2,015 / 2,028
外伝
広場の混戦
しおりを挟む
走ってくる人影は三つ。黒いマントと黒いフード、どういう意図かは分からないが、道化師のマスクをつけた人影はそれぞれ剣を引き抜く。
それを見、即座に腰の剣を引き抜いた彼女は反射的にそれを振り抜き、正面から襲いかかったそれの顔に鋭い一撃を叩き込みつつ返す刃でもう一人の首を抉る。残りの一人が繰り出した一撃を辛うじて受け止め、鍔迫り合いに持ち込む。
「隊長!!」
アベルの焦った声が真横から聞こえるが、彼女は落ち着いて返す。
「俺は大丈夫だ。それより」
儀礼剣と言われて渡された剣を見る。
血と肉片がこびりついた剣の手応えはほぼ鈍器。しかし頑丈さは普通の物より高いようだ。
「周りを助けてこい。他の奴らには手に余るらしい」
阿鼻叫喚の地獄とはまさにこの事。
悲鳴と怒号は最早騒音となり、瞬きをひとつする間に十を超える魔法が飛び交い、胴を貫き血と臓腑を撒き散らす。
鼻の奥を刺激するのは嘔吐くほど強烈な血と内臓の生臭さ、焼けた肉の香ばしいと思える臭いが混ざり、頭が異常な反応を起こす。
上がる黒煙が焼いているのは広場の草木か、それとももっと水気のあるものか。
「っ、了解しました!」
即座に馬車から飛び出して黒い人影と対峙しにいった部下を目の端で確認しつつ、彼女が人影の剣を弾き、空いた胴を強引に引きちぎるようにして断つ。
「………なんだ、これ」
ヒトではない。明らかに。肉体のスペックが全体的に高い。ヒトとしては高すぎるだろう。
かといって魔族ではない。肉体のスペックが低すぎる。魔族としては脆すぎるし弱すぎる。
機人でもない。肉体強度的には平均的な機人の兵士の大部分よりも上だが、襲撃者達は魔法を使った。それも呼吸をするように容易く。機人が魔法を使えるようになったという話は全く聞かないが、仮にそうなったとしてもここまで器用に使えるとも思えない。
むしろここまで器用に魔法を扱うのは、どちらかと言うと魔族──
──これは一体何なんだ?
『おい、今代の《勇者》ァ!!考えるのは後にしろォ!!緋眼と身体動かせェ!!』
はっとした彼女が感じたのは恐ろしい程の殺気。
常人ならば向けられただけで失禁し、白目を剥いて倒れるようなそれが、数え切れないほど彼女に向けられていた。
ゾッとした。背筋が凍るかと思った。
お前を殺す。今殺す。誰が殺す。俺が、私が、僕が、儂が殺す。
息を吸えば殺気にむせるような、濃密で間近な死の香り。
あぁ──これが戦場だ。
身体は、頭が動く前に動いた。
切れない儀礼剣を逆手に持ち、右の脇腹をブチブチと音を立てて貫く。身の下に無骨な鉄の塊が滑り込み、血管を突き破って骨と擦れる。
それでも彼女は気にしない。
剣を一息に抜いた。しかし血は溢れない。剣にも血はついていない。
『おい、まさか《血界》を……馬鹿待て、こんな大勢目撃者がいる中で使うんじゃ──』
声を無視して彼女は言葉を紡ぐ。
時間をかける余裕は無い。
「解けて散れ、空に乗って限りなく。血で編む世界はまだ淡く、形を持たぬが故にそれが形──」
脇腹が熱い。そこが自ら燃えるように。
当たり前だ。流れる血が流れ落ちる端から煙となって──霧となって空へと消える。
それは過去のどの《勇者》も使わない、使えない《血界》。第一から第七までの《血界》、どれにも属さない彼女だけの《血界》。
「《血霧》」
彼女がそう言った瞬間、敵が膝から崩れ落ちた────などという変化は無い。
それどころか、何かあったようには見えない。
だが。
「続けて──いや、繋げて《血刃》」
次の反応は劇的だった。
