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“その日”、公爵令嬢は選択をした
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『雨の降る日、王城は混乱に包まれます。国王が病気で倒れてしまうからです』
『その日、セルディナ様が魔物を暴れさせれば、王子は魔物を縛る何かを見に行きます』
『セルディナ様がその何かを燃やす光景と、それによって魔物が解放される光景。それが私の視えている未来です』
その話を、未来が見えるという魔物の少女から聞いた時、何故かセルディナの胸は痛んだ。
だってそれが本当なら、セルディナはアルシアを裏切らなければならない。それも、父親が倒れている時に追い打ちをかける様な、最悪な形で。
魔物を助けたい。その思いは変わらなくて。
しかしセルディナは、アルシアの事が嫌いではなかったのだ。
『魔物が自由に暮らせる国、か。それは優しく、素晴らしい考えだ』
アルシアは、セルディナが出会った中で、記憶に残る実母を除けば、一番優しい人間だったから。
セルディナの話を笑わずに聞いてくれて、毒を盛ることもなく、アルシアはセルディナの事を見てくれた。
魔物を助けたいセルディナと、国を第一に考えるアルシアとでは、選ぶ未来は違うものだったけれど。
それでもセルディナは、セルディナの名前を呼んで、嬉しそうに笑いかけてくれるアルシアの事が、嫌いではなかったのだ。
もしも……。
もしも、セルディナがアルシアと出会ったのが、ロキに出会うよりも先だったなら。
もしも、セルディナが毒に苦しむことを、気が付いたのがアルシアだったなら。
セルディナは、アルシアの手を取って、その隣で笑うような光景があったのかもしれない。
しかし、セルディナを助けたのはロキで。
アルシアと出会った時、セルディナの心はもう、希望なんて一つも残っていなかったのだ。
あったかもしれない未来は、すでに幻となってしまって。
セルディナは、自分を助けてくれた魔物を選んだ。
「セルディナ・マクバーレンが命じます。私の命令だけを聞きなさい。他の人の命令なんて聞いては駄目よ。死ぬことも、無茶をすることも許さないわ。さぁ、世界を変えるわよ!」
命令を下して、セルディナは魔物を町中で暴れさせた。
セルディナの命令だけを聞くように命じた魔物に、自らの手で鼓膜を破らせて。
「痛い思いをさせてごめんなさい」と謝るセルディナに、作戦に加わった魔物の全ては、「気にしないでくれ」と笑って告げた。
皆の耳から流れる血を見て、決して立ち止まらない覚悟を決めた。
もう、止まることは出来ない。
「お久しぶりです、シア様」
アルシアに向かって笑いかけながら、セルディナの胸はツキリと痛んだ。
「セルディナ、何故ここに。ラルムはどうした」
セルディナの事を、信じられないものを見るような眼差しで見たアルシアは、未だセルディナが何をしようとしているのか、気が付いていない様子だった。
不意に何かに気が付いたように目を見開いて、「セルディナ?」と、震える声でセルディナの名前を呼んだ。
「ラルムさんですか?ダリアに任せてきましたから。今頃は<幻影>の中ではないでしょうか?」
胸の痛みに気が付かないふりをして、セルディナはアルシアに笑ってみせる。
アルシアがセルディナの事を、憎めば良いと思っていた。
酷い裏切り方をしたセルディナの事を憎んで、アルシアの悲しみが少しでも怒りに変わってくれればと、裏切ったのはセルディナなのに、そんな勝手な事を願った。
「セルディナ、君は、何をするつもりだ?」
カツン、カツンと足音を響かせて、セルディナはアルシアへ近付いていく。
その背後には、当たり前のように金髪の魔物……ロキの姿があって。
「何を、なんて……シア様はもう、分かっていますでしょう?」
セルディナは、アルシアの前に立って、茶ばんだ契約書に手を伸ばした。
「国が魔物に自由を与えないのなら、私が国を変えるだけ」
「やめろ!セルディナ!」
契約書に触れようとするセルディナに向かって、その動きを止めるため、アルシアが手を伸ばした。
ロキの動きを止める為、放った命令は、鼓膜を破ったロキには届かなかった。
「……ロキ」
「<爆発>」
アルシアの体は、ロキの放った<爆発>の魔法によって、いとも簡単に弾き飛ばされた。
