君となら

紺色橙

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24 焼き魚

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 覗き込んでいた時には見えなかった。ひらひらと泳ぐ魚のひれは長く金魚や熱帯魚のようで、池にはあるはずもないサンゴ礁のようなものもある。水草がふよふよと揺らぎ、地上にある木がそのまま小さくなったようなものも生えていた。
 水上からはこんな極彩色は見えなかったが、フィルターでもかかっていたんだろうか。そうだとしたら、なぜ隠すのか。

 通常なら慌てるところだが不思議と息は続き、冷静に周囲を見ることができた。そして横穴を見つける。
 何年も泳いでいないが体は小学生の時を覚えていて、目的の方向に進むことができている。魚は勝手にオレを避けてくれ、水草が絡まってきたりもしない。ここの生き物は敵ではないらしい。

 横穴を覗き込めば階段が下へと続いていた。水中で階段を踏みしめ下りることはできないが、壁に手をつき潜っていく。すると、すぐに光のカーテンが現れた。階段もそこで終わっており、カーテンの向こうには整った平らな地面が続いている。そろそろ息苦しくなってきたから、迷いなくそこへ顔を突っ込んだ。

 潜水や水泳技術もやっていくうちに果てしない遠泳とかできるようになるんだろうな。現実より長く続いた息は、ここまでたどり着くのに最低必要分はあった。初心者でも辿り着けるレベルのところっていうことだ。歓迎されているかは分からないが、足蹴にされてはいない。

 光のカーテンの中は乾いた地面があった。舗装された道だ。まっすぐに伸びているし、その横にはまるで水槽のように水が溜まっている。都市の地下に雨水をためる施設があったと思うけれど、こんなだろうか。それとも、これは沈んだ町かな。

 ぴちゃん

 目の横で何かが跳ねた。波紋が確かにいたことを示している。いるとしたらまぁ、モンスターだろう。
 この作り物っぽさはどこかで見たことがあるなとぼんやり考えつつ歩いていれば、思い出した。結婚のご挨拶に行った白竜のいた場所の柱がこんなだった気がする。あれは綺麗な装飾が施されていたが、ここにそれはない。ただの柱だしただの床。でも材質は同じようなものじゃないだろうか。

 ぴちゃん

 また、視界の隅で何かが跳ねた。
 そのおそらく敵であるものはこちらを窺っているのかもしれない。ここは水場だし出てくるのが魚系モンスターだとすれば火は効きそうだけれど、火に水をぶっかけたら消化されてしまう。その前に焼き魚にできるだろうか。
 
 地面や柱は白く水は澄んでキラキラと揺らめいている。だからか明るく感じられた。明かりが灯っているわけでもないのに何となく見えるのはこの世界の洞窟内では普通のことだが、そう考えればやはり、ここはダンジョンなんだろう。
 あの池に落ちることが正規ルートなのか、それとも複数の入り口があるのか。目指すところがわからないまま行ける道を進んでいく。
 先が見えないほど真っすぐな道をひたすら進む。ぴちゃんぴちゃんと跳ねる水音はだんだんと間隔が狭まっていく。
 そして、姿を現した。

 出てきたのは牙が大きく長すぎて口が閉じられない魚だった。水面から姿を現した勢いのままに飛んできたものだから、こちらも慌てて盾を構え火を放つ。

――燃えろ燃えろ、焼き魚だ!――

 と、口に出したわけではないけれど意思はそのままに魚へ火をつけた。訓練の成果は発揮されており、狙いを定めにくい投擲ではなく火炎放射のように燃え盛る。
 魚は燃えたはずだが勢いを落とさず、反対側の水槽へと落ちて行った。
 再び落ちた側から出てきた体。ひれが焼け焦げているのが見て取れた。噛みつこうとしてくるのを必死に避け、小さな盾に身を隠す。もし手足なんか生えてきたらたまらない。
 小さくても殺意のある魚は怖いが、こいつはマグロほどもあった。といっても生でマグロを見たことがないから平均サイズは分からないけれど、とにかく、よっこいしょっと気合を入れて捌かなければならないサイズだ。

 勝てるのか? ――不安が広がる。

 ひれが焦げた程度で怯むことはなく、魚が地面に降り立たないことだけが幸いだった。だけれど水に落ち遊泳し、敵のタイミングでばしゃんと跳ね上がってくるものだから、ストレスで心臓がきゅうきゅうと傷む気がした。
 飛び出してくるたびにどうにか燃やす。あの牙が食い込んだらきっとそのまま離れないだろうなぁと嫌な予想をし、盾を前に地道な戦い。

