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3 差別意識
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獣人は一目でそれだと分かる。彼らはまさに犬のような耳が生えているし、体が大きい。人間にも色々いるように違いはあるが、大体がそうだ。
だから僕も、お見合い相手である彼のことはすぐに目についた。
指定時間の指定場所。赤茶色の髪と頭頂部から生える大きな耳。周りと同じようなスーツを着た彼は、ソファにその体を包まれるようにして、相手を探す様子もなくまっすぐに前――の少し下を見ていた。テーブルを見つめているんだろうか。それとも床? 写真との違いはない。彼も僕の姿を知っているはずだけど、と遠巻きに窺う。
ホテルのラウンジが指定場所なのは、結婚相談所が全て決めているからだ。時間もそう。二人の予定を出し合わせて決められる。ホテルはいくつかあるけれど、流れは同じ。彼も今までの経験があってそんなに緊張することはないと思うのだけども、体のわりに堂々としているようには見えなかった。
僕はといえば流れを知っていても男性とこのように待ち合わせをするのも始めてだし、獣人の知り合いもいない。間違いなく彼であると分かっていたものの、ゆっくりと遠回りするようにして彼の斜め後ろから近づいた。
「――こんにちは?」
声に反応し僕を見上げ、慌てたように立ち上がった彼は、そのまま勢いよく頭を下げた。
体が大きい。第一印象はそれである。本当に背が高い。僕の身長は平均的だが、頭のてっぺんが彼の肩位にしか届いていないと思う。それに見合った肩幅もあるし、見えている手も圧倒的に大きい。そんな体をごく一般的なスーツで抑えつけ、さらに半円のソファに身を置くものだから、何とも窮屈そう。
「わざわざ来ていただいて、ありがとうございます」
立場は同じだというのに、彼は真っ先にそう言い、再び頭を下げた。背筋を伸ばし、手は行儀よく太ももにおかれている。
「バロウ・ストーンと申します。よろしくお願いします」
「え」
「ユウさん、ですよね」
初めましての時にフルネームは伝えない。だから僕の仮名はユユを少しだけ変えたユウである。だけども彼はおそらく本名だ。だって聞いていたのと違う。覚えてないけれど違ったはずだ。
「そうです」
彼の耳はピンと立ち、こちらを向いている。集中していることが分かる。もみあげの後ろにあるはずの人間の耳はなく、髪で覆われている。髪というのか、はたまた体毛というのだろうか。
「天気がいいですね」
「ええ、天気が良くてよかったです」
彼は何か話すたび、唇をキュッと結び僕の返事を待つ。姿勢は一切崩れず、腹の底で呼吸をしているように静かだった。
天井高くの光が彼の赤茶色を際立たせる。尻尾は見当たらないが、獣人というのは人間や動物とどこまで違うのだろうか。人間と同じスーツを着ているから体に違いがあるとは思えない。ただ体が大きいだけ? でも耳は自己主張をしている。力が強いと聞いたことがある。体が大きく力が強く、衝動的で凶暴だとか。
「スーツがお似合いですね」
「ありがとうございます。でも僕よりはあなたの方が、体格がいいから似合ってらっしゃる」
ホテルのラウンジには同じようなお見合い客が多い。僕らのように指定されているのか、はたまた自分たちで決めたのかは分からないが、都合がいいのだろうと思う。少し綺麗な格好をして、声を荒げずに向き合っている男女たち。
「緊張していて、すみません」
「こちらこそ」
一階からぐるりと弧を描き、二階へと階段は続いている。二階の窓は大きく、同じように座席がある。あそこの方が一階を見渡せていいかもしれない。吹き抜けの高い天井から吊るされたシャンデリアは繊細な光を煌めかせ、白い壁に虹色を映す。
「おれはこの地域の土木課で働いています。職場には結構獣人が多くて」
「そうなんですね。僕の身近にはいないから」
目では彼のことを観察している。口では本当に当たり障りのない、つまらない会話。
獣人がこんなところにいるのは目立つ。人目を感じる。彼の耳も背筋もピンと張ったままで、テーブルには書類の一つもなく仕事の気配は当然ない。対面する僕らはどんな関係に見られているだろうか。”獣人とお見合い”だと周りに察されているだろうか。
「――外を歩きませんか」
「はい」
彼より早くに席を立った。振り向かずに歩く。頼んだ紅茶の高さに内心沈黙しつつ二人分をまとめて支払い、外に出れば自然とため息が漏れた。
ここらは生活圏外で、こんな用がなければ来ない。ただ何度か来たものだから、近くのもう少し緩いカフェや公園の場所くらいは知っている。それ以上遠くは知らない。必要がなかったから。
お見合いで何時間も話し込むほど気が合ったことはないが、一つ所に何時間も滞在する気もなかった。そうして調べていたことが役に立っているわけだ。
「本当に、いい天気で良かったです」
天気に恵まれた。スーツなんて着込まず、全身で伸びをしたいような晴天と爽やかな風。隣から降ってきた声もそう思っているんだろうか。ホテルから離れるよう速足で歩いているのに、彼は悠々とついてくる。
「仕事で外にいることが多いですけど、のんびりするのとは違うので嬉しいです」
ホテルから歩いて五分とかからない公園のベンチに、少しの距離をとって並び座る。彼はホテルのソファにいた時のように背筋を伸ばしていたが、声からは少し緊張が解けているようにも思う。
「先ほどは支払いをすみません。自分の分は払いますから」
「いや、いいです」
「おれが年下だからですか?」
「え? いや」
彼の年齢を知らない。見せられたデータで見たはずだけども記憶にない。
「何歳ですっけ?」
「18です」
「18!?」
成人年齢じゃないか。そんなに若いとは思わなかった。
「なんでそんな、若いのに結婚相談所なんか」
「ちゃんとした出会いがなくて。誘いはあることはあるんですけど、なんというか、お付き合いではなくて」
頭にはてなが浮かぶ。僕と違って、誘いがあるのならいいんじゃなかろうか?
