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第二章 露呈
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雪はすくっと立ち上がると、何事もなかったかのようにお茶を淹れますと台所に向かった。
俺は言葉をただ頭で反復する。
好きの意味が分からなかった。
この家にいたいから好き?
恋愛の好き?
まさかそんな。
雪は俺が『親切な人』だと思ってるんじゃないだろうか。
親から出て行けと言われた自分を住まわせてくれる親切な人だと。
親切な人は、良い人は好きだ。俺だって好きだ。
揃いではないカップから湯気が立つ。
いつものように俺が手を付けるのを待つ雪に、いただきますと促した。
白いクリームに赤い苺。
クリスマスの食べられない飾り。
ぼてっとした生クリームをフォークで掬う。
甘すぎない美味いケーキ。
一人でケーキを買って帰ることはしないから、この店にも入ったことが無かったなぁと空き箱を見つめた。
「好きでいてくれるのは嬉しいけど、お前のこと追い出そうとは思ってねぇよ? そのうち一人暮らしする時にお前が困らなきゃいいなぁって思ってるだけ。家事はもう完璧だし、バイトだって出来てる。一人暮らしの初期費用はかかるけど冴木さんがお前にくれた金があるから、今すぐにだって」
雪は相槌すらしない。
フォークで少しずつ少しずつ、削る様にケーキを口にする。
「世の中に良い奴はいくらでもいるよ。バイトも続けたらいい。そしたら俺みたいな、ずっとフリーターしてたような奴じゃなくて他に……」
沈んだ瞳はケーキから動かない。
「好きな奴出来ると思うよ、ちゃんと」
カチャとフォークが皿に擦れる。
「オレがバイトしたら好きでいてもいいですか?」
世の中にたくさん人はいて、雪はまだその人たちを知らない。
「お前は、少し親切にしてくれたやつを好きになっただけだよ」
震える手がフォークから離れ、音が止んだ。
潤んだ瞳からまた涙が零れ落ちる。
そのまま飛び出して行こうとする雪を反射的に捕まえた。
「待て、な。とりあえず冷静になれ。もう夜だし、暗いし、な」
冷静になるのは自分か、相手か。
とにかく今雪が出て行ってしまうのは良くないと思った。
「すこし、冷静になろう」
空気が乾燥した冬の夜。
あいつよりも俺の方が安心だと、少しの間冷静になるため外に出た。
家なら暖かいし心配ない。
あのまま飛び出してしまったら凍死でもしてしまうかもしれないし。
雪はきっと、誘拐犯に同情や好意を抱くように自己防衛的に俺を好きになったのだろうと思う。
うちを出ていけば帰る場所のない雪は、現状俺に頼るしかない。
冴木の元に戻ることもできるだろうが、あいつが自主的に出てきたというのなら戻りにくいところもあるかもしれないし。
ましてや父親のいる実家になんて戻れはしない。
選択肢を持たない雪が俺を好きだと錯覚するのは不自然ではないと思う。
嫌いな人間といるより好きな人間といる方が楽だろう。
だからあいつが一人暮らしをし自立するなり、バイトをして外の人間を知ったなら俺は用済みになる。
その方が良いんじゃないだろうか。
金が無いからと性的なことでお返しをしようとした部分は心配が残るが、5000万をあいつに持たせてやればあれがちゃんと自分のものだという認識も持てるだろう。
お返しに自分の身を犠牲にすることは無くなる。
今まで質素に生きてきたあいつが無理をしないかは心配だが……。
心配は複数ある。
具体的に何と言えないがモヤモヤとしたものが心に浮かぶ。
一人暮らしを始めずともバイトでもさせて色んな人に親切にされれば、それで『好き』は無くなるんじゃないだろうか。
それなら俺が生活部分を見ていられるし心配しなくていい。
ここらの環境にも慣れてきているだろうし、新しいことを複数同時に進めるよりも一つずつの方が。
自由に暮らしていいし、無理に俺を好きだと思い込まなくていいと雪にも言い聞かせてやるべきだろう。
「おい、どこ行くんだよ」
時間を確認していなかったためどのくらい経ったかはわからないが、家に帰るとまさに今出ていこうとする雪にあった。
ぐいとその腕を引き留める。
「余ったケーキをしまおうとしたらラップが無くて、買いにいこうと」
思わずと引いた力が強すぎたのか、雪は倒れこむように俺に寄り掛かった。
「ごめんなさいっ」
やたらと慌てて離れようとするのを、なんとなく離さずにいた。
常にごめんなさいと謝る雪が、俺に迷惑をかけることを怖がる雪が、俺に好きだと言った。
甘いものが好きな俺のためにケーキを買おうとバイトをした。
俺が美味いというもののためにいくつも食卓に並べた。
それらはご機嫌伺かもしれない。
でもベッドで寝ていたのは?
寂しさを表に出すようになったのは――。
「さっきはなんつーか、悪かった」
肉が付き始めたこの体に、俺は未だに優越感を持ち良い人を演じている。
ろくでもない考えを持ったろくでもない人間なのだとちゃんと言おう。
雪が俺と一緒にいたいと言った時、俺に沸いたのは自分をそうやって頼ってくるという喜びだった。
頼られるのは強い人間だと、ヒーローになれたように喜んだんだ。
俺は言葉をただ頭で反復する。
好きの意味が分からなかった。
この家にいたいから好き?
