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39 愛
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家に帰れば大人しく、配信もゲームもせずに布団に入った。お母さんに何となく具合が悪いような気がすることを伝え、遅くに帰ってきたお父さんは風邪だろうとゼリーを買ってきてくれた。夜中には熱が出ていたが丸一日過ぎればそれもなくなり、多少の鼻水だけが出てきた。
軽い症状で済んだのは早くに気付き寝ていたからかもしれない。いつもなら何となく熱っぽくてもパソコンの前にいるから。
一週間経つ頃にはすっかり元気で、咳もくしゃみもなく人にはうつさないだろうと思われた。
『進んだ?』
『少しだけ』
帰宅した翌日に元気なんだよと送ったメッセージ。安静にしていなさいという返信。だから一週間もごろごろと――引きこもりのニートなので今まで通りなのだけどもごろごろとしていた。ゲームは多めの休みを挟んでよく寝るようにしたし、野菜大好きなお父さんと共に菜食をしていた。
『また来れる?』
『うん』
『じゃあ迎えに行くよ』
風邪だからいったん家に帰ってきた。治ったからまた仁の家に行く。そう決まっているのは自然なことのように思えた。オレが再び電車への不安でまごつかないように、迎えにまで来てくれるという。素直にありがたいなぁと思い、それを受けることにした。
『ゲームのように"あなたに会いたい"と言えば、飛んでいけたらいいのにね』
そんな便利さが本当に欲しい。けれどあの魔法はカップルの間でしか発生しない。だからそれが発動できるのなら、カップルであるということだ。今のオレたちはどうだろうか。パートナーになろうと言われていいよと返事したんだから、発動できるのかな。
***
仁は一週間経ち戻ってきても何も言わなかった。パートナーだの恋人だの、何も。だからオレも今まで通りでいいのかなって思っていたんだけど、迎えに来てくれるのとか、ゲームをわざわざ作ったのとか、仁はオレのためにしてくれることが多いのだ。一方的に好きだからと言われたけれど、してもらうのまで一方的なのはどうなんだろう。それに、仁は今まで通りだからその一方的な好きすらオレには分からない。「好きだからしてあげたい」っていうのは通る気がするけれど、仁はあの後、何も言わないし何もしない。
健全に山田と遊ぼうかと思ったけれど、すぐに誘うのもなんだか悪いような気がした。どちらに……と言えば多分仁に。だから一人で創作料理を作ってAIの能力を試したり、風呂に沈んで潜水能力の向上を図ってみたりした。
王都の裏路地まで知るようになったころ、目的もなく王都を出た。クエストなんか頭に入れず、ただ北を目指す。きっと雪があるだろう。馬車にも乗らずただ歩く。
弱いモンスターとは戦って、王都から離れ人の気配がなくなる場所では案の定強くなる敵からは逃げた。猫が縄張りから抜け出て帰れなくなるみたいに、あっちに追われこっちに逃げる。ゲームの世界で夜を過ごし、朝になり、太陽の眩しさも目に入れた。
ログアウトすれば現実でパソコンの前に座る仁の背中の元に戻る。暗闇の中物音に怯え、実際に自分の数倍ある敵と対峙し傷を負っても、どこまで遠く歩こうとも逃げようとも、絶対にここに戻れるのだ。
居心地がよかった。安心した。
仁のところに帰ってくることに安心したけれど、それは仁がオレのために一方的に与えてくれているものだとも知っていた。
星が空を埋め尽くす。毒を吐く花がいる森でも、空には星が見えていた。仁と二人最初の頃に見た空と同じく、綺麗な綺麗な夜空だ。
結婚指輪の中、燃え盛るような赤い色とその揺らめき。オレにはこれが"愛"なのだろうと思えた。真っ赤に主張が激しくて、閉じ込めておかないと燃え盛って燃やし尽くしてしまうような。動かない木に背を預けオレ自身はモンスターから身を隠すようにしていても、この指輪は存在を隠さない。ここにいますよってアピールしてる。
オレは仁に対してそういう気持ちは持っていない。仁は持ってるんだろうか。この指輪のように、それを閉じ込めているんだろうか。
聞いてみることにした。
「仁の気持ちについて聞きたいんだけど」
「うん。どうぞ?」
ログアウトしてすぐ、身を起こすよりも早く声を出した。軽く振り向いた仁は快諾してくれる。
「仁はオレに対して燃えるような愛を持ってるの?」
「燃えるような……って言われると難しいけど。どうして?」
