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第103話 嵐の前の………

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 「……以上が儂が長い間エターニアを離れていた理由ですじゃ」

「そうだったのですね……」

 デネブの告白にアルタイルは理解を示すも、シャルロットをはじめとした他の者たちは困惑の表情を浮かべていた。

「ちょっと待って……何となく概要は分かったんだけれど、色々と理解が追い付かないんだけれど……」

 シャルロットが眉間に皺をよせ俯きながら額に手を当てる。

「そもそもその女神モイライ……スクードだっけ? そんな存在が本当に居るの?」

「ええ、おりますとも……内容をお教えする事は出来ませんがあなた様は三女神の祝福を受けておるのですよ……それが無かったら恐らくあなた様がこれまでの冒険を乗り切れていたかどうかすら怪しい」

「そうなの?」

 当たり前だがシャルロットにはその自覚がない、彼女が生まれて間もなくモイライが祝福を授けた際に王や王妃は元よりそれを知る関係者には口止めをしていたのだから。

「モイライはこの世界を救うために幾度となく魔王に滅ぼされた世界を閉じてはまた改めて世界を始める、それを繰り返してきたと……特にスクード様はシャルロット様、あなたの居た世界でのやり直しで決着を着けたいご様子でした」

「それには僕も大いに同意するよ……魔王に消滅された数多の人々の犠牲と、やり直しによって未来を断たれた人々の為にもね……」

 シャルロットの瞳に決意の光が宿る。

「それでデネブ、そのこちらの世界と僕の居た世界を繋ぐ方法は見つかったのかい?」

「完全ではないですが目途は立っております……姫様、もう一人の儂から預かった絆のオーブをお見せ願えますかな?」

「これ?」

 懐から絆のオーブを取り出しデネブに差し出す。

「儂は今までヴェルザークで二つの世界を繋ぐための扉、魔方陣を構築しておりましたがそれだけでは発動しません、この絆のオーブと組み合わせて初めて本来の機能を発揮するのです」

「ちょっと待ってください、何故別々の世界の二人のお師様が作った物同士が組み合わさって魔方陣が発動するのです? それが仮に偶然だとしてそんな奇跡がありますか?」

 アルタイルがデネブに疑問を呈する。
 流れ的に話しの腰を折る事にはなるが、彼は好奇心を留められなかった。

「勿論もう一人の儂と連携していたに決まっておろう、スクード様が仲立ちしてくださってな……なにせ魔方陣はゼロから研究しなければならぬし、鍵である絆のオーブは錬成に莫大な時間が掛かる、だから二人で分業したのじゃ」

 それを聞きベガの顔色が変わる。

「じゃあもしかしてあちらのパパが召喚術に失敗して行方不明になったのって……」

「恐らくは絆のオーブの錬成に失敗して次元の狭間にはまり込んだんじゃろうて、もう一人の儂は捨てられた世界とか呼んでいたな……とは言えそちらで完成させた様じゃから結果オーライじゃのう」

「そんな行き当たりばったりな……」

 アルタイルはあきれ顔だ、それと同時にやはりデネブらしいと思うのであった。
 ここが師匠と自分の違い……自分があと一歩師匠に及ばないのはこの辺の気の持ちようなのだと認識した。

「そう言う訳でこの絆のオーブをヴェルザークにある魔方陣に持っていけばいつでも二つの世界の行き来は可能じゃが、これからどうするおつもりじゃ?」

 あまりの急展開に会議室に居る一同はざわめき始める。

「みんな聞いてくれ」

 シャルロットの凛とした声に室内は静まり返る。

「実はもう次に行うべきことは決めてあるんだ」

「それは一体何でしょう?」

 そう聞いてきたエイハブに一度視線を移してからみんなの方へ向き直る。

「僕たちは魔王の配下である四天王を全て打ち倒した、恐らく魔王軍は戦力を相当失ったはずだ……だけどまだ強力な敵が残っているかもしれない、そこでこちらの戦力の増強の意味も込めて帝国の地下にあるという巨人の工房でトパーズの修理をしたいと思う」

 再び一同が騒然とする。

「あらシャル様、その話しはどこから聞いたのかしら? この話しはシャル様が眠っていたマウイマウイの帰路の船上でしか話していないはずなんだけど」

「会議の前にサファイアからさ、どうか妹の足を直して欲しいとね……みんなは見たんだろう? トパーズの大砲の威力を……これからも彼女の力は必ず必要になってくるはずだ、それに上手くいけば工房に眠るもう一人の巨人、サファイアたちの姉にあたる赤い巨人もこちらに引き込めるかもしれないからね」

