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第1章
3 初回はクリスマス④
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「お前、ホントにどんな奴らとつき合ってきたんだよ……」
これまで、プライバシーだからと思って俺から深く聞いたことはなかった。
彼氏ができました。仲良くやってます。彼氏に先輩と飲んでるのバレました。なんか最近しんどくって。別れました。やっぱり恋愛向いてないかも~。
という伊月からのルーティン報告を聞くくらいで、相手がどういう属性のどんな性格の奴なのかというのは、個別具体的には聞いたことがないし、伊月もいちいち話そうとはしなかった。
「いやー、なんか、男ってロマンチストじゃないですか……夢見がちっていうか……。こういうイベント一つとっても、言動の端々で私を理想に当てはめようとしてるのが伝わって、期待に応えなきゃいけないのかなって考えて、しんどいんですよね」
「おい伊月……。お前俺がめちゃくちゃロマンチストだったらどうするんだその発言」
「いや、理雄先輩がロマンチストはない。素質ゼロ」
「すがすがしいほどの断言」
「だって先輩、“俺が守ってやる……!”とか言ったことないでしょ?」
「決めつけられて癪だが、ない」
「でしょ。ホンっとみんな言うんですよ。判で押したように“俺が守る”って。相手は大真面目なんだけど、いやそれ聞くの何度目だよってこっちは引いちゃうんですよね……。しかも守れたヤツ見たことない」
「言ってやるなよ」
「あと、“強がってるけど本当は弱いんでしょ?”とか、私をテンプレに当てはめてお見通し顔してるの見ると、ゾワゾワします」
「辛辣」
「夢を見たいならよそを当たってくださいって感じですよ~!」
空になった伊月のグラスに二杯目のシャンパンを注ぐと、伊月は「ありがとうございます」と言った。
「たしかにお前はそういうタイプじゃないもんな」
伊月は芯が強い。
リアリストなせいもあってか、いつでも地に足がついていて、自分の気持ちや考えを貫き通すことに躊躇がなく、自分の進む道は自分で決めることができる。
気の強い女のイメージにありがちな、支えを必要としながら肩肘を張っているタイプではないのだ。
「でしょ? そこわかってくれないんですよみんな。いや、わかりますよ、そういうのが好きなんですよね、男の人は……。好きな子を守れる自分でいたいんですよね……。でもそれを知るほどに、そういうのを求めてない自分が浮き彫りになって、こりゃ永遠に需給が合わないわって」
「なるほど」
「私がほしいのは、どちらかというと、私の生き方を信じて見守っててくれる人なんですよね……」
そうだろうな、と俺は思った。
だが、男というものはどうしてもプライドが高く、自分が優位に立ちたいという性質があるものだ。
ましてや結婚を必要としないほど精神的にも経済的にも自立している伊月相手では、
「しかも、夜に予定が入ったときは必ず言えだの、化粧は濃くするなだの、体の線が出る服を着るなだの、そういうこともいちいち口出ししてくるじゃないですかぁ」
ということになる。
そういうつまらない部分で言うことを聞かせることでしか、自尊心を満たせなくなるからだ。
「なんかもう、ほんっと、恋人の必要性を感じられないというか。でも男の人自体は好きなんで~」
「好きなのか」
相変わらず率直。
「もっと違う関係性って築けないのかなって、ずっと思ってたんです」
「それで行きついたのがソフレ? 変わってんな」
「だって、男女が物理的に一線を越えるのって簡単じゃないですか。だからこそ、それを越えずにいられる関係に価値があるような気がして……」
簡単、ねぇ……。
「でも知らない人と急にそういう仲になるのも怖いし……事件とかもあるじゃないですか。信頼築いてからって考えると、これから良さそうな人に出会えても、恋愛抜きで心を許し合えるのは何年後とかなのかなーって思ったり。結局失敗して恋愛関係になって別れて終わりかなって気もするし、実際はなかなか踏み出せなかったんですよね。でも、理雄先輩なら間違いないから」
伊月は俺の目を覗き込んで、
「これからすっごく楽しみです」
信頼しきった笑顔を見せる。
それを見たら、これはもう俺の宿命なのかもしれないと、半ば諦めにも似た気持ちが浮かんだ。
「そうだな、まぁ俺も、わりと楽しみではある」
「ホント? いぇ~!」
片手を掲げてハイタッチを促す伊月に、パチンと手を合わせた。
まあ、関係性が近づくことに少しの不安もあるとはいえ。
漠然としてはいるものの、伊月の求める方向性は理解したような気がするし、たぶん俺は俺のままでいれば、こいつにとって悪くない存在でいられるだろう。
俺にとってどうなのかは、まだ未知数だが――。
まあ、それはこれからか。
なんせ、まだ想像上のものでしかないソフレという存在に対して、良し悪しを評価できるほどの基準を持ち合わせていない。
ただ、とりあえず今日のところは、いい時間を過ごしていると思う。
「もし欲情したら手を出す前にちゃんと言ってくださいね」
「はいはい」
「伊月ちゃんがかわいいからって勝手に手を出さないように!」
「はいはい」
「ちゃんと聞いてます? 私がか・わ……」
「はいはい聞いてますかわいいかわいい」
「もーっ!」