「ゲームの中の結婚指輪あるじゃん? 挨拶に行ったのは愛の精霊だったよね。愛っていうのがあの形をしてるなら、オレが仁に対してそれを持つことはないと思う。それに、仁がそれを持っているようにも見えないから。それとも隠してる?」
「隠してるつもりはないけど」
仁の気持ちは仁のものだから『好き』を疑うとかそういうことではないんだけど、ただ理解が及ばなかった。
「好きになるとドキドキしたり、目が合うだけで真っ赤になったり、言いたいことが上手く言えずに変なことを言っちゃったり、好きすぎて他の人に嫉妬して刺したりするんじゃないのかな」
「極端だな。何の漫画?」
「えーと、」
「いや作品名じゃなくてね」
「そういうのしか、知らないから」
嫉妬で刺し殺すのなんかまさに愛の象徴っぽいと思わない? 燃えて燃えて、ついには焼き殺すんだ。ぽっと頬を赤く染めるのだって、体の中に火が付いたみたいで分かりやすい。でも顔が赤くなるだけだと赤面症かもしれないからなんともいえないか。
「そうだな。山田さんと仲良くしてるのに嫉妬してたよ?」
「こないだの」
「うん。嫉妬もしたし、俺とのセックスじゃ物足りなかったかなってちょっと……悲しくもなったけど」
「それは全然ないよ。でも、最近しないよね」
「だって俺はアキラが好きって言っちゃったしね。今までのアキラはただえっちなことに興味があったんでしょ。俺の存在は何というか、体温のある肉棒だったと思うんだけど。でも好きって言っちゃったし、道具に自我があると怖くない?」
「怖くはない……かな?」
「恋人として、もしくは恋人のようにセックスしてもいいよっていうんなら遠慮しないけど」
えっちすることは好き。仁としかしたことはないけど、多分他の人とやっても好きだと思う。オレはそうして仁だけを見てあげられないのに、そんなでいいんだろうか。最初にエロいことに興味があるって始めたのはオレで、結局これもしてもらってたことなのだ。
「仁にしてもらってばっかりなんだ、オレ」
「そんなにいろいろしたかな」
「迎えに来てもらうのも、えっちしてもらうのも、そもそもこのゲームだってオレをおびき出すために作ったんでしょ」
「まぁ将来の方向性は決まったよね」
仁はため息のように相槌を打った。それから立ち上がり、ベッドの上でくっつくほど近くに座った。
「アキラのことを可愛いと思う」
「それはおかしい」
「うーん、じゃあ、こう言い直そう。愛おしいと思う」
「いとおしい」
「そう。小さな生き物を愛でる感じ、わかるよね。あとは綺麗なものを見たり、やたらと晴れやかな気分の時に世界を愛おしく思ったりする」
「何となくわかる……ような? 小さい子が可愛いのはわかる」
「俺はアキラのことを愛おしいと思ってる。こうして隣にいてもドキドキというよりもっと違う、嬉しさとか触れた体温のような温かさを感じてる」
「燃えてる?」
「山火事のように燃え盛って焼いてはいない。けどマッチの火みたいにぽっとついて周りをほんのり明るく温かくしてる」
オレが仁に刺殺されることはないのだろう。
「足元にハートマークが出るたびに無意識に笑ってしまったり、一緒にいなければ、毎日会話しなければ物足りなさを感じたりしてた。ゲームで毎度カップルの相手に選んでくれることに喜んでたし……優越感とか独占欲みたいなものはあるよ」
「それなら、オレもあるよ。カップルって特別じゃん。ただ二人きり。オレがその片方になれるっていうのは、オレを選んでくれてるんだって嬉しかったよ」
「それなら今も喜んで受け入れてほしいな」
「今」
「現実でもアキラを選ぶよ。特別な、二人きりの関係。俺のパートナー」
この世界はゲームではない。この部屋は全く同じに作られているけれど、モニターは明るくプログラミングが表示されているし、向こうの開発者と繋がっている。洗濯は1分では終わらないし、電車に乗らないと行き来もできない。外に出れば多くの人がいて、オレは下を向いて歩いている。配信に来てくれる人たちはオレの顔も知らず、配信をやめれば少しだけ心配してすぐに忘れてしまうだろう。そんな世界で仁はオレを選ぶという。
初めて仁とカップルになったときのことを思い出す。きっとただゲームで出来ることを全部やってみたいだけなんだろうとは思ったけれど、オレをその相手として選んでくれたことが嬉しかった。所属していたギルドには多くの人がいたし、ログイン時間も合っていた。仁はいろんな人とやり取りができていたし、他の人だって選べたんだ。でもオレを誘ってくれた。それが、嬉しかった。
