大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

聖女の力と白銀の英雄

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「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」

──「安心してくれ。さっきも言ったように結界の方の被害はほとんどない。混ざってた二つの力を聖女寄りで斬ったんだろうな。だから聖女だった頃の記憶が消え、曖昧になってる。それで正解だ」

「私、貴方のことを何も覚えてなくて──」

──「現状、結界の維持自体は特に何もしなくても《理》の方でやってくれてるらしい。流石は神が絡む武器だけある」

「本当に、本当にごめんなさい。貴方が涙を流してくれているけれど、私は貴方との思い出も、顔も、名前すら思い出せなくて」

──「ただ、やはり譲渡は必須だな。そう言う約束でもあったし、何より維持しかしていない。万が一結界を破られた時の対策が何も出来な──」

「──あぁ、違うんだ、違うんだよ」
俺が彼女の手に触れてから、ずっと謝り通しだったフライナと、それを無視して現状を説明する《勇者》。
その二人の言葉を遮り、俺の言葉がようやく喉から出る。
それは掠れた惨めな声。出した自分が辛うじて聞こえるような微かな声。
けれど、フライナだけはその言葉に気づいて、言葉が止まった。
「俺が欲しいのは『ごめんなさい』じゃあねぇんだよ」
どうして救われた側が謝る?
むしろお前は、記憶が無くなっている事を俺に責めるべきじゃないのか。
所々とはいえ、五、六年分の記憶が無いんだぞ。直近一年はほぼ無いんだろう?なら不安じゃないのか?
不安じゃない訳が無い。でなければ、彼女の手がこんなに震えている訳が無い。
心細いはずだ。状況も分からないまま、気がつけば聖女の力も失い、訳も分からないまま記憶も無くして。
なのに、彼女は助けた俺の事何も覚えていないということを負い目に感じ、謝罪をしてくる。
そんなに優しいから謝ってくれる。
けど、そんなに優しいなら。
「『ありがとう』って、笑って言ってくれよぉ……!!」
喉の奥から出た声は、そっと抱きしめられた。
彼女が俺の頭を抱き抱え、身体に寄せたのだと気づくと、次いで耳元に何かが近づく。
「ありがとうございます。白銀の英雄様」
そう囁かれた言葉は震えていなかった。
フライナの手が解かれ、少しづつ視界が上を向く。
彼女の腹部に当てられていた視界が開け、胸部、肩、首と視線が上がる。
やがて上にたどり着き、彼女の表情が見えた。
頬は上がり、目尻は下がる。それは一般的に笑顔と呼ばれるものだ。間違いない。けれど。
「なんで、泣いてんだよ」
つぅ、と雫が頬を伝う。
それがきっかけだったように、次から次へと涙が溢れる。
俺が先程泣いた時よりも、ずっと多い。
「わかり、ませんっ……」
白い肌を赤くして、とめどなく涙を流しながら、それでも続ける。
「でも、なんっ、だか。なみだがっ。あなたを、みた時から、ずっと、でそうっ、でっ」
ポロポロはボロボロに。溢れた涙は拭いても拭いても次がまた流れる。
「お前は……やさしいなぁ……」
俺はそうポツリと呟いて、そっと彼女の涙を拭い続けた。
涙が止まるまで、ずっと。