黒の人影が全員、血を吐いて倒れた。
「形状変化、《血刃》から《血──」
『おう、それ以上はやめとけ。アンタが器用だってのはよーくわかったよ』
自分の奥底から響いた声は、いつもの騒がしい声と同種でありながら、もっともっと濃い声。
軽快な言い方なのはこちらが緊張しないようにだろうか。
「了、解」
喉の奥からその答えが出ると同時に、今度は彼女が膝から崩れ落ちた。
それを見、即座に腰の剣を引き抜いた彼女は反射的にそれを振り抜き、正面から襲いかかったそれの顔に鋭い一撃を叩き込みつつ返す刃でもう一人の首を抉る。残りの一人が繰り出した一撃を辛うじて受け止め、鍔迫り合いに持ち込む。
「隊長!!」
アベルの焦った声が真横から聞こえるが、彼女は落ち着いて返す。
「俺は大丈夫だ。それより」
儀礼剣と言われて渡された剣を見る。
血と肉片がこびりついた剣の手応えはほぼ鈍器。しかし頑丈さは普通の物より高いようだ。
「周りを助けてこい。他の奴らには手に余るらしい」
阿鼻叫喚の地獄とはまさにこの事。
悲鳴と怒号は最早騒音となり、瞬きをひとつする間に十を超える魔法が飛び交い、胴を貫き血と臓腑を撒き散らす。
鼻の奥を刺激するのは嘔吐くほど強烈な血と内臓の生臭さ、焼けた肉の香ばしいと思える臭いが混ざり、頭が異常な反応を起こす。
上がる黒煙が焼いているのは広場の草木か、それとももっと水気のあるものか。
「っ、了解しました!」
即座に馬車から飛び出して黒い人影と対峙しにいった部下を目の端で確認しつつ、彼女が人影の剣を弾き、空いた胴を強引に引きちぎるようにして断つ。
「………なんだ、これ」
ヒトではない。明らかに。肉体のスペックが全体的に高い。ヒトとしては高すぎるだろう。
かといって魔族ではない。肉体のスペックが低すぎる。魔族としては脆すぎるし弱すぎる。
機人でもない。肉体強度的には平均的な機人の兵士の大部分よりも上だが、襲撃者達は魔法を使った。それも呼吸をするように容易く。機人が魔法を使えるようになったという話は全く聞かないが、仮にそうなったとしてもここまで器用に使えるとも思えない。
むしろここまで器用に魔法を扱うのは、どちらかと言うと魔族──
──これは一体何なんだ?
『おい、今代の《勇者》ァ!!考えるのは後にしろォ!!緋眼と身体動かせェ!!』
はっとした彼女が感じたのは恐ろしい程の殺気。
常人ならば向けられただけで失禁し、白目を剥いて倒れるようなそれが、数え切れないほど彼女に向けられていた。
ゾッとした。背筋が凍るかと思った。
お前を殺す。今殺す。誰が殺す。俺が、私が、僕が、儂が殺す。
息を吸えば殺気にむせるような、濃密で間近な死の香り。
あぁ──これが戦場だ。
身体は、頭が動く前に動いた。
切れない儀礼剣を逆手に持ち、右の脇腹をブチブチと音を立てて貫く。身の下に無骨な鉄の塊が滑り込み、血管を突き破って骨と擦れる。
それでも彼女は気にしない。
剣を一息に抜いた。しかし血は溢れない。剣にも血はついていない。
『おい、まさか《血界》を……馬鹿待て、こんな大勢目撃者がいる中で使うんじゃ──』
声を無視して彼女は言葉を紡ぐ。
時間をかける余裕は無い。
「解けて散れ、空に乗って限りなく。血で編む世界はまだ淡く、形を持たぬが故にそれが形──」
脇腹が熱い。そこが自ら燃えるように。
当たり前だ。流れる血が流れ落ちる端から煙となって──霧となって空へと消える。
それは過去のどの《勇者》も使わない、使えない《血界》。第一から第七までの《血界》、どれにも属さない彼女だけの《血界》。
「《血霧》」
彼女がそう言った瞬間、敵が膝から崩れ落ちた────などという変化は無い。
