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銀光は死を覚悟した

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 銀髪の魔物……ギナンという名を持つダリアの幼馴染は、生まれてから一度も、死ぬことを怖いと思った事が無かった。

 幼少の頃、ギナンは両親から捨てられた。理由はギナンが「魔物だったから」だ。
 それ以来ギナンは、ギナンと同じくスラムに捨てられた魔物と一緒に生きてきた。
 汚いスラムで、食事も満足に食べる事が出来ず。屋根なんて無いような場所で眠って、寒さは魔物同士で身を寄せ合って。朝、目を覚ました時に、隣で寝ていた魔物が冷たくなっていたことも少なくなかった。

 いつ死んでもおかしくない世界で日々を過ごしていた。しかも、魔法が使えることがバレてしまったら、魔物として捕まってしまう状況の中で。一本道を外れたところでは、幸せそうに笑う人間の子供がいるのに、スラムに捨てられた魔物ギナンは、どうやったって幸せになる事は許されない。

 ギナンがこれまで生き延びたのは、ただ運が良かったからだ。
 たまたま、両親が魔物だと気付いたのが遅かったから、一人でも生きていける歳になるまで捨てられなかった。たまたま、毎日食べるものがどうにか手に入って。たまたま、今まで魔物だとバレなかっただけ。





 苦しくも平和な日々が終わったのは、あまりにも呆気ない事だった。

「はな……離せ!……」

 汚くて寒いスラムで、叫び声が響くのは珍しい事では無かった。

「……ダリアの声か?」

 ……叫び声それが、知り合いの声でなければ。





 その日、一緒にスラムで暮らしていた仲間の魔物……ダリアという名前の女が、騎士崩れの男に襲われていた。
 男は仲間のことを、魔物だと知らないまま襲ったようだったが、倒すためにギナンは魔法を使った。

 ギナンの魔法は、身体強化をするもので。一息でスラムの街中を駆け抜けて、魔物の仲間……ダリアという女に覆い被さっていた男を蹴り飛ばした。
 男は呆気なく宙を舞い、勝気なダリアの……珍しく涙の溜まっている瞳が現れる。

「アンタ、何してんだよ!こんな事したら、捕まるだろ!アタシは助けてくれなんて言ってない!」

 ダリアは泣き出しそうに顔を歪めて、けれど溜まった涙を落とさないまま、器用にギナンに怒鳴った。
 「助けて」とも、「ありがとう」とも言えない、可愛くない女だった。けれどギナンにとっては、ギナンを魔物と知っても側に居た、数少ない大事な仲間で。

「ああ、知ってらァ。俺が勝手にやったことだ。お前はさっさと逃げろ」

 何かを言いかけたダリアは、騒ぎに気が付いた人々が集まってくる様子に気が付いて、ギナンの手を掴んだ。
 「逃げないと」と言うダリアに、ギナンは「一人でさっさと行け」と返した。
 ダリアも、分かっては居たのだろう。人前で魔法を使ったギナンが、直ぐに魔物として捕まってしまう事を。

「……アタシ…………」
「お前まで捕まって何になる。早く行け!」

 ギナンの声に、弾かれるようにしてダリアが駆けだす。その姿が、近くの小道に消えていったことに、ギナンは心底安心した。
 ダリアの魔法は自在に姿を消すことが出来るものだから。ほんの僅かな時間でも視線から外れることが出来れば、ダリアが捕まることは無い。

「お前、魔物だな!!」

 ダリアが襲われている時は見て見ぬふりをしていた癖に。こんな時ばかり集まってくる馬鹿な人間に拘束をされて、ギナンがギナンではなく、「魔物」として捕らえられた。

「騙してたんだな!」
「汚らわしい悪魔!」
「魔物の癖に、人間を蹴っ飛ばしただって!?」
「魔物なんかさっさと死んじまえ!」

 スラムの顔見知りから口々に罵られ、ギナンは思わず笑ってしまった。

「死ねって言ってねェで、さっさと殺せば良いんだろォ。そんなことも分かんねェのかよ、テメェら馬鹿なんじゃねェの?」

 言った瞬間にギナンは殴られたけれど、後悔はしなかった。
 魔物だからと捕らえられても、心だけは屈しないままに死んでいこうと決めていたから。

「お前は隣国との国境に送る。近々戦争が始まるって噂の国だ。国を守って死んで行け。……ああ、忘れていた。魔物よ、命令だ。魔法の使用を禁ずる。これで逃げることも出来ないだろう」

 騎士に身柄を引き渡されて、狭い牢に入れられて、罪人のように体を縄で縛られて。ギナンが何をしたと言うのだろうか。

「魔物として、お前が生まれたこと自体が罪だ」

 騎士の男がそう言って、ギナンを隣国の国境に投げ捨てた。
 魔法の使用も許可されず、国境付近に潜んでいた、隣国の兵を前に「そいつらを殺せ」と命令されて。だったら魔法を使わせれば直ぐに終わるのに、そうしないのはギナンが死んでも良いと思っているからだろう。
 それならそうで良いと、ギナンは敢えて傷付くように戦った。兵士を倒して、得物を奪って。体が切られるのも構わずに向かって行って。敵を全て倒したまま、ギナンは地面に倒れこんだ。

「フン、魔物にしては役に立ったな。最後の命令だ。そのまま、そこで野垂れ死ね」

 去っていく騎士の背中を眺めながら、ギナンは「テメェが死ね」と呟いた。
 血を失いすぎたギナンの体は、命令されなかったとしても、遅かれ早かれ死を迎えていただろうけれど。

「ダリア。あいつ上手く逃げてっかな……まァ、大丈夫だろ……」

 死を受け入れて目を閉じたギナンは、最後に大事な仲間ダリアのことを考えた。





 ギナンは知らなかった。
 逃げたと思い込んでいたダリアが、ギナンとほぼ同じ時、魔物として捕まっていたことを。

 ギナンは考えもしなかった。
 捕らえられたダリアが、風変わりな貴族セルディナと出会い、ギナンを探すために向かってきていることを。



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