「そう、そういう事ならアタシはシャル様の意見に賛成よ、ただの同情でトパーズの足を直すっていうのだったらちょっと考える所だったけれど」

 そう言ってベガは首をすくめる。

「ですが帝国の西には魔王の封印の地があります、危険が伴いますよ?」

「エイハブ、今まで僕らに危険じゃない冒険があったかい?」

「はっ確かに、これは一本取られましたね」

 エイハブが苦笑いを浮かべる。

「今回はあくまで地下に巨人工房が目的だ、まずは一つ一つ目的を達して行こう、それじゃあみんな準備を始めてくれ!!」

「はい!!」

 シャルロットの号令で皆は会議室から出て行った。
 緊張から解かれたシャルロットは倒れ込むように椅子へ腰かける。

「ふぅ、少し疲れたかな……」

「そうでしょうとも、あなた様は病み上がりなのですよ? もう少しご自愛ください」

「分かっているよエイハブ」

「行動開始は少し間を開けましょう」

「そうはいかないよ、今日中にはエターニアを発ちたい」

「いけません!! あなた様に何かあってはこの世界だけでなくあなた様が居た世界も滅んでしまうのですよ!? せめてあと三日は養生ください!!
 丁度叔父上が帝国の調査をしております、叔父上が調査結果を持って戻ってからでも遅くはないでしょう!?」

「わっ、分かったよ……どうしたんだい今日は……」

 物凄い剣幕のエイハブにシャルロットはたじたじだ。
 その後ろでベガがデネブに話しかけていた。

「ところでパパ、以前研究していたアレはまだ残っている? ほら、鳥の形をした人口使い魔」

「おお、恐らく儂の工房にあるはずじゃが……」

「良かったわ、世界線が違うからもしかしたら作られてないかと思ったのよ」

「ウム、確かに始まりは同じじゃが二つの世界はシャルロット様が生まれた時を起点に分岐しておるからな、そちらにあってこちらに無い物、その逆もまた有り得るの……それでアレを何に使うんじゃ?」

「アタシはこの身体だから皆と一緒に帝国に行く事は出来ないと思うのよ、そこであの人口使い魔にはアタシの目と耳、口になってもらおうと思ってね」

「なるほど、確かにアレにお前さんの魔力を同調させればそれが可能じゃな」

「探索を生業にしてきたアタシとしては不本意なんですけどね、こればかりは仕方がないわ」

「分かった、後で儂が調節しておこう」

「ありがとっ、愛してるわパパ」

 ベガはデネブの頬にキスをした。

「よしなさい、年甲斐も無く」

「まぁ、失礼しちゃうわ」

 そう言いつつもお互いを見つめ微笑んでいた。



 次の日。

「そういえば僕は耳長族の人たちに挨拶していなかったな」

 シャルロットたちがマウイマウイに行っていた間、アルタイルたちが訪れていた【最古の接ぎ木オールダーグラフト】……そこから避難してきた耳長族と、その長フランクとは碌に言葉を交わしていない事に思い当たる。
 すぐに帝国へ旅立つつもりでいたシャルロットに対し物凄い剣幕でダメ出しをしてきたエイハブ。
 そのおかげで出発は三日後になってしまった。
 手持無沙汰になってしまったというのもあるがこれから行動を共にする事も多くなるであろう彼らとシャルロットは親睦を深めようと耳長族に宛がわれた宿舎を訪れる事にしたのだ。
 エターニア王国の城下から西の方角、そこには深い堀と対岸に丸太の杭で作られた塀があった。
 勿論以前にはここにこんな物は無かった、フランクたち耳長族の為に新たに居住区が作られそれを保護するために造り起こされたのだ。
 しかしこれは彼らを隔離する為のものではない、元々深い森に棲んでいる耳長族の中には多分に他種族の目を気にするものも多い、特に人間を警戒している。
 その為エターニアの国民の目に晒されない様に敢えて塀で仕切ってあるのだ。
 【最古の接ぎ木オールダーグラフト】が滅んでからエターニアに移住した事もあってか随分と彼らも友好的にはなっているものの先祖代々の長きに亘って染み付いてしまった慣習はそう簡単に無くなるものではない。
 だがシャルロットは将来的にはそう言ったしがらみを取り除きたいと常々思っていたのである。

「やあ、こんにちわ!!」

 シャルロットが塀を見上げながら声を掛けると、上にある見張り台に居る耳長族の青年が身を乗り出してくる。

「あんたは誰だ? ここへ何の用で来た?」

(そうか、彼らは僕の顔を知らないんだ……さてどうしたものか)

「君たちの長、フランクに用があってね、取り次いでくれないかな?」

「ちょっと待ってろ!!」

 青年はシャルロットの言葉を聞き奥へと引っ込んでしまった。
 そして何やら話声がする、誰かに相談しているのだろうかはっきりとは聞こえない。
 暫くして策の中央がこちら側へ倒れ始め堀を塞ぐ……跳ね橋になっているのだ。
 橋が完全に掛かり終わるとその先にはずらりと列をなして跪く耳長族たちの姿があった。

