もう、いいのです。

千 遊雲

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だから、ごめん

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遠く離れた王都の家の中、勇者の婚約者は涙を堪えて指輪を見つめていた。

魔王の元へ向かう勇者が、唯一持って言った大事な指輪。

勇者が困った様に婚約の破棄を口にしながら、けれど決して外さなかった婚約の印。



「お願い、ディオ。生きて帰ってきて」



そんな願い、婚約の破棄を言われた時から、叶わないものなのだと分かってしまっていたのだけれど。

それでも願わずにはいられなかった。

思い返すのは、旅立つ前の彼の顔。

困ったように、笑っていた。

痛みを堪えるように、泣き出す前のように。



『僕は勇者だから、君を幸せにできないんだ。ごめん』











獄炎が勇者を飲み込んだ。

刹那、勇者は自身の魔力を練り上げた。

魔王の魔力と混ざるように、正反対の性質の魔力を、無理矢理に。



「まさか勇者、最初からこれを…!?」



獄炎に焼かれながら勇者が行ったそれは、魔力の融合で、けれどもそんなものが成功する確率は少ない。

失敗すれば魔力相応の爆発と化し、そして魔王は膨大な魔力を獄炎に注ぎ込んでいた。



「一緒に死のう。これが唯一、僕があなたを殺せる方法だ」



勇者は燃えながら、魔王に言った。

勇者と魔王の魔力が眩しいほどの光を発しながら、爆発した。

視界も何も奪われた中、魔王の耳に勇者の声が聞こえた気がした。



「ごめんね、魔王と言うだけで殺してしまって」



爆発の中、聞こえるはずがないのに。

大地を揺るがすかのような爆発の後、砂埃が収まったそこは大きな大きなクレーターが出来ていて、大量の魔物も魔王も勇者も、誰一人も居なくなっていた。











「我らが勇者様が魔王を倒された!!!」



万歳、万歳と至る所で歓声が上がる。

ようやく平和が来たと、皆が騒いでいた。

その騒ぎの中、勇者の婚約者は一人屋敷に引きこもっていた。

空は青々と、まるで平和になった世界を祝福するかのように輝いている。

その色が、勇者の瞳と同じ色で。



「死なないでって、言ったじゃない」



耐えきれずに呟いた言葉は、震えてしまった。

じわりと風景が滲む。



「ディオの、馬鹿」



ぽとりと落ちた雫が、外すことなどできない指輪を濡らした。
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