── ── ── ── ──

「空気読ませて悪かったな。あぁなるとは思ってなかった」
「何見せられてんだって思ったよ。話戻すぞ」
あれから暫くしてフライナは眠った。先日の疲労がまだ残っているらしい。
場所は変えずそのままで。理由は単純。いつの間にかフライナが俺の服をしっかりと握っており、解けないからだ。
仕方が無いので、俺はベッドに腰掛けて話している。
「ともかくお兄ちゃんにしてもらうのは《理》の譲渡。そこに異論は無いな?」
「ん、まぁそう約束したしな」
「次、教会。魔獣饗宴の話はお兄ちゃんから聞いたな?今後どうする?」
「早急に部隊を編成するよう王に進言する」
「進言、か……」
そう、これが限界。
現状は何も起こっていないので、無駄に力を割けないというのだ。
まぁ、こちらも最悪の場合を想定しているだけで、実際はどうか分からない。
だが。
「改めて言っておく。《魔王》が現れて、この戦争も大詰めになってる。何が起きてもおかしくない」
「分かっておりますとも。しかし不確かな情報で多くの兵士の命を犠牲にするのはなりません。英雄についても一人欠けるだけで《聖女》の守りが薄くなる。今回の件で力は器に移ったが、使い手が死ねば危険なのは変わらないのですから」
「チッ、わかったよ。けど、俺は言ったからな」
「そんじゃ、話は通ったな。剣の譲渡は簡単なのか?」
「まぁ、そんな難しくは無いな。条件とかも特に無いし。俺とソイツが気に入れば問題ない」
と言って、金剣を親指で差す。
「……意識があるのか?」
「意識は無い……と思う。多分。けど生きてる」
《勇者》の問いに、そう曖昧に答える。
所有者に合わせて形を変える剣。元はアベルという意識が入っていたし、何度かそれと話したこともある。が、もう無いはず。
「気に入れば、というのはどういう事ですかな?」
「文字通り。俺は別に誰でもいいんだけど、金剣……《理》の方でも一応認証はしてるっぽいんだよな」
かなりふわっとした回答だが、こうとしか言えない。
ナナキから剣を受け継いだ時、頭の中にそういう情報が流れてきた。嘘か本当かは分からないが、そういうシステムなんだろう。
というかシャルがその辺説明してくれても良いんだろうが、なんか昨晩辺りからずっと居ないんだよな。寝てんのか?
「ふむ……わかった。では早速始めるとしようかの」
と、皺くちゃの爺さんが言う。
「それは構わねぇんだけど、誰に継がせるんだよ。確か聖女候補達はもう死んでんだよな?」
「いや?生きてるが?元気にピンピンしてるけど」
「は?」
「あぁ、聖女の資格を失ったって所を勘違いしたのか。資格ってのはアレだ。どんだけシステナに似てるかって事だから」
「はぁ?」
「なんだ、マジで知らなかったのかよお兄ちゃん。俺達の間なら常識だろ」
いや知らんが。聞いたことも無いが。
改めて聞いてみると、《聖女》というシステムを平たく言うと、「システナに似ている者をシステナと誤認させ、力を憑依させている」という仕組みらしい。
「だから毎回金髪碧眼の見目麗しい少女が選ばれるんだよ。記憶を引き継ぐのも『システナと言う同一神物だから同じ』って理屈。ま、そんな適当なシステムのせいで二代目辺りで大事故を起こした訳だけど」
「いや待て、これコイツらが居るところで話していい内容か?」
「平気。コイツら知ってるから」
マジか。と思って爺さんとおっさんに視線を向けると、深く頷く。
《勇者》が教会は聖女の力を研究しているとか何とか言っていたが、相当進んでいるらしい。この前の術式の時も思ったが、本当にヤバいな。
「ならその元聖女候補達の誰かでいいんじゃないか?元気にしてんだろ?」
「それなのですが……」
と爺さんが口を開く。
「その件があってからすぐに子供達は戻してしまいまして……」
「……見た目変わってんのにか?」
「いえ!勿論元通りにはしました。ただ、一度手を加えた容姿には聖女は宿らないので……」
なるほど。聖女を宿せない子供を教会が引き取る理由もないと。そりゃそうだが。
「じゃあ結局誰が剣を継ぐんだよ」
「ですので、一度私が継ごうかと。次の適任が現れるまでの仮ですが」
と爺さん。
「ふぅん……アンタ今にも死にそうだけど。そっちのおっさんの方が良くないか?」
若いと言うほど若くないが、皺くちゃの枯れ木みたいな爺さんよりかはずっといいだろう。爺さんもまだ死にそうにないが、おっさんの方が寿命的にも健康的にもいいだろ。
「いえ、私は遠慮させていただきます」
「遠慮とかじゃねぇアホ。どっちが適してるかどうかの話だ。なぁ?」
