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外伝
赤の風
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魔族の集落が近づくにつれ、彼の顔により強く当たる乾いた熱風。
急速に目が乾き、瞬きをいくら繰り返しても瞼の裏に目が張り付くような感覚。
鼻腔の奥を刺激するのは、焼けた生木と焼ける肉の臭い。
(………。)
彼女なら端的に「ここが戦場だな」とどこか自嘲的に言うだろう。
焼け落ちる民家、ヒトよりも頑丈で高性能な魔族が逃げそこねるなど本来ありえないのだが──
(だが現に、燃えている。それも恐らく……死ぬより前に燃やされている)
それもひとつや二つではない。さっと見ただけでも二つ、燃える民家の中から微かに聞こえる呻き声はその倍はいるだろう。
(きっと)
アベルは思う。
(きっと隊長はこの騒ぎの中心にいる。この手はあの人がよくやる方法だ)
まず魔族を無力化し、動けない様にする。そして魔族がすぐには死なないようにしてからゆっくり死ぬように……例えば今回のように火を放つ。すると死にかけの魔族はどうにかして助かろうと、近くの魔族に助けを求める。それによって近場の魔族をおびき寄せて狩るのだ。
「いいか、アベル。魔族ってのは頑丈で、多少荒く扱ってもそう簡単に死ぬ事は無い。喉に穴を空けても、ほっときゃ塞がる。この程度じゃ死なねぇんだ。手足の腱を切るんじゃなくて剥ぎ取る、体外に引っ張り出せば流石の魔族もそう簡単にゃ回復出来ん。そうした魔族は半ば知性がある上に手段もあるからな。上手いことおびき寄せてくれるんだよ。周りに隠れてる同類をな」
目の前で実演しながらそう言っていた彼女。そんなことを考えつくのも、実行するのも、この世界には彼女以外いまい。
(どこだ、どこにいる)
火の広がり具合からして、そう時間が経っている訳ではないようだ。そう判断したアベルの身体に、熱く焼けた焼きごてを当てられたような強い痛みが走る。
箇所は複数。手、足、腹、背、腰、喉、顔。飛び地のように何箇所も痛む身体を掻きむしりながら腕を見ると、炎に照らされたその腕には赤黒い点々が浮かび上がり始めていた。
(やはり疫病型の魔法…?いや、僕に疫病型の魔法は効かないはず。ならこれはやはり疫病型の魔法ではない……)
しかし何者かの襲撃を受けているのは確かだ。彼は背負った槍を下ろし、いつでも振れるように構えた。
立ち上る黒煙がそのまま溶けゆく闇夜。それを照らそうとうねる炎が一度、大きく揺れた。
次の瞬間、大量の火の粉を撒き散らしながら一部の家屋が吹き飛ばされた。
「ッ!?」
槍を向けた先に転がっていたのは、人間大の何か。それが燃え盛る家屋をぶち壊しながらこいらへ飛んできたのだろう。
「くそったれぇ……」
それが悪態を吐きながら起き上がると、彼は思わず声を上げた。
「た、隊長!!」
最後に見たのはいつだったか。彼女はその時とほとんど変わりなく彼の目の前に姿を表した。僅かに違う所と言えば、髪が幾分伸びた事と全体的に薄汚れた事だろうか。
手にした武装は周りの炎を照り返す銀の大剣と、カインディアが改良に改良を重ねた戦闘用の義手。過去に戦利品として機人の都市から奪ったそれを装備した彼女は、明らかに憔悴しているようだった。
「隊長!どこに行っていたんですか!?」
駆け寄ろうとしたアベルに、彼女が取った行動は銀剣を突きつける事だった。
「動くな。動けば殺す」
瞳に揺れていたのは疑心。揺らめくように立ち上る、殺気のような赤黒のオーラが可視化出来るような錯覚を起こす。この三ヶ月で何があったかは分からないが、彼女の目は本気だった。
「っ…」
「武器を収めろ。そんで二歩下がって後ろ向いて、手を頭の後ろで組んでろ。ゆっくりだ」
アベルが言われた通り、ゆっくり槍を背中にしまった時点で、彼女が駆け出した。
「隊長っ!?」
そして跳躍。
陽炎のように揺らめく炎を剣身に乗せつつ、彼女が振り抜いたのは虚空。
剣先が僅かに鈍り、次いで振り抜かれた瞬間。
虚空から大量の血が溢れた。
「!?こ、これはッ…!?」
血は地面に触れる前に掻き消え、彼女が着地した瞬間、彼女がだるま落としのような勢いで吹き飛ばされる。
「隊長!!」
アベルが駆け寄ろうとした瞬間、岩に直接殴られたような衝撃が駆け抜けた。
全く見えない敵からの攻撃。地面を転がり意識を手放す直前、醜い肉塊のような物が見えた。
(あぁ、隊長はこれと戦って──)
納得したアベルが目を閉じ、クラウウェンが隊を引くことを願い、意識を手放──
「寝るなアベル。ここで落ちたら死ぬしかないぞ」
鉄製の爪先がアベルのこめかみを蹴り抜く。
「そうだ、目を開け、大きく息を吸って長く息を吐け。心音を数えて心を落ち着かせ、指先をゆっくり一本ずつ折り曲げて調子を整えろ。お前はアベル、俺の自慢のアベルだ」
彼女に言われ、ゆっくり起き上がるアベル。
「起きたなアベル」
「遅れました隊長。申し訳ありません」
頭を下げるアベルに、彼女は空いた方の手を振ってこう答えた。
