それは愛か本能か

紺色橙

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第一章 宮田颯の話

1-22 運命の在処

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 そのまま家に帰ることもせずに上条の部屋で過ごした。
 ずっとくっついて、なんだったらあいつを肘置きのように椅子のようにしてその足の間に挟まって過ごした。
 上条は俺の頭に顔を擦りつけ、たまに匂いを嗅いでいた。
「俺には上条の良い匂いがわかるけど、お前もそうなの?」
「わかりますよ。他の誰とも違う、甘い匂い」
 自分ではわからないそれにただ、へぇと返す。

 桃はもしかしたら、運命の人を探しに街に行ったのかもしれないなと思った。
 俺が余計なことを言ったから、自分から行動しようと思ったのかもしれない。

 アランというそのアルファが運命の番であればいいけど、運命でなくても桃は可愛いから連れ去りたくなってしまったのかもしれない。
 痛い思いをしていなければいい。
 苦しい思いをしていなければいい。
 寂しい思いをしていなければいい。

「颯君」
 振り返ればキスをされる。
 俺の唇を食べるようにして、上条の唇で挟まれる。
「なんだよ」
「僕がここにいるのにずっと、違うことを考えてる」
「だって」
「ちょっと心配なんです。僕が運命の番のはずなのに、桃さんにとられるんじゃないかって」
「はぁ?」
 俺も桃もオメガだ。番にはならない。
「今は番って言うのはアルファとオメガの間だけのことを言ってますけど、もしそうじゃなかったら?」
「んん?」
「もっと違う、いうなれば魂のようなところで繋がっている人だとしたら?」
「アルファだとかオメガだとか関係なくなるって?」
 もしそうだとしたら、桃と番になれただろうか。
 俺が桃の運命だよって、会いに行っただろうか。
「ほら、考えてる。そうなのかもって思ってるでしょ」
「例えばで考えただけだよ」

 どうせ俺はオメガで、桃の救いにはなれないと思っていた。
 俺が桃に何かしてあげられることは無いって。ただ同じオメガとして同情して、共鳴して、嘆くだけだって。
 本名を聞かなかった。
 住所だって聞かなかった。
 すぐに行ける距離だってわかっているのに、一度も会わなかった。
 嘘でも俺が桃を守るよって言ってあげられなかった。
 俺がずっと傍にいるから寂しくないよって、そんなことすら言ってあげられなかった。
 アルファじゃなくたってベータじゃなくたって、同じオメガだって桃のことを攫いに行けたのに。

 寂しがり屋の桃と、いつまでも一緒にいる気がしていた。
 何も言わなくても、あのままずっと、画面の向こうとこっちで繋がり続けると思っていたんだ。

「あげないよ。颯君は僕のだから、僕より先に仲良くなっていたからと言っても、あげない」
「わかってるよ」
 苦笑する。
「だけど桃が安全かだけは知りたい。桃は、俺の大切な人だから」


 オメガの自覚はあった。
 オメガの自覚は無かった。
 一人は心細かった。
 あのサイトを覗いて、自分だけじゃないのだと安心した。
 この世界では俺だけが不幸なんじゃなくて、たくさん同じ可哀想な人がいるんだって思った。
 同じく男で年も近い桃が風俗店で働いていることにびっくりした。
 一般的なことではあるけれど本当にそうなんだと頭の隅っこで自分の未来を見た。
 桃は俺のことを理解してくれて、答えをくれた。
 俺が不安に思うことを同じように不安に思って、そして一緒に悩んでくれた。考えてくれた。大丈夫だと安心させてくれた。

 俺が上条に抱かれて最高に幸せだと思っている時に、桃は悩んでいたんだろうか。
 今までアルファの街に行くなんてしていなかったのに、何かきっかけがあったから行動したはず。
 早く死ねることを願っていた彼が、実際どこまで人生を悲観していたのかわからない。
 ただ俺はその時幸せで、桃に幸せだと言いたくて――。


 後に押し付けた頭をまたすんすんと嗅がれた。
「臭いの?」
「良い匂いがする」
 体に回る上条の腕が、立てていた俺の足を開く。
「何」
 するりと下半身に手が伸びる。
 借りた着替えのズボンの上から、優しく俺のモノが揉みしだかれた。
「おい」
「僕のことだけ考えて」
「んなの」
「僕のことだけ」
 急速に与えられる刺激で、背中が浮き離れる。
「ずっとしてんじゃねーか」
「ずっと僕のこと考えててほしい」
 抑えようにも声が出て、すぐに反応し始める身体を情けなく思った。
「あっ――……もーおまえはっ」
 強がって声を張り上げても、そのまま上条のペースに飲み込まれていく。
「桃さんのことはどうにかするから、僕だけのことを考えて」
 こいつがそう言うのならきっとどうにかなるのだろうと、頭の中を明け渡した。


***


 土日中ずっとセックスをして、何度も噛まれ何度も中に受け入れた。
 発情期の始まりにここまでされれば落ち着くだろうと、薬を飲まずに生活してみた。
 上条に言われてのことだが、実際に何ら問題なく過ごし二日目にはポケットの中の薬を握るのをやめた。
 副作用の一切ない生活。
 発情期が来ていない時と全く同じ生活。
 快適さに喜んだ。
 上条と初めて会った時に死ぬほどあった不調はもう訪れないのだと思うと、運命の番に感謝した。

 運命の番だからと言って、人間として好きになれるかは別だと思う。
 アルファは優秀だから人間としてもできている奴ばかりなのかもしれないが、俺は多分きっと、オメガ性に呪われていなかったとしても、あいつを好きになったと思う。
 俺ですらそう思うんだ。
 番になってもアルファのフェロモンは無くならないというし、変な虫がつかないように、俺はあいつを誘惑し続けないといけない。



[1章おわり]
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