君となら

紺色橙

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4 感覚

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 俯き、電車に揺られて家に帰る。まだ半分ゲームの中にいるようで、だけれど窓ガラスに映る自分がどう見ても美少女ではないと現実を見せた。



 実家暮らしのオレの部屋。くるりと椅子を回して座り、すっかり過疎化したネトゲにログインする。BGMは動画サイトで聞くことができるけど、夜の曲と環境音が合わさったこの音が好きだ。だから昔に引退したゲームで狩りもせず放置するためだけにここに来る。
 ゲームの中のキャラクターは先ほどと同じようにツインテールで、その可愛い姿を画面に映す。鞄の中から衣装を選択し、アバターを色々と変えた。着ぐるみだったり、セーラー服だったり、魔女だったり。どれだって似合う。オレのキャラは可愛い。

 ぽこんと左下の消えていたチャットがアクティブになった。フレンドログインの知らせだ。フレンド欄からJINの文字を選び、『おつかれ』と打ち込んだ。
 仁のログイン時間は曖昧だった。深夜3時に普通にいることもあったし、朝8時にいることもあったし、夕方5時にいることもあった。それを全て知っているのはオレが引きこもりニートだからで、実は、もしかして同じなのかなって思ってたこともあった。実際は違ったわけだけど。

 チャットを打ち込んでからすぐに、音もなく美少女アキラの隣にキャラクターが降り立った。足元にハートが出る。カップルですよっていう印だ。
 このゲームではカップルシステムがある。他所のゲームだと結婚システムとか言われているかもしれない。どれも似たようなものだろう。
 ここではカップルになると今のようにテレポートが使える。相手のところまで飛べるテレポは狩りにすごくすごく便利。大体一緒に狩りをしているから、鞄整理で町に戻る時間や狩場への移動時間が削減できる。カップルになるためには専用指輪を付ける必要があるからその分性能は下がるけど、ソロより狩り効率がいいからこっちを取った。一緒の狩場にいれば経験値が5%上昇するおまけもある。

『何してたの?』
『何も。昼間のこと考えてた』

 考えてた、という程のものじゃない。
 仁が開発しているゲームのウサギは3発で殺せたが、それを繰り返す気にはならなかった。ゲームでそんなことを思ったことはないから、やっぱり感覚がリアルすぎるせいなんだろう。といってもオレは現実で動物を狩ったことはないし、何なら飼ったこともない。

『またテストをしてもらうのは無理そう?』
『いや、やりたいよ。けど、ウサギ殺せないと進めないだろ。ゾンビとかいる?』
『アキラが帰ってから提案したんだよね。ゲーム慣れしてる人でも早い段階で引っかかったから、もっと無生物っぽいものに変更した方が良いんじゃないかって』
『あのウサギを?』
『ウサギを、というよりも、初期に遭遇する敵の見た目だね』
『ゲームに慣れてからならいけるかなぁ』
『もしくは狩りの時に感覚軽減するか』

 柔らかな風も暖かな日差しも、狩りをするぞと決めたときには感じられなくなるということだ。初期はノンアクティブモンスターばかりかもしれないが、いずれあっちから積極的に襲ってくるだろう。ふらふらと風景を楽しみつつ、ぎりぎりになってから軽減設定にするなんてのは難しい気がする。となるとやはり、狩りをすると決めたら感覚を切るしかない。

『痛みとかも軽減されんの?』
『そうだね』

 オレみたいなビビりにはその方が良いんだろう。

『スライムみたいなものはすでにいるから、そっちを初期配置にしてみるよ』
『でもさ、あの初心者クエストの報酬がうさ耳じゃん? あれ欲しいなぁ』
『スライム帽子作る?』
『それはちょっと……一部に需要がありそうだけど』

 ゲームの世界は色鮮やかだった。
 体は軽く、理想通りの見た目で走れた。

『昔さ、ギルドに車椅子だって人がいたんだ。その人は建物の高いとこに上るのが好きで、上り方も教えてもらった。だから、仁の作るゲームでそういう人も自由にできるなら、それがいい』

 感覚を消してしまえば、ささくれた木板もざらついた屋根も分からなくなるだろう。高いところに上った時の高揚感と恐怖さえ、きっとすべて無くせる。だってゲームだから。

 ゲームだからこそウサギを殺すなんてことに慣れる必要もないけれど、あの世界をもう少し見て回りたいとも思う。ゲームの中で草むしりをして生活することだって出来るようになるかもしれないけど、どうせなら現実にはあり得ないところまで行ってみたい。

『今度また、テストするときがあったら呼んでよ』
『もちろん』

 美少女アキラの足元に出るハートマークを見て、それじゃあ、と誘う。

『狩り行こうぜ。時間ある? あるなら海底遺跡のボス直』
『いいよ。何周する?』
『レアが出るまで』
『OK』

 オレがすることを拒否られたことは無い。カップルシステムの利用は仁が言い出したことだけど、相手がいないとどうにもできないからできてよかった。
 仁のゲームにもこのシステムはあるんだろうか。誓いのキスを、なんて、あのゲームでもやるんだろうか。
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