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第1章

5 返事④

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 地下鉄銀座線の改札で亮弥くんを見送ってから、私はまた地上に出て、夕陽を背にのんびりと歩き始めた。
 さすがに夕方になると凍える寒さだ。
 でも、久しぶりの恋愛アプローチに少しの火照りを感じていた頬には、ヒヤリと冷たい空気が心地よかった。

 夢みたいな一日だったなー。
 この年になって十八の子に告白されるなんて。ドキドキすることはなくても、純粋に嬉しさはあるし、多少の高揚感もある。
 亮弥くんはいい子だった。
 まだ若いからなのか、真っすぐでピュアで、それに話を真面目に聞いてくれたし、自分の思いもキチンと言葉にできる子だった。
 年下だからうまく話せるか心配だったけど、気負わず一緒にいられた。
 なんなら話しやすかった。普通に気が合ったと思う。
 友達になることも断ったのは、ちょっともったいなかったかもしれない。

 本人が自分は顔だけなんて思っているのが本当に意外だ。
 きっとモテるはずだけどな。
 顔が良すぎる分、外見しか見ない子が寄ってきやすいとか?
 それでも中身を知ったらもっと好きになりそうなものだけど。……そう言う私が好きになっていないのはさておき。
 だって年齢差がありすぎるよ、十二も下だもん。上ならまだしも、下だもん。未成年だもん。

 五年後は私は三五。
 亮弥くんは二三か……。
 考えて、今よりもっと難易度が上がることに気づいた。
 いちばんチヤホヤされるお年頃の亮弥くんと、そろそろ子供を産めるかどうかも怪しくなりそうな私。
 うん、絶対ないな。良かった、もしかしたらあり得るかもなんて言わなくて。
 亮弥くんとのことは、大事な思い出にしよう。
 今日買ったポストカードと半券と一緒に、大事にしまっておこう。

 途中で買い物をして家に帰り着く頃には、もう真っ暗になっていた。
 部屋に入って携帯を開くと、愛美ちゃんからメールが届いていた。

"優子さん今日はすみませんでした。弟今帰ってきました! 体調も回復したので、週明けは元気に出社できると思います。チョコ持って行きますね!"

 はぁっとため息が洩れた。
 こうして、些細な嘘なら人は平気で重ねてしまう。
 私には無理だ。不誠実なことはできない。でも愛美ちゃんは、私に簡単に嘘をつけてしまうんだ。
 そう思うとなんとなく返事をする気になれず、そのままにしてしまった。

 月曜日に出社すると、先に来ていた愛美ちゃんがすぐにデスクから立ち上がって話しかけてきた。
「優子さん、嘘ついてすみませんでした!」
「おはよう愛美ちゃん」
「おはようございます。あの、弟から聞きました、優子さんに本当のこと言ったって……。卑怯なことしてすみませんでした。弟、あの飲み会の日からずっと優子さんのこと好きで……、でも私が間に入らないと会えるチャンスもないし、優子さんに正直に言っても会ってもらえないだろうと思って……」
 確かに、先に話を聞いてたら断ってただろうな。
「いいよ、もう」
 愛美ちゃんが私の気持ちよりも弟である亮弥くんの気持ちを優先させるのは、当たり前のことだ。
 それを、自分の気持ちをないがしろにされたなんて一々傷つくのは、私自身の問題なのだろう。

「愛美ちゃんの言うとおりだし、私も楽しかったから」
「ほんとですか! 弟に伝えときます!」
「いい、いい、伝えなくて」
「でも弟、すごい人見知りで、馴染みのない人と全然話さないんですけど、大丈夫でした?」
 そう言われて、一瞬何を言っているのかわからなかった。
「亮弥くんが人見知り? まさか」
「えっ、超人見知りですけど。打ち解けるまで半年はかかるタイプですよ」
「嘘だぁ~。すごく話弾んだよ」
「えっ嘘! すごい頑張ったんだな、あいつ……」
 愛美ちゃんがしみじみ言うので、つい吹き出してしまった。
 そうか、亮弥くんがあんな風に話してくれるのって、珍しいんだ。そう思うと嬉しくなった。
 しかし、そんな人見知りの子を突然来させて、めちゃめちゃ気まずい感じになったらどうするつもりだったんだろう。
 愛美ちゃんはホント、そういうとこ適当なんだから。
 まぁでも、結果オーライってことで、いいか。

 その後、愛美ちゃんから亮弥くんの話を聞くことはなくなった。一応気を遣ってくれたのだろう。
 そのうち私に異動の話が来て、なんと唐突に社長秘書をやらされることになった。
 秘書になるとそれまでよりも仕事が忙しくなり、愛美ちゃんとも会社の廊下でたまに顔を合わせる程度になっていた。
 そのまま年月が過ぎて、私と亮弥くんが再会するのはなんと八年後。
 私はアラフォー、亮弥くんはイケメン盛りの二六歳だった。
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