上 下
48 / 96
第2部1章 ヴィオラのお悩み編

46 初めての休日

しおりを挟む
 宰相ヴィオラを中心とするカスタリア王宮での内政業務は、ファフという新たな仲間を加えた新体制でも順調に機能していた。

 そんなこんなで勤務日は過ぎ去っていき、今日は休日だ。
 この日、承治はファフの私室で朝食をとっていた。
 小さな丸テーブルで席を共にする承治とファフは、もそもそと硬いパンを齧りながらスープを啜る。

 本来なら、王宮内での食事は王侯貴族でもない限り大食堂で取るのが普通だ。
 しかし、ファフは一応罪人扱いであるため、食堂を利用すると悪目立ちする可能性がある。
 それを鑑みた承治は、ファフの食事を部屋まで運ぶようにしていた。

 硬いパンをスープで流し込んだ承治は、対面に座るファフに声をかける。

「ファフ、今日は暇でしょ? ちょっと僕に付き合ってよ」

「あら、もしかしてデートのお誘い?」

 そんな冗談に対して、承治はすました顔で応じる。

「僕とデートするくらいしか君もやることないでしょ」

「残念ながら、アンタの言う通りね。部屋にいたってテレビもケータイもないんじゃ退屈で死んじゃいそうよ」

 罪人扱いのファフは、承治の監督下で労役を行うという条件で牢獄から解放されているため、基本的に自由はない。
 だが、いかに罪人とはいえ休日にファフを部屋に閉じ込めておくのは酷だ。
 それを思って、承治はファフを部屋から連れ出すことにしたのだ。

 どの道、承治も休日は暇を持て余している。
 承治の誘いは気遣いというより、それ自体が暇つぶしのようなものだった。

「そうと決まれば、さっそく出かけようか。まあ、王宮から外には出ないけどね」

 そう告げた承治は、可愛らしい部下を連れ出して部屋を後にした。


 * * *


「と、言うわけでオババ様にお願いなんだけど、今日からファフもここに出入りしていいかな?」

 そう告げた承治が訪れたのは、馴染みの王宮図書館だった。
 カスタリア王宮の外れにあるその図書館は、広い中央フロアが二階を貫く吹き抜けになっており、壁一面に本棚が並んでいる。多くの机が並ぶ中央エリアは、読書用のスペースというより、講義や勉強会といった催し物のために設けられたものだ。

 そんな王立図書館のカウンターに腰を下ろすオババ様は、ファフにちらりと目を向けて承治の言葉に応じる。

「ふむ、姫様から話は聞いておったが、まさか本当にあのファフニエルがジョージに使役されているとは驚きじゃな……急に暴れ出したりせんだろうな?」

 誰もが最初はそういう反応になるだろう。
 そこで承治は、あえてファフ自ら語らせることにした。

「ファフ、自己紹介しなよ」

 承治に促されたファフは、もじもじと気まずそうに口を開く。

「あの、この前はごめんなさい……もう暴れたりはしないわ。私は今、ファフと名前を変えて承治の下で働いてる。そんなことで償いになるとは思ってないけど、今の私にできることはそれくらいだから……」

 その言葉に、オババ様は驚いた様子で目を見開く。

「ふむ、まるで魔力と共に毒気も抜かれてしまったようじゃな。姫様がお赦しになった理由もなんとなく分かる気がするのう」

 そう告げたオババ様は、体をファフに向け言葉を続ける。

「わたしゃヴァオロヴァってんだ。国家魔術師なんて肩書きはあるが、普段はしがない司書さ。この前、あんたとやり合った時は、五十年前の大陸戦争を思い出したよ。魔法を使った本格的な戦争は、あれが最後じゃったな」

 そう自己紹介したヴァオロヴァことオババ様は、れっきとした魔女だ。
 一見すると腰の曲がった老婆だが、歪な形をした杖をつき、黒い帽子とマントを身に纏う彼女の様相はいかにも魔術師らしい。
 普段は王族の相談役や司書のような仕事をしているそうだが、そのオババ様が魔法を使うところを見たのは、ファフニエルとの戦いが最初で最後だった。

 そんなオババ様は、神妙な面持ちのまま話を続ける。

「強大な力を持つ魔法で戦うというのは、大層恐ろしいことじゃ。この図書館には、そんな悲惨な歴史を綴った蔵書がいくらでもある。ここに来た以上、それくらいの歴史は勉強していきな」

 オババ様の口ぶりは説教じみていたが、ファフが図書館を利用することは認めてくれたようだ。
 承治はほっと胸を撫で下ろし、ファフに告げる。

「まあ、そこまで気難しく考えなくても暇つぶしだと思って色々読んでみなよ。歴史書とかも物語調で書かれているやつは結構面白いよ」

 すると、ファフの表情がほんの少しだけ緩んだ気がした。

「他に娯楽がないんじゃしょうがないわね。とりあえず、承治のオススメを読ませてもらおうかしら」

 どうやら、ファフは読書に抵抗がないタイプらしい。
 最近は全く本を読まない人も増えているそうなので、ファフが本を読めるタイプだと分かって承治も安心した。

 承治はさっそく本棚を漁りに動き出そうとする。
 すると、少し離れた本棚の陰から姿を覗かせている一人の少女がふと目に入った。
 承治の視線に誘われて、オババ様とヴィオラもその少女を発見する。

 そして、少女の正体を看破したオババ様は、声を張り上げて彼女を呼びつけた。

「セレスタ。そんなとこに隠れてないで出てきな」
 
 その言葉に応じて姿を現したのは、イヌ科のような耳と尻尾を持つ小さな魔女ことセレスタだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者は、今月もお茶会に来ないらしい。

白雪なこ
恋愛
婚約時に両家で決めた、毎月1回の婚約者同士の交流を深める為のお茶会。だけど、私の婚約者は「彼が認めるお茶会日和」にしかやってこない。そして、数ヶ月に一度、参加したかと思えば、無言。短時間で帰り、手紙を置いていく。そんな彼を……許せる?  *6/21続編公開。「幼馴染の王女殿下は私の元婚約者に激おこだったらしい。次期女王を舐めんなよ!ですって。」 *外部サイトにも掲載しています。(1日だけですが総合日間1位)

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

もう、いいのです。

千 遊雲
恋愛
婚約者の王子殿下に、好かれていないと分かっていました。 けれど、嫌われていても構わない。そう思い、放置していた私が悪かったのでしょうか?

もしかして私ってヒロイン?ざまぁなんてごめんです

もきち
ファンタジー
私は男に肩を抱かれ、真横で婚約破棄を言い渡す瞬間に立ち会っている。 この位置って…もしかして私ってヒロインの位置じゃない?え、やだやだ。だってこの場合のヒロインって最終的にはざまぁされるんでしょうぉぉぉぉぉ 知らない間にヒロインになっていたアリアナ・カビラ しがない男爵の末娘だったアリアナがなぜ?

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...