愛の反響定位

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13 本交際

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 婚活休止じゃなくて卒業します。ごめんなさいとアネルに伝えた。でも僕はそれ以上に、好きな人が出来たんだ付き合い始めたんだって言いたくって仕方がなかった。なので実際にはごめんなさいというよりも、お付き合いを始めたんだっていう話を恥ずかしげもなく聞かせただけ。アドバイザーのアネルは慣れているのか、テンション高く自分事のように喜んでくれた。喜んでくれるもんだから、僕もやっぱり喜んでいいんだって思えた。あれは凄い。

 喜ぶのは良いのだけど、何か変わったのかというと何も変わっていない。生活時間が合わないから、会うことができない。休日固定の彼に合わせるほうが確実であることだけはわかっているが、なかなかそうもいかない。
 季節はすっかり夏になり、外は燃えるように暑い。山火事のニュースだってされている。バロウが外で作業をしていると聞けばやはり心配になる。心配するだけで何もできない。彼がどれだけ汗をかいているのかも知らないし、暑さで上がっているだろう体温の、平熱だって知りはしない。

 相変わらず朝晩の挨拶が送られてくる。文字だけで写真はない。会いたいという話はあるけれど、やはり僕の休み待ちになっている。彼からは積極的に土日に休みを取ってくれとは言われない。何だったらこのまま一生会わないこともあるんじゃなかろうか。付き合って間もないというのに、そんな不安にさいなまれている。僕らの本交際なんて口約束みたいなものだから。

 真夜中家に帰り、涼しい部屋の中から暗い空を見つめる。窓ガラスは昼間の熱を残している。ずっと締め切られているカーテンを、また閉じた。
 バロウはとっくに眠っている時間。それも深く深く眠っている時間。明日も明後日も、彼と会わない。
 彼はまだ僕を好きではない。僕が貰ったのは本交際の許可だ。これからそのようにお付き合いしていきましょうという話なだけであって、好きとは違う。好きになってもらうためには、ちゃんとした恋人になるためには、もっと会って話をしないといけない。もっと会うためには、仕事を変えないといけないかも……。
 魔力も少ないし能力も低い僕が転職するのは、なかなか難しい。気が進まない。でもこれまで何も変化がなかったから『いない歴=年齢』なわけで、変化を起こさないとそれは変わらない。一応今は恋人がいるということになっているけれど、キスどころか手を繋ぐこともしていないのにさすがに、恋人がいましたとは胸を張れない。なんかこんなことを考えていると、目的が恋人を作ることだけになっているような気がする。僕は今確かにバロウを好きなのに、恋人という冠のためだけに好きになりに行っているような。
 いや、考えすぎだ。なんせ初めてのことだから、自分のことも上手な恋愛の仕方も分かっていないだけ。恋人の付き合いにしたって、世の中には遠距離恋愛という言葉があるように、なかなか会えない恋人たちだっているのだ。もし結婚したとしても同じこと。単身赴任とか、長期任務とかあるじゃないか。バロウもそんなようなことがあるかもしれないって、プロフィールに書いてあった記憶がある。

 とりあえず早めに土日の休みを確保しよう。心に決めたその時、ベッド上に放られた端末が鳴った。何事かとすぐに手を伸ばすと、表示されていたのはまさかの、

「え、わ、なんで」

 壁掛け時計は深夜1時をさしている。夢の世界からの連絡。

「こんばんは……? どうしたんですか?」
『遅い時間にすみません。まだ起きてましたか?』
「ええ、全然」
『あれ以降ずっと会えていないから、話したくなって』

 多分その瞬間、僕は浮かんでいた。
 この耳はまだ彼の声を覚えていないが、夜遅いせいかゆったりと話されるのが心地いい。それこそ彼は寝ていたのではないだろうか。

「こんな夜遅くに起きてて大丈夫ですか?」
『さっき起きたんです。この時間なら話せるかなって。ちょっと話したらまた寝ます。すぐ寝られる体質なので心配しないでください』

 話すことなんかない。でも話したい。口元が緩む。

「ごめんなさい。思ったより嬉しくて、ちょっと動悸がします」

 脳みそを揺らすほど、どくどくと心臓の音が響いているようだ。彼の声を聞きたいのに、自分のそれに邪魔される。

『大丈夫ですか? 早く会いたいですね』

 ああ、本当に、まさかそんなことを言ってもらえる日が来るだなんて思わなかった。思わずベッドに突っ伏した。スピーカーで彼の声は流れ続ける。

『あ、催促ではないです。ソーマさんの都合のいい時に会いましょう。一生を共にするのだから、時間はまだまだありますよ』

 はい、はい、とシーツに顔を擦るように頷いて、最後のセリフに声と思考を失った。

「あ、……」
『でも、やっぱり早く会いたいですね』

 負けた。何も勝負なんかしていないけれど負けた。完敗だ。湧き上がる気持ちを抑えきれない。声にならない声を枕に叫ぶ。

「転職します。あなたに会う時間を作らないと」
『転職? え、どういうことですか?』
「だって今だと休みを合わせるのが大変で、全然会えないじゃないですか。更に僕は夜行性だし、本当に全く会えないから」

 捲し立てると向こうから笑い声がした。

『そうですね。でもまず会って話しましょう。おれはこの時間でもいいですよ』
「いや、それは……」
『大丈夫。会いに行きますよ』

 時計の針は深夜1時をさしている。秒針がカチカチ回っていく。彼は明日も仕事があるはずで、こんな時間に呼び出すわけにはいかない。睡眠不足で倒れでもしたらどうしよう。そんなことは絶対にさせられない。

「――それはダメです。何より健康第一ですよ。寝てください」
『でも』
「寝てください。すごく会いたいです。もっと話していたい。だから、寝てください。できれば……会えた時に、その……抱きついてもいいですか?」
『もちろんです。――おれ、寝れるかな』

 はっきりとした回答に、心が跳ねる。そのまま心臓が外へ飛び出してしまわないように、体を丸めて喜んだ。両手で握りしめた端末。

『それじゃあ、おやすみなさい。また』
「ありがとうございます。おやすみなさい」

 僕は今、きっと世界で一番幸せだ。
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