今もそれと同じだというのなら、鼻をくすぐるような嬉しさはあの時と同じで嘘じゃない。
「オレも、仁のパートナーになりたい」
「ありがとう。よろしく」
笑った顔が近づいてくるのを、暖かい腕がオレを抱きしめるのを、ドキドキしながら受け入れた。
軽い症状で済んだのは早くに気付き寝ていたからかもしれない。いつもなら何となく熱っぽくてもパソコンの前にいるから。
一週間経つ頃にはすっかり元気で、咳もくしゃみもなく人にはうつさないだろうと思われた。
『進んだ?』
『少しだけ』
帰宅した翌日に元気なんだよと送ったメッセージ。安静にしていなさいという返信。だから一週間もごろごろと――引きこもりのニートなので今まで通りなのだけどもごろごろとしていた。ゲームは多めの休みを挟んでよく寝るようにしたし、野菜大好きなお父さんと共に菜食をしていた。
『また来れる?』
『うん』
『じゃあ迎えに行くよ』
風邪だからいったん家に帰ってきた。治ったからまた仁の家に行く。そう決まっているのは自然なことのように思えた。オレが再び電車への不安でまごつかないように、迎えにまで来てくれるという。素直にありがたいなぁと思い、それを受けることにした。
『ゲームのように"あなたに会いたい"と言えば、飛んでいけたらいいのにね』
そんな便利さが本当に欲しい。けれどあの魔法はカップルの間でしか発生しない。だからそれが発動できるのなら、カップルであるということだ。今のオレたちはどうだろうか。パートナーになろうと言われていいよと返事したんだから、発動できるのかな。
***
仁は一週間経ち戻ってきても何も言わなかった。パートナーだの恋人だの、何も。だからオレも今まで通りでいいのかなって思っていたんだけど、迎えに来てくれるのとか、ゲームをわざわざ作ったのとか、仁はオレのためにしてくれることが多いのだ。一方的に好きだからと言われたけれど、してもらうのまで一方的なのはどうなんだろう。それに、仁は今まで通りだからその一方的な好きすらオレには分からない。「好きだからしてあげたい」っていうのは通る気がするけれど、仁はあの後、何も言わないし何もしない。
健全に山田と遊ぼうかと思ったけれど、すぐに誘うのもなんだか悪いような気がした。どちらに……と言えば多分仁に。だから一人で創作料理を作ってAIの能力を試したり、風呂に沈んで潜水能力の向上を図ってみたりした。
王都の裏路地まで知るようになったころ、目的もなく王都を出た。クエストなんか頭に入れず、ただ北を目指す。きっと雪があるだろう。馬車にも乗らずただ歩く。
弱いモンスターとは戦って、王都から離れ人の気配がなくなる場所では案の定強くなる敵からは逃げた。猫が縄張りから抜け出て帰れなくなるみたいに、あっちに追われこっちに逃げる。ゲームの世界で夜を過ごし、朝になり、太陽の眩しさも目に入れた。
ログアウトすれば現実でパソコンの前に座る仁の背中の元に戻る。暗闇の中物音に怯え、実際に自分の数倍ある敵と対峙し傷を負っても、どこまで遠く歩こうとも逃げようとも、絶対にここに戻れるのだ。
居心地がよかった。安心した。
仁のところに帰ってくることに安心したけれど、それは仁がオレのために一方的に与えてくれているものだとも知っていた。
星が空を埋め尽くす。毒を吐く花がいる森でも、空には星が見えていた。仁と二人最初の頃に見た空と同じく、綺麗な綺麗な夜空だ。
結婚指輪の中、燃え盛るような赤い色とその揺らめき。オレにはこれが"愛"なのだろうと思えた。真っ赤に主張が激しくて、閉じ込めておかないと燃え盛って燃やし尽くしてしまうような。動かない木に背を預けオレ自身はモンスターから身を隠すようにしていても、この指輪は存在を隠さない。ここにいますよってアピールしてる。
オレは仁に対してそういう気持ちは持っていない。仁は持ってるんだろうか。この指輪のように、それを閉じ込めているんだろうか。
聞いてみることにした。
「仁の気持ちについて聞きたいんだけど」
「うん。どうぞ?」
ログアウトしてすぐ、身を起こすよりも早く声を出した。軽く振り向いた仁は快諾してくれる。
「仁はオレに対して燃えるような愛を持ってるの?」
「燃えるような……って言われると難しいけど。どうして?」
「ゲームの中の結婚指輪あるじゃん? 挨拶に行ったのは愛の精霊だったよね。愛っていうのがあの形をしてるなら、オレが仁に対してそれを持つことはないと思う。それに、仁がそれを持っているようにも見えないから。それとも隠してる?」