と言って《勇者》に同意をとる。
「身体機能的には間違いなくそうだろうな。だが、リザウムの方は教会の中で最も聖女の力に精通している。《理》に異常があった場合、ジンディロより適任だろう」
「なるほど」
爺さんがリザウム、おっさんがジンディロね。多分呼び方は変えないけど。
「じゃあ爺さんの方でいいか。代わりに、継いだ後は俺知らねぇぞ」
「もちろん。それで大丈夫です」
それじゃあとっとと始めようか。
髪を伸ばして金剣を回収し、ベッドに座ったまま金剣の柄頭に手を当てる。
「爺さん、名前は?フルネームで」
「エルノー・リザウムと申します」
「エルノー・リザウムね。わかった」
剣の譲渡……継承は非常に簡単。
相手の名前を把握し、自分から相手へと継承させると宣言する。
それを剣が受理し、相手へと渡れば完了。口上も割と適当でいいらしい。
ただ、継承の儀式自体は正確に行われなければならない。
名前を間違えていたり、どちらかにその気がなかったりすると、不成立となるそうだ。
「緋色の眼を持つ騎士が《理》の継承を行う」
そう言った瞬間、金に輝く魔法陣が金剣を中心に大きく広がる。
「おぉ……!」
「………?」
あれ、俺の時こんなのあったっけ。まぁいいや。
「レィア・シィルよりエルノー・リザウムへ《理》を継ぎ、次へと託す」
そう言った瞬間、金剣が消え、爺さんの手元へ跳ぶ。
どうやってか空中に浮いたまま、金剣の切っ先は下。さぁ取れと言わんばかりに爺さんの眼前に柄が差し出される。
「おぉこれがかの……」
と言って爺さんが金剣を握った瞬間、轟音と共に金剣が弾かれた。
「なんっ……!?」
「が、がああああぁあぁあぁあああっ!!」「リザウム様!!」
《勇者》の驚く声、響く爺さんの汚い悲鳴。
そして俺の視線の先は自身の眼前。
「……《理》?」
試しに触れると、身体が軽くなる。持ち上げて引き抜いても問題ない。
「ど、どういう事だ貴様ァァァ……!!」
「いや、俺にも何が何だか……」
爺さんの方を見れば、両手の指があらぬ方向へ……どころではない。手首や肘も逆の方向へ曲がっている。どんなダメージだそれ。
おっさんが爺さんの腕を診、即座に治癒魔法を掛け始める。
「俺は普通に継ごうと──」
「黙れ!儂を謀ったな餓鬼が!!」
うわ本性口悪いな。夜の時から薄々思ってたけど。
「ジンディロ!!奴から《理》を取り上げろ!!貴様もだ《勇者》!!」
「し、しかし……」
「リザウム。今のはお兄ちゃんに非は無いだろ」
あっさりと《勇者》がそう答える。
「何を言っている!契約の不履行だぞ!」
「それは確かにそうだ。ただ、問題があるのはお兄ちゃんの方じゃないってだけだ」
……?
「拒絶したのは恐らく《理》の方だ。じゃなきゃそもそも継承が始まらんだろう」
「え?」
と言って手元の金剣を見る。見てもどうもならない。剣に表情がある訳でなし、口も目もないのだから何も分からない。
だが事実、俺が持っても問題ないと言うのはつまりそういうことなんだろう。
「そ、それでは剣の譲渡が出来んではないか!結果的に契約が成せておらん!」
「じゃあどうする?もう一回試すか?」
と《勇者》が言うと、爺さんは顔を歪ませ渋い顔をする。
「ジンディロ!お前が受けろ」
「し、しかし……」
「構わん!聖女の力さえあれば、国は守れる」
「……それでは私が」
「わかった。じゃあ名前を教えてくれ」
と言ってフルネームを確認。同じ流れで魔法陣が展開され、おっさんの方に金剣が跳び、爺さんの時のように弾かれた。
おっさんの方は両手の指が折れる程度だったが、それでも苦痛で蹲るぐらいはした。
「……どうするよコレ」
「持ってていいんじゃないか?お兄ちゃん」
「いや俺的にはそれでもいいんだけどさ、納得いかないんだろ?この爺さん達」
教会的には聖女の力が無いと教会が成り立たないのだから、これだけ必死なのもある種当然ではあるか。
「どうする?お前に継ぐか?」
「馬鹿言うなお兄ちゃん。俺は《勇者》だよ。正直言うと、教会とかとの変なしがらみも持ちたくねぇんだ」
ま、そう言うと思った。もしここでイエスと答えても、俺自身渡すつもりはなかったが。
だとしても困った。誰に継がせるか。
「あ、あのぅ」
不意に声がした。
声の主は俺のすぐ後ろ。ベッドに横たわっていたはずの彼女。
フライナが身体を起こし、恐る恐ると言ったふうに手を挙げていた。
「起きてたのか。身体は大丈夫か?」
まぁ、あれだけ騒げば流石に起きるか。特に爺さんがうるさかったし。
「え、えぇ。今ほど。ありがとうございます」
うるさくