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公爵令嬢と魔物の邂逅
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セルディナがロキと出会ったのは、セルディナが九歳になった日の事だった。
誕生日だからと家族全員で集まって朝食を食べて、その日のセルディナも、グラシアが手ずから入れた毒入りの紅茶を飲んでいた。
「セルディナ、お前にも従者を付けようと思う。下位貴族の子供を集めておいた。後ほど顔合わせを行う。好きな者を選べ」
父のセシルは、セルディナだけが毒の入った紅茶を飲んでいるなんて気付きもせず。事前の相談もなく決めた事を、淡々とセルディナに告げた。
グラシアは、セルディナに従者を付けることが気に食わないのか、セシルに気付かれないよう、セルディナの事を睨んでいて。
―――グラシアさん、私も一応公爵家の娘ですから。従者ぐらい付けなければ、逆におかしく思われてしまいますよ
……なんて。言ってしまえば、どれほど楽だったか。
結局セルディナは、「はい」と小さく返事をして、グラシアの視線に気づかないふりをした。
食事が終わって。セルディナはセシルと共に、貴族の子供が待つという部屋に向かっていた。
まだその頃は、毒に慣れきっていなかったセルディナの体は、朝食の時に食べた毒の所為で熱を帯びていて。クラクラと揺れる視界に、セルディナは今にも倒れてしまいそうだった。
「……あっ」
「セルディナ?」
倒れかけたセルディナの体をセシルが支えて、その瞬間、二人の視線が交わった。
母が死んで以来、こんなに近い距離でセシルと目が合うのは、本当に久しぶりの事だった。
―――もしかしたら、毒に気付いてくれるかも……
セルディナは淡い期待をして……
「……セルディナ。お前はマクバーレン公爵家の人間なのだから。何時如何なる時も、気を抜くな」
……しかしそんな期待は、セシルの硬い言葉によって打ち砕かれた。
「は、い。申し訳ございません、お父様」
震える声で返事をしたセルディナの事を、セシルは訝しむようにじっと見つめて……しかし、感じた違和感の理由が分からず、「うむ」と頷いた。
そのまま二人は、それ以上の会話をすること無く、歩いて行って……
そこで、セルディナは出会ったのだ。
セルディナの従者となるために集められた、貴族の子供。その子供を守る護衛として、その場に連れて来られていた、魔物の男と。
その魔物を見た時、セルディナは初め、彼が魔物だとは分からなかった。
金色の髪が綺麗で、青い瞳はまるで宝石のようだと思った。
美しい美術品のような見た目をしている癖に、どこか諦めたような表情をしていて、その瞳の奥底には絶望が見えるような気がした。
「私、あの子が良いわ」
集められた子供達を前に、セルディナは明らかに貴族ではない魔物を指さした。
―――だって、誰も。私が毒を盛られるのを、止めないでしょ?
――――――なら、私が死んでしまう時、悲しまない人が良いわ。
魔物の男は、その場に居た誰よりも絶望したような顔をしていたから。
セルディナは従者にするなら、彼が良いと思った。だって、いつかは死んでしまうセルディナの従者なんて、きっと損な役回りでしかないから。
「だって、一番綺麗だもの」
そんな言葉を吐いて。セルディナは少しでも金色の男が貰える可能性を高くするため、愚かな子供の、我儘のふりをした。
魔物の男は、呆然とした表情でセルディナの事を見ていた。……驚いた表情をしているのは、その場に居る全ての人も同じだったけれど。
「ねぇ、貴方。名前は?」
「私……でしょうか?」
「貴方以外に話しかけているように見えるかしら?」
「いえ……ですが……」
「名前は?」
「魔物、です」
「あら、魔物だったのね。いえ、そうではなく呼び名は…まさか名前も魔物?」
「はい」
「そう、魔物…呼び辛いわね」
呆然とする人々を無視して、セルディナは魔物に話しかける。
「私の従者になるには、名前が必要ね。貴方の名前は、今日からロキという事にしましょう」
なんて……運命というには、些か強引なそれが、ロキとセルディナの出会いだった。
「待て、それは従者候補の者ではない」
……しかし、勿論そんな事、セシルが許すはずもなく。
「あら、お父様はこの部屋に集めた子供なら、誰を選んでも良いと仰いましたわ。成人していない人は子供でしょう?ロキ、歳はいくつかしら?」
「十四、です」
「この国の成人は十八ですから、子供で間違いありませんね。では私の従者はロキということで。それともお父様、一度は仰いましたことを覆しますか?」
「…もう良い」
セルツが静かに、しかし長く息を吐き出す。
その様子は怒っているよう落胆しているようにも感じるが、セルディナはそうではない事を知っていた。
だって、セルツはセルディナの事など、どうでも良いはずで。
窘めるような言動も、全て集めた貴族へ見せているだけのようなものだろう。
そうでなければ魔物を従者になど、到底あり得るはずもない許しだったから。
セルツが手を軽く挙げると、そばに控えていた侍女が麻袋を持ってくる。
ロキの所有者だった貴族は、決して小さくはない麻袋に入った金貨とロキを交換することを、快く了承した。
「これはお前の物にしてやる」
そうセシルが言って、セルディナは「ありがとうございます」と笑みを作った。
―――これで私が死んでしまっても、きっと大丈夫ね。
……なんて、笑みの裏でセルディナがそんな事を考えていたなんて、セシルには全く気付けなかった。
誕生日だからと家族全員で集まって朝食を食べて、その日のセルディナも、グラシアが手ずから入れた毒入りの紅茶を飲んでいた。
「セルディナ、お前にも従者を付けようと思う。下位貴族の子供を集めておいた。後ほど顔合わせを行う。好きな者を選べ」
父のセシルは、セルディナだけが毒の入った紅茶を飲んでいるなんて気付きもせず。事前の相談もなく決めた事を、淡々とセルディナに告げた。
グラシアは、セルディナに従者を付けることが気に食わないのか、セシルに気付かれないよう、セルディナの事を睨んでいて。
―――グラシアさん、私も一応公爵家の娘ですから。従者ぐらい付けなければ、逆におかしく思われてしまいますよ
……なんて。言ってしまえば、どれほど楽だったか。
結局セルディナは、「はい」と小さく返事をして、グラシアの視線に気づかないふりをした。
食事が終わって。セルディナはセシルと共に、貴族の子供が待つという部屋に向かっていた。
まだその頃は、毒に慣れきっていなかったセルディナの体は、朝食の時に食べた毒の所為で熱を帯びていて。クラクラと揺れる視界に、セルディナは今にも倒れてしまいそうだった。
「……あっ」
「セルディナ?」
倒れかけたセルディナの体をセシルが支えて、その瞬間、二人の視線が交わった。
母が死んで以来、こんなに近い距離でセシルと目が合うのは、本当に久しぶりの事だった。
―――もしかしたら、毒に気付いてくれるかも……
セルディナは淡い期待をして……
「……セルディナ。お前はマクバーレン公爵家の人間なのだから。何時如何なる時も、気を抜くな」
……しかしそんな期待は、セシルの硬い言葉によって打ち砕かれた。
「は、い。申し訳ございません、お父様」
震える声で返事をしたセルディナの事を、セシルは訝しむようにじっと見つめて……しかし、感じた違和感の理由が分からず、「うむ」と頷いた。
そのまま二人は、それ以上の会話をすること無く、歩いて行って……
そこで、セルディナは出会ったのだ。
セルディナの従者となるために集められた、貴族の子供。その子供を守る護衛として、その場に連れて来られていた、魔物の男と。
その魔物を見た時、セルディナは初め、彼が魔物だとは分からなかった。
金色の髪が綺麗で、青い瞳はまるで宝石のようだと思った。
美しい美術品のような見た目をしている癖に、どこか諦めたような表情をしていて、その瞳の奥底には絶望が見えるような気がした。
「私、あの子が良いわ」
集められた子供達を前に、セルディナは明らかに貴族ではない魔物を指さした。
―――だって、誰も。私が毒を盛られるのを、止めないでしょ?
――――――なら、私が死んでしまう時、悲しまない人が良いわ。
魔物の男は、その場に居た誰よりも絶望したような顔をしていたから。
セルディナは従者にするなら、彼が良いと思った。だって、いつかは死んでしまうセルディナの従者なんて、きっと損な役回りでしかないから。
「だって、一番綺麗だもの」
そんな言葉を吐いて。セルディナは少しでも金色の男が貰える可能性を高くするため、愚かな子供の、我儘のふりをした。
魔物の男は、呆然とした表情でセルディナの事を見ていた。……驚いた表情をしているのは、その場に居る全ての人も同じだったけれど。
「ねぇ、貴方。名前は?」
「私……でしょうか?」
「貴方以外に話しかけているように見えるかしら?」
「いえ……ですが……」
「名前は?」
「魔物、です」
「あら、魔物だったのね。いえ、そうではなく呼び名は…まさか名前も魔物?」
「はい」
「そう、魔物…呼び辛いわね」
呆然とする人々を無視して、セルディナは魔物に話しかける。
「私の従者になるには、名前が必要ね。貴方の名前は、今日からロキという事にしましょう」
なんて……運命というには、些か強引なそれが、ロキとセルディナの出会いだった。
「待て、それは従者候補の者ではない」
……しかし、勿論そんな事、セシルが許すはずもなく。
「あら、お父様はこの部屋に集めた子供なら、誰を選んでも良いと仰いましたわ。成人していない人は子供でしょう?ロキ、歳はいくつかしら?」
「十四、です」
「この国の成人は十八ですから、子供で間違いありませんね。では私の従者はロキということで。それともお父様、一度は仰いましたことを覆しますか?」
「…もう良い」
セルツが静かに、しかし長く息を吐き出す。
その様子は怒っているよう落胆しているようにも感じるが、セルディナはそうではない事を知っていた。
だって、セルツはセルディナの事など、どうでも良いはずで。
窘めるような言動も、全て集めた貴族へ見せているだけのようなものだろう。
そうでなければ魔物を従者になど、到底あり得るはずもない許しだったから。
セルツが手を軽く挙げると、そばに控えていた侍女が麻袋を持ってくる。
ロキの所有者だった貴族は、決して小さくはない麻袋に入った金貨とロキを交換することを、快く了承した。
「これはお前の物にしてやる」
そうセシルが言って、セルディナは「ありがとうございます」と笑みを作った。
―――これで私が死んでしまっても、きっと大丈夫ね。
……なんて、笑みの裏でセルディナがそんな事を考えていたなんて、セシルには全く気付けなかった。
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