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王子は不安に駆られる
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「アルシア殿下、近々会いに行っても宜しいでしょうか」
そんな言葉をセルディナから聞いた時、アルシアはとても嬉しい気持ちになった。
穏やかで優しいセルディナだったが、アルシアを見つめる瞳には、少しの熱も籠っていないような気がしていて。
だからこそ、セルディナが自ら、会おうと行動をしてくれたのが嬉しかった。
セルディナが喜べば良いと、流行りの菓子や良い匂いのする茶葉を購入していたアルシアは、朝からずっとそわそわとしていた。
早く来ないかと、何度も窓から外を覗いたりして。王城の窓から見えるのは、道を走る馬車だけで。セルディナの姿なんて見える筈もないのに。
ラルムからは苦笑されながらも、アルシアはセルディナがやって来るのを、心の底から楽しみにしていたのだ。
「お久しぶりです、アルシア殿下」
にこりと笑みを見せるセルディナは、穏やかで優しくて。
……良く言えば、慈愛に満ちた表情で。言い換えれば、婚約者であるアルシアを前にしても、心の乱れ一つない、淡々とした姿だった。
「……ああ。馬車での道は辛くなかったか?」
セルディナの心は、アルシアに向けられていない。
そう知っていて、けれどアルシアはそれでも良かった。
「はい。大丈夫です。本日は殿下のお時間を取らせてしまい、申し訳ありません」
「気にしないでくれ。僕も会いたいと思っていた」
「そう言って頂けますと、有難いです」
「本当に気にしないでくれ。それより……」
「それより?」
「僕の事は、殿下ではなく、“シア”と呼んでくれるのではなかったか?」
「ふふ、申し訳ありません。まだ慣れなくて、シア様」
アルシアはセルディナが隣に居れば、満たされる人生を歩んでいけると思っていたから。
―――今は愛が無かったとしても、一緒に長い時を過ごして、二人で良い国を作って行ければ良い。
そう、考えていて……。
「あ」
不意にセルディナが声を上げた。
小さな声を発して、窓の外を見つめるセルディナの視線の先には、マクバーレン公爵家の家紋が付いた馬車があった。
その傍らには、金髪の男が……セルディナの従者だと紹介された男が居た。
「……シア様。私は、魔物が自由に生きることの出来る国があれば良いと思います」
何てことのない言葉のように、セルディナが言った。
ふとした会話のように。
セルディナの視線の先に、何があるのか知ってしまったアルシアは、あの従者は魔物なのだと確信をした。
「優しく、素晴らしい考えだ」
答える声は、何故か少し動揺してしまって。
「……けれど、魔物には魔物の役割がある。今すぐに変えることの出来る話ではない」
アルシアはセルディナの「魔物を自由にできる国にしたい」という考えを、「素晴らしい」と言いつつ、アルセルト国を変えるつもりはないと、やんわりと返した。
魔物が居なければ、国の戦力は低くなる。魔物の使う魔法によって救われることも多々あり、そんな魔物を手放すことは、多くの反対がある事は確実だ。
セルディナの考えは素晴らしいと思うけれど、それをアルシアが手伝う事は出来ない。
決して、魔物の男に嫉妬をしたわけではない。
アルシアはきっと、ロキが魔物だと知らなかったとしても、同じ答えを返しただろう。
セルディナの従者が魔物であることや、セルディナの想いが魔物の男へ向いているからなんて事は関係なく、ただただ国の事を考えて下した結論だったから。
「……そうです、よね」
俯いたセルディナの、伏せられた睫毛によって作られた影に、どうしようもなく申し訳ない気持ちになってしまって。
それでも、国を背負うアルシアに、セルディナの理想を後押しすることは出来なかった。
「すまない」
「いえ、私の方こそ、考えも無しに変な事を言ってしまって、申し訳ありませんでした」
窓の外から、アルシアへ視線を向けたセルディナは、いつものように優しい笑みを浮かべていた。
アルシアはそれにホッとした。
「席に座って、ゆっくり話そう。どうすればセルディナの理想に近付くことが出来るか。例えば……魔物を害する人間には、罰を設けるとか、そうすれば魔物を取り巻く環境も改善されるだろう」
少しでもセルディナの願いを叶えることが出来ればと、提案をしたアルシアに、セルディナはお礼を告げた。
アルシアは、今のセルディナの一番になれなかったとしても。
ほんの少し、胸が痛んだとしても。
セルディナが隣で笑ってくれるだけで幸せで、この先も彼女と一緒に居たいと考えていた。
「……それでも駄目なの。それだけでは足りないわ」
セルディナが、笑顔という仮面に隠した裏で何を考えているのかなんて、アルシアには考えもつかなくて。
「セルディナ?何か言ったか?」
「いえ、何も」
喜怒哀楽の何もないような、どこまでも穏やかな笑顔を浮かべるセルディナに、アルシアはどこか嫌な予感はしていたのだ。
けれど、些細な違和感だろうと考えて、こみ上げてくる不安を消そうとしてしまった。
………きっと、この時が最後のチャンスだったのだ。セルディナがアルシアに歩み寄ろうとした、最初で最後の時だったから。
この時、アルシアがもっとセルディナの話を聞いていれば。