 しばらく飛び出してくる魚を相手にしていると、これはリズムゲーじゃないかと思い始めた。飛び出してきて、ばくんと噛みつき一回。向こうに落ちて、泳いでまた飛び出して噛みつき二回。こっちに落ちて、ぐるっと回って次は尻尾アタック。
 敵の体力はひたすらあるようだし、オレに遊泳時間も測るほどの冷静さは無いが、奴の攻撃は近接ばかりだ。遠距離から水鉄砲を飛ばしてくるわけじゃない。

「リズムゲーは得意じゃないんだけど」

 嘆いたところでやるしかない。次来るのに合わせて、ロッドを全力で振った。

 少しずつ焦げていく体。ロッドで殴った感触はずいぶんと硬い。鱗に守られているんだろう。まるで金物をゴンゴン殴っているようだ。その力強さにロッドごと持っていかれそう。
 叩いて燃やして叩いて燃やして。
 たまにタイミングを逃して尻尾にはたかれる。転んで、急いで起き上がる。

 いつ終わるのか飽き飽きしてきたころ、魚の牙が折れ地面に落ちた。
 ぽろりぽろりと焦げ付いた鱗がはがれ行く。靄と消える魚の体は、最後に『キバウオの肉』を残した。

「料理素材、だろうな」

 もし鱗が金物でその中身が生なんだとしたらとっくに焼き魚になっていて良かったと思うけれど、魚の肉は調理済みではないらしい。

 一匹に随分と手こずってしまった。自分の火力のなさはよくよく理解していたけれど出口まで行けるだろうか。
 この魚くんは長いこと何もせずオレについてきていたから、池からはずいぶんと離れてしまった。でも道はまだ続いている。いったいどこまで来たのかと、とりあえず地図を開き見る。
 池は王都近くの森の中にあったけれど、そこから南下し続けていた。まっすぐに地図は明るく開かれ、通ったことのない道や平原の名前が明らかになっている。洞窟内は距離がバグっているのかもしれない。さすがに平原を抜けるほどの距離を歩いて来てはいないはずだが、事実そのようになっている。
 分岐路はあったがとにかくまっすぐ進んできた。なのでこれからも突き当たりを目指して行こうと思う。こんな探索の仕方では、宝箱がもしあったら逃しているかな。

 キバウオはお前を見ているぞアピールしてくれていたから、それに安心して気配が何もない今水槽の中を覗き込む。

――入ってみようか――

 下にも別の道があったりしないだろうか。それこそ、水泳スキルが発達していないと行けないようなところとか、ありそうではなかろうか。
 キバウオに噛み殺されるのはごめんだが、これもテストのうちだ。ちょっと覗くだけ覗いて、すぐに上がろう。

 とりあえずそのまま飛び込むことはせず周囲を見回した。階段とか梯子とかないものか。あのプールについてるような梯子とかついていてもいいんじゃないか。そんなものがあればきっと道中で気付いていたと思うけど……。
 モンスターが出ると判明している場所。しかも森のように開けていない場所で退路を断たれたらどうしよう。そんな不安がこっそりオレの中にあって負担になっているのがわかる。そういうもので視野が狭くなることもゲームプレイの経験上分かっているけれど、制御できるほどの精神力は持っていない。

 柱の影にありはしないか、きょろきょろと見回しながら進むと、水中に続く階段があった。途中で途切れているようだが、水中から中央通路ここに飛び上がるより戻ってきやすいのは間違いない。
 一旦黙り込み物音がしないか注意して、足先からそっと水の中に入った。

 冷たくもなく温かくもない。中の光景は池と同じく鮮やかだった。水中でおしゃべりする気もできる気もしないが、遠くに動く何がしかを見つけてなるべく静かに静かにする。存在を消したい。
 扉や道がないかゆっくりと頭を回してみたけれど、視界に映るのは水中で漂う自分の髪の毛。池と光景は変わらず、モンスターではない魚も泳いでいる。でも、下の下の方からぷくぷくと気泡が上がって来ていた。それが結構元気なものだから、モンスターの可能性が高い。アピールが激しいってのはそういうことだ。
 今のオレでは潜水しつつ戦うことはできない。真珠貝みたいなものがいる可能性は高いと思うけど、今は無理だ。

 水中で途切れた階段に這い上がる。そのまま両手足でよじ登り、犬のように体を震わせた。
 池から光のカーテンを抜けてここに入りしばらくしたら服が乾いた。ここがそういうところなのか、この世界自体服が乾きやすいのかは分からないが、見た目上張り付いている服はそのうち乾くだろう。張り付いているのに動きには一切影響していない。これなら問題は無いだろう。ひたすら前へと突き進む。
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