僕しかいない。

紺色橙

文字の大きさ
上 下
21 / 29

21 23日

しおりを挟む
-21- 藍染

 約束通りクリスマスになる直前に篠原さんの家に行く。
 いつ来ても開いているドア。一度チャイムを鳴らすがそのまま入る。
 部屋には大量のダンボールと服。吊り下げるための物干し竿は増え、これは本当に足の踏み場がないぞと圧倒される。
 分け入るようにいつものテーブルがあったところまで行き、パソコンに向かう篠原さんに声をかけた。
 泣きそうな顔をしている篠原さんはチャイムを聞いていなかったのか俺に物凄く驚いて、そして物凄く喜んだ。
「とりあえず、物を減らしましょう」
 注文の品を片っ端から詰めてさっさと集荷を頼まないと、この人は服に埋もれて死んでしまう。


 ここに来たのが昼前。そして一区切りがついたのは、空が白む頃だった。
 俺の後に訪れたムラサキと手分けして作業をし、場所を作り、この短時間でどうにかしなければという思いからか慣れた作業はスムーズに進んだ。
 積み上げたダンボールと袋をまとめ他のものと区切る。俺たちが帰って集荷の人が来たときに篠原さんがすぐに動けるように。
 実は二日前から寝てないんだと変なテンションでカフェインを摂取しまくり笑う篠原さんをベッドに押し込んだ。集荷予定時刻にはまだ早く、その時間までは最低でも寝られるようにアラームを設定する。
 まだやることがあるんだと起きようとする篠原さんを、絶対に一度寝たほうが効率がいいと説得した。アラームもしてるんだし大丈夫だと布団をかけると、即寝た。寝たというより意識を失ったという方が正しい気もする。

 床暖房もエアコンも付いていた暖かい部屋から出た途端、朝の澄んだ刺すように冷たい空気に身を縮める。
 とんでもなく寒い。すぐにでも凍え死ねそうだ。それも体の芯から凍りついて。
「さっむいですね」
 グレンチェックのロングコートを誂えたみたいだなと横目に見つつ、急げ急げと二人して足早に電車に向かう。

 始発すぐの電車は人もまばらで暖かさも薄く、頑張って働こうとする足元の熱だけに期待してムラサキにくっついた。せめて片側だけでも風を避けたい。
 都心とは逆に向かう電車は進めどあまり人が増えてこない。身だしなみの整ったサラリーマンと俺達と同じような朝帰りのだらしなさが、色を持ち始める狭い箱に同居していた。

 足元から上がる熱に力が抜け、ガタゴト定期的な音と振動に眠気が呼び起こされる。丁度いいものがあるとばかりに、うつらうつらと押し退けられぬ隣に寄り掛かる。
 小さな音がして、眠い目を薄っすらと開けてスマホを見る。隣りにいる男が喋らずにメッセージを送りつけてきた。『眠い』とただ返す。
『おやすみなさい』
 文字に頷いて目を閉じる。
 手の力が抜け落としそうになったスマホを、暖かな手が支えてくれた。


「優弥くん」
 小さな声で揺り起こされ、ぼんやりした頭で把握する。足元の暖房は熱いくらいで、体はすっかり温まっていた。しかしもう降りなければならない。せっかく温まったのに。
 手を引かれるようにホームに立つ。大きな欠伸が出た。
「あ、ここムラサキの駅じゃん」
 見覚えはあるけれど見慣れない風景。
「起こしそびれちゃって」
 寝ていた俺が悪い。
「まぁたかが二つだし」
 別にいいよと一緒に改札を目指す。階段を渡って反対のホームに行けば良い。
「このあと予定ありますか」
「ないよ。朝まで篠原さんちにいる予定もなかったけど」
 二日連続して行くこともあるかなとは思っていたが、まさか朝になるとは。篠原さんはアラームを握り潰さずに起きれるんだろうか。そもそもアラーム程度で現実に帰ってこれるのか。
「うちに来ませんか」
 誘いにとっさに、考える。友達から脱した人間の家に行く。
「風呂入りたいし」
 体を綺麗にしないと。
「うちでどうぞ」
 人様の家でなんて出来ない。
「ダメですか」
 ダメなわけじゃない。むしろ反対で、反対だからこそ準備を整えていない今困ってしまう。
 うーん。
 まぁ行為をする確率は今の所低いし、いいか。
「いいよ。行こ」