「あー、おれはちゃんと付き合いたいんですけど、あっちの求めているのはこの体だけのようで……」
彼は眉を下げ、困ったように笑う。体が大きいからすなわちアレも、ということなのだろう。
「性欲が強めなことは否定しないんですけど、おれは一緒にいて幸せな気分になれる人と短い生涯を過ごしたいんです。ユウさんはおれが18歳だって驚いてましたけど、獣人は人間に比べて老いるのが早いんですよ。だから、逆に言えば精神年齢は追いついてないってことです」
青い空に赤茶色の髪は絵画のように映える。先ほどまでより彼の声をしっかりと聴けるのは、周りに誰もいないからだろう。確かに声には若々しさがある。丸みのある低い声だが、まっすぐ通る。
「また、お会い出来たら嬉しいです」
――正直に言おう。
僕は獣人と共にいるのを見られたくなくてホテルのラウンジから逃げてきたのだ。
獣人の発祥は不明である。呪われた存在だとも、人間との混血だとも言われている。彼らの体は大きく力も強いが、魔力はない。手先も不器用で細かい作業が出来ず、結果、単純な力仕事ばかり。
そんな彼らを僕は、同じく技術も魔力も少ない自分よりもさらに『下のランク』だと思っていた。だから紹介されたときに、自分はそんなのとお似合いなレベルなのだと突き付けられてがっかりしたのだ。
彼のデータにほぼ目を通していない。一回会ったとしても、その先なんて考えもしなかったから。
相手として『獣人可』にしていたのは、本当にそう思っていたからだ。だけど実際に会ってみれば僕は、彼と共にいる自分は周りにどう見られているかを気にしていた。二人分の支払いをしたのだって時間を取られたくなかっただけ。
「僕は――」
僕は君を差別していた。
だから僕も、お見合い相手である彼のことはすぐに目についた。
指定時間の指定場所。赤茶色の髪と頭頂部から生える大きな耳。周りと同じようなスーツを着た彼は、ソファにその体を包まれるようにして、相手を探す様子もなくまっすぐに前――の少し下を見ていた。テーブルを見つめているんだろうか。それとも床? 写真との違いはない。彼も僕の姿を知っているはずだけど、と遠巻きに窺う。
ホテルのラウンジが指定場所なのは、結婚相談所が全て決めているからだ。時間もそう。二人の予定を出し合わせて決められる。ホテルはいくつかあるけれど、流れは同じ。彼も今までの経験があってそんなに緊張することはないと思うのだけども、体のわりに堂々としているようには見えなかった。
僕はといえば流れを知っていても男性とこのように待ち合わせをするのも始めてだし、獣人の知り合いもいない。間違いなく彼であると分かっていたものの、ゆっくりと遠回りするようにして彼の斜め後ろから近づいた。
「――こんにちは?」
声に反応し僕を見上げ、慌てたように立ち上がった彼は、そのまま勢いよく頭を下げた。
体が大きい。第一印象はそれである。本当に背が高い。僕の身長は平均的だが、頭のてっぺんが彼の肩位にしか届いていないと思う。それに見合った肩幅もあるし、見えている手も圧倒的に大きい。そんな体をごく一般的なスーツで抑えつけ、さらに半円のソファに身を置くものだから、何とも窮屈そう。
「わざわざ来ていただいて、ありがとうございます」
立場は同じだというのに、彼は真っ先にそう言い、再び頭を下げた。背筋を伸ばし、手は行儀よく太ももにおかれている。
「バロウ・ストーンと申します。よろしくお願いします」
「え」
「ユウさん、ですよね」
初めましての時にフルネームは伝えない。だから僕の仮名はユユを少しだけ変えたユウである。だけども彼はおそらく本名だ。だって聞いていたのと違う。覚えてないけれど違ったはずだ。
「そうです」
彼の耳はピンと立ち、こちらを向いている。集中していることが分かる。もみあげの後ろにあるはずの人間の耳はなく、髪で覆われている。髪というのか、はたまた体毛というのだろうか。
「天気がいいですね」
「ええ、天気が良くてよかったです」
彼は何か話すたび、唇をキュッと結び僕の返事を待つ。姿勢は一切崩れず、腹の底で呼吸をしているように静かだった。
天井高くの光が彼の赤茶色を際立たせる。尻尾は見当たらないが、獣人というのは人間や動物とどこまで違うのだろうか。人間と同じスーツを着ているから体に違いがあるとは思えない。ただ体が大きいだけ? でも耳は自己主張をしている。力が強いと聞いたことがある。体が大きく力が強く、衝動的で凶暴だとか。
「スーツがお似合いですね」
「ありがとうございます。でも僕よりはあなたの方が、体格がいいから似合ってらっしゃる」
