黙の月ー神の獣に愛されし紅

ちい

文字の大きさ
上 下
15 / 47

第15話 師匠の時は嫌いだが、伯父の時は何だか安心

しおりを挟む
 穂積の爺さんの死後、一週間近く泣き尽くしたせいで腫れた目がどうにも治らない。
 完全にバックボーンを失って、行動制限が増えると覚悟していたのに、調子が狂いそうになるほどに何も変わらなかった。
 学校へ行くのもだめだと止められるかと思ったが、意外とあっさりと許可は下りた。確実なる悪鬼危険ホットスポットとなっている高校へ通学する不思議。
 ただし、屋上には立ち入るなとだけは釘を刺された。
 日中であれば問題ないという判断なのだろうが、きっとそんな甘い考えはすぐに改めることになるような気がしている。
 眠い体をなんとかたたき起こして、制服のブラウスに袖を通した。
 あまりにいつもどおりの感覚。これは近頃の感覚からしたら、とんでもない違和感だ。
 富貴のアイロン技術がすこぶる上達している気がする。
 毎朝、口論になるほどの腕前のはずなのに、なんだこのクリーニングに出した後のような。まさか本当にクリーニングにだしたのかと、たかだか制服だぞと、まじまじとみてみるが、どこにもクリーニングのタグは見当たらなかった。
「白、リボンとって!」
 言ってみてすぐに肩を落とした。
 自分で決めたこととはいえ、これほどまでに寂しいものなのかと今更ながらに痛感。
 あの暢気な声が聴こえてくる気がするけれど、それは幻聴だ。
 自分自身で決めて、アイツに特命をだし、自分の元を離れさせたはずだ。
 ちょっとだけイライラして自分で机の上に投げ捨てたままのリボンネクタイをつかむ。
 鏡を見ないで結べるようになったのはいつの頃だったろう。
 白、いや今は望か。あの狐男に結び方が醜いと怒られて、特訓した日が懐かしい。
「母さんより母さんだったんだよなぁ、ほんとに」
 鏡に映るひどい寝ぐせの残った髪をみて、苦笑いだ。
 丁寧に編み込みをしてくれたり、巻いてくれたりしていたのはあいつだ。
 平屋づくりだから我が家に2階はない。離れの独立した空間が私の居住区であり、母屋は当主の居住区となっていて完全に分離している。
 当主と後継者が同時に襲われることのないように分けられているのが宗像本家の当たり前だ。最初から母屋には父、離れには私と伯父というよくよく考えてみたらおかしな配置だった理由が今ならわかる。
 障子をあけて、庭に面した無駄に長い廊下を歩く。
 ああだこうだと話しながら毎日歩いていたのに、今や無言。一人になってみるとなかなかに寂しい。
 離れの居間にたどり着くと、ダイニングテーブルの上に朝ご飯が並んでいた。
「久しぶりにまともな食事、いつも通りというか」
 言葉を口にして自分でも一気に身震いしたのがわかった。これはどう考えても公介特製の和朝食ではないか。私はうなりながら、すぐ手の届く所に無造作に置かれていた弁当袋を開け、中身を確認。
「OL弁当!」
 声が裏返る。公介だ。公介が帰ってきている。
 学生鞄を放り捨て、公介の部屋のある離れへ駆け出した。
 声をかけることもなく、勢いよく障子を開ける。
 だが、そこに探していた公介の姿はなかった。
 公介の仕事用のPCに付箋が張られているだけだ。

《ご飯はチンできるようにしてあります。 ママはもうしばらく帰りません。 探さないでください。 後、編集さんにUSBを渡しておいてね。 生活費はいるのだからよろしくね》

