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第2部3章 二人の想い編
85 陽動
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塔を出たレベックは、城壁の屋上を移動して騒ぎが起きている中庭を見下ろせる位置に到着していた。
牢獄に隣接するその中庭では、騎士ロングヒルと思われる男が剣と魔法を振るって衛兵達と戦っている。ただし、手心の加えられたロングヒルの攻撃は殺傷を避け、無力化に尽力しているようだ。
その様子を観察したレベックは、すぐさま違和感に気付く。
「逃走が目的の戦闘ではないな……それに、オーツキとファフニエルの姿が見当たらない」
元より、オーツキ、ロングヒル、ファフニエルの三人が脱走を試みるシナリオは想定の範囲内だ。
そうなった場合、レベックは脱走者である三人をその場で始末する大義名分を得ることができる。むしろ、処刑を待つより効率的だ。
だが、今しがた中庭で暴れているのはロングヒル一人だ。
ロングヒルは囮役で、他二人は既に王宮を脱出しているのだろうか。
しかし、ロングヒルにあれだけの実力があれば、三人同時に脱走を試みても追手の撃退は容易に思われる。むしろ、強行突破を試みるなら戦力を集中させていた方が合理的だろう。
ならば、彼らは逃走以外に何らかの目的があって別行動をしていると考えるのが自然だ。
そう看破したレベックは、すぐさま共鳴水晶を取り出して警邏隊長に連絡を試みる。
「おい、私の声が聞こえるか」
すると、焦りと困惑の表情を浮かべる警邏隊長の顔が水晶玉の中に映し出された。
『レベック卿! 今どちらですか! ご存じかもしれませんが、例の連中が牢獄から脱走したようで……』
「知っている。私は、その脱走騒ぎが何らかの陽動である可能性を危惧している。王宮内で他に騒ぎは起きていないか?」
レベックの冷静な態度にあてられた警邏隊長は、軽く落ち着きを取り戻して周囲にいる部下に状況を確認させる。
そして、情報を整理してから再びレベックに目を向けた。
『今のところ、牢獄以外でのトラブルは確認されておりません。国王陛下と姫殿下の無事も確認しております』
レベックは、追いつめられたオーツキとファフニエルが王宮の中枢を強引に占拠するシナリオを危惧していたが、どうやらその可能性は低いようだ。
ならば奴らの目的は一体何なのか。
ふと、レベックは塔に幽閉しているヴィオラのことを思い出す。
まさか、オーツキは囮まで用意してヴィオラの捜索を優先しているのだろうか。
例えそうだったとしても、この広い王宮の敷地から手がかり無しでヴィオラの下に辿りつくのは至難だ。
レベックがそんなことを考えていると、茶番のような戦闘が繰り広げられている中庭で何やら動きがあったようだ。
なぜか、衛兵の一部がロングヒルから視線を外し、空を見上げている。
そんな視線に誘われてレベックも上空に目を向けると、青々と晴れ渡る大空に浮かぶ小さな影を見つけることができた。
小柄な人型のシルエットを持つその影の正体は、ファフニエルだ。
特殊な種族らしいファフニエルが飛行能力を有しているのは、巷で有名な話だ。かつて、この王宮で起きたファフニエルとの戦いも空中戦がメインだったとレベックも聞き及んでいる。
しかし、そのファフニエルは王宮の上空に浮いているだけで、逃げるでもなく戦うでもなく飛行を続けている。
一体、何が目的なのだろうか。
その瞬間、レベックはオーツキ、ロングヒル、ファフニエルの三人が連携する行動の意味にようやく気付いた。
* * *
『げっ、レベックがもう引き返したわよ。案外カンのいいやつね。足止めしようか?』
共鳴水晶から放たれるファフの言葉に対し、承治は息を切らして応じる。
「大丈夫、なんとか間に合いそうだ!」
そう告げた承治は、薄暗い螺旋状の階段を全力で駆け上がっていた。
最近、運動をしていなかったせいか、少し走っただけですぐに息が上がってしまう。
だが、承治はどんなに疲労しようと、重くなった足を止めず、一心不乱に階段を上り続けた。
そして、ようやく階段が途切れたところで一枚の扉が承治の前に立ち塞がる。その扉には、ご丁寧にもかんぬきと錠前が据え付けられていた。
木製ならどうにかなる。
そう判断した承治は、扉が迫ってもなお足の勢いを止めず駆け続ける。
そして、行く手を遮る扉に対し、人生初のドロップキックをかましてやった。
凄まじい衝撃と騒音が響き渡り、体がごろごろと床を転がる。
どこをどう痛めたか分からないが、とりあえず全身の至るところに痛みが走った。
だが、そんな体の痛みは、もはや聞き慣れたある人物の声を聞いた瞬間、吹き飛んでしまった。
「ジョージさん!」
床に倒れ込んだ承治が顔を上げると、今にも泣き出してしまいそうなヴィオラの表情が写り込んだ。
よくよく見ると、ヴィオラの体は枷と鎖によって椅子に拘束されている。
承治は慌てて足を滑らせながら立ち上がり、ヴィオラの下に駆け寄る。
「大丈夫ですかヴィオラさん! クソッ、こんな状態で閉じ込めやがって!」
承治は、どうやってヴィオラの拘束を解くか焦りながら思案する。
恐らく枷と鎖を解く鍵はレベックが持っているだろう。だが、幸いにして鎖の巻かれている椅子は木製だ。
「すいませんヴィオラさん! ちょっと我慢して下さい!」
そう告げた承治は、椅子ごとヴィオラを持ちあげて横に寝かせる。
そして、室内にあった別の椅子を振り上げ、ヴィオラの体に当たらないよう椅子同士を思い切りぶつけた。
すると、ヴィオラの座る椅子は後ろ足と背もたれが壊れ、鎖を緩める余地ができる。そのまま鎖を解いてやると、ヴィオラの体は手にかけられた枷を除いて自由になった。
拘束を解かれたヴィオラはそのまま立ち上がろうとするが、足に力が入らず軽くよろけてしまう。
承治は、そんなヴィオラの体を支える形で抱きかかえた。
「ありがとう、ございます」
ヴィオラがそう告げた瞬間、体を支え合った二人は視線を交わす。
そして、しばしの沈黙がその場を支配した。
二人は互いの体温と息遣いを感じながら、ひとときの安堵を共有する。
目と目で交わされる視線は決して逸らされることなく、もう離れたくないと言わんばかりに絡み合う。
もはや、二人の間に言葉は必要なかった。
だが、これで全てが終わったわけではない。
それを思い出した承治は、緊張感を取り戻して静かに口を開く。
「すいませんヴィオラさん。僕にはまだ、やることが残っています」
そう告げた承治は、胸に抱えるヴィオラの体をいっそう強く抱きしめ、決意に満ちた視線を窓の外へと向けた。
牢獄に隣接するその中庭では、騎士ロングヒルと思われる男が剣と魔法を振るって衛兵達と戦っている。ただし、手心の加えられたロングヒルの攻撃は殺傷を避け、無力化に尽力しているようだ。
その様子を観察したレベックは、すぐさま違和感に気付く。
「逃走が目的の戦闘ではないな……それに、オーツキとファフニエルの姿が見当たらない」
元より、オーツキ、ロングヒル、ファフニエルの三人が脱走を試みるシナリオは想定の範囲内だ。
そうなった場合、レベックは脱走者である三人をその場で始末する大義名分を得ることができる。むしろ、処刑を待つより効率的だ。
だが、今しがた中庭で暴れているのはロングヒル一人だ。
ロングヒルは囮役で、他二人は既に王宮を脱出しているのだろうか。
しかし、ロングヒルにあれだけの実力があれば、三人同時に脱走を試みても追手の撃退は容易に思われる。むしろ、強行突破を試みるなら戦力を集中させていた方が合理的だろう。
ならば、彼らは逃走以外に何らかの目的があって別行動をしていると考えるのが自然だ。
そう看破したレベックは、すぐさま共鳴水晶を取り出して警邏隊長に連絡を試みる。
「おい、私の声が聞こえるか」
すると、焦りと困惑の表情を浮かべる警邏隊長の顔が水晶玉の中に映し出された。
『レベック卿! 今どちらですか! ご存じかもしれませんが、例の連中が牢獄から脱走したようで……』
「知っている。私は、その脱走騒ぎが何らかの陽動である可能性を危惧している。王宮内で他に騒ぎは起きていないか?」
レベックの冷静な態度にあてられた警邏隊長は、軽く落ち着きを取り戻して周囲にいる部下に状況を確認させる。
そして、情報を整理してから再びレベックに目を向けた。
『今のところ、牢獄以外でのトラブルは確認されておりません。国王陛下と姫殿下の無事も確認しております』
レベックは、追いつめられたオーツキとファフニエルが王宮の中枢を強引に占拠するシナリオを危惧していたが、どうやらその可能性は低いようだ。