恋愛の好き?
まさかそんな。
雪は俺が『親切な人』だと思ってるんじゃないだろうか。
親から出て行けと言われた自分を住まわせてくれる親切な人だと。
親切な人は、良い人は好きだ。俺だって好きだ。
揃いではないカップから湯気が立つ。
いつものように俺が手を付けるのを待つ雪に、いただきますと促した。
白いクリームに赤い苺。
クリスマスの食べられない飾り。
ぼてっとした生クリームをフォークで掬う。
甘すぎない美味いケーキ。
一人でケーキを買って帰ることはしないから、この店にも入ったことが無かったなぁと空き箱を見つめた。
「好きでいてくれるのは嬉しいけど、お前のこと追い出そうとは思ってねぇよ? そのうち一人暮らしする時にお前が困らなきゃいいなぁって思ってるだけ。家事はもう完璧だし、バイトだって出来てる。一人暮らしの初期費用はかかるけど冴木さんがお前にくれた金があるから、今すぐにだって」
雪は相槌すらしない。
フォークで少しずつ少しずつ、削る様にケーキを口にする。
「世の中に良い奴はいくらでもいるよ。バイトも続けたらいい。そしたら俺みたいな、ずっとフリーターしてたような奴じゃなくて他に……」
沈んだ瞳はケーキから動かない。
「好きな奴出来ると思うよ、ちゃんと」
カチャとフォークが皿に擦れる。
「オレがバイトしたら好きでいてもいいですか?」
世の中にたくさん人はいて、雪はまだその人たちを知らない。
「お前は、少し親切にしてくれたやつを好きになっただけだよ」
震える手がフォークから離れ、音が止んだ。
潤んだ瞳からまた涙が零れ落ちる。
そのまま飛び出して行こうとする雪を反射的に捕まえた。
「待て、な。とりあえず冷静になれ。もう夜だし、暗いし、な」
冷静になるのは自分か、相手か。
とにかく今雪が出て行ってしまうのは良くないと思った。
「すこし、冷静になろう」
空気が乾燥した冬の夜。
あいつよりも俺の方が安心だと、少しの間冷静になるため外に出た。
家なら暖かいし心配ない。
あのまま飛び出してしまったら凍死でもしてしまうかもしれないし。
雪はきっと、誘拐犯に同情や好意を抱くように自己防衛的に俺を好きになったのだろうと思う。
うちを出ていけば帰る場所のない雪は、現状俺に頼るしかない。
冴木の元に戻ることもできるだろうが、あいつが自主的に出てきたというのなら戻りにくいところもあるかもしれないし。
ましてや父親のいる実家になんて戻れはしない。
選択肢を持たない雪が俺を好きだと錯覚するのは不自然ではないと思う。
嫌いな人間といるより好きな人間といる方が楽だろう。
だからあいつが一人暮らしをし自立するなり、バイトをして外の人間を知ったなら俺は用済みになる。
その方が良いんじゃないだろうか。
金が無いからと性的なことでお返しをしようとした部分は心配が残るが、5000万をあいつに持たせてやればあれがちゃんと自分のものだという認識も持てるだろう。
お返しに自分の身を犠牲にすることは無くなる。
今まで質素に生きてきたあいつが無理をしないかは心配だが……。
心配は複数ある。
具体的に何と言えないがモヤモヤとしたものが心に浮かぶ。
一人暮らしを始めずともバイトでもさせて色んな人に親切にされれば、それで『好き』は無くなるんじゃないだろうか。
それなら俺が生活部分を見ていられるし心配しなくていい。
ここらの環境にも慣れてきているだろうし、新しいことを複数同時に進めるよりも一つずつの方が。
自由に暮らしていいし、無理に俺を好きだと思い込まなくていいと雪にも言い聞かせてやるべきだろう。
「おい、どこ行くんだよ」
時間を確認していなかったためどのくらい経ったかはわからないが、家に帰るとまさに今出ていこうとする雪にあった。
ぐいとその腕を引き留める。
「余ったケーキをしまおうとしたらラップが無くて、買いにいこうと」
思わずと引いた力が強すぎたのか、雪は倒れこむように俺に寄り掛かった。
「ごめんなさいっ」
やたらと慌てて離れようとするのを、なんとなく離さずにいた。
常にごめんなさいと謝る雪が、俺に迷惑をかけることを怖がる雪が、俺に好きだと言った。
甘いものが好きな俺のためにケーキを買おうとバイトをした。
俺が美味いというもののためにいくつも食卓に並べた。
それらはご機嫌伺かもしれない。
でもベッドで寝ていたのは?
寂しさを表に出すようになったのは――。
「さっきはなんつーか、悪かった」
肉が付き始めたこの体に、俺は未だに優越感を持ち良い人を演じている。
ろくでもない考えを持ったろくでもない人間なのだとちゃんと言おう。
雪が俺と一緒にいたいと言った時、俺に沸いたのは自分をそうやって頼ってくるという喜びだった。
頼られるのは強い人間だと、ヒーローになれたように喜んだんだ。
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