セルディナに伸ばしていた右手は焼け焦げて、酷い痛みがアルシアを襲う。
「う、ぐ!!!」
咄嗟に左手で肩を握りしめ、痛みに耐えて蹲るアルシアの横を、セルディナは通り抜けた。
古い契約書を手に取って……
「ロキ、燃やして頂戴」
……セルディナは一瞬の躊躇いもなく、契約書をロキに燃やさせた。
長年、守り抜いてきた契約書は、呆気なく燃えて消えてしまって。
無くなった契約書の燃えかすを前に、アルシアは力無き声でセルディナの名前を呼んだ。
「なんて事をしたのか、分かっているのか?」
「ええ」
「この選択は、国を荒らす」
「私は国よりも魔物を選びます」
セルディナは、泣き出しそうに顔を歪めるアルシアに笑みを浮かべた。
「魔力があるだけの人間を魔物と蔑み、その自由を奪って。その結果で得られる国の繁栄なんて馬鹿げているでしょう?」
なんて、きっとアルシアには理解も出来ないだろうけれど。
「……国は反逆者を処さなければ、収まらないだろう。この場は逃れられたとしても、追手がかかる」
「そうですね」
「それとも……君は国と魔物で、戦争でも起こすつもりか?」
「そうですね。それでも良かったのですが、私は魔物に傷ついて欲しくはありません。目撃者が居なくなれば、反逆の首謀者は永遠に闇の中です」
穏やかな表情でそんな事を言うセルディナに、アルシアは思わず息を詰まらせた。
表情は優しいセルディナなのに、本当にそうするのだと。アルシアを殺してこの場を逃げるのだと、アルシアは思ってしまった。
「だから、シア様。誓ってください。ここから先、荒れるであろうこの国を、シア様が導くと。そうであるなら私は此度の騒ぎの責任を負います。首謀者は私わたくし。他の魔物は私の命に従っただけ」
……なのに、セルディナはアルシアにそんな事を言ってのけた。
いつものように穏やかで、優しくて。少しだけ眉を下げた、悲しそうな笑顔だった。
セルディナは、彼女の命かアルシアの命か、どちらかを選べとアルシアに告げていた。
選ばせながら、セルディナはアルシアが生きる未来しか見ていなかった。
……きっと、最初からセルディナはその未来を選んでいたのだろうと、アルシアは思ってしまった。
そうしてアルシアは、自分の命を選んだ。
「シア様、私の我儘で、辛い役目を背負わせてしまうこと、心よりお詫び申し上げます」
謝るセルディナの姿を、ロキがじっと見つめていた。
『その日、セルディナ様が魔物を暴れさせれば、王子は魔物を縛る何かを見に行きます』
『セルディナ様がその何かを燃やす光景と、それによって魔物が解放される光景。それが私の視えている未来です』
その話を、未来が見えるという魔物の少女から聞いた時、何故かセルディナの胸は痛んだ。
だってそれが本当なら、セルディナはアルシアを裏切らなければならない。それも、父親が倒れている時に追い打ちをかける様な、最悪な形で。
魔物を助けたい。その思いは変わらなくて。
しかしセルディナは、アルシアの事が嫌いではなかったのだ。
『魔物が自由に暮らせる国、か。それは優しく、素晴らしい考えだ』
アルシアは、セルディナが出会った中で、記憶に残る実母を除けば、一番優しい人間だったから。
セルディナの話を笑わずに聞いてくれて、毒を盛ることもなく、アルシアはセルディナの事を見てくれた。
魔物を助けたいセルディナと、国を第一に考えるアルシアとでは、選ぶ未来は違うものだったけれど。
それでもセルディナは、セルディナの名前を呼んで、嬉しそうに笑いかけてくれるアルシアの事が、嫌いではなかったのだ。
もしも……。
もしも、セルディナがアルシアと出会ったのが、ロキに出会うよりも先だったなら。
もしも、セルディナが毒に苦しむことを、気が付いたのがアルシアだったなら。
セルディナは、アルシアの手を取って、その隣で笑うような光景があったのかもしれない。
しかし、セルディナを助けたのはロキで。
アルシアと出会った時、セルディナの心はもう、希望なんて一つも残っていなかったのだ。
あったかもしれない未来は、すでに幻となってしまって。
セルディナは、自分を助けてくれた魔物を選んだ。
「セルディナ・マクバーレンが命じます。私の命令だけを聞きなさい。他の人の命令なんて聞いては駄目よ。死ぬことも、無茶をすることも許さないわ。さぁ、世界を変えるわよ!」
命令を下して、セルディナは魔物を町中で暴れさせた。
セルディナの命令だけを聞くように命じた魔物に、自らの手で鼓膜を破らせて。