それどころか、何かあったようには見えない。
だが。
「続けて──いや、繋げて《血刃》」
次の反応は劇的だった。
黒の人影が全員、血を吐いて倒れた。
「形状変化、《血刃》から《血──」
『おう、それ以上はやめとけ。アンタが器用だってのはよーくわかったよ』
自分の奥底から響いた声は、いつもの騒がしい声と同種でありながら、もっともっと濃い声。
軽快な言い方なのはこちらが緊張しないようにだろうか。
「了、解」
喉の奥からその答えが出ると同時に、今度は彼女が膝から崩れ落ちた。
0
お気に入りに追加
232
あなたにおすすめの小説
おっす、わしロマ爺。ぴっちぴちの新米教皇~もう辞めさせとくれっ!?~
月白ヤトヒコ
ファンタジー
教皇ロマンシス。歴代教皇の中でも八十九歳という最高齢で就任。
前任の教皇が急逝後、教皇選定の儀にて有力候補二名が不慮の死を遂げ、混乱に陥った教会で年功序列の精神に従い、選出された教皇。
元からの候補ではなく、支持者もおらず、穏健派であることと健康であることから選ばれた。故に、就任直後はぽっと出教皇や漁夫の利教皇と揶揄されることもあった。
しかし、教皇就任後に教会内でも声を上げることなく、密やかにその資格を有していた聖者や聖女を見抜き、要職へと抜擢。
教皇ロマンシスの時代は歴代の教皇のどの時代よりも数多くの聖者、聖女の聖人が在籍し、世の安寧に尽力したと言われ、豊作の時代とされている。
また、教皇ロマンシスの口癖は「わしよりも教皇の座に相応しいものがおる」と、非常に謙虚な人柄であった。口の悪い子供に「徘徊老人」などと言われても、「よいよい、元気な子じゃのぅ」と笑って済ませるなど、穏やかな好々爺であったとも言われている。
その実態は……「わしゃ、さっさと隠居して子供達と戯れたいんじゃ~っ!?」という、ロマ爺の日常。
短編『わし、八十九歳。ぴっちぴちの新米教皇。もう辞めたい……』を連載してみました。不定期更新。
異世界で生きていく。
モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。
素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。
魔法と調合スキルを使って成長していく。
小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。
旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。
3/8申し訳ありません。
章の編集をしました。
もう一度あなたに逢いたくて〜こぼれ落ちた運命を再び拾うまで〜
雪野 結莉
恋愛
魔物を倒す英雄となる運命を背負って生まれた侯爵家嫡男ルーク。
しかし、赤ん坊の時に魔獣に襲われ、顔に酷い傷を持ってしまう。
英雄の婚約者には、必ず光の魔力を持つものが求められる。そして選ばれたのは子爵家次女ジーナだった。
顔に残る傷のため、酷く冷遇された幼少期を過ごすルークに差し込んだ一筋の光がジーナなのだ。
ジーナを誰よりも大切にしてきたルークだったが、ジーナとの婚約を邪魔するものの手によって、ジーナは殺されてしまう。
誰よりも強く誰よりも心に傷を持つルークのことが死してなお気になるジーナ。
ルークに会いたくて会いたくて。
その願いは。。。。。
とても長いお話ですが、1話1話は1500文字前後で軽く読める……はず!です。
他サイト様でも公開中ですが、アルファポリス様が一番早い更新です。
本編完結しました!
