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第1部1章 初仕事編
5 就職
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「と、言うわけで、現世で死んだ僕はこちらの世界に転生した、ということらしいです」
拘束を解かれ牢獄の端で小便を済ました承治は、再び兵士、老婆、美女の三人と向かい合って会話を交わしていた。
承治の言い分に対し、最初に反応を示したのは長い耳を持つ美女だった。
「やはり、彼は伝承にある転生者と見て間違いありません。奇妙な服装、異なる言語の書かれた所持品……もし彼が転生者であれば、星降る晩に姫様のお部屋へ突如現れた理由が説明できます」
対して老婆が応える。
「じゃが、我々は召喚の儀を行ったわけでもなく、国が窮地に陥っているわけでもない。たとえこの者が転生者だったとして、ここに現れた理由が皆目見当つかんのう」
「それは、私達が気づいていないだけで、これから窮地に陥るとも考えられます。伝承の通りであれば、彼はこの国を救うために現れた。それを示す、何か特別な力を秘めているのではないでしょうか……」
そう告げた美女は、承治に向き直る。
「ええと、オーツキ・ジョージさん、でしたでしょうか。私は、この国カスタリア王国にて首席宰相を務めるヴィオラと申します」
ヴィオラと名乗った美女は、承治に向けて軽くお辞儀をする。
年齢は承治より少し若いくらいだろうか。グラマーな体にドレスのような派手なワンピースを纏い、長いブロンドの髪にきらびやかな装飾を散りばめている。
そしてなにより特徴的なのは、その髪から飛び出す長い耳だった。
承治はそれがあまりにも気になり、失礼と思いつつも質問してしまう。
「あの、ヴィオラさんは人間ではないんですか?」
その言葉に、ヴィオラは不快そうな様子も見せず淡々と応じる。
「はい。私はエルフ族です。正確に言えば、4分の1だけ人類種の血も混じっていますが、国内ではエルフ族として今の地位にいます。エルフが珍しいですか?」
「はあ、僕の住んでいた世界にはいませんでしたので……」
エルフ――それは西洋ファンタジー世界に存在する妖精の一種だ。
承治の生きていた現世では空想上の生き物だったが、どうやらこちらの世界では一般的な存在らしい。
そしてヴィオラの隣にいる老婆も、黒い帽子とローブを纏い、まるで魔法使いのような格好をしている。
なんとなくこちらの世界観が分かり始めてきた承治ではあるが、とりあえずこの世界の知識を深めるより、投獄されているという今の状況を打開したかった。
「とにかく、僕は現世で死んでこの世界に転生した、ただの一般人です。不可抗力でお姫様の部屋に入ってしまったことは事実のようですが、あれは偶然なんです。信じてください……」
懇願するような承治の言葉に対し、ヴィオラが話を続ける。
「転生者の存在は、我が国の古来伝承にも記されています。異世界より来る異能持ちし者、星降る晩にかの地に現れ、国の窮地を救わん……それがこの国の言い伝えです。ジョージさんは何かこう、特別な力などはお持ちでしょうか?」
特別な力。
今のところ、転生に際して承治が何か特別な力を得たという自覚はない。
だが、あることを思い出した承治はスーツ上着のポケットをまさぐる。
すると、先ほど天使風のオッサンが渡してくれた契約書の控えが入っていた。
その様子にいささか警戒心を示す三人の前で、承治は紙を広げて内容に目を通す。
前半の条文は転生契約に関する内容だ。その中身は、天界人(?)が承治の転生を請け負う上での細かい取り決めが書かれている。
そして視線を下に移すと、オプションという項目が目に入る。
その注意書きにはこう書かれていた。
『転生に際し、特別な能力、技能、所持品の追加又は肉体の変更に関するオプションサービスを以下に記す』
これのことか、と思った承治は更に視線を下へ移す。
すると、オプションの欄にはひとつだけ記載があった。
『オプション1:転生先世界における一級言語能力の付与』
「それだけかいッ!」
承治は堪らず叫び声を上げる。
