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第104話 シャルロットの為に

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 「持って来たぞい、お前さんの言ってたのはこれじゃろ?」

 城のバルコニーで待つ車椅子のベガの元にデネブがやって来た。
 手には鳥の形を模した模型を持っている。
 これがベガが言っていた鳥型の魔動機だ。

「そうそうこれよ、それでまだ動くの?」

「どうかのう、工房をひっくり返してやっと見つけて来たんじゃ、実際に使ってみないと何とも言えん」

「じゃあ貸して頂戴」

 デネブから鳥型魔動機を受け取るベガ。

「確かこれの中に使用者の髪の毛を入れるんだったわよね」

「そうじゃ、その際魔力を込めるのも忘れるでないぞ?」

「はいはい、分かってるわよ」

 鳥型魔動機は腹の部分が外れるようになっていた、蓋を開け自身から引き抜いた髪の毛を中に納め再び蓋を閉じる。

「それっ!! お飛びなさい!!」

 鳥型魔動機を両手で持ち、思いきり空へと放り投げる、すると魔動機は翼を広げ羽ばたき始めた。
 そして彼らの頭上を旋回している。

「ほう、どうやらまだ動くようじゃな」

 額に手を当てその様子を見上げるデネブ。

「折角だから試運転も兼ねて少し遠くまで飛ばしてみるわね、何ならこれから行く予定の帝国の方へ行ってみましょう」

 ベガが念じると鳥型魔動機はエターニアの西を目指して飛び立った。

「帝国領に着いたらグラハム殿と連絡を取るとよい」

「そうね、何の気なしにこれを使おうと言い出したのはアタシだけど、これはある意味連絡手段としては画期的だわ……伝令や書簡を送っていては時間が掛かり過ぎるものね」

「そうじゃな、通信の魔法はあるにはあるが大掛かりなものになるからな」

 この世界にはまだ電話のような通信機器はおろか手軽に離れた者同士で通信する手段が確立されていなかった。
 デネブの言う通信魔法はあらかじめ通信する者同士が魔方陣を構築し魔力を使って意思の疎通をすると言うものであった。
 これには大きな問題があり、通話が出来るのはある程度魔力が強い物同士に限定される上に一対一でしか会話が出来ないからだ。
 魔方陣構築の手間もあってエターニアでさえ王の遠征などの限定された状況以外では使用されたことが殆ど無かった。
 なのでこの鳥型魔動機が実用化される事があれば実に革新的な連絡手段となるだろう。
 鳥型魔動機はまるで本物の鳥の様に風を捉え、翼を広げたまま遠ざかっていく。
 デネブとベガはその姿を見えなくなるまで見送った。



 その頃、帝国領。

 大地を割り地上には出でてきた赤く巨大な姿……それはサファイアたちとほぼ同系の巨人であった。

「赤い巨人!? 何故ここに現れたのです!?」

 グラハムたちエターニアの兵士たちは巨人に対して陣形を組み戦闘態勢に入った。
 実の所、グラハムには帝国の地下に赤い巨人が眠る巨人の工房が有る事が伝わっていなかったのである。
 不幸にもこの事はグラハムが不在のシャルロットたち新生・虹色騎士団の会議で議題に出たのだが、これはもう間が悪かったとしか言いようがない。

『グワハハハハハッ!! これはいい!! 意外なほどに馴染むぞ!!』

 機械で変質したような耳障りな声を発する赤い巨人。
 
「何!? しゃべれるのですか!?」

『お前、見覚えがあるぞ……確かこの前の戦いに居た剣士だな?』

「あなたは何者です!? 何故私の事を知っているのです!?」

 グラハムは動揺する、今初めて対峙した巨人に面識があるはずがないのだ。

『ああそうか、この姿だから分からんのも無理はない……俺様だよ四天王のベヒモスだ』

「何!?」

 グラハムだけではない、他の兵士たちもざわめいた。

「馬鹿な!! お前は私たちが倒したはずだ!!」

『ああそうとも、俺様の身体は粉々に打ち砕かれたよ、お前たちのおかしな大砲にな……だが寸でのところで俺様は子分の一つに意識を移し身体から脱出していたのだよ!! お前たちに復讐するためにな!! そして身を隠すために潜った先でこんなに素晴らしい身体を見つけてな、早速憑りつかせてもらったのよ!!』

「何て事だ……」

 ただでさえ国を挙げての総力戦を仕掛けた上にサファイアたち巨人の力を借りてやっとの事で倒したベヒモスが、新たな身体を得て再び現れたのだ。
 今のグラハムたちは兵士の遺体の回収と調査のための部隊編成で戦闘力が十分ではない。
 しかも巨人の身体は以前の鈍重なベヒモスの身体に比べ機動性がある、このまま戦っては全滅は必至だ。