ホテルのラウンジには同じようなお見合い客が多い。僕らのように指定されているのか、はたまた自分たちで決めたのかは分からないが、都合がいいのだろうと思う。少し綺麗な格好をして、声を荒げずに向き合っている男女たち。
「緊張していて、すみません」
「こちらこそ」
一階からぐるりと弧を描き、二階へと階段は続いている。二階の窓は大きく、同じように座席がある。あそこの方が一階を見渡せていいかもしれない。吹き抜けの高い天井から吊るされたシャンデリアは繊細な光を煌めかせ、白い壁に虹色を映す。
「おれはこの地域の土木課で働いています。職場には結構獣人が多くて」
「そうなんですね。僕の身近にはいないから」
目では彼のことを観察している。口では本当に当たり障りのない、つまらない会話。
獣人がこんなところにいるのは目立つ。人目を感じる。彼の耳も背筋もピンと張ったままで、テーブルには書類の一つもなく仕事の気配は当然ない。対面する僕らはどんな関係に見られているだろうか。”獣人とお見合い”だと周りに察されているだろうか。
「――外を歩きませんか」
「はい」
彼より早くに席を立った。振り向かずに歩く。頼んだ紅茶の高さに内心沈黙しつつ二人分をまとめて支払い、外に出れば自然とため息が漏れた。
ここらは生活圏外で、こんな用がなければ来ない。ただ何度か来たものだから、近くのもう少し緩いカフェや公園の場所くらいは知っている。それ以上遠くは知らない。必要がなかったから。
お見合いで何時間も話し込むほど気が合ったことはないが、一つ所に何時間も滞在する気もなかった。そうして調べていたことが役に立っているわけだ。
「本当に、いい天気で良かったです」
天気に恵まれた。スーツなんて着込まず、全身で伸びをしたいような晴天と爽やかな風。隣から降ってきた声もそう思っているんだろうか。ホテルから離れるよう速足で歩いているのに、彼は悠々とついてくる。
「仕事で外にいることが多いですけど、のんびりするのとは違うので嬉しいです」
ホテルから歩いて五分とかからない公園のベンチに、少しの距離をとって並び座る。彼はホテルのソファにいた時のように背筋を伸ばしていたが、声からは少し緊張が解けているようにも思う。
「先ほどは支払いをすみません。自分の分は払いますから」
「いや、いいです」
「おれが年下だからですか?」
「え? いや」
彼の年齢を知らない。見せられたデータで見たはずだけども記憶にない。
「何歳ですっけ?」
「18です」
「18!?」
成人年齢じゃないか。そんなに若いとは思わなかった。
「なんでそんな、若いのに結婚相談所なんか」
「ちゃんとした出会いがなくて。誘いはあることはあるんですけど、なんというか、お付き合いではなくて」
頭にはてなが浮かぶ。僕と違って、誘いがあるのならいいんじゃなかろうか?
「あー、おれはちゃんと付き合いたいんですけど、あっちの求めているのはこの体だけのようで……」
彼は眉を下げ、困ったように笑う。体が大きいからすなわちアレも、ということなのだろう。
「性欲が強めなことは否定しないんですけど、おれは一緒にいて幸せな気分になれる人と短い生涯を過ごしたいんです。ユウさんはおれが18歳だって驚いてましたけど、獣人は人間に比べて老いるのが早いんですよ。だから、逆に言えば精神年齢は追いついてないってことです」
青い空に赤茶色の髪は絵画のように映える。先ほどまでより彼の声をしっかりと聴けるのは、周りに誰もいないからだろう。確かに声には若々しさがある。丸みのある低い声だが、まっすぐ通る。
「また、お会い出来たら嬉しいです」
――正直に言おう。
僕は獣人と共にいるのを見られたくなくてホテルのラウンジから逃げてきたのだ。
獣人の発祥は不明である。呪われた存在だとも、人間との混血だとも言われている。彼らの体は大きく力も強いが、魔力はない。手先も不器用で細かい作業が出来ず、結果、単純な力仕事ばかり。
そんな彼らを僕は、同じく技術も魔力も少ない自分よりもさらに『下のランク』だと思っていた。だから紹介されたときに、自分はそんなのとお似合いなレベルなのだと突き付けられてがっかりしたのだ。
彼のデータにほぼ目を通していない。一回会ったとしても、その先なんて考えもしなかったから。
相手として『獣人可』にしていたのは、本当にそう思っていたからだ。だけど実際に会ってみれば僕は、彼と共にいる自分は周りにどう見られているかを気にしていた。二人分の支払いをしたのだって時間を取られたくなかっただけ。
「僕は――」
僕は君を差別していた。
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