いや確かに、ここが異世界なら言語能力は必要最低限の能力だし、会話に困らないのは助かるけどさ。なんかこう、ヴィオラさん達が求めているような能力じゃないよコレ。
などと思った承治は、仕方なくヴィオラに事実を告げた。
「とりあえず、文字の読み書きくらいはできそうです。それ以外だと、まあ仕事柄、事務みたない作業は得意です。魔法とかそういうのは、一切使えません……」
「そうですか……事務というのは文書作成や会計のような仕事ですよね?」
「はい」
会話を終えると、ヴィオラは何か考え込むように押し黙る。
そして、しばらくしてから再び口を開いた。
「オババ様。この者の身柄は、私がしばらく預かることにします。見たところ危険は無いようですし、読み書きと計算ができるなら仕事の手助けにもなります。今は私の手元に置いて様子を見ましょう」
その言葉にオババ様と呼ばれた老婆が応える。
「ヴィオラ様がそうおっしゃるなら、このオババは止めませぬが……まあ、読み書きや計算が得意というのも、何かも啓示やもしれませぬ。この男が転生者であるなら、いずれこの国の窮地を救う時がくるでしょう」
多分、そんな日は来ないだろうな。
などと思った承治は、とりあえずヴィオラの慈悲に感謝する。
どうやら、自身の処遇は良い方向に転がったらしい。
ヴィオラは兵士に指示を出し、承治を閉じ込めていた鉄格子の扉を開け放つ。
その瞬間、ようやく承治の新たな人生が幕を開けた気がした。
未だ何をやらされるかは分からないが、逆に考えれば、死んでも尚新たな世界で人生をやり直せるというのは不幸中の幸いだ。
今は、流れに身を任せてこちらの生活に馴染んでみよう。
そうポジティブに考えた承治は、ヴィオラに手を差し出す。
「不束者ですが、これからよろしくお願いします」
その言葉に、ヴィオラは笑みを浮かべて手を伸ばす。
だが、承治の求めた握手は傍らにいる兵士によって乱暴に阻止された。
「無礼者! 用を足した手で宰相閣下のお手に触れようとは何事だ! まずはその汚らしい体を洗ってから出直せ!」
「あ、それもそうですね……」
こうして、微妙な空気の下で承治は新たな世界での新たな生活に足を踏み入れた。
拘束を解かれ牢獄の端で小便を済ました承治は、再び兵士、老婆、美女の三人と向かい合って会話を交わしていた。
承治の言い分に対し、最初に反応を示したのは長い耳を持つ美女だった。
「やはり、彼は伝承にある転生者と見て間違いありません。奇妙な服装、異なる言語の書かれた所持品……もし彼が転生者であれば、星降る晩に姫様のお部屋へ突如現れた理由が説明できます」
対して老婆が応える。
「じゃが、我々は召喚の儀を行ったわけでもなく、国が窮地に陥っているわけでもない。たとえこの者が転生者だったとして、ここに現れた理由が皆目見当つかんのう」
「それは、私達が気づいていないだけで、これから窮地に陥るとも考えられます。伝承の通りであれば、彼はこの国を救うために現れた。それを示す、何か特別な力を秘めているのではないでしょうか……」
そう告げた美女は、承治に向き直る。
「ええと、オーツキ・ジョージさん、でしたでしょうか。私は、この国カスタリア王国にて首席宰相を務めるヴィオラと申します」
ヴィオラと名乗った美女は、承治に向けて軽くお辞儀をする。
年齢は承治より少し若いくらいだろうか。グラマーな体にドレスのような派手なワンピースを纏い、長いブロンドの髪にきらびやかな装飾を散りばめている。
そしてなにより特徴的なのは、その髪から飛び出す長い耳だった。
承治はそれがあまりにも気になり、失礼と思いつつも質問してしまう。
「あの、ヴィオラさんは人間ではないんですか?」
その言葉に、ヴィオラは不快そうな様子も見せず淡々と応じる。
「はい。私はエルフ族です。正確に言えば、4分の1だけ人類種の血も混じっていますが、国内ではエルフ族として今の地位にいます。エルフが珍しいですか?」
「はあ、僕の住んでいた世界にはいませんでしたので……」
エルフ――それは西洋ファンタジー世界に存在する妖精の一種だ。
承治の生きていた現世では空想上の生き物だったが、どうやらこちらの世界では一般的な存在らしい。