「いい。それよりお前、今すぐ回れ右して王都に戻れ」
いいか、これは。彼女がアベルに言い聞かせる。
「命令だ」
急速に目が乾き、瞬きをいくら繰り返しても瞼の裏に目が張り付くような感覚。
鼻腔の奥を刺激するのは、焼けた生木と焼ける肉の臭い。
(………。)
彼女なら端的に「ここが戦場だな」とどこか自嘲的に言うだろう。
焼け落ちる民家、ヒトよりも頑丈で高性能な魔族が逃げそこねるなど本来ありえないのだが──
(だが現に、燃えている。それも恐らく……死ぬより前に燃やされている)
それもひとつや二つではない。さっと見ただけでも二つ、燃える民家の中から微かに聞こえる呻き声はその倍はいるだろう。
(きっと)
アベルは思う。
(きっと隊長はこの騒ぎの中心にいる。この手はあの人がよくやる方法だ)
まず魔族を無力化し、動けない様にする。そして魔族がすぐには死なないようにしてからゆっくり死ぬように……例えば今回のように火を放つ。すると死にかけの魔族はどうにかして助かろうと、近くの魔族に助けを求める。それによって近場の魔族をおびき寄せて狩るのだ。
「いいか、アベル。魔族ってのは頑丈で、多少荒く扱ってもそう簡単に死ぬ事は無い。喉に穴を空けても、ほっときゃ塞がる。この程度じゃ死なねぇんだ。手足の腱を切るんじゃなくて剥ぎ取る、体外に引っ張り出せば流石の魔族もそう簡単にゃ回復出来ん。そうした魔族は半ば知性がある上に手段もあるからな。上手いことおびき寄せてくれるんだよ。周りに隠れてる同類をな」
目の前で実演しながらそう言っていた彼女。そんなことを考えつくのも、実行するのも、この世界には彼女以外いまい。
(どこだ、どこにいる)
火の広がり具合からして、そう時間が経っている訳ではないようだ。そう判断したアベルの身体に、熱く焼けた焼きごてを当てられたような強い痛みが走る。
箇所は複数。手、足、腹、背、腰、喉、顔。飛び地のように何箇所も痛む身体を掻きむしりながら腕を見ると、炎に照らされたその腕には赤黒い点々が浮かび上がり始めていた。
(やはり疫病型の魔法…?いや、僕に疫病型の魔法は効かないはず。ならこれはやはり疫病型の魔法ではない……)
しかし何者かの襲撃を受けているのは確かだ。彼は背負った槍を下ろし、いつでも振れるように構えた。
立ち上る黒煙がそのまま溶けゆく闇夜。それを照らそうとうねる炎が一度、大きく揺れた。
次の瞬間、大量の火の粉を撒き散らしながら一部の家屋が吹き飛ばされた。
「ッ!?」
槍を向けた先に転がっていたのは、人間大の何か。それが燃え盛る家屋をぶち壊しながらこいらへ飛んできたのだろう。
「くそったれぇ……」
それが悪態を吐きながら起き上がると、彼は思わず声を上げた。
「た、隊長!!」
最後に見たのはいつだったか。彼女はその時とほとんど変わりなく彼の目の前に姿を表した。僅かに違う所と言えば、髪が幾分伸びた事と全体的に薄汚れた事だろうか。
手にした武装は周りの炎を照り返す銀の大剣と、カインディアが改良に改良を重ねた戦闘用の義手。過去に戦利品として機人の都市から奪ったそれを装備した彼女は、明らかに憔悴しているようだった。
「隊長!どこに行っていたんですか!?」
駆け寄ろうとしたアベルに、彼女が取った行動は銀剣を突きつける事だった。
「動くな。動けば殺す」
瞳に揺れていたのは疑心。揺らめくように立ち上る、殺気のような赤黒のオーラが可視化出来るような錯覚を起こす。この三ヶ月で何があったかは分からないが、彼女の目は本気だった。
「っ…」
「武器を収めろ。そんで二歩下がって後ろ向いて、手を頭の後ろで組んでろ。ゆっくりだ」
アベルが言われた通り、ゆっくり槍を背中にしまった時点で、彼女が駆け出した。
「隊長っ!?」
そして跳躍。
陽炎のように揺らめく炎を剣身に乗せつつ、彼女が振り抜いたのは虚空。
剣先が僅かに鈍り、次いで振り抜かれた瞬間。
虚空から大量の血が溢れた。
「!?こ、これはッ…!?」
血は地面に触れる前に掻き消え、彼女が着地した瞬間、彼女がだるま落としのような勢いで吹き飛ばされる。
「隊長!!」
アベルが駆け寄ろうとした瞬間、岩に直接殴られたような衝撃が駆け抜けた。
全く見えない敵からの攻撃。地面を転がり意識を手放す直前、醜い肉塊のような物が見えた。
(あぁ、隊長はこれと戦って──)
納得したアベルが目を閉じ、クラウウェンが隊を引くことを願い、意識を手放──
「寝るなアベル。ここで落ちたら死ぬしかないぞ」
鉄製の爪先がアベルのこめかみを蹴り抜く。
「そうだ、目を開け、大きく息を吸って長く息を吐け。心音を数えて心を落ち着かせ、指先をゆっくり一本ずつ折り曲げて調子を整えろ。お前はアベル、俺の自慢のアベルだ」
彼女に言われ、ゆっくり起き上がるアベル。
「起きたなアベル」
「遅れました隊長。申し訳ありません」
頭を下げるアベルに、彼女は空いた方の手を振ってこう答えた。
「いい。それよりお前、今すぐ回れ右して王都に戻れ」
いいか、これは。彼女がアベルに言い聞かせる。
「命令だ」
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