73 / 96
第2部2章 収穫祭編
71 事後処理
しおりを挟む
その後、承治とヴィオラが近くの井戸で血を洗い流して大通りに戻ると、王都の警邏隊が事件現場に到着していた。
どうやら、事件の状況は長岡が説明してくれたらしく、強盗犯らしい虎男も既にその場から姿を消している。
周囲の人々も落ち着きを取り戻したようで、買い物や観光を再開していた。
すると、警邏隊の責任者と思しき兵士がヴィオラを見つけて慌てて駆け寄ってくる。
屈強な体に軽装の甲冑を纏う彼は、ヴィオラの服に残る血を見て焦りながら口を開いた。
「宰相閣下! まさか、お怪我をされたのですか!?」
「いえ、怪我をしたのは私の部下です。これは応急処置の時についたもので……」
ヴィオラの言葉に対し、兵士は厚い胸板をほっと撫で下ろす。
「そうでしたか。お連れの方はご無事で?」
いささか心配の度合いが軽い気がしたが、身分差があるのは事実なので不満は顔に出さず返事をした。
「はい。ちょっと腕を斬られましたけど、治癒魔法で治してもらいました」
そんな言葉に対し、兵士はなぜか表情を硬くして応じる。
「治癒魔法、ですか。それは一体、誰が行使したんですかな」
承治は、事情聴取を受ける長岡を指さしながら「あそこの彼です」と告げる。同時に、長岡が治癒魔法以外にも攻撃的な魔法で強盗を無力化したことを伝えた。
承治の話を聞き終えた兵士は、やや高圧的な態度で質問を続ける。
「彼は君の知り合いか? 見たこともない鎧を着ているが、彼は何者だ」
改めて長岡が何者かと問われると、承治も返答に困る。
すると、見かねたヴィオラが話に割って入った。
「彼はクラリアの騎士見習いで、私の友人でもあります。ただ、彼はウラシムを用いずとも魔法が行使できるという特殊な体質の持ち主で、暴漢を捕まえるために咄嗟に魔法を行使してしまったんです」
「ウラシムが無くても魔法が使えるですと? クラリアにはそんな者がおるんですか……しかし、いかなる理由があれど国外の兵士が我が国で魔法を行使するというのは、あまり感心できませんな」
二人の会話を聞いてた承治は、何となく状況を察する。
どうやら、彼は長岡が街中で魔法を行使したことを問題視しているようだ。
考えてみれば、カスタリアでは魔法を行使するためのウラシム鉱石が国によって厳密に管理されており、一般人は気軽に魔法を使うことはできない。
ヴィオラやセレスタが時たま魔法を使うので感覚が麻痺していたが、この世界における魔法は基本的に戦争の道具として扱われるものだ。
そんなものが街中で行使されれば、注意を払うのは当然だろう。
しかも、話は長岡だけに留まらない。
今回、強盗を働いたという二人組のうち一人は、魔道具を用いて魔法を行使していた。以前出会った誘拐事件の首謀者も非公式に魔道具を所持していたが、今回の犯人も闇市場で魔道具を手に入れたのだろうか。
承治がそんなことを考えていると、ヴィオラと兵士もその話題を取り上げていた。
「それにしても、強盗犯が使っていた魔道具の出所は一体どこなのでしょう……」
「あの短剣は、恐らく王立工房の正規品が流出したものですな。自分もこんなことを言いたかないんですが、貴族か役人あたりが闇市場に正規品を横流ししとるようなんです。そのせいもあって、最近は魔道具による事件が後を絶ちません」
「横流しですか……黒幕を追及する必要がありそうですね」
ヴィオラと兵士がそんな会話を交わしていると、事情聴取を終えた長岡が警邏隊に囲まれたまま近づいてくる。
そして、当惑した様子で口を開いた。
「お二人ともすいません。なんか、俺が魔法を使っちゃったせいで話が少しややこしくなったみたいで……」
すると、警邏隊の責任者である兵士が全員に向けて声を放った。
「とりあえず、一旦皆で王宮へ戻りましょう。ヴィラオ様もそのような格好でいるわけにもいかんでしょうし、見習い騎士の君とも少し話がしたい。よろしいかな?」
結局、彼の提案に従う形で楽しいお祭り巡りはあっけなく幕を下ろすことになった。
* * *
王宮へ戻った承治とヴィオラは、汚れた服を着替えるために警邏隊一行と別れて部屋に戻ることにした。
その間、長岡の身柄は警邏隊が預かり、後ほど王宮内に設けられた警邏隊の詰め所で再集合する予定になっている。
王宮に連れ込まれた長岡の扱いは、まるで罪人のようだ。
長岡は街中で魔法を行使したが、別に悪い事をしたわけではない。
むしろ、魔道具を持つ凶悪な強盗を無力化するという、大手柄を上げたのだ。彼の行動は、責められるどころか褒められて然るべきだろう。
ここは長岡のためにも、しっかりと事情を説明して誤解を解く必要があるだろう。
そう考えた承治は、ヴィオラと肩を並べながら自室に向けて早歩きで足を進める。
すると、こんな時に最も出会いたくない人物とばったり遭遇してしまった。
どうやら、事件の状況は長岡が説明してくれたらしく、強盗犯らしい虎男も既にその場から姿を消している。
周囲の人々も落ち着きを取り戻したようで、買い物や観光を再開していた。
すると、警邏隊の責任者と思しき兵士がヴィオラを見つけて慌てて駆け寄ってくる。
屈強な体に軽装の甲冑を纏う彼は、ヴィオラの服に残る血を見て焦りながら口を開いた。
「宰相閣下! まさか、お怪我をされたのですか!?」
「いえ、怪我をしたのは私の部下です。これは応急処置の時についたもので……」