「痛い思いをさせてごめんなさい」と謝るセルディナに、作戦に加わった魔物の全ては、「気にしないでくれ」と笑って告げた。
皆の耳から流れる血を見て、決して立ち止まらない覚悟を決めた。
もう、止まることは出来ない。
「お久しぶりです、シア様」
アルシアに向かって笑いかけながら、セルディナの胸はツキリと痛んだ。
「セルディナ、何故ここに。ラルムはどうした」
セルディナの事を、信じられないものを見るような眼差しで見たアルシアは、未だセルディナが何をしようとしているのか、気が付いていない様子だった。
不意に何かに気が付いたように目を見開いて、「セルディナ?」と、震える声でセルディナの名前を呼んだ。
「ラルムさんですか?ダリアに任せてきましたから。今頃は<幻影>の中ではないでしょうか?」
胸の痛みに気が付かないふりをして、セルディナはアルシアに笑ってみせる。
アルシアがセルディナの事を、憎めば良いと思っていた。
酷い裏切り方をしたセルディナの事を憎んで、アルシアの悲しみが少しでも怒りに変わってくれればと、裏切ったのはセルディナなのに、そんな勝手な事を願った。
「セルディナ、君は、何をするつもりだ?」
カツン、カツンと足音を響かせて、セルディナはアルシアへ近付いていく。
その背後には、当たり前のように金髪の魔物……ロキの姿があって。
「何を、なんて……シア様はもう、分かっていますでしょう?」
セルディナは、アルシアの前に立って、茶ばんだ契約書に手を伸ばした。
「国が魔物に自由を与えないのなら、私が国を変えるだけ」
「やめろ!セルディナ!」
契約書に触れようとするセルディナに向かって、その動きを止めるため、アルシアが手を伸ばした。
ロキの動きを止める為、放った命令は、鼓膜を破ったロキには届かなかった。
「……ロキ」
「<爆発>」
アルシアの体は、ロキの放った<爆発>の魔法によって、いとも簡単に弾き飛ばされた。
セルディナに伸ばしていた右手は焼け焦げて、酷い痛みがアルシアを襲う。
「う、ぐ!!!」
咄嗟に左手で肩を握りしめ、痛みに耐えて蹲るアルシアの横を、セルディナは通り抜けた。
古い契約書を手に取って……
「ロキ、燃やして頂戴」
……セルディナは一瞬の躊躇いもなく、契約書をロキに燃やさせた。
長年、守り抜いてきた契約書は、呆気なく燃えて消えてしまって。
無くなった契約書の燃えかすを前に、アルシアは力無き声でセルディナの名前を呼んだ。
「なんて事をしたのか、分かっているのか?」
「ええ」
「この選択は、国を荒らす」
「私は国よりも魔物を選びます」
セルディナは、泣き出しそうに顔を歪めるアルシアに笑みを浮かべた。
「魔力があるだけの人間を魔物と蔑み、その自由を奪って。その結果で得られる国の繁栄なんて馬鹿げているでしょう?」
なんて、きっとアルシアには理解も出来ないだろうけれど。
「……国は反逆者を処さなければ、収まらないだろう。この場は逃れられたとしても、追手がかかる」
「そうですね」
「それとも……君は国と魔物で、戦争でも起こすつもりか?」
「そうですね。それでも良かったのですが、私は魔物に傷ついて欲しくはありません。目撃者が居なくなれば、反逆の首謀者は永遠に闇の中です」
穏やかな表情でそんな事を言うセルディナに、アルシアは思わず息を詰まらせた。
表情は優しいセルディナなのに、本当にそうするのだと。アルシアを殺してこの場を逃げるのだと、アルシアは思ってしまった。
「だから、シア様。誓ってください。ここから先、荒れるであろうこの国を、シア様が導くと。そうであるなら私は此度の騒ぎの責任を負います。首謀者は私わたくし。他の魔物は私の命に従っただけ」
……なのに、セルディナはアルシアにそんな事を言ってのけた。
いつものように穏やかで、優しくて。少しだけ眉を下げた、悲しそうな笑顔だった。
セルディナは、彼女の命かアルシアの命か、どちらかを選べとアルシアに告げていた。
選ばせながら、セルディナはアルシアが生きる未来しか見ていなかった。
……きっと、最初からセルディナはその未来を選んでいたのだろうと、アルシアは思ってしまった。
そうしてアルシアは、自分の命を選んだ。
「シア様、私の我儘で、辛い役目を背負わせてしまうこと、心よりお詫び申し上げます」
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