 動き出し始めた町に逆行するように進む。コンビニで朝ごはんを買っていく。
 寝ていないから感覚的にはまだ"今日"なのに、電車に乗っていた一時間ですっかり世界は翌日になってしまった。


 部屋はすぐに暖められ、寒暖差で火照る。テレビをつけて床のラグに直に座り飯を食った。ニュースを見てどうでもいいことを話す。
「お風呂入りますか?」
 食べたせいか眠気が襲う。
「あー、はいる」
「そのまま寝てもいいですよ」
と当然のように隣の部屋を示される。
「いや、汚れるだろ。昨日からずっと服の山にいたんだし、埃っぽいと思う」
 体はだるく今すぐにでも横になりたかった。ずっと下を向いて検品していたし、外は寒いし、体がこわばっていたのだろう。それがご飯も食べて暖かい部屋に居て、完全に脱力していた。
「お風呂一緒に入ります?」
「バカ言うなよ」
鼻で笑う。
 ひどく億劫で、我ながら緩慢すぎるほどに緩慢な動作で立ち上がる。
 風呂に案内してもらい、寝落ちる前にシャワーを浴びた。

 頭を洗っているときに寝そうだった。嗅ぎ慣れない爽やかな匂いが風呂場には充満し、登り立つ湯気とともに意識も持っていかれそうだった。
 当たり前のように用意されているタオルで体を拭き、パジャマを着た。相変わらずのそれにまた裾を折り上げる。
「ムラサキー。ドライヤーある?」
 洗面所を開き少し大きな声を出す。
「ああ、ありますよ」
 横から伸びた腕が三面鏡を開きドライヤーを取り出す。風呂といい洗面所といい、一人暮らし用ではない作りだなとしみじみ思う。
「ありがと」
 コンセントを刺してくれたそれを受け取りわしわし頭を乾かしていく。
 順に風を当て顔を上げると鏡の向こうにムラサキはまだいて、俺の斜め後ろから見られていた。
「見てて楽しい?」
 じっと見られているとやりにくい。差し出されたブラシで髪を梳き、ドライヤーを止めた。
「楽しいです」
 優弥くんを見てるの楽しいですよ、という発言は馬鹿にされているようにも感じる。
「それに、知った匂いが優弥くんからするのが」
 すん、と首筋の匂いを嗅がれる。どこにも触れられていないのにこそばゆい。
「変態かお前は」
 鏡越しの射抜くような視線にざわつく脳みそと心臓を誤魔化すように口を動かした。
「そうかも」
 肯定しやがるからドライヤーの冷風をその顔めがけて吹きかけた。

 だらしなくリビングのローテーブルに頬杖を付き、炭酸がパチパチ鳴る音を聞く。小さな泡が浮いては消えた。
 テレビは消してしまったが、代わりにとっくに動き出している世界の生活音が遠くから聞こえる。交通量も増え、静けさは失われていた。
 先にベッドを使い寝ていてもいいと俺に次いで風呂に入るムラサキに言われたが、さすがに他人の家でそれはできなかった。
 ぺたりとテーブルに頬がつく。ひんやりする。腹にクッションを抱え、同じように手のひらでも冷たさを感じる。
 風呂にも入ったし、歯磨きもした。ムラサキ用の歯ブラシや下着をうちにも置いておいたほうがいいかなと考える。でもうちは狭いしなぁ。
 パチパチ跳ねる音も減り、目を閉じる時間が長くなってくる。
 風呂場のドアが開く音やドライヤーの騒音が、ただの音という概念として耳を通り抜けた。

 次に瞼を開いた時、目の前にムラサキがいた。いつ来たのか気づかなかった。
 頬杖を付きただこちらを見ていた顔を、お返しとばかりに凝視する。前もやったなこれ。
「布団に入ったほうがいいですよ」
 穏やかな声に「うん」と返事ができたかどうか。
 変な体勢だったから首が痛い。
 先に立ち上がったムラサキに手を伸ばし、引き起こしてもらう。甘やかされてるなぁと感じつつ、軽く柔らかな布団に誘われた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる

天災
BL
 高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる。

親父は息子に犯され教師は生徒に犯される!ド淫乱達の放課後

BL
天が裂け地は割れ嵐を呼ぶ! 救いなき男と男の淫乱天国! 男は快楽を求め愛を知り自分を知る。 めくるめく肛の向こうへ。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

平凡でツンデレな俺がイケメンで絶倫巨根のドS年下に堕ちたりにゃんか絶対しにゃい…♡

うめときんどう
BL
わたしの性癖全て詰め込んでます…♡ ツンデレだけど友達もそこそこいる平凡男子高校生! 顔も可愛いし女の子に間違われたことも多々… 自分は可愛い可愛い言われるがかっこいいと言われたいので言われる度キレている。 ツンデレだけど中身は優しく男女共々に好かれやすい性格…のはずなのに何故か彼女がいた事がない童貞 と 高校デビューして早々ハーレム生活を送っている高校1年生 中学生のころ何人もの女子に告白しまくられその度に付き合っているが1ヶ月も続いたことがないらしい… だが高校に入ってから誰とも付き合ってないとか…? 束縛が激しくて性癖がエグい絶倫巨根!! の 2人のお話です♡ 小説は初めて書くのでおかしい所が沢山あると思いますが、良ければ見てってください( .. ) 私の性癖が沢山詰まっているのでストーリーになっているかは微妙なのですが、喘ぎ♡アヘアヘ♡イキイキ♡の小説をお楽しみください/////

潜入した僕、専属メイドとしてラブラブセックスしまくる話

ずー子
BL
敵陣にスパイ潜入した美少年がそのままボスに気に入られて女装でラブラブセックスしまくる話です。冒頭とエピローグだけ載せました。 悪のイケオジ×スパイ美少年。魔王×勇者がお好きな方は多分好きだと思います。女装シーン書くのとっても楽しかったです。可愛い男の娘、最強。 本編気になる方はPixivのページをチェックしてみてくださいませ! https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21381209

発情期がはじまったらαの兄に子作りセッされた話

よしゆき
BL
αの兄と二人で生活を送っているΩの弟。密かに兄に恋心を抱く弟が兄の留守中に発情期を迎え、一人で乗り切ろうとしていたら兄が帰ってきてめちゃくちゃにされる話。

R-18♡BL短編集♡

ぽんちょ♂
BL
頭をカラにして読む短編BL集(R18)です。 ♡喘ぎや特殊性癖などなどバンバン出てきます。苦手な方はお気をつけくださいね。感想待ってます😊 リクエストも待ってます!

真面目クンに罰ゲームで告白したら本気にされてめちゃめちゃ抱かれた話

ずー子
BL
※たくさん読んでいただいてありがとうございます!嬉しいです♡ BLです。タイトル通りです。高校生×高校生。主人公くんは罰ゲームでクラス1真面目な相手に告白することになりました。当然本気にするはずない!そう思っていたのに、なんと答えはOKで。今更嘘とは言えないまま、付き合うことになってしまい… 初エッチが気持ち良すぎて抜けられなくなってしまった主人公くんと、実は虎視眈々と狙っていた攻くんのはのぼのラブコメです。 私がネコチャン大好きなので受になる子大体ネコチャンみたいなイメージで作ってます。ふわふわかわいい。 アインくん→受くん。要領の良いタイプ。お調子者だけどちゃんと情はある。押しに弱い。可愛くて気まぐれ。 トワくん→攻くん。心機一転真面目になろうと頑張る不器用優等生。ポテンシャルは高い。見た目は切れ長クールイケメン。 1は受ちゃん視点、2は攻くん視点です。2の方がエロいです。お楽しみください♡

処理中です...