そしてヴィオラの隣にいる老婆も、黒い帽子とローブを纏い、まるで魔法使いのような格好をしている。
なんとなくこちらの世界観が分かり始めてきた承治ではあるが、とりあえずこの世界の知識を深めるより、投獄されているという今の状況を打開したかった。
「とにかく、僕は現世で死んでこの世界に転生した、ただの一般人です。不可抗力でお姫様の部屋に入ってしまったことは事実のようですが、あれは偶然なんです。信じてください……」
懇願するような承治の言葉に対し、ヴィオラが話を続ける。
「転生者の存在は、我が国の古来伝承にも記されています。異世界より来る異能持ちし者、星降る晩にかの地に現れ、国の窮地を救わん……それがこの国の言い伝えです。ジョージさんは何かこう、特別な力などはお持ちでしょうか?」
特別な力。
今のところ、転生に際して承治が何か特別な力を得たという自覚はない。
だが、あることを思い出した承治はスーツ上着のポケットをまさぐる。
すると、先ほど天使風のオッサンが渡してくれた契約書の控えが入っていた。
その様子にいささか警戒心を示す三人の前で、承治は紙を広げて内容に目を通す。
前半の条文は転生契約に関する内容だ。その中身は、天界人(?)が承治の転生を請け負う上での細かい取り決めが書かれている。
そして視線を下に移すと、オプションという項目が目に入る。
その注意書きにはこう書かれていた。
『転生に際し、特別な能力、技能、所持品の追加又は肉体の変更に関するオプションサービスを以下に記す』
これのことか、と思った承治は更に視線を下へ移す。
すると、オプションの欄にはひとつだけ記載があった。
『オプション1:転生先世界における一級言語能力の付与』
「それだけかいッ!」
承治は堪らず叫び声を上げる。
いや確かに、ここが異世界なら言語能力は必要最低限の能力だし、会話に困らないのは助かるけどさ。なんかこう、ヴィオラさん達が求めているような能力じゃないよコレ。
などと思った承治は、仕方なくヴィオラに事実を告げた。
「とりあえず、文字の読み書きくらいはできそうです。それ以外だと、まあ仕事柄、事務みたない作業は得意です。魔法とかそういうのは、一切使えません……」
「そうですか……事務というのは文書作成や会計のような仕事ですよね?」
「はい」
会話を終えると、ヴィオラは何か考え込むように押し黙る。
そして、しばらくしてから再び口を開いた。
「オババ様。この者の身柄は、私がしばらく預かることにします。見たところ危険は無いようですし、読み書きと計算ができるなら仕事の手助けにもなります。今は私の手元に置いて様子を見ましょう」
その言葉にオババ様と呼ばれた老婆が応える。
「ヴィオラ様がそうおっしゃるなら、このオババは止めませぬが……まあ、読み書きや計算が得意というのも、何かも啓示やもしれませぬ。この男が転生者であるなら、いずれこの国の窮地を救う時がくるでしょう」
多分、そんな日は来ないだろうな。
などと思った承治は、とりあえずヴィオラの慈悲に感謝する。
どうやら、自身の処遇は良い方向に転がったらしい。
ヴィオラは兵士に指示を出し、承治を閉じ込めていた鉄格子の扉を開け放つ。
その瞬間、ようやく承治の新たな人生が幕を開けた気がした。
未だ何をやらされるかは分からないが、逆に考えれば、死んでも尚新たな世界で人生をやり直せるというのは不幸中の幸いだ。
今は、流れに身を任せてこちらの生活に馴染んでみよう。
そうポジティブに考えた承治は、ヴィオラに手を差し出す。
「不束者ですが、これからよろしくお願いします」
その言葉に、ヴィオラは笑みを浮かべて手を伸ばす。
だが、承治の求めた握手は傍らにいる兵士によって乱暴に阻止された。
「無礼者! 用を足した手で宰相閣下のお手に触れようとは何事だ! まずはその汚らしい体を洗ってから出直せ!」
「あ、それもそうですね……」
こうして、微妙な空気の下で承治は新たな世界での新たな生活に足を踏み入れた。
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