「隠してるつもりはないけど」
仁の気持ちは仁のものだから『好き』を疑うとかそういうことではないんだけど、ただ理解が及ばなかった。
「好きになるとドキドキしたり、目が合うだけで真っ赤になったり、言いたいことが上手く言えずに変なことを言っちゃったり、好きすぎて他の人に嫉妬して刺したりするんじゃないのかな」
「極端だな。何の漫画?」
「えーと、」
「いや作品名じゃなくてね」
「そういうのしか、知らないから」
嫉妬で刺し殺すのなんかまさに愛の象徴っぽいと思わない? 燃えて燃えて、ついには焼き殺すんだ。ぽっと頬を赤く染めるのだって、体の中に火が付いたみたいで分かりやすい。でも顔が赤くなるだけだと赤面症かもしれないからなんともいえないか。
「そうだな。山田さんと仲良くしてるのに嫉妬してたよ?」
「こないだの」
「うん。嫉妬もしたし、俺とのセックスじゃ物足りなかったかなってちょっと……悲しくもなったけど」
「それは全然ないよ。でも、最近しないよね」
「だって俺はアキラが好きって言っちゃったしね。今までのアキラはただえっちなことに興味があったんでしょ。俺の存在は何というか、体温のある肉棒だったと思うんだけど。でも好きって言っちゃったし、道具に自我があると怖くない?」
「怖くはない……かな?」
「恋人として、もしくは恋人のようにセックスしてもいいよっていうんなら遠慮しないけど」
えっちすることは好き。仁としかしたことはないけど、多分他の人とやっても好きだと思う。オレはそうして仁だけを見てあげられないのに、そんなでいいんだろうか。最初にエロいことに興味があるって始めたのはオレで、結局これもしてもらってたことなのだ。
「仁にしてもらってばっかりなんだ、オレ」
「そんなにいろいろしたかな」
「迎えに来てもらうのも、えっちしてもらうのも、そもそもこのゲームだってオレをおびき出すために作ったんでしょ」
「まぁ将来の方向性は決まったよね」
仁はため息のように相槌を打った。それから立ち上がり、ベッドの上でくっつくほど近くに座った。
「アキラのことを可愛いと思う」
「それはおかしい」
「うーん、じゃあ、こう言い直そう。愛おしいと思う」
「いとおしい」
「そう。小さな生き物を愛でる感じ、わかるよね。あとは綺麗なものを見たり、やたらと晴れやかな気分の時に世界を愛おしく思ったりする」
「何となくわかる……ような? 小さい子が可愛いのはわかる」
「俺はアキラのことを愛おしいと思ってる。こうして隣にいてもドキドキというよりもっと違う、嬉しさとか触れた体温のような温かさを感じてる」
「燃えてる?」
「山火事のように燃え盛って焼いてはいない。けどマッチの火みたいにぽっとついて周りをほんのり明るく温かくしてる」
オレが仁に刺殺されることはないのだろう。
「足元にハートマークが出るたびに無意識に笑ってしまったり、一緒にいなければ、毎日会話しなければ物足りなさを感じたりしてた。ゲームで毎度カップルの相手に選んでくれることに喜んでたし……優越感とか独占欲みたいなものはあるよ」
「それなら、オレもあるよ。カップルって特別じゃん。ただ二人きり。オレがその片方になれるっていうのは、オレを選んでくれてるんだって嬉しかったよ」
「それなら今も喜んで受け入れてほしいな」
「今」
「現実でもアキラを選ぶよ。特別な、二人きりの関係。俺のパートナー」
この世界はゲームではない。この部屋は全く同じに作られているけれど、モニターは明るくプログラミングが表示されているし、向こうの開発者と繋がっている。洗濯は1分では終わらないし、電車に乗らないと行き来もできない。外に出れば多くの人がいて、オレは下を向いて歩いている。配信に来てくれる人たちはオレの顔も知らず、配信をやめれば少しだけ心配してすぐに忘れてしまうだろう。そんな世界で仁はオレを選ぶという。
初めて仁とカップルになったときのことを思い出す。きっとただゲームで出来ることを全部やってみたいだけなんだろうとは思ったけれど、オレをその相手として選んでくれたことが嬉しかった。所属していたギルドには多くの人がいたし、ログイン時間も合っていた。仁はいろんな人とやり取りができていたし、他の人だって選べたんだ。でもオレを誘ってくれた。それが、嬉しかった。
今もそれと同じだというのなら、鼻をくすぐるような嬉しさはあの時と同じで嘘じゃない。
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