それは愛か本能か

紺色橙

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第二章 上条真也の話

2-1 君を見つけた

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 甘い匂いと甘い声。
 僕の下で喘ぐ颯君に、僕は暴力的な愛を持っている。


***


 小さな時から物語を読むのが好きだった。
 お姫様と王子様が出会うような物語を読むのが好きだった。
 成長し、アルファとオメガの間に運命の番というものが存在すると聞いた時、僕の相手はどこにいるのだろうと考えた。
 皆は『運命の番』はそれこそ物語の中と同じものだよと言った。
 現実には起こり得ないことだって。
 でも僕は信じた。
 僕にはきっと運命の相手がいる。僕はその子を見つけだして、ずっと一緒に幸せに暮らすんだと。

 僕の家は代々アルファ同士で見合い結婚をし子供を作ってきたのだという。
 父親もその兄弟も皆そうだし、僕より6歳と4歳年上の兄もそうなるのだと言われていた。
 実際兄たちは早々に見合い相手と数度顔を合わせ、問題なく結婚した。
 見合いだからと言っても嫌々というわけではなく、兄たちはそれなりに仲良くやっている。
 時たま子供を連れてうちに帰ってくる様子を見ていると、そう思う。

 僕も当然そうなるはずだった。
 中学生になっても僕は運命の相手がどこかにいることを信じていたし、それこそ絶対に会えるとも信じていた。
 だけれど見合い相手は着々と選ばれていて、両親に連れられて行った先に相手の女性がいることもままあった。
 両親は僕が運命の物語を好きなのを理解していて、相手の女性と『偶然出逢った』というのを装うことすらあった。

 
 中学三年の春、父親に真正面から見合いの話を持ってこられた。
 相手の女性は僕より年上で、海洋生物に興味をもって研究している人だと言った。
 いくら運命を信じていようとも逃げ出すことは出来ず、僕は実際に彼女と会った。
 好きなことを一生懸命説明してくれる彼女は可愛らしく好感があった。きっとセックスをして子供を作ることだって出来るだろうと思った。
 運命が見つからずどうしようもないのなら、彼女と結婚するのもいいだろう。
 幼いころから信じ続けている運命を今後も信じ続けることは出来るけど、現実はそれとしてこなさなければならないことを理解していた。

「少しだけ散歩をしてくる」とその場を離れた。
 ふと、博物館が目に留まる。
 何とはなしにそこに入って、吹き抜けの3階から下を歩く人々を見ていた。

 こんなにたくさんの人の中から僕は、アルファの女性だけを選び相手をする。仕事でもきっとアルファの人たちと接する機会が多いのだろう。こんなにたくさんの人がいるのに、自分の世界はやたらと狭い。
 もしできるのならば、ベータやオメガと共に働くことは出来ないかなと考えていた。
 オメガには逆に嫌われて避けられてしまうかもしれないけれど、何とかうまくやることは出来ないのかな。
 もっと抑制剤が研究されれば、アルファだのオメガだの言わずに共に歩めるようになるのだろうか。それならば僕はその研究をする道に進もうか。
 どこを見るでもなく手すりにもたれかかり思考を巡らせた。
 その視界に、違和感を覚える。

 僕の目は勝手に特定の人物を追っているようだった。
 それに気づき、目を凝らす。
 列を成す学生服の集団が教師に従い話を聞いていた。
「僕の番」
 運命の相手だ、と思った。
 教師の話を聞いているのかいないのか俯く彼を、間違いなく運命だと思った。
 こっそりその姿を写真に撮る。
 今捕まえてしまおうか、突然話しかけたらさすがに怖がられ逃げ出してしまうだろうか。
 彼の声が聴きたい、彼の匂いを嗅ぎたい。彼が欲しい。
 頭がおかしくなっていくのがわかる。
 そんなに視力がいいはずも無いのに、撮影した画像よりも彼の顔を鮮明に脳裏に焼き付けた。

 身体に巡り始める欲を抑えようと緊急抑制剤を噛み砕く。
 運命を信じていた僕は、主治医に強い薬を貰っていた。
「もし万が一目の前に運命の相手が現れた時にも、理性のある紳士的な対応をしたい」
 そう思って、絶対に欲を抑えられる強い薬を貰った。
 一般的なオメガの発情期に対抗するものより強い薬。
 連続しては飲めない。何度も使うものではないと主治医は言った。

 強い薬で眩暈が起こる。
 倒れないようにぐっと手すりを掴んだ。
 回る世界でそれでもこの目は彼を見ようとしていた。
 指先が痺れ、こみ上げる吐き気に、この薬は物理的に自分を動かなくさせるものだなと笑った。

『どこにいるんだ。帰ってこい』
 父親からのメッセージに、『運命の番を見つけた』と返す。
 彼が移動するまで僕の目は離れず、吐き気と眩暈に座り込んだまま父親が僕を捕まえに来るのを待った。


「運命の番を見つけた、だからあの女性と結婚はしない」
 両親を前に宣言をした。
 何を馬鹿なことをと返されたが、その後のお見合いに僕は一切参加しなかった。
 偶然を装われた出会いからも僕は即立ち去り、自分で彼のことを調べ始めた。

 制服で学校がわかった。
 あの日校外学習として来ていたのが、僕と同じ中学三年生だということも分かった。
 そこまでわかってしまえば簡単なことで、僕は彼の名前も住所もすぐに手に入れた。
 撮った写真を拡大して部屋に飾り、毎日それに向かって呼びかけた。
「颯君、早く会いたいなぁ」

 彼の家に行こうかとも考えたが、彼の両親はベータで、特に母親の方があまりアルファにいいイメージを持っていないということがわかっていた。
 彼の母親は彼がオメガだということを悲観し、その未来にあるアルファを敵対視していた。
 優しい母親の愛なのだと思う。
 だから僕は颯君と直接知り合おうと考えた。
 彼はベータとオメガの住まう町から基本出ていかない。
 アルファの僕がそこで偶然を装うのは難しいことだった。

 父親に頼むことにした。
 社会見学の一環として編入したいという表向きを携えたお願い。
 父親は僕のことを理解していて「番がそこにいるのか」と言った。
 分かっているのなら否定する必要もない。
「僕の番だ。僕が捕まえる。誰にも邪魔はさせない」
 両親は悩んでいたが、兄が面白半分に支援してくれた。
 先に結婚し子供を持っていた長男の直之兄さんが特に。
 次男の辰巳兄さんは「真也は昔から運命を信じてたからね」と言った。
 物心ついてから僕の書き記した将来の夢は全て『運命の番と一緒に幸せに暮らす』とある。
 父親は折れ、高校の一時だけならと認めてくれた。
 父親の望む高校に行き、求められる成績を修め、その上で一時だけなら良い。
 そして、オメガとはいえ相手も一人の人間なのだから無理はさせるなと言った。
「オメガが本能でアルファを誘うとしても、それはあくまで本能だ。その子の意思はまた別にあるだろう」
 父親の言ったことを僕は深く考えることになる。

 オメガのことをもっと調べなければ、と思った。
 そして自分の、アルファのことも知らなければ。でなければ彼を傷つけることになってしまうかもしれない。
 オメガはその性に悩まされるのが常だというが、一体どういうものなのか。
 発情期や抑制剤についても学ぶことになった。
 番はその先にある。その前を知らなければならない。


 颯君は男性だ。
『男オメガは早くから強い性抑制剤を使用するため、身体発育不全を起こす。メスの子宮に該当するものがまっとうに育たず、そのため着床率の低下と不育症も引き起こしやすい。
 オスとしての生殖能力もオメガ性の発現(発情期)によって阻害され、多くが造精機能障害を起こす』
 颯君との子供は望めないに等しいということがわかった。
 僕の夢は番と一緒に幸せになること。彼が幸せになれればいい。問題は子供ではない。
 でも発情期に強く僕を求めてくれたらどれだけいいだろう、と思考が飛びそうになって慌てて戻す。

 肝心の番になったオメガはどうなるのだろうか。
『無差別にアルファを求めることは無くなるが、番相手に強く反応する』
 これだ、と思った。
 まさに僕の望むそのものだ。
 これなら本当に僕だけの番として、僕が幸せにしてあげられる。

 今すぐにでも颯君の元に行って噛んでしまいたかった。
 その瞳に僕だけを映して、僕だけにその声を聞かせてくれたらいい。
 考えただけで体が疼く。早く彼を捕まえたい。
 でも父親は言った。
「本能と意思は別なのだ」と。
 だから僕はまず彼と仲良くなるところから始めないといけない。
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