ならば奴らの目的は一体何なのか。
ふと、レベックは塔に幽閉しているヴィオラのことを思い出す。
まさか、オーツキは囮まで用意してヴィオラの捜索を優先しているのだろうか。
例えそうだったとしても、この広い王宮の敷地から手がかり無しでヴィオラの下に辿りつくのは至難だ。
レベックがそんなことを考えていると、茶番のような戦闘が繰り広げられている中庭で何やら動きがあったようだ。
なぜか、衛兵の一部がロングヒルから視線を外し、空を見上げている。
そんな視線に誘われてレベックも上空に目を向けると、青々と晴れ渡る大空に浮かぶ小さな影を見つけることができた。
小柄な人型のシルエットを持つその影の正体は、ファフニエルだ。
特殊な種族らしいファフニエルが飛行能力を有しているのは、巷で有名な話だ。かつて、この王宮で起きたファフニエルとの戦いも空中戦がメインだったとレベックも聞き及んでいる。
しかし、そのファフニエルは王宮の上空に浮いているだけで、逃げるでもなく戦うでもなく飛行を続けている。
一体、何が目的なのだろうか。
その瞬間、レベックはオーツキ、ロングヒル、ファフニエルの三人が連携する行動の意味にようやく気付いた。
* * *
『げっ、レベックがもう引き返したわよ。案外カンのいいやつね。足止めしようか?』
共鳴水晶から放たれるファフの言葉に対し、承治は息を切らして応じる。
「大丈夫、なんとか間に合いそうだ!」
そう告げた承治は、薄暗い螺旋状の階段を全力で駆け上がっていた。
最近、運動をしていなかったせいか、少し走っただけですぐに息が上がってしまう。
だが、承治はどんなに疲労しようと、重くなった足を止めず、一心不乱に階段を上り続けた。
そして、ようやく階段が途切れたところで一枚の扉が承治の前に立ち塞がる。その扉には、ご丁寧にもかんぬきと錠前が据え付けられていた。
木製ならどうにかなる。
そう判断した承治は、扉が迫ってもなお足の勢いを止めず駆け続ける。
そして、行く手を遮る扉に対し、人生初のドロップキックをかましてやった。
凄まじい衝撃と騒音が響き渡り、体がごろごろと床を転がる。
どこをどう痛めたか分からないが、とりあえず全身の至るところに痛みが走った。
だが、そんな体の痛みは、もはや聞き慣れたある人物の声を聞いた瞬間、吹き飛んでしまった。
「ジョージさん!」
床に倒れ込んだ承治が顔を上げると、今にも泣き出してしまいそうなヴィオラの表情が写り込んだ。
よくよく見ると、ヴィオラの体は枷と鎖によって椅子に拘束されている。
承治は慌てて足を滑らせながら立ち上がり、ヴィオラの下に駆け寄る。
「大丈夫ですかヴィオラさん! クソッ、こんな状態で閉じ込めやがって!」
承治は、どうやってヴィオラの拘束を解くか焦りながら思案する。
恐らく枷と鎖を解く鍵はレベックが持っているだろう。だが、幸いにして鎖の巻かれている椅子は木製だ。
「すいませんヴィオラさん! ちょっと我慢して下さい!」
そう告げた承治は、椅子ごとヴィオラを持ちあげて横に寝かせる。
そして、室内にあった別の椅子を振り上げ、ヴィオラの体に当たらないよう椅子同士を思い切りぶつけた。
すると、ヴィオラの座る椅子は後ろ足と背もたれが壊れ、鎖を緩める余地ができる。そのまま鎖を解いてやると、ヴィオラの体は手にかけられた枷を除いて自由になった。
拘束を解かれたヴィオラはそのまま立ち上がろうとするが、足に力が入らず軽くよろけてしまう。
承治は、そんなヴィオラの体を支える形で抱きかかえた。
「ありがとう、ございます」
ヴィオラがそう告げた瞬間、体を支え合った二人は視線を交わす。
そして、しばしの沈黙がその場を支配した。
二人は互いの体温と息遣いを感じながら、ひとときの安堵を共有する。
目と目で交わされる視線は決して逸らされることなく、もう離れたくないと言わんばかりに絡み合う。
もはや、二人の間に言葉は必要なかった。
だが、これで全てが終わったわけではない。
それを思い出した承治は、緊張感を取り戻して静かに口を開く。
「すいませんヴィオラさん。僕にはまだ、やることが残っています」
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