『そういう事で……取り合えず死んどけやぁーーーーーーー!!』

 巨人ベヒモスが右の拳をグラハムたちに振り下ろした。

「うわあああああああっ!!」

「皆さん!!」

 グラハムは瞬時に飛び退きそれをかわしたが、大勢の兵士たちが巻き込まれ吹き飛ばされる。

『どんどん行くぜーーー!! オラオラーーー!!』

 ベヒモスは何度も何度も交互に左右の拳を繰り出し地面を殴りつける。
 その度に兵士たちは成す術無く宙を舞い地面に叩きつけられた。

「これ以上させません!! やあーーーーっ!!」

 グラハムの斬撃が空を切り突き進む。
 衝撃波が巨人ベヒモスの胸を直撃し僅かに上体が揺らいだ。

『ヌオッ!? ……何だ驚かせやがって』

「くっ……」

 しかし全くの無傷、かすり傷一つ付いていない。
 以前のベヒモスになら身体の表面の岩を砕く事が出来た程の技の威力だったのにも関わらずだ。

『こりゃあいい!! 前の身体より優秀じゃねえか!!』

 声色からベヒモスの歓喜が伝わって来る。

『所詮お前らは雑魚同然、俺様を止めたけりゃ伝説の女勇者でも連れて来るんだなぁーーーー!!』

 巨人ベヒモスは頭上で両手を組むと地面に向けて叩きつけた。



『あら、あれは?』

 丁度その時、ベガが放った鳥型魔動機が上空に差し掛かる。
 魔動機越しに見えた光景は赤い巨人が大暴れをしており、大地には夥しい数の兵士たちの亡骸が横たわっていた。
 ベガは急ぎ魔動機を降下させた。

『グラハム殿!? これは一体どうしたの!?』

「その声はベガ様!? これはどういった仕掛けなのです!?」

『そんなことは後回しよ!! 何であの巨人は動いている訳!?』

「それが、ベヒモスが生きていたのです……しかも地下にあった巨人に乗り移ったらしく我々を攻撃してきたのです」

『何て事……分かったわ、みんなに連絡してすぐに援軍を送るからそれまで持ち堪えて!!』

「頼みます!!」

『何だぁ、その鳥は?』

 巨人ベヒモスが鳥型魔動機に気付いた。

「早く退避してください!!」

 グラハムは鳥型魔動機を庇うように前に出る。

『させるかよ!! 食らえっ!!』

 巨人ベヒモスの量の目から真っ赤な怪光線が放たれた、それは高速でグラハムたちを狙う。

「うわあああああああっ!!」

 寸ででかわすもその光線の熱によりグラハムの服の背中が燃え、皮膚を焼いていく。
 鳥型魔動機はなんとか無事だ。

『大丈夫!? グラハム殿!?』

「ベガ様……救援は要りません……」

『どうして!?』

 グラハムの息が荒い。

「今からそちらを出発しても間に合いません……皆が来た時には我々はもう……」

『何を弱気な事を!! 今からそちらに行くから意地でも生き残りなさい!!』

「………」

 それきりグラハムの声は聞こえなくなった。
 魔動機が破壊されたのかそれとも……。

「何てこと!! このままではグラハム殿が……」

「落ち着け!! すぐに姫に報告をするのじゃ!!」

 城のバルコニーで狼狽する二人、そこへエイハブが通りかかる。

「どうしたのですお二人とも? そんなに狼狽えるなんてらしくないですよ?」

「おおっ!! 丁度良い所に来たなエイハブよ!! 今帝国に行っているグラハム殿らが大ピンチなんじゃよ!!」

「何ですって!?」

 二人から経緯を聞くエイハブ。

「分かりました、早速自分が兵を募り帝国へ向かいます!!」

「シャル様にもいってもらった方がいいわね、エイハブ、頼めるかしら?」

「……それは出来ません」

「えっ? 今なんて言ったの?」

 ベガは耳を疑った。

「出来ないと言いました」

「どうして? シャル様の女勇者の力ならば巨人が相手でも簡単に倒せるはずよ?」

「ご存じの通り姫様は大変疲弊しております、今出撃させては今後に響きます」

「今はそんな事を言っている時ではないでしょう? 一刻を争うのよ? シャル様なら女勇者の力で空を飛んで現場に急行できるのよ?」

「生意気な事を言うようですが、叔父上が救援を断ったのは自分と同じことを考えての事だと思います……恐らく巨人と化したベヒモスは調査隊を倒した後、こちらへ侵攻してくることでしょう、自分たちはその時間を生かして対抗策を練るべきです、姫様に頼らずに……」

 いつになく険しい表情のエイハブ。
 デネブも神妙な表情で問う。

「覚悟をしているのじゃな?」

「はい、国に仕える者として大義の為に命を捨てる覚悟は常に出来ております」

「あい分かった、姫様には言わなくてよい……じゃがサファイアには声を掛けてくれぬか? きっと彼女の力が必要じゃ」

「分かりました、お任せを」

 エイハブが城内へ戻ろうとしたその時、目の前に誰かが立ちはだかった。

「おっと、俺も一枚噛ませてもらおうか?」

「フランク殿?」

「私達もいるわよ」

 その後ろにはティーナとイワンが立っていた。

「俺もシャルロット様に負担を掛けたくないのは一緒だ、手を貸すぜ」

 フランクの言葉に後ろの二人も首を縦に振る。

「皆さん……済みません、お力をお借りします」

 こうしてシャルロットに知らせることなく極秘の国防作戦が開始したのであった。
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