ぐちゃぐちゃっと髪をかきむしってみて、やや多めの息を吐いた。
どこもかしこも一筋縄ではいかない。
腕時計に目を落として、あわてて駆け出す。遅刻だけはしたくなかった。
荒々しく弁当を鞄に押し込んで、真っ黒の革靴に足を滑り込ませる。
玄関を飛びだし、丁寧に敷き詰められた正方形の石の上をはねるように駆け出す。
自転車の前かごにまた荒々しく鞄を押し込み、ペダルを踏みこむ。
駅までの長い坂を自転車に乗りくだりながら、ほうとため息をつく。
「絶対に出雲にいるはずだ」
公介の行動の先には必ず答えがある気がした。
これまで全くと言ってもいいほどに姿を見せなかった公介の動きが活発になっている。私は腐っても姪っ子だ。あのひねくれ者の考えそうなことくらいわかる。
公介はある意味で欲しいものをもう手に入れたに違いない。
だから表だって動き出したのだろう。
「これからの方針くらい言えっつうの!」
ペダルをこぐ足に容赦なく力が入り、スピード倍増だ。
風が異様に心地よい。
ようやく公介が一緒に戦うぞとサインを送ってきたことがむかつくけれど嬉しかった。
私のこの性格を読み違えていたとしたら公介は相当おバカだ。
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