ドナロッテの賛歌〜女騎士の成り上がり〜
ぷりりん
ファンタジー
結婚を諦めたドナロッテは、必死な思いで帝国初の女騎士になった。
警衛で城の巡回中に怪しい逢瀬の現場を目撃し、思わず首を突っ込んでしまったが、相手はなんと、隣国の主権を牛耳る『コシモ・ド・マルディチル』とその元婚約者であった! 単なる色恋沙汰から急転して、浮かび上がってくる帝国の真相と陰謀。真実を調べるべく、騎士の勲章を手放し、ドナロッテはコシモと南下することに同意した。道中、冷酷公爵と噂のコシモの意外な一面を知り、二人の絆が深まってゆくーー
※再構築再アップ
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
ボッチ英雄譚
3匹の子猫
ファンタジー
辺境の村で生まれ育ったロンは15才の成人の儀で「ボッチ」という聞いたこともないジョブを神様から授けられました。
ボッチのジョブはメリットも大きいですが、デメリットも大きかったのです。
彼には3人の幼馴染みと共に冒険者になるという約束がありましたが、ボッチの特性上、共にパーティーを組むことが難しそうです。彼は選択しました。
王都でソロ冒険者になることを!!
この物語はトラブルに巻き込まれやすい体質の少年ロンが、それらを乗り越え、いつの日か英雄と呼ばれるようになるまでを描いた物語です。
ロンの活躍を応援していきましょう!!
拝啓神様。転生場所間違えたでしょ。転生したら木にめり込んで…てか半身が木になってるんですけど!?あでも意外とスペック高くて何とかなりそうです
熊ごろう
ファンタジー
俺はどうやら事故で死んで、神様の計らいで異世界へと転生したらしい。
そこまではわりと良くある?お話だと思う。
ただ俺が皆と違ったのは……森の中、木にめり込んだ状態で転生していたことだろうか。
しかも必死こいて引っこ抜いて見ればめり込んでいた部分が木の体となっていた。次、神様に出会うことがあったならば髪の毛むしってやろうと思う。
ずっとその場に居るわけにもいかず、森の中をあてもなく彷徨う俺であったが、やがて空腹と渇き、それにたまった疲労で意識を失ってしまい……と、そこでこの木の体が思わぬ力を発揮する。なんと地面から水分や養分を取れる上に生命力すら吸い取る事が出来たのだ。
生命力を吸った体は凄まじい力を発揮した。木を殴れば幹をえぐり取り、走れば凄まじい速度な上に疲れもほとんどない。
これはチートきたのでは!?と浮かれそうになる俺であったが……そこはぐっと押さえ気を引き締める。何せ比較対象が無いからね。
比較対象もそうだけど、とりあえず生活していくためには人里に出なければならないだろう。そう考えた俺はひとまず森を抜け出そうと再び歩を進めるが……。
P.S
最近、右半身にリンゴがなるようになりました。
やったね(´・ω・`)
火、木曜と土日更新でいきたいと思います。
どこにでもある異世界転移~第三部 俺のハーレム・パーティはやっぱりおかしい/ラッキースケベは終了しました!
ダメ人間共同体
ファンタジー
第三部 今最後の戦いが始る!!・・・・と思う。 すべてのなぞが解決される・・・・・と思う。 碧たちは現代に帰ることが出来るのか? 茜は碧に会うことが出来るのか? 適当な物語の最終章が今始る。
第二部完結 お兄ちゃんが異世界転移へ巻き込まれてしまった!! なら、私が助けに行くしか無いじゃ無い!! 女神様にお願いして究極の力を手に入れた妹の雑な英雄譚。今ここに始る。
第一部完結 修学旅行中、事故に合ったところを女神様に救われクラスメイトと異世界へ転移することになった。優しい女神様は俺たちにチート?を授けてくれた。ある者は職業を選択。ある者はアイテムを選択。俺が選んだのは『とても便利なキッチンセット【オマケ付き】』 魔王やモンスター、悪人のいる異世界で生き残ることは出来るのか?現代に戻ることは出来るのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる