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約4か月のツアー。『皆さんに会えるのを楽しみにしています』と直筆で書かれたメッセージがサイトに表示される。
彼女について回る彼に会えるのは楽しみだけれど、検索結果は軒並み完売。公式では急遽行けなくなった人の払い戻しや再販売は行われていないようで、チケットフリマで探すことにした。
『arisa』のファンは良心的だった。やたらと高い転売は無く、どれもプラス手数料くらいなもの。だけども今までツアーをしたことがないらしい彼女には、ようやく会えるのを楽しみにしているファンがたくさんいた。
もう少し早く知っていれば入手できただろうか。いや、きっと無理だろう。ファンクラブがあるのならそれが優先だろうし、そもそも一般販売は少なかったのかもしれない。
――おれは、彼女のファンではない。あくまでも見に行こうとしているのは"彼"だ。売り切れ続出のチケットを、おれが入手してもいいんだろうか。彼女のファンで満ちるべきところに、入っていってもいいんだろうか。
手は休まずいろんなサイトを巡っているのに、そんなことも考える。もしボタン一つで問題なくチケットが購入できていたのなら、きっと考えなかった。
彼女の名前でもう一度検索をかけ、彼女の歌を聴くことにした。
配信されているMVやライブ映像。可愛らしい顔をしていることはわかるのに、それよりも彼女は世界を大事にしているようだった。雨の一粒に焦点が当たり、そのカメラが引いていくことでようやく彼女が映し出される。映像は切なく綺麗だったが、その歌詞は平和な愛の歌。
いくつか曲を聴き、初めての日にリョウさんが聞いていたのは彼女だったと確信を持つ。彼が踊っていたのはまさに、今後のツアーに向けての彼女の曲だ。
自動再生されていく曲たち。耳になじんでいくarisaの声。
リョウさんは、この声を聴いてこの歌詞を聞いて、それを踊っていた。
文字通りのその事実が、なんだかすとんと入り落ちた。彼はこの世界と思いをその体一つに詰めて表現している。
arisaから離れ再び彼の踊りを見て、にやけてしまう自分に笑う。
「好きだなぁ」
好き探しをしているみたい。すべてすべて、彼がおれの正解になる。
「え。あれ……これは」
自動再生が進むノートパソコンで、スマホから目を離した際に見えたもの。
フードを被った踊り手。4人のダンサーに囲まれた人物はarisaだろうが、この後ろにいるのは、リョウさんじゃないのか。
顔が見えないから確かめられない。動画をシークして飛ばしてみても、最後の最後までダンサーの顔は見えなかった。だから最初からもう一度、もう一度、もう一度。
この動きは彼じゃないのか。ダンサーの動きは揃いみんなうまいけれど、これは、彼じゃないのだろうか。
重さを感じさせないジャンプも、摩擦の一切ないようなターンも、顔の角度まで意味を持っているようなところも、まるで彼みたいに見える。
リョウさんかもしれない。違うかもしれない。違ったとしても、好きが増えるならそれでいい。おれにとってのいいものが増えていくのなら嬉しいことだ。
だけど、これは彼じゃないのだろうか。それだけはやっぱり気になってしまった。
結局その動画の謎の人のおかげで、一瞬沸いた『おれなんかがチケットを買っていいのか』という悩みは消えた。もしこの曲をやってくれて、もしダンサーがついてくるのなら、もしかしたらこの人がいるかもしれない。この一曲を確認するためだけに、ライブに行きたい。
彼女について回る彼に会えるのは楽しみだけれど、検索結果は軒並み完売。公式では急遽行けなくなった人の払い戻しや再販売は行われていないようで、チケットフリマで探すことにした。
『arisa』のファンは良心的だった。やたらと高い転売は無く、どれもプラス手数料くらいなもの。だけども今までツアーをしたことがないらしい彼女には、ようやく会えるのを楽しみにしているファンがたくさんいた。
もう少し早く知っていれば入手できただろうか。いや、きっと無理だろう。ファンクラブがあるのならそれが優先だろうし、そもそも一般販売は少なかったのかもしれない。
――おれは、彼女のファンではない。あくまでも見に行こうとしているのは"彼"だ。売り切れ続出のチケットを、おれが入手してもいいんだろうか。彼女のファンで満ちるべきところに、入っていってもいいんだろうか。
手は休まずいろんなサイトを巡っているのに、そんなことも考える。もしボタン一つで問題なくチケットが購入できていたのなら、きっと考えなかった。
彼女の名前でもう一度検索をかけ、彼女の歌を聴くことにした。
配信されているMVやライブ映像。可愛らしい顔をしていることはわかるのに、それよりも彼女は世界を大事にしているようだった。雨の一粒に焦点が当たり、そのカメラが引いていくことでようやく彼女が映し出される。映像は切なく綺麗だったが、その歌詞は平和な愛の歌。
いくつか曲を聴き、初めての日にリョウさんが聞いていたのは彼女だったと確信を持つ。彼が踊っていたのはまさに、今後のツアーに向けての彼女の曲だ。
自動再生されていく曲たち。耳になじんでいくarisaの声。
リョウさんは、この声を聴いてこの歌詞を聞いて、それを踊っていた。
文字通りのその事実が、なんだかすとんと入り落ちた。彼はこの世界と思いをその体一つに詰めて表現している。
arisaから離れ再び彼の踊りを見て、にやけてしまう自分に笑う。
「好きだなぁ」
好き探しをしているみたい。すべてすべて、彼がおれの正解になる。
「え。あれ……これは」
自動再生が進むノートパソコンで、スマホから目を離した際に見えたもの。
フードを被った踊り手。4人のダンサーに囲まれた人物はarisaだろうが、この後ろにいるのは、リョウさんじゃないのか。
顔が見えないから確かめられない。動画をシークして飛ばしてみても、最後の最後までダンサーの顔は見えなかった。だから最初からもう一度、もう一度、もう一度。
この動きは彼じゃないのか。ダンサーの動きは揃いみんなうまいけれど、これは、彼じゃないのだろうか。
重さを感じさせないジャンプも、摩擦の一切ないようなターンも、顔の角度まで意味を持っているようなところも、まるで彼みたいに見える。
リョウさんかもしれない。違うかもしれない。違ったとしても、好きが増えるならそれでいい。おれにとってのいいものが増えていくのなら嬉しいことだ。
だけど、これは彼じゃないのだろうか。それだけはやっぱり気になってしまった。
結局その動画の謎の人のおかげで、一瞬沸いた『おれなんかがチケットを買っていいのか』という悩みは消えた。もしこの曲をやってくれて、もしダンサーがついてくるのなら、もしかしたらこの人がいるかもしれない。この一曲を確認するためだけに、ライブに行きたい。
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