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第1章
3 初回はクリスマス⑥
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身支度を終えて洗面所からリビングに出ると、ちょうど伊月も化粧を終えたようで、化粧道具をポーチに戻しているところだった。
「おお……。いつもの理雄先輩だ」
「お前もな」
ヘアワックスで整えたのか仕事モードのすっきりしたヘアスタイル、ベールをまとったような肌と、アイメイクでより一層キャット化した目、色づいた頬と唇。
すっぴんでも美しかったが、やはり化粧をすると一段と整ったのが見て取れた。
「まだ時間ありますよね? ケーキ食べましょうケーキ」
「朝から……?」
「だって持って帰れないもん!」
たしかに、まだ半分も残っているし、食べていってくれるならそのほうが助かる。
俺はキッチンに入り、湯を沸かし、コーヒーを淹れる準備を始めた。
すると伊月もこちらに来て、
「えっ、豆挽くところから? すごい……何この機械」
「ミル」
「名前みじかっ」
豆を流し込んだ電動ミルのスイッチを押すと、ガリガリと音を立てながら豆が粉へと変化し、下のカップに落ちてくる。
「これ普通に趣味なんじゃないですか?」
「そうか? 生活の一部だろ」
「私はなんかあれです。一杯分ずつ入れる、こういうパックの」
「ああ、簡易ドリップのやつね」
「なんか大人ですね、理雄先輩って……」
「お前の年の頃はもうこうだったけどな」
「はいディスった」
コーヒーを淹れている間に伊月がケーキを準備してくれた。
それらをテーブルに運び、昨夜のように並んでソファに座る。
ドリップしたてのコーヒーの豊かな香りでいっぱいの部屋。
カップを口元に近づけた伊月が、一口飲んだ途端笑顔になる。
「おいしい~。優雅だなー」
「そりゃよかった。それにしてもお前よく起きられたな。身動きとれなくて時間も見れなかったんじゃねぇの?」
「スマホ鳴ってたんで。リビングでめっちゃスヌーズ鳴ってたの、気づかなかったんですか?」
「全然」
そういえば、伊月のスマホをここに置いたままだった。
そのスマホは今、部屋の隅で充電器につながれている。
朝から食べる生クリームのケーキは、思っていたより重くなく、子どもの頃は絶対に叶わなかった贅沢を味わっている気分になった。
隣で伊月も一口ずつ味わいながら、幸せそうな顔をしている。
「次はなんか朝ごはん作りたいですね」
「お前料理できないんだろ」
「先輩が作るんですよ」
「何食べたいんだよ」
「なんだろう~。何でも食べたい」
「おおざっぱ」
朝食なんて普段食べていないから、何を用意すればいいかさっぱりわからないな、と思いながら、次があることを当たり前に考えている自分たちに気づいて少し驚く。
ソフレデビューは成功だったのだろうか。
少なくとも、お互いにとって悪いものではなかったらしい。
「忘れもんないか?」
「ないです!」
家を出て鍵をかけ、二人でエレベーターに乗り込んだ。
「先輩、どうでした? ソフレ体験」
「正直よくわからなかった」
「ですよね」
伊月が笑う。
「でも楽しかったなー。楽しかったし、ときめかなくて最高でした」
「失礼すぎる」
そう言うと、伊月は少し微笑んだままこちらを見上げた。
「先輩は、私が隣に寝ててときめきました?」
聞かれて、思い返す。
寝ている伊月を発見した時。抱き上げた時。ベッドに寝かせた時。隣に寝ころんだ時。朝目覚めた時。
う~ん……。不本意ながら。
「ときめかなかった」
「失礼なーっ!」
そんなソフレとの、新しい日々が始まった。
「おお……。いつもの理雄先輩だ」
「お前もな」
ヘアワックスで整えたのか仕事モードのすっきりしたヘアスタイル、ベールをまとったような肌と、アイメイクでより一層キャット化した目、色づいた頬と唇。
すっぴんでも美しかったが、やはり化粧をすると一段と整ったのが見て取れた。
「まだ時間ありますよね? ケーキ食べましょうケーキ」
「朝から……?」
「だって持って帰れないもん!」
たしかに、まだ半分も残っているし、食べていってくれるならそのほうが助かる。
俺はキッチンに入り、湯を沸かし、コーヒーを淹れる準備を始めた。
すると伊月もこちらに来て、
「えっ、豆挽くところから? すごい……何この機械」
「ミル」
「名前みじかっ」
豆を流し込んだ電動ミルのスイッチを押すと、ガリガリと音を立てながら豆が粉へと変化し、下のカップに落ちてくる。
「これ普通に趣味なんじゃないですか?」
「そうか? 生活の一部だろ」
「私はなんかあれです。一杯分ずつ入れる、こういうパックの」
「ああ、簡易ドリップのやつね」
「なんか大人ですね、理雄先輩って……」
「お前の年の頃はもうこうだったけどな」
「はいディスった」
コーヒーを淹れている間に伊月がケーキを準備してくれた。
それらをテーブルに運び、昨夜のように並んでソファに座る。
ドリップしたてのコーヒーの豊かな香りでいっぱいの部屋。
カップを口元に近づけた伊月が、一口飲んだ途端笑顔になる。
「おいしい~。優雅だなー」
「そりゃよかった。それにしてもお前よく起きられたな。身動きとれなくて時間も見れなかったんじゃねぇの?」
「スマホ鳴ってたんで。リビングでめっちゃスヌーズ鳴ってたの、気づかなかったんですか?」
「全然」
そういえば、伊月のスマホをここに置いたままだった。
そのスマホは今、部屋の隅で充電器につながれている。
朝から食べる生クリームのケーキは、思っていたより重くなく、子どもの頃は絶対に叶わなかった贅沢を味わっている気分になった。
隣で伊月も一口ずつ味わいながら、幸せそうな顔をしている。
「次はなんか朝ごはん作りたいですね」
「お前料理できないんだろ」
「先輩が作るんですよ」
「何食べたいんだよ」
「なんだろう~。何でも食べたい」
「おおざっぱ」
朝食なんて普段食べていないから、何を用意すればいいかさっぱりわからないな、と思いながら、次があることを当たり前に考えている自分たちに気づいて少し驚く。
ソフレデビューは成功だったのだろうか。
少なくとも、お互いにとって悪いものではなかったらしい。
「忘れもんないか?」
「ないです!」
家を出て鍵をかけ、二人でエレベーターに乗り込んだ。
「先輩、どうでした? ソフレ体験」
「正直よくわからなかった」
「ですよね」
伊月が笑う。
「でも楽しかったなー。楽しかったし、ときめかなくて最高でした」
「失礼すぎる」
そう言うと、伊月は少し微笑んだままこちらを見上げた。
「先輩は、私が隣に寝ててときめきました?」
聞かれて、思い返す。
寝ている伊月を発見した時。抱き上げた時。ベッドに寝かせた時。隣に寝ころんだ時。朝目覚めた時。
う~ん……。不本意ながら。
「ときめかなかった」
「失礼なーっ!」
そんなソフレとの、新しい日々が始まった。
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