セルディナの笑顔の下に隠されたものに気が付いていれば。
………そんな事を、後のアルシアは後悔することになる。
そんな言葉をセルディナから聞いた時、アルシアはとても嬉しい気持ちになった。
穏やかで優しいセルディナだったが、アルシアを見つめる瞳には、少しの熱も籠っていないような気がしていて。
だからこそ、セルディナが自ら、会おうと行動をしてくれたのが嬉しかった。
セルディナが喜べば良いと、流行りの菓子や良い匂いのする茶葉を購入していたアルシアは、朝からずっとそわそわとしていた。
早く来ないかと、何度も窓から外を覗いたりして。王城の窓から見えるのは、道を走る馬車だけで。セルディナの姿なんて見える筈もないのに。
ラルムからは苦笑されながらも、アルシアはセルディナがやって来るのを、心の底から楽しみにしていたのだ。
「お久しぶりです、アルシア殿下」
にこりと笑みを見せるセルディナは、穏やかで優しくて。
……良く言えば、慈愛に満ちた表情で。言い換えれば、婚約者であるアルシアを前にしても、心の乱れ一つない、淡々とした姿だった。
「……ああ。馬車での道は辛くなかったか?」
セルディナの心は、アルシアに向けられていない。
そう知っていて、けれどアルシアはそれでも良かった。
「はい。大丈夫です。本日は殿下のお時間を取らせてしまい、申し訳ありません」
「気にしないでくれ。僕も会いたいと思っていた」
「そう言って頂けますと、有難いです」
「本当に気にしないでくれ。それより……」
「それより?」
「僕の事は、殿下ではなく、“シア”と呼んでくれるのではなかったか?」
「ふふ、申し訳ありません。まだ慣れなくて、シア様」
アルシアはセルディナが隣に居れば、満たされる人生を歩んでいけると思っていたから。
―――今は愛が無かったとしても、一緒に長い時を過ごして、二人で良い国を作って行ければ良い。
そう、考えていて……。
「あ」
不意にセルディナが声を上げた。
小さな声を発して、窓の外を見つめるセルディナの視線の先には、マクバーレン公爵家の家紋が付いた馬車があった。
その傍らには、金髪の男が……セルディナの従者だと紹介された男が居た。
「……シア様。私は、魔物が自由に生きることの出来る国があれば良いと思います」
何てことのない言葉のように、セルディナが言った。
ふとした会話のように。
セルディナの視線の先に、何があるのか知ってしまったアルシアは、あの従者は魔物なのだと確信をした。
「優しく、素晴らしい考えだ」
答える声は、何故か少し動揺してしまって。
「……けれど、魔物には魔物の役割がある。今すぐに変えることの出来る話ではない」
アルシアはセルディナの「魔物を自由にできる国にしたい」という考えを、「素晴らしい」と言いつつ、アルセルト国を変えるつもりはないと、やんわりと返した。
魔物が居なければ、国の戦力は低くなる。魔物の使う魔法によって救われることも多々あり、そんな魔物を手放すことは、多くの反対がある事は確実だ。
セルディナの考えは素晴らしいと思うけれど、それをアルシアが手伝う事は出来ない。
決して、魔物の男に嫉妬をしたわけではない。
アルシアはきっと、ロキが魔物だと知らなかったとしても、同じ答えを返しただろう。
セルディナの従者が魔物であることや、セルディナの想いが魔物の男へ向いているからなんて事は関係なく、ただただ国の事を考えて下した結論だったから。
「……そうです、よね」
俯いたセルディナの、伏せられた睫毛によって作られた影に、どうしようもなく申し訳ない気持ちになってしまって。
それでも、国を背負うアルシアに、セルディナの理想を後押しすることは出来なかった。
「すまない」
「いえ、私の方こそ、考えも無しに変な事を言ってしまって、申し訳ありませんでした」
窓の外から、アルシアへ視線を向けたセルディナは、いつものように優しい笑みを浮かべていた。
アルシアはそれにホッとした。
「席に座って、ゆっくり話そう。どうすればセルディナの理想に近付くことが出来るか。例えば……魔物を害する人間には、罰を設けるとか、そうすれば魔物を取り巻く環境も改善されるだろう」
少しでもセルディナの願いを叶えることが出来ればと、提案をしたアルシアに、セルディナはお礼を告げた。
アルシアは、今のセルディナの一番になれなかったとしても。
ほんの少し、胸が痛んだとしても。
セルディナが隣で笑ってくれるだけで幸せで、この先も彼女と一緒に居たいと考えていた。
「……それでも駄目なの。それだけでは足りないわ」
セルディナが、笑顔という仮面に隠した裏で何を考えているのかなんて、アルシアには考えもつかなくて。
「セルディナ?何か言ったか?」
「いえ、何も」
喜怒哀楽の何もないような、どこまでも穏やかな笑顔を浮かべるセルディナに、アルシアはどこか嫌な予感はしていたのだ。
けれど、些細な違和感だろうと考えて、こみ上げてくる不安を消そうとしてしまった。
………きっと、この時が最後のチャンスだったのだ。セルディナがアルシアに歩み寄ろうとした、最初で最後の時だったから。
この時、アルシアがもっとセルディナの話を聞いていれば。
セルディナの笑顔の下に隠されたものに気が付いていれば。
………そんな事を、後のアルシアは後悔することになる。
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