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エピソード1 ハローアナザーリアリティ

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 生活感のない殺風景な部屋。

 いや機能的で清潔感のある部屋と言った方が良いか。
 先ほどからけたたましくアラームが鳴り響いている。

「はいはいはい、今出ますよ」

 この部屋の主である青年がシャワールームから慌てて飛び出し、腰にバスタオルだけ巻いたあられもない姿で部屋へと入って来る。
 そして手に収まるほどの大きさのキューブ型装置に手を翳すと何もない空間にポニーテール少女の胸から上の映像が映し出される。

『おはようアキマサ、えっ? きゃあ!! 何て恰好をしているのよ!!』

「何ってシャワーを浴びてたんだよ」

『いいから!! 早く何か着てよ!!』

「へいへい」

 映像の少女は顔を真っ赤にして顔を背けている。
 その隙にアキマサと呼ばれた青年はパンツを履き服を着た。

「もういいぜシンディ」

『あーーー、びっくりした……もう!! 裸なら裸で音声だけとか選択出来たでしょう!?』

 映像の少女シンディは腰に手を当て不機嫌そうに頬を膨らませている。

「そっちが映像通信にしてたらこっちは丸見えなんだけどな……」

『何か言った?』

「いいんや?」

 ジト目で睨むシンディから目を背けるアキマサ。

『それはそうと忘れてないでしょうね今日からの予定』

「ああ忘れてないよ、だからこそ身体を綺麗にしてたんだ、暫く現実こっちに戻って来れないからな」

『それならいいのよ、集合時間は9時だからね? 遅れちゃダメよ?』

「分かってるって、じゃあまた後で」
 
 そう言って通信は終了。

「まったくシンディのやつ、お前は俺のお袋かっての」

 散々愚痴りながら無菌パックに入っているレーションとドリンクで朝食をとる。
 ふと腕のスマートウォッチに目をやると午前8時45分、約束の時間まであと僅かだ。

「うわっ、ヤベェ!! 急いで準備しなきゃ!!」

 アキマサはベッドに並んで横たえて設置されている筒状の物体の元へとやって来た。
 蓋には【ダイビングブース】と書かれてあった。
 蓋を開ける、それは人一人が寝そべって入れるほどの大きさのカプセルであり、内部には基部の方には緩衝材と蓋の方には何やら電子機器のランプが点滅している。
 腕に栄養摂取の為のチューブの針を差し込む。
 そして寝そべると丁度股間に当たる部分にカップが設置してあった。

「ううっ……こればかりは何度経験しても嫌だなぁ……」

 これは長時間睡眠状態にある身体の排泄を行う機構である。
 それをバンドで下半身に固定するのだ。

「よし、ナヴィ、やってくれ」

『OKアキマサ、ダイブスタンバイ、5、4、3、2、1……ダイブスタート』

 ナヴィと呼ばれたAIのカウントダウンが終了と同時にアキマサの意識は一瞬にしてどこかへ飛ばされる。
 例えるならジェットコースターにでも乗っているかのような爽快感を伴った不快感を味わう。

『ダイブコンプリート……』

 気が付くとアキマサは空に浮かぶ広大な円形の構造物の上に立っていた。
 そこは中心にタワー状の構造物がそそり立ち、そのタワーに向けて八方から噴水が浴びせかけられている。
 虹がかかって何とも幻想的だ。
 人々も大勢おり、中にはどう見ても人間とは思えない体型や肌の色の亜人とも呼べるような存在が闊歩している。
 ファッションも様々で独創的で前衛的だ。

「フゥ!! やってきましたアナザーリアリティ!!」

 アキマサは手をつ突き上げながらテンション高く叫び声を上げる。
 彼のコスチュームはどこかのSFヒーローを連想させる未知の素材で出来た派手なカラーリングの物に変わっている。
 姿かたちはアキマサそのものだがこれはアバター、電脳世界で過ごすために形成されたその人間の分身である。
 アナザーリアリティに初ログインする時に設定をするのだが、必ずしも元の姿を再現する必要は無い。
 体型は元より身長、目や髪の毛、肌の色などは任意で変更でき、その組み合わせパターンは億を超えるという。
 但し性別を偽る事だけは禁止されていた。

「あーーーやっと来た、遅いわよアキマサ!!」

「おっ、シンディか」

 アキマサの側には先ほどのポニーテール少女が立っている。
 彼女のコスチュームも肩出しへそ出しと肌の露出の多いピカピカに光沢を放つ素材で出来た物を纏っている。

「もうみんな向こうのロビーに集まっているわ、早く行こう!!」

「おいおい、そんなに引っ張んなって!!」

 アキマサはシンディに腕を引かれてずるずると移動する。

 ここは【アナザーリアリティ】と呼ばれる電脳空間。
 現在地球は汚染された地表の為、人々や物資の移動が困難な状況にある。
 物資は地下に建造された搬送用チューブがあり各地にあるコミュニティスペースに搬送できる仕組みがある。
 人々の移動も先のチューブを使えば可能であるが、とかく観光の面ではそれは意味を成さない。
 地下のコミュニティスペースの見た目はどこも変わり映えしない物であり、しかも地上は汚染物質の影響で草木は枯れ水は濁り空は曇り、美しい景観は失われていた。
 そもそも地上には出る事は全世界単位で固く禁じられている。

 そこで始まったのが電脳空間【アナザーリアリティ】内に創り出されたバーチャルリゾートである。
 プログラムで創造された景色は言ってしまえばCGではあるがそのクオリティは高く、【アナザーリアリティ】に【ダイビングブース】を使用してダイブしてしまえばあたかもそういったロケーションが現実に存在しているかのような錯覚に陥る。
 なにせ物理法則などを完全に無視した設計が出来るので一種の異世界旅行感覚を満喫出来ると瞬く間にブームとなった。
 今や地球人口の95パーセントが【アナザーリアリティ】に接続できる何らかの方法を持っているのだ。

 アキマサは今日から五日間、気心の知れた仲間とこの【アナザーリアリティ】で休日を過ごす予定であった。

 しかし彼らがこの後【アナザーリアリティ】存続に関わる重大事件に巻き込まれるとは誰も想像すらしていなかった。
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