ヴィオラの言葉に対し、兵士は厚い胸板をほっと撫で下ろす。
「そうでしたか。お連れの方はご無事で?」
いささか心配の度合いが軽い気がしたが、身分差があるのは事実なので不満は顔に出さず返事をした。
「はい。ちょっと腕を斬られましたけど、治癒魔法で治してもらいました」
そんな言葉に対し、兵士はなぜか表情を硬くして応じる。
「治癒魔法、ですか。それは一体、誰が行使したんですかな」
承治は、事情聴取を受ける長岡を指さしながら「あそこの彼です」と告げる。同時に、長岡が治癒魔法以外にも攻撃的な魔法で強盗を無力化したことを伝えた。
承治の話を聞き終えた兵士は、やや高圧的な態度で質問を続ける。
「彼は君の知り合いか? 見たこともない鎧を着ているが、彼は何者だ」
改めて長岡が何者かと問われると、承治も返答に困る。
すると、見かねたヴィオラが話に割って入った。
「彼はクラリアの騎士見習いで、私の友人でもあります。ただ、彼はウラシムを用いずとも魔法が行使できるという特殊な体質の持ち主で、暴漢を捕まえるために咄嗟に魔法を行使してしまったんです」
「ウラシムが無くても魔法が使えるですと? クラリアにはそんな者がおるんですか……しかし、いかなる理由があれど国外の兵士が我が国で魔法を行使するというのは、あまり感心できませんな」
二人の会話を聞いてた承治は、何となく状況を察する。
どうやら、彼は長岡が街中で魔法を行使したことを問題視しているようだ。
考えてみれば、カスタリアでは魔法を行使するためのウラシム鉱石が国によって厳密に管理されており、一般人は気軽に魔法を使うことはできない。
ヴィオラやセレスタが時たま魔法を使うので感覚が麻痺していたが、この世界における魔法は基本的に戦争の道具として扱われるものだ。
そんなものが街中で行使されれば、注意を払うのは当然だろう。
しかも、話は長岡だけに留まらない。
今回、強盗を働いたという二人組のうち一人は、魔道具を用いて魔法を行使していた。以前出会った誘拐事件の首謀者も非公式に魔道具を所持していたが、今回の犯人も闇市場で魔道具を手に入れたのだろうか。
承治がそんなことを考えていると、ヴィオラと兵士もその話題を取り上げていた。
「それにしても、強盗犯が使っていた魔道具の出所は一体どこなのでしょう……」
「あの短剣は、恐らく王立工房の正規品が流出したものですな。自分もこんなことを言いたかないんですが、貴族か役人あたりが闇市場に正規品を横流ししとるようなんです。そのせいもあって、最近は魔道具による事件が後を絶ちません」
「横流しですか……黒幕を追及する必要がありそうですね」
ヴィオラと兵士がそんな会話を交わしていると、事情聴取を終えた長岡が警邏隊に囲まれたまま近づいてくる。
そして、当惑した様子で口を開いた。
「お二人ともすいません。なんか、俺が魔法を使っちゃったせいで話が少しややこしくなったみたいで……」
すると、警邏隊の責任者である兵士が全員に向けて声を放った。
「とりあえず、一旦皆で王宮へ戻りましょう。ヴィラオ様もそのような格好でいるわけにもいかんでしょうし、見習い騎士の君とも少し話がしたい。よろしいかな?」
結局、彼の提案に従う形で楽しいお祭り巡りはあっけなく幕を下ろすことになった。
* * *
王宮へ戻った承治とヴィオラは、汚れた服を着替えるために警邏隊一行と別れて部屋に戻ることにした。
その間、長岡の身柄は警邏隊が預かり、後ほど王宮内に設けられた警邏隊の詰め所で再集合する予定になっている。
王宮に連れ込まれた長岡の扱いは、まるで罪人のようだ。
長岡は街中で魔法を行使したが、別に悪い事をしたわけではない。
むしろ、魔道具を持つ凶悪な強盗を無力化するという、大手柄を上げたのだ。彼の行動は、責められるどころか褒められて然るべきだろう。
ここは長岡のためにも、しっかりと事情を説明して誤解を解く必要があるだろう。
そう考えた承治は、ヴィオラと肩を並べながら自室に向けて早歩きで足を進める。
すると、こんな時に最も出会いたくない人物とばったり遭遇してしまった。
0
お気に入りに追加
576
あなたにおすすめの小説
婚約者は、今月もお茶会に来ないらしい。
白雪なこ
恋愛
婚約時に両家で決めた、毎月1回の婚約者同士の交流を深める為のお茶会。だけど、私の婚約者は「彼が認めるお茶会日和」にしかやってこない。そして、数ヶ月に一度、参加したかと思えば、無言。短時間で帰り、手紙を置いていく。そんな彼を……許せる?
*6/21続編公開。「幼馴染の王女殿下は私の元婚約者に激おこだったらしい。次期女王を舐めんなよ!ですって。」
*外部サイトにも掲載しています。(1日だけですが総合日間1位)
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。
とある元令嬢の選択
こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。
若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双
たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。
ゲームの知識を活かして成り上がります。
圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる