君の視線の向かう先は。

勇黄

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1人で眠るベッドはこんなに味気ないものだったっけ。

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それからの僕は今まで以上に熱心に働いた。

























早朝の買い出し
メイン料理の下ごしらえ、調理補助。
後輩の指導に新しいメニューの
開発チームにも入れてもらい
研究に勤しんで夜中まで店にいて
休みの日は自分のお店を出すための
勉強をしたり、いろんな店を回って
いろいろなものを食べ歩いたりして
過ごしている。




























だけど…僕はあまりにも疲弊していた。

























まぁくんに触れられない日々。




















それは想像以上に過酷で…。























まぁくんがいることに…
腕の中で眠ることに慣れきっていたから…。



























リモートでまぁくんと話すといっても
約16時間の時差で
なかなか時間が合わせられなかったり
少しの時間だけで体調とかを
確認する程度だったりして…。


























コミュニケーションもとれずにいた。























1人で眠るベッドはこんなに
味気ないものだったっけ…。






















まぁくんが夜勤でいない時もあったけど
その前や後には会えてたから…。





























*******************

ある休日、いつものように気になる
お店を探して食事をして
メモをとった後、考えをまとめようと
カフェに入る。
























窓際の席に座るとどっと疲れが
おしよせて僕はテーブルに
突っ伏すように倒れ込んでしまった。


























「あの………大丈夫?」























隣のテーブルに座っていた男性が
声をかけてくれるが僕は力なく
はい、と答えるのが精一杯。

























店員さんがお水を持ってきてくれて
なんとか水を含み一息つく。




















とりあえずアイスコーヒーを注文した。




















少し落ち着いてきて店内を見渡すと
さっきの男性と目が合い
微笑みかけられる。
























会釈をするとその彼は
そっちに行っていい?と
グラスを揺らした。


























何も言わずにいると
前の椅子に座ってきて
話しかけられる。

























「君、体調大丈夫なの?」























「……………………。」























「ちょっと手を貸して。」























僕は何を言われたのかわからなくて
ぼーっとその男性を見た。
























強引に手を引っ張られ
僕は硬直して手をひっこめようともがく。
























「自律神経だと思う。
私は指圧師なんだ。
ツボを押してあげるから。ほら。」

























「ひっ…!」






















恐れおののいている僕を見かねてか
店員さんが、この方すぐ近くの
病院の方なので大丈夫と思いますよ、と
言ってくれてやっとおずおずと
手を差し出した。

























「怖がらせてごめんね。」






















そういうと僕の手のツボを押し始めた。





















「……っつ!」
























「やっぱり手がゴリゴリだ…。
なにか手を使う職業かな…?
これは………包丁だこか…。
料理人だね。」


























「な…んで……………?びっくり、しました。
………あの…。イタリアンのシェフを
やっています…。すみません。
ありがとうございます…。っ!痛っ!」


























「………眠れてる?」





















「………………いえ。あまり…。」


























そうか………。と言ったきり
もくもくと僕の手のツボを押してくれた。



























「はい、終わり。………もしよかったら
なんだけど私のあね…いや。
兄がこの近くで心療内科をやっているんだ。
行ってみない?話すだけでも
楽になると思うよ?」




























「………。ありがとうございます…。」






















「行ってみる?」
























「…………………。」

























行くだけ行ってみよう、と言うと
その男性は会計を済ませて
僕を連れていってくれた。
























2分ほど歩くと綺麗なクリニックの
前に着いて中から白衣の男性が出てきて
どうぞ、と微笑んでくれる。



























その顔に見覚えがあるような気がして
クリニックの名前を見た。























「maruyama clinic…。」























(どこかで見た気がする…。)





















僕は思い出せずにぼーっとしてしまう。






















人の気配のないクリニック
誰もいない待合室。

























(ひょっとして…お休みか
休憩の時かな?悪いことしたな…。)

























白衣の男性が現れて診察室へどうぞ、と
連れていってくれた。
























「あの…すみません………。
休憩中かお休みですか?
ごめんなさい、僕…。」























「大丈夫だよ。弟が時々こうして
しんどそうな人を連れてくるから…。
こちらこそごめんね。
ビックリしたでしょう?」























「………はい。ふふふ。
でもツボ押していただいて
楽になりました。」


























あの子ツボ押させると一流なのよね…と
呟いて白衣の男性は言った。






















「あなた…たぶんだけど
私の勤務していた病院に
来たことある、よね…?」




























「え?」
























「あなたが小学生の時…。
心療内科にかかったことなかった?」



























「………………………そういえば。
家で倒れて病院に運ばれて…………。
でもあの時、確か…。
女医さんだった、と……………?」
























「前の名前は円山茜まるやまあかね
今は円山隆まるやまりゅう

私、性転換、したのよ。」



























「えっ!!……………でも…あのときの
優しい眼差しと話し方は同じです。」























僕はびっくりしながらも微笑む。























「あはは!…そう?ふふ…。

あなた、あのときと同じ…
自律神経のようだけど大丈夫?
話なら聞くよ。」


























それから僕はまぁくんとのことを
話した。とても幸せなことも
でも今さみしくてしかたないことも…。
























「キャパオーバー、していない?
仕事がんばりすぎじゃない?
少しは力を抜いて、さ。
彼とじっくりリモートする時間を
作って彼を補給するのが
あなたにはいい薬。

それか思いきって会いに行ってみるとか。」






















「会いに…。」
























「まだ帰国までに半年はあるんでしょ?」
























「はい…。」






















「旅行のつもりでさ。ね。」






















「はい!」
























お、急に元気になったね!と笑い
円山まるやま先生は言った。























「あなたは私と同じでパートナーに
依存しすぎる。ふふふ。
でもそんな人と両思いになれるなんて
あなたは幸せだよ。」

























「…………そうですね。」





















「だから自分を大切に
相手のことも大切に心穏やかに
無理し過ぎないで日々を生きてね。」
























「はい!ありがとうございます!」























待っていてくれた弟さんにも礼を言い
カフェの代金を払う、と言うと
いらない、と言われ
でも今度ツボ押しに来て、ね、と
名刺を渡された。


























診察のほうも時間外だし
なにもしてないしいらないよ、と
言われ僕は恐縮した。
























「…じゃあ、今度僕の勤めている
イタリアンレストランにおふたりで
食べに来てください!」
























そう言ってお店のチラシを渡す。





















「わぁ!絶対行く!」
「美味しそう…。」























必ず来てくださいね、と約束をして
僕は病院を出た。























不思議に体も心も楽になっていて
久しぶりに眠気がやってきて
僕は家路を急ぐ。
























家に着いたらやまちゃんからのLINE。

























[くりっと、一緒にアメリカ行かない?
俺たち新婚旅行、行くんだけど。
くりっと、飛行機さ、家族割ないの?
友達割は?]























(はぁ?……ふふふ!やまちゃんったら…。)






















[友達割はございません。]




















[冗談なのに…(TT)]




















「ぶはははっ!やまちゃん!
バカだなぁ…ふふふっ…。」























僕は思わず笑ってしまった。






















[ありがとね。やまちゃん。
いつ行くの?新婚旅行。]























[来月の終わりから2週間!]






















[え?そんなに?じゃあ僕、行きだけ
一緒に行ってもいい?
僕休めるの5日が限度だと思う…]

























[うん。一緒に行こう~!
ロサンゼルスでしょ?]






















[そう。ちょうど今アメリカ行きを
決心したところだったから…。
やまちゃんさすが!
グッドタイミング!]
























[え?そうなの?さすが俺!]























やまちゃんのLINEにクスクスと
笑いながら僕は久しぶりに
ぐっすりと眠りにつき…。





















朝起きるとまぁくんからの
動画が届いていた。

























動画の中のまぁくんは
とてもキラキラしてた。























仕事場だろうか…。
飛行機がバックに写っている。


























「くーちゃん~!ここが俺の仕事場だよ!
毎日くたくたになるまでがんばってる!
紅李翔くりとに会いたいよ~!
抱きしめたい…。

毎日英語漬けで勉強漬けで
脳みそがくーちゃん不足…。

紅李翔くりとは大丈夫か?
繊細だから心配だよ…。

最近時間も合わなくて少ししか
話せないもんな…。
また時間合わせて話そうな!

じゃ。……………愛してる。」























そう言ってめちゃくちゃ照れた顔で
終わっていた。

























(まぁくん…僕も愛してる…。
ありがとね…。)
























僕はやまちゃんと日を合わせて
来月の終わりに仕事を始めてから
初めてのまとまった休みをもらった。
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