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第1章

1 急展開③

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 しかし……。
「ソフレね……」
 たしかに、悪くないかもしれない。
 もう十年以上一人で生きてきて、人と触れ合わない年月が淋しくないわけじゃない。もちろんそれでいいと思って生きているが――。
 ただ添い寝するだけ、お互いを侵食せず、傷つけ合うこともない。
 そんな関係でいられる相手がいるとしたら……。

「――案外良いものなのかもしれないな」
「え?」
「なんだ」
「え、理雄先輩、アリですか? そういうの?」
「あー……そういう相手がいればの話だよ」
「います、いますここに!」
 俺の目をしっかり見つめながら、伊月は元気よく手を挙げてアピールする。
「は?」
「そうだ、なんで思いつかなかったんだろ。理雄先輩なら長年の信頼関係があるし、私を騙して襲ってきたりしないですよね。清潔感もあるし~、最低限の条件は満たしてますよ! そっか~、その手があった! 何でもっと早く気づかなかったんだろ~」
「あの……伊月ちゃん?」
「理雄先輩」
 体ごとこちらに向き直り、両手を膝の上に揃えて、真剣な目を期待に輝かせる伊月。
「これも何かの縁。ここはひとつ覚悟を決めて、私のソフレになってください!」
「はぁ~……??」

 一生の不覚。
 伊月はご機嫌で帰っていった。
 ソフレ……。伊月と添い寝……。
 そんなんアリなのか?

 上野駅で伊月と別れた後、通路の端に寄って立ち止まり、コートのポケットからスマホを取り出した。
 周りに覗かれないよう注意しながら「ソフレ」を検索する。
 ソフレの利点は、「恋人のように踏み込んだ関係にならずに、異性のぬくもりを感じられること」――これは伊月が言っていたのと同じだ。
 そして欠点は、「肉体関係に発展しやすいこと」らしい。
 だろうな。普通はそうだ。そうならないってどういう状態なんだよホント。
 ……いや、でも冷静に考えて、俺はもう本当にそういうのはムリだから、こっちから伊月に手を出すことはないだろう。伊月にその気が起きない限りは、安全は保障されているといえる。

 しかし、ソフレの行き着く先として「どちらかが恋愛感情を持ってしまって終わる」とある。
 最悪じゃねぇか。
 伊月は友人である以前に仕事仲間だ。もし、万が一、伊月が俺に惚れるようなことがあって、執着されてトラウマを刺激されてしまったら、一緒に仕事なんかできなくなる。

 いやまて、相手は伊月だぞ。
 あいつはいい奴だ。俺を害そうとはしないし、あれだけさっぱりしてれば、仮に恋愛感情に発展したとしても、元妻のように豹変することもないだろう。
 だが――。

 逆に俺のほうが変わってしまったら……?
 出会った頃にはすでに離婚で疑心暗鬼になっていたこともあって、これまでは女として見たことなんて一度もない。
 これまでなかったからこの先もないだろう。
 そう、今のままの関係なら。――でも。
 あいつは美人でプロポーションも良い。率直で我が道を行く性格だがかわいらしさもあり、ナチュラルにモテ人生を歩んできた人間だ。
 そんな奴が隣で寝てても、俺は本当になんとも思わずにいられるのだろうか?

 う~ん。不安だ。
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