それからワインを開けて、テーブルの上の食べ物がきれいになくなった後に四号のケーキを四分の一ずつ食べて、夜も更けた頃に眠くなったという伊月の言葉でパーティーはお開きとなった。
これまで、プライバシーだからと思って俺から深く聞いたことはなかった。
彼氏ができました。仲良くやってます。彼氏に先輩と飲んでるのバレました。なんか最近しんどくって。別れました。やっぱり恋愛向いてないかも~。
という伊月からのルーティン報告を聞くくらいで、相手がどういう属性のどんな性格の奴なのかというのは、個別具体的には聞いたことがないし、伊月もいちいち話そうとはしなかった。
「いやー、なんか、男ってロマンチストじゃないですか……夢見がちっていうか……。こういうイベント一つとっても、言動の端々で私を理想に当てはめようとしてるのが伝わって、期待に応えなきゃいけないのかなって考えて、しんどいんですよね」
「おい伊月……。お前俺がめちゃくちゃロマンチストだったらどうするんだその発言」
「いや、理雄先輩がロマンチストはない。素質ゼロ」
「すがすがしいほどの断言」
「だって先輩、“俺が守ってやる……!”とか言ったことないでしょ?」
「決めつけられて癪だが、ない」
「でしょ。ホンっとみんな言うんですよ。判で押したように“俺が守る”って。相手は大真面目なんだけど、いやそれ聞くの何度目だよってこっちは引いちゃうんですよね……。しかも守れたヤツ見たことない」
「言ってやるなよ」
「あと、“強がってるけど本当は弱いんでしょ?”とか、私をテンプレに当てはめてお見通し顔してるの見ると、ゾワゾワします」
「辛辣」
「夢を見たいならよそを当たってくださいって感じですよ~!」
空になった伊月のグラスに二杯目のシャンパンを注ぐと、伊月は「ありがとうございます」と言った。
「たしかにお前はそういうタイプじゃないもんな」
伊月は芯が強い。
リアリストなせいもあってか、いつでも地に足がついていて、自分の気持ちや考えを貫き通すことに躊躇がなく、自分の進む道は自分で決めることができる。
気の強い女のイメージにありがちな、支えを必要としながら肩肘を張っているタイプではないのだ。
「でしょ? そこわかってくれないんですよみんな。いや、わかりますよ、そういうのが好きなんですよね、男の人は……。好きな子を守れる自分でいたいんですよね……。でもそれを知るほどに、そういうのを求めてない自分が浮き彫りになって、こりゃ永遠に需給が合わないわって」
「なるほど」
「私がほしいのは、どちらかというと、私の生き方を信じて見守っててくれる人なんですよね……」
そうだろうな、と俺は思った。
だが、男というものはどうしてもプライドが高く、自分が優位に立ちたいという性質があるものだ。
ましてや結婚を必要としないほど精神的にも経済的にも自立している伊月相手では、
「しかも、夜に予定が入ったときは必ず言えだの、化粧は濃くするなだの、体の線が出る服を着るなだの、そういうこともいちいち口出ししてくるじゃないですかぁ」
ということになる。
そういうつまらない部分で言うことを聞かせることでしか、自尊心を満たせなくなるからだ。
「なんかもう、ほんっと、恋人の必要性を感じられないというか。でも男の人自体は好きなんで~」
「好きなのか」
相変わらず率直。
「もっと違う関係性って築けないのかなって、ずっと思ってたんです」
「それで行きついたのがソフレ? 変わってんな」
「だって、男女が物理的に一線を越えるのって簡単じゃないですか。だからこそ、それを越えずにいられる関係に価値があるような気がして……」
簡単、ねぇ……。
「でも知らない人と急にそういう仲になるのも怖いし……事件とかもあるじゃないですか。信頼築いてからって考えると、これから良さそうな人に出会えても、恋愛抜きで心を許し合えるのは何年後とかなのかなーって思ったり。結局失敗して恋愛関係になって別れて終わりかなって気もするし、実際はなかなか踏み出せなかったんですよね。でも、理雄先輩なら間違いないから」
伊月は俺の目を覗き込んで、
「これからすっごく楽しみです」
信頼しきった笑顔を見せる。
それを見たら、これはもう俺の宿命なのかもしれないと、半ば諦めにも似た気持ちが浮かんだ。
「そうだな、まぁ俺も、わりと楽しみではある」
「ホント? いぇ~!」
片手を掲げてハイタッチを促す伊月に、パチンと手を合わせた。
まあ、関係性が近づくことに少しの不安もあるとはいえ。
漠然としてはいるものの、伊月の求める方向性は理解したような気がするし、たぶん俺は俺のままでいれば、こいつにとって悪くない存在でいられるだろう。
俺にとってどうなのかは、まだ未知数だが――。
まあ、それはこれからか。
なんせ、まだ想像上のものでしかないソフレという存在に対して、良し悪しを評価できるほどの基準を持ち合わせていない。
ただ、とりあえず今日のところは、いい時間を過ごしていると思う。
「もし欲情したら手を出す前にちゃんと言ってくださいね」
「はいはい」
「伊月ちゃんがかわいいからって勝手に手を出さないように!」
「はいはい」
「ちゃんと聞いてます? 私がか・わ……」
「はいはい聞いてますかわいいかわいい」
「もーっ!」
それからワインを開けて、テーブルの上の食べ物がきれいになくなった後に四号のケーキを四分の一ずつ食べて、夜も更けた頃に眠くなったという伊月の言葉でパーティーはお開きとなった。
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