君となら

紺色橙

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16 傷つく

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 少しだけ現実に帰って、体を動かす。ゲーム内とリアルの時間は違うからすぐに武器もできるだろう。

 服を着た仁をそっと見る。先ほどまで見ていた生肌。服の下はリアルと同じなんだろうかって、妄想してしまう。

「どうかした?」
「さっきまで、あの、してたから、なんていうか」

 見ていることがばれてしまい問われた。どもり、下手なごまかしもできなかった。
 興味があった? 仮想現実と現実の違いを知りたかった?

「こっちでもしてみる?」
「は?」

 ごく自然に、新しい食べ物を試すみたいに言われた。

 そんなことできるわけがない。リアルのオレは美少女ではないんだから。
 引きこもっているから肌は白いしゲームに熱中していて飯をおろそかにするから痩せてもいるが、ゲームの中の美少女の体型とは違う。ゲームの中の美少女アキラは動き回るから健康的にうっすらとした筋肉があって、だけども女の子らしく柔らかくて、美少女らしくきめ細やかな肌をしている。
 ただ「痩せている」とか「肌が白い」とか文字だけの共通点なんか意味がない。

「オレは――、いや、仁は」
「俺は性欲強い人間だからね」

 モニターの並ぶ机で頬杖をつきこちらを見る仁は、これまた何でもないことのようにそう言った。

 美少女アキラがしたのは、興味本位と気持ちよさからだ。それこそ、性欲。でもそれはゲームの話で、リアルなら好意がなきゃいけないんじゃないかってうっすら思っている。
 だけれど何が違うのかわからない。ここと、あの仮想現実と何が違うのか。確かにゲームとして都合よく体は作られていたけれど、相手は同じだった。いつもオレと遊んでくれている仁が、リアルと同じ顔をしている仁がそこにいた。オレだって形は違っていたけれど、中身は同じ。中身は同じだから、遊んでくれる仁には好意をもっている。
 そしたら、大事なのはやっぱり外見だろう。

「オレは、美少女じゃないし」
「アキラはアキラだよ」

 前も言われた気がする。
 オレは確かにオレだけど、でも、見た目が違う。何より大事な、見た目が違う。

 はは、と乾いた笑いが漏れた。

 本当に美少女だったらよかったのに。
 やたらと深く、棘が刺さるようにそう思った。




 土日ずっとゲームをしていた。
 新しい武器をゲットして早速試し切りに行こうと誘う。ゲームらしくファンタジーっぽいところはどこかと問い、水晶洞窟に行こうと案内された。

「『あなたに会いたい』」

 結婚システムのテレポートを利用して、先に現地に行った仁のもとへ飛ぶ。自分の口で言わなければいけない、恥ずかしいコマンド。一瞬のうちに相手のもとに降り立つ。
 美少女の体を転ばないように抱きとめてくれる腕。きらきらと青く輝く洞窟の中で、仁の顔ははっきりと見れた。


 ロッドを振り回す細い腕。動くたびに揺れるツインテール。水晶に映る白い衣装の私。
 滑りはしないが固い地面で靴音が響く。反響して反響して、自分の居場所が分からなくなる。上下左右から音が飛び、光が反射し、自分が至る所に映っている。鏡の世界のようだった。

「迷子になりそう」

 細い水晶のような足を持つ敵を倒しながら奥へと進む。人工的な階段を下りて更に下へ。どこにもライトはないけれど明るく、ふと仁から目を離すと水晶に反射した偽物を追ってしまう。
 ひらひらと青い蝶々が飛び回り、水晶に止まり同化する。見事なファンタジーの世界。

「あれ……」

 曇りのない透けた水晶なのに、どうしてか完璧にオレたちを映す。反射して、反射して、だから、わからなくなった。
 来た道も行く道も淡い光に包まれ、そこかしこに私がいる。隣にいたはずの仁はいつの間にかどこかへ行っていて、あたり一面だらけ。

「ああ、いた。仁」

 ハリガネ虫のアイテムを拾い、少し離れたところから姿を出した仁のもとに駆け寄った。
 剣を携えた仁が振り向く。にっこりと笑みを返す仁が口を開き「あきら」と呼んだ。

「あ、……え?」

 それは大蜘蛛の爪を加工した新しい武器。どこに使われたのかはわからないが、初心者の武器よりも少しだけ装飾が施されている。オレのロッドもそう。それぞれが武器屋に頼んだ、新しい武器。

 オレの腹に刺さっているのは、そう、仁の武器。

 痛みはすぐには来なかった。理解できず、まず真っ先に浮かんだのは「PKできない仕様じゃないのかよ!」という開発者への問い。
 じわりと白い衣装が赤く染まりゆくのを見た。布を染めるときはこうやってじわじわと侵食していくみたいに染まるよなぁなんて、幼いころに小さなハンカチを色水に染めたのを思い出す。

 体が冷えるような、でも腹が熱いようなよくわからない感覚。ぽたりと地面に血が落ちる。頭から腹へと血が巡り、流れ、冷静になって見ればあれは敵だ。ぼんやりしてきた視界の前にはハリガネ虫と蝶々が飛んでいて、その尖った足が何度もオレを突き刺していた。


――迷子になっていたのなら、「あなたに会いたい」とさっさと言えばよかったな。恥ずかしがっていないで、それが一番、仁の傍にいるのには確実だった。
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