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第16話 気まずい食卓

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 「あ・ん・た・ね~~~~~~」

 うわ……何この迫力……。

 祠に帰ってすぐの事。

 ライムの全身から禍々しいまでのどす黒いオーラが俺にも見える程勢いよく立ち昇っている。
 これは相当怒っている……それも半端ではなく……。
 ライムをここまで怒らせた原因は恐らく……。

「アクセル!! あんた馬鹿じゃないの!? なに不死者を増やしちゃってるわけ!?」

 ライムは目の前のカタリナを指さし激昂する。

「いや、これは俺の意思じゃない……不可抗力というかなんというか……」

「言い訳は聞きたくないわ!! ちょっとこっちに来なさい!!」

 何事か分からずぽかんとしているイングリットと、ぼーーーっとしているカタリナをその場に残し、ライムは俺を少し離れた場所まで引きずっていく。

「何でこんな事になってるの?」

 ひそひそ声で俺の耳元でささやく、ライムもそれなりに二人に気を使っている様だ。
 
「あの少女、カタリナっていうんだが、俺ともみ合った状態で巨人猿に叩き潰されてしまってな……もろともにミンチになって死んだんだ」

「はぁ、そういう事……」

 額に手を当て目を瞑る。

「恐らく、あんたの不死である体の一部が彼女に混ざった状態であんたが蘇生したものだから、それに引っ張られる形であの子も蘇生し不死化してしまったと……」

「やっぱりそうなのか……だがそれだけじゃなく狂戦士化して暴れだしたんだがそれについてはどうなんだ?」

「カタリナちゃんだっけ、彼女が不死化したのは偶然なのよ……本来ならあり得ない……っていうかそんな不死者と普通の人間をグチャグチャに混ぜる実験なんてどこの魔女もやらないからね」

「魔女の実験? 何のことだ?」

 俺の質問にハッとした表情を浮かべるライムだったがすぐにいつもの状態に戻った。

「いいえ、何でもないわ……今の話しは忘れなさい、いいわね?」

 こいつ、何か隠しているな……だがあまりしつこく追及してライムの機嫌を損ねるのは面倒だ。
 この事は俺の心の片隅にしまっておこう。

「私の見立てだとカタリナは完全な不死者では無いわね……肉体は強靭になっているけれど一定以上の強烈なダメージを受けたら彼女、死ぬわよ」

「マジかよ……カタリナを元の人間に戻してやる事は出来ないのか?」

「出来るわよ」

「本当か!?」

 いともあっさりと言ってのけるライム、そんな方法があるなら是非とも教えてもらいたいものだ。

「あんたが死ぬの」

「はっ?」

 一体どういうことだ?

「この子、狂戦士化してたって言ってたけど、どうやって連れてきたのかしら? いう事なんて聞かなかったでしょう?」

「確かに最初はそうだったが、何故か俺のいう事だけは聞いてくれてな……それ以降は大人しくなった」

「そこよ、何故だかわかる?」

「さあな……」

 ライムに指摘されるまでもなく、俺もそこは疑問に思っていた。

「教えてあげましょう、それはあんたがあの子の主人でマスターであの子があんたの眷属ファミリアだからよ」

「何!? 何でそんな事に!?」

 いつの間にそんな事になった? 俺には理解不能だ。

「そうね、分かりやすい所で吸血鬼を思い浮かべて頂戴……吸血鬼は人間の血を吸う事でその人間を眷属化出来るわよね? それと一緒よ」

「その話しなら理解できるが何で俺とカタリナがそうなったんだよ!!」

「そんなの簡単、主人であるあんたの血肉があの子を死の淵から呼び戻した……その時点でカタリナはあんたの眷属になった……その時に主従関係が結ばれてしまったのよ」

「そんな事が……」

「ここまで言えばあんたにも分かるでしょう? あんたが完全に死ねばあんたの力で生かされているカタリナも力を失って死ぬわ」

 信じられん……まさかこの俺自身が自分と同じ境遇の人間を作ってしまうとは何たる皮肉……やはりこの世には神も仏も存在しないんだ。

「カタリナを元に戻したいならあんたは私の試練を乗り越えて死ねる身体になるしかないってことね……良かったじゃない、これで試練に挑むのにあんたも張り合いが出るってものでしょう」

「簡単に言うな!! ますます俺の責任重大じゃねぇか!!」

 カタリナの件が無くても試練はやり遂げるつもりだったが、これは何があっても最後まで完遂しなければならなくなったな。
 いいさ、やってやるよ。

「あのぅ……」

「イングリット」

 知らないところへ連れてこられて尚且つ長時間ほったらかされて不安になったのだろう、イングリットがこちらにやってきた。

「ああ、ごめんなさいね、この馬鹿に説教してたら長くなっちゃって」

「いいえ、お取込み中すみません」

「みんな疲れてるでしょう? ゆっくり休んで頂戴」

「ありがとうございます」

 ライムめ、俺の時とは態度が違い過ぎる。

 ライムが蔦を操って作り出したテーブルの上にここで取れた奇妙な果実が並んでいる……皆で席に着き食事が始まった。
 みんなで頂きますを言う間にカタリナだけは一人、何も言わず果実にかぶりつく。
 その食べ方は乱雑で顔もテーブルも食べかすや汁でグチャグチャだ。

「カタリナ、お顔が汚れているわよ」

「ウガッ?」

 イングリットがハンカチでカタリナの顔を拭き、甲斐甲斐しく世話をする。
 
「なあライム、カタリナの事なんだが……もう少しそれなりの振る舞いが出来るように出来ないかな……何だかいたたまれなくなってな」

「出来るわよ、『知恵の実』を食べさせればね」

「知恵の実?」

「食べた者の頭を少しだけ賢くする木の実よ、確かうちにもあった気が……」

「本当か!?」

 食卓から離れ、倉庫に向かうライム、暫くしてこちらに戻って来る。

「ごめん、切らしてたのを忘れてた」

「なあ、その知恵の実ってのはどこで手に入るんだ? ここでなったりしないのか? この果物みたいに」

「知恵の実はずーーーっと南にある孤島でしか手に入らなくてね、随分前に切らしていたのは知ってたけど取りに行くのが面倒くさくなってそれきり忘れていたのよ」

「じゃあ俺がとって来てやるよ、それでいいよな?」

「それはいいけど試練の条件は止められないわよ?」

「分かってる、期限はまだ余裕があるし、ちょっくら行ってくるぜ!!」

「あのぅ、盛り上がっているところ申し訳ないのですが……私はどうしてここへ連れてこられたのでしょうか……」

 遠慮がちにイングリットが質問してきた。

「あっごめんなイングリット、カタリナの話しばかりしてしまって……」

「それは、仕方ないですよね……カタリナは手のかかる子供みたいなものですから、さぞ可愛いのでしょう?」

 イングリットは頬を軽く膨らませながらいじける仕草を見せる。

「なっ、誰もそんなこと言ってないだろう?」

 一体何なんだイングリットの奴……そりゃあカタリナの話しばかりしていたのは事実だが、決してお前を蔑ろにするつもりはなかったのに。

「やれやれ、アクセルは三百年も生きていても、女の扱いはからっきしなのね」

 肩をすくめてライムが呆れている。

「ああもう、意味が分からない……そもそもイングリットをここへ連れて来いって言ったのはライム、お前だろうが!! それも今思いついたって感じで!!」

「そうなんですか?」

 イングリットも身体を乗り出してきた。

「そうだったかしら? イングリットを見初めたのはアクセル、あんたでしょう?」

「そうなんですか!!」

 俺の顔を顔を真っ赤にしてのぞき込む。

「見初めたとか誤解を招く言い方をするな!! たまたま持った水晶玉にイングリットが映っただけだ!!」

「たまたま……」

 イングリットは力なく着席する……まるで魂が向けたように。

「もういいです……」

 そしてフラフラと席を立ち、祠の隅っこに座り込むイングリット。

「あ~~~あ、完全にいじけちゃった」

「誰のせいだと思ってるんだ!! もういい、明日から知恵の実を取りに南の孤島へ行ってくるからな!!」

「はいはい、ご自由に」

 何だかギスギスして釈然としないが俺は俺のやりたいようにするさ。
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