「これはシャルロット様、この者が飛んだご無礼を致しました……どうかお許しを」

 中央で頭を下げるのは見るからに実直そうな耳長族の男だった、傍らにいる青年の頭を抑えつけ平伏させている。

「もっ……申し訳ありませんでした!! シャルロット様!!」

 震えながら土下座をする青年、彼は先ほどシャルロットと言葉を交わした青年だ。

「ああ、いいよいいよ……その子は僕の顔を知らないんだ、当然の行動をとっただけだろう? 許してやってよ」

「はっ、勿体なきお言葉、痛み入ります」

 男は青年の頭から手を離す。

「私は耳長族の若衆を取りまとめているモーガンと申します……シャルロット姫様、此度はどういった要件でございましょう?」

「ちょっと君らと話しがしたいんだけどいいかな?」

「はっ畏まりました、ではこちらへお越しください」

 モーガンの誘導でシャルロットは一際大きな木造の建物に案内された。

「フランク様にお取次ぎいたします、それまでお寛ぎください」

「うん、ありがとう」

 モーガンが去った後、シャルロットは部屋の中を見回す。
 木造の板張りの壁、手作りの家具や調度品は彼女が子供のころ訪れた【輝きの大樹グリッターツリー】のツィッギーの屋敷を思い起こさせる。
 そして彼女の事を思い浮かべると目頭が熱くなるのを感じる。

「おお、これは姫さん、よく来たな」

 そこへフランクが現れる。
 だが涙ぐんでいるシャルロットを見て面を食らう。

「おい、どうしたんだい?」

「あっ、ごめんなさい……少しもの思いに耽ってしまって……」

 涙を拭いながら精一杯の笑顔を浮かべるシャルロットの健気な仕草にフランクは胸を貫かれたような衝撃を受ける。
 勿論フランクはシャルロットに会うのは初めてではない、彼女が目覚めた時に皆と一緒に見舞いに行った時に一度会っているし、会議にも出席している。
 だがその時は男言葉な上に勇敢な印象を持っていたのだが、今のしおらしい姿を見ていると何とも表現しがたい優しい感覚に襲われる……しいて言うなら庇護欲とでも言うのだろうか。
 要するに彼もまたシャルロットの魅力に惹き付けられてしまった訳だ、しかしこれが女神の加護によるものなのか彼女自身の魅力なのかは定かではない。

「ささ、座って座って!! これでも飲んで落ちついて!!」

 フランクは慌て気味にシャルロットに着席を促す。
 そして丁度、使用人の耳長族女性が持ってきたお茶を半ば奪い取る様に持ち、シャルロットの前に差し出す。

「ありがとう」

 シャルロットはお茶を一口飲むと一息ついた。

「それで姫さん、今日はこんな所にどういった要件で?」

「これから君らと僕らは共闘するというのに僕は君らの事を何も知らない、お互い命を預ける間柄、君らの事をよく知りたいと思ってさ」

「ああ、確かにそうだな……」

 シャルロットの屈託のないつぶらな瞳で見つめられ、フランクは柄にもなく目を逸らしてしまう……顔も茹で上げられたみたいに真っ赤だ。

「元居た世界では僕は【輝きの大樹グリッターツリー】のツイッギーとレズリーの姉妹と親睦があったんだ……こちらの世界では残念な事になってしまった様だけど……」

「ああ、それは聞いてるよ……俺たちは【輝きの大樹グリッターツリー】を出された耳長族の末裔ではあるが、特にあちらの奴らを恨んだり憎んだりしていた訳ではないからな、仇はきっと取るつもりだ」

 ドンと胸を拳で叩くフランク。

「ありがとう、心強いよ」

「なぁに、世界が危機だってのにコソコソと隠れていた俺たちに闘う事を思い出させてくれたのはあんた達だ、こちらこそ礼を言うよ……あっ、そうだ、姫さん、ちょっとこっちに来てはくれないか?」

「なに?」

 フランクの手招きに誘われ彼の立っている窓際に移動する。

「あれが見えるかい?」

 窓の外には庭があり、中央には草木が無い平坦な土地がある。
 その中心には一本の苗木らしきものが植えられていた。

「あっ、まさかあれは……」

「ああ、あれは俺たちがここへ避難する際に持ってきた【最古の接ぎ木オールダーグラフト】のご神木の枝だ……そのままじゃ枯れちまうんでここに植えたんだ」

「ツイッギーに聞いた事がある、君たち耳長族は輝きの大樹グリッターツリーのご神木を魂の拠り所にしているんだって」

「その通り、いわばこれは俺たちの魂であり帰るべき場所を示すものでもある……俺はこの国を気に入った、だから必ずここへ帰って来る……だからこの戦い、絶対勝とうぜ」

「ええ、もちろん!!」

 どちらともなく差し出した手を二人はしっかりと握り合い、共闘を誓うのであった。



 ほぼ同時刻、帝国領。

「隊長!! 犠牲者の遺体の回収完了いたしました!!」

「うむ、ご苦労!!」

 開けた平地一面に夥しい数の棺が並ぶ。
 これには先のベヒモスとの決戦で命を落とした兵士たちの亡骸が収められている。

「いま連れて帰ってあげますからね……よし、棺を馬車へ乗せてください」

「はい!!」

 グラハムの号令で兵士たちが動き出そうとしたまさにその時、激しい地揺れが起こった。
 
「何事です!?」

「グラハム隊長!! あれを見てください!!」

「あっ……あれは!?」

 地面を割りながら何かが地下から這い出てくる……それは巨大で赤い手であった。
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