 腹が立ったが、ホッとして鼻の奥がツンとした。本当に無事だった。
 せっかく戻ってきたのならどうして何も言わないのだ。
 声かけることくらい出来ただろうと嬉しい反面、怒りが込み上げてきた。
「公介のあほんだら!」
 大声で叫んでみた途端、スマホの呼び出し音が急にけたたましくなり始めた。
 表示されているのは冬馬の名前だ。
 画面をスライドさせて、やや八つ当たり気味の声で応答する。
「もしもし? 何か用?」
『なんだよ、機嫌悪いな。 公介さんが今朝うちに来たらしいぞ!』
「……そうだろうね」
『もう知ってたのか?』
「いや、弁当と食事があったのでね。 アイロンも綺麗にかかってたしね」
『なんだそりゃ。 ところで、お前、逢えたのか?』
「いや、寝てた」
『うちの母さんに爺さんのお悔やみを言いに来て、花を墓前にって届けてくれたらしい。 そもそも、俺も逢えてないけどな』
「情報はそれだけ?」
『なんだよ、その言い方! まぁ、いいけど。 うちの母さんがお前をほっぽり出して何してるんだって突っ込んで聞いたらしい。 そしたらな、自分しかできん用事をすませにゃならんからと急いで飛びだして行ったらしいぞ』
「どこへ!?」
『わかんねぇよ。 でも、お前、探すんだろ?』
「探さないと人生のピンチだ」
『わかった・・・・・・ 付き合ってやるよ。 俺、定期考査中だから、それをちゃっちゃと済ませていけるように動くから』
「そうだった! テストだ! 真剣に忘れてた。 そういえばうちも今日からだったわ」
『ひょっとして丸腰で試験受けるつもりか? ある意味で脱帽するわ』
「うるさいな!」
 冬馬との通話が終了し、スマホがロック画面に戻るそのわずかな瞬間、メールに1という表示を見た気がした。
 あわててパスコードを入力し、待ち受け画面のロックを急いで解除した。メールのアプリを起動させようとするが、焦りすぎて何度も何度も指先でノックしてしまう。慌てれば慌てるほど、反応しない画面。ようやく開けた画面に未開封メールが1件ある。
「どうでも良いお知らせメールでないことを願う!」
 受信箱をひらけ、送信元に目をやる。Kosuke Munakataの表示。
「公介!」
 呼び捨ては今に始まったことではないが、急ぎその内容に目を通す。

《おはよう、志貴。 寂しかったか? 泣いたか? まあ、とりあえず、お前の探し物は必ず意図しないタイミングで向こうから現れる。 それまでちゃんとハウスしておくように。 下手に動くだけ無駄だからな。 狐に探させても無駄骨だぞ? じゃ、俺特有の俺しかできん用事があるからいつもの所にちょっと行ってくるわ。 では、またね。 伯父様より》

 何度も何度も読み返す。
 読み落としのないように丁寧に読み返してみる。
 しかしながら結論、どうしろってんだという内容でしかない。
「何が伯父様だ!」
 怒鳴りつけてみるといくらか胸がすっとした。
 だが、本音ではすっとするどころか、不安増大だ。勝手に向こうから現れるってそこそこに危険ってことだ。しかも公介しかできない用事なんてもんで思い当たるのは一つしかない。禁域関係だ。ややこしいことしかないって言ってきたようなものじゃないか。
 それでも、こんなどうしようもない展開でも冷静になれば見えてくるものがいくらかはあるが、何せ禁域は未熟者の黄泉使いがノックするにはハードルが高い。
 何故なら、禁域は黄泉の玄関口のようなもので、知識と技術の不足した者が立ち寄ることは危険そのもの。
 黄泉と言えば一般的にはきっとあの世のイメージだろうが、それはちょっとだけ違っている。実のところ、現世と冥界のちょうど狭間のニュートラルな空間を黄泉というのだ。
 冥界へはとんでもなく高いハードルが設けられており、人の輪廻から解き放たれた者のみが扉をくぐることが許される。
 この度の人生の答えをめでたくも答えられたとしても、さらに輪廻を繰り返し、学びを続ける者の魂はこの黄泉にとどまり、再度、生を受けるタイミングを待つシステムになっている。
 つまり、黄泉は待機場になっているというわけだ。
 現世にあふれる悪鬼と冥界の最下層に封じ込められたはずの最凶の罪人が何かのきっかけをもってこの待機場に干渉しないように監視するために生まれた血族が黄泉使いなのだ。
 現世にあって現世になく、黄泉にあって黄泉にないといういかにも表現しづらい人間というわけだ。
 その本来の最も濃い役割を果たしている黄泉使い達が集っているのが禁域とされる出雲と熊野というわけだ。
 そうした重要拠点だからこそ、当主をしのぐレベルの術者を選抜して送り込んでおり、黄泉に干渉させないというたった一つの任務をひたすらにこなす。
 やれどこに悪鬼が増えただのというレベルの任務には彼らは一切関与しない。
 ただひたすらにその場から離れずに監視するのだ。
 そして、それに口を出せるのは彼らが認めた人間のみ。
 認められなければ元締めであろうと宗像であろうと各家の当主であろうと、跡継ぎであろう問答無用にばっさりと切り捨てられるのが当たり前だ。
 公介はその禁域に立ち入ることを認められた一人だ。その公介が真っ先にいくとしたら間違いなく宗像派閥が護っている出雲だ。
「禁域に何の用だってんだ?」
 禁域に居る黄泉使いは特殊であり、一風変わって般若の仮面をしている。
 ゆえに、通称黄泉の鬼と呼ばれている。
 黄泉の鬼には宗像から三名が出雲に出向いている。
 出雲の頂点は冬馬の父であり、その下にものすごいキャラクターの二名がいる。
 三年前に稽古というレベルで半殺しにされた記憶がばっちりと残っているほどだ。
 公介が待てをかけなかったのなら、あばら二本では済まなかっただろうと複雑な想いになるほどに戦闘に特化した二名がいる。
 その内の一人は私の淡い初恋のその人で、たかだか稽古一回、5分でぼこぼこにされ公介にストップかけられたことまで思い出し、遠い目になりそうだ。
 幼いころから大好きなのだが、如何せん、恐怖のレベルの強さを誇るだけでなく、一度たりとも相手にしてもらった試しがない。
 つまり出雲へ向かうとなれば、天地がひっくり返ってもガチンコで喧嘩のできる相手ではない三名とご対面することになる。
 ちょっと用事という雰囲気では済まされない場所で、名実ともにトップ3のえげつなく凶悪な黄泉使いに何の用事があるというんだ。
 ひょっこりと顔を出して許されるあたり、公介はやはり桁違いの黄泉使いということだ。
 熊野も同様、津島から同じようなキャラクターが配備されているわけで、考えるだけで嫌になる。
 ぐちゃぐちゃっと髪をかきむしってみて、やや多めの息を吐いた。
 どこもかしこも一筋縄ではいかない。
 腕時計に目を落として、あわてて駆け出す。遅刻だけはしたくなかった。
 荒々しく弁当を鞄に押し込んで、真っ黒の革靴に足を滑り込ませる。
 玄関を飛びだし、丁寧に敷き詰められた正方形の石の上をはねるように駆け出す。
 自転車の前かごにまた荒々しく鞄を押し込み、ペダルを踏みこむ。
 駅までの長い坂を自転車に乗りくだりながら、ほうとため息をつく。
「絶対に出雲にいるはずだ」
 公介の行動の先には必ず答えがある気がした。
 これまで全くと言ってもいいほどに姿を見せなかった公介の動きが活発になっている。私は腐っても姪っ子だ。あのひねくれ者の考えそうなことくらいわかる。
 公介はある意味で欲しいものをもう手に入れたに違いない。
 だから表だって動き出したのだろう。
「これからの方針くらい言えっつうの!」
 ペダルをこぐ足に容赦なく力が入り、スピード倍増だ。
 風が異様に心地よい。
 ようやく公介が一緒に戦うぞとサインを送ってきたことがむかつくけれど嬉しかった。
 私のこの性格を読み違えていたとしたら公介は相当おバカだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

処理中です...