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エピソード7 外部とのコンタクト
しおりを挟む「良かった、ファームエリアはまだ無事だった」
コウを先頭にファームエリアへとやって来たクランメンバーは小高い丘から金色に染まる稲穂が一面に実っている水田を見下ろす。
更にエリアの奥の方を見回すと美しく切りそろえられた緑の芝生や数多の品種の花々が美しく咲いている花畑もある。
「おい、そろそろ教えろよコウ、ここで一体何をしようってんだ?」
「ここから外部でモニターしている運営の人間と連絡を取るんだ」
「はぁ? こんな草や野菜しかない場所からどうやって連絡するってんだ? それならもっと電子機器のあるエリアの方がいいんじゃねぇのか?」
コウの案に呆れたといった風に首を竦めるケンジ。
「さっきミカさんが言っていた様にアバター単位のパーソナルデバイスではこちらからのメッセージを外部に送ることが出来ない、恐らくはアナザーリアリティ内の端末を使っても同じ結果だろう……ならメンテの為にモニターしている運営の人間に直接文字を見せることでコンタクトを取ろうと思う」
「ああそうか!! 俺がフロアに文字を書いたらと言ったから……!!」
「その通り、アキマサの何気ない一言で思いついたんだよ」
アキマサとコウはお互い顔を見合わせニヤリと微笑む。
「ちょっと待て、二人だけで分かった気になってるんじゃねぇぞ、俺には無いが何だかさっぱりだ」
「バカねぇケンジ、コウはこうやって文字を書こうとしてるのよ」
シンディが手近な芝生に降り立ちしゃがみ込む。
そして芝を次々と抜き始めた。
「ほら、これでどう?」
シンディが立ち上がると足元には『バカケンジ』という文字が現れた。
毟られた芝生の部分が段になって凹んでいるせいで暗く見える。
そのお陰で文字が書かれたように見えるのだ。
「多少時間が掛かるがこの方法しかないと思ったんだ、アキマサの武器を使ってラウンジのフロアに文字を刻み付ける手もあったんだけど如何せんスペースが無さ過ぎたんでね」
「確かに、あの惨状のあの場所で作業をするのはご免だしな」
「そうだぜキャシーの精神衛生上にも良くねぇぜ」
ふと三人が後ろを振り向くとミカに手を引かれたキャシーが目に入る。
未だにショックから抜け出せていないのか頻りに目から溢れ出る涙を拭っている。
「よし!! 早速おっぱじめようぜ!! じゃあ何から始める!?」
ケンジが左掌に右拳を胸の前で激しくぶつけながら声を上げる。
「そうだね、じゃあ……」
コウの指示でアキマサ、ケンジ、シンディの三人が芝生を毟り始めた。
同時刻……現実の世界。
「海藤主任、依然アナザーリアリティへのアクセスは実行できません」
「フム~~~困ったわねぇ、それにあなた、私の事は海藤じゃなくて『アリスちゃん』って呼んでって言ったでしょう!?」
「申し訳ありませんアリス……主任」
「ちゃん!!」
「アリス……ちゃん主任……」
「まあ今はそれでいいわ、許してあげる」
ここはアナザーリアリティを運営する企業【ネクストエボリューション】の本社内施設。
ブロンドのツインテール、グルグル瓶底眼鏡を額に乗せサイズの合っていない白衣を着て袖をだらりと垂らしている幼女が腕組みをしてふんぞり返る。
海藤アリス……彼女こそこのアナザーリアリティを開発したプロデューサーにしてメインプログラマーである。
齢十歳にしてこの時代の最高学術機関である工科大学を首席で卒業している才女だ。
ただ先ほどのオペレーターとのやり取りでも分かる通り精神年齢の方は年相応と言うか寧ろ幼い印象を受ける。
「どうしてこんな事になってしまったんでしょう……」
先ほどアリスにパワハラを受けていた男性オペレーターが本日何度目か分からない独り言をつぶやく。
「そもそも何かしらのアクセス障害やエラーが出た時点で利用者は接続を強制遮断、ARから弾き出される仕様なのに何故かみんなログアウトが出来ないのよね、それにゲームエリア以外でアバターが損傷したり、その後に死体が残るなんてプログラムした覚えは無いわよ
これは明らかに誰かがARサーバーに不正アクセスしてプログラムを改竄しているとしか思えない……」
アリスは近くのデスクの上に置いてあった猫のイラストが描かれたマグカップでイチゴミルクを口に含む。
広いホールの空中に空間表示されたモニターにはアナザーリアリティ内のあらゆるエリアの映像が映し出されている。
「あれから何か新しい変化はあった?」
「そうですね、しいて言うならあのアーミーシェルとの戦闘の後、遮断された各エリア間の移動が可能になったお陰でアバターがラウンジ以外に大量に移動を開始しています」
「まあそうなるでしょうね、どこへ行っても現実世界には出られないんだけど」
「あっ!!」
「何よいきなり大きな声を上げて」
「海藤主任!! ファームエリアの画像を見てください!!」
「だから、アリスって呼んでって……あら?」
アリスはその画像に釘付けになった。
「芝生に何か書いてあるわね、何々? 『こちらクランヒーローズジャム、当クラン宛にDM《ダイレクトメール》求む』ですって!?」
そしてその文字のすぐ傍には四人の男女が大きく両腕を振っているではないか。
「へぇーーー成やるじゃない、メッセンジャーが機能しないからこんなアナログな方法に出たって訳ね、いえデジタルの中のアナログってところかしら」
「どうしますかアリス主任?」
「そうね、私が返事をするわ」
アリスが手をかざすと手元の空中にキーボードが出現、彼女は目にも止まらぬ速さでブラインドタッチし文字を打ち始めた。
「あっ、返事が来たわよコウ君」
「はい、確認します」
横に居るミカのディスプレイを覗き込コウ。
「『こちらネクストエボリューション開発担当の海藤アリスと申します。
メッセージ確認しました、暫くその方法で連絡を取り合いたいと思うのですが宜しいでしょうか? とにかく私たちはARの内部の情報が不足しております、情報提供をお願いしたいのですが』……やった!! 作戦成功だ!!」
コウは柄にも無くガッツポーズをした。
「やったな!!」
アキマサも笑顔を浮かべる。
「でもよぉ、この作業地味にキツいぜ?」
「まったく情けないわね、あんたは普段の鍛錬が足りていないのよ、その筋肉は飾り?」
芝生にへたり込むケンジを見てシンディは蔑みに眼差しを向ける。
「これはアバターの姿であって電脳空間でフィジカルは関係ないだろう? 」
「まあまあ二人とも、次は……」
コウが次の指示を出し始める。
「えーーー、まだやるのか?」
「当たり前でしょ!! まだやり取りが始まったばっかりなんだから!!」
「へいへい、分かったよ」
「お前さぁ、結局やるんだったら愚痴らなければいいじゃないか」
「逆だよ、愚痴らないとやる気が出ないんだよ俺は」
なんて難儀な性格なんだとアキマサは思った。
ケンジは渋々起き上がり次の文字を書く為に再び芝生を毟るのであった。
「主任、ヒーローズジャムがまたメッセージを送ってきました!!」
「そう、どうやらまだこちらのメッセージだけは送れるのね、どれどれ?」
了解しました、この方法が続けられる限りはここを掲示板代わりに情報を書き込んでいこうかと思います。
それで質問があるのですが、先ほどのモンスターの襲撃でかなりの数のアバターが殺されたり食べられたりしたのですが、これらのアバターの持ち主は現実世界ではどうなっているのでしょう? 死亡したりしていませんか?
「困ったわね……この子たち案外鋭いわ」
アリスが手元にある瓶から棒付きの飴を取り出すと口に咥えた。
眉間には皺が寄っている。
だがアリスが彼らを子ども扱いしていても年齢的には彼らの方が上なのは明らかだ。
「……どうします? 彼らに本当の事を教えますか?」
男性オペレーターは困り顔で額を手で押さえる。
「まだどこにも公表していないのよ!? 言える訳ないじゃ無い!! 被害者であり当事者である彼らに知られたらそれこそAR内でパニックが起こるわ!!」
アリスは声を張り上げ机を両腕で叩く。
「では……」
「暫くはこの事実を隠すわ、電脳空間で死亡事故が起きたなんてマスコミに知れたら我が社は破滅だわ……」
「分かりました、ではテンプレメッセージを貼り付けます」
ミカの端末。
「返信が来たわ」
その件に関しては現在調査中につき今は返答できません、事実が判明次第最速でそちらにお伝えしますので今暫くお待ちください。
「何だぁ? この何かトラブった時取り合えず貼っとけ的なテンプレメッセージは?」
早速ケンジがツッコミを入れる。
「これは何かあるね、絶対何か重要な事を隠している」
コウは顎に手を当て考える。
「ネットではよくあるからな、情報がリークされた場合取り合えず否定かだんまりを決め込んでいればいいってね、そしてその後結局その通りだったと報道するんだ」
アキマサも首を竦める。
「だけど今の状況はとても危ないと思うのよね」
今まで積極的に意見を言ってこなかったミカが口を開く。
「何が危ないんですかミカさん?」
「今はさっきの怪物騒動で避難やなんだでみんな大人しくしているけど、もう少しして落ち着いて来ればね、出て来る訳よ色々と面倒な人たちが」
「それってどういう事です?」
ミカの抽象的な言い方に首を傾げるアキマサ。
しかしそれを理解するのにそう時間は掛からなかった。
「ねぇ、何だか焦げ臭くない?」
シンディが鼻をつまみしかめっ面をする。
「そう言えばそうだな、てかAR内で匂いが感じられるなんておかしいだろう」
「見ろ!! あっちの畑から煙が出てるぞ!!」
ケンジが指さす方向で煙が上がっている。
それも一本や二本ではない、どんどん増えて広がっているではないか。
「火事!? ファームエリアって山火事も起こる様になっているの!?」
「いやそうじゃない、これは明らかに人為的なものだ、あれを見ろ」
煙が燃え広がっている方角から何かが飛び出す。
「ヒャッハーーー!! 燃えろ燃えろーーー!!」
それはジープだった。
オープントップで四人が乗車しているが、それらの人物は防護服の様な物で全身を包んでおり、手にはそれぞれ重火器を所持している。
「へへへ!! 一度やってみたかったんだよね!! 人が丹精込めて育てた農作物を火炎放射器で焼き払うのが!!」
そう言いながら引き金を引くと重火器の先端から強烈な炎が一気に放射された。
火炎放射器だ。
「馬鹿な!! これではメッセージのやり取りが出来なくなってしまう!!」
「今すぐ止めさせろ!!」
アキマサ、ケンジ、コウはそれぞれの装備を瞬時に装着、シンディも含め放火魔に向かって走った。
脅威はモンスターだけではなかった、極限状態に陥った人間もまた何をしでかすか分からない。
ある意味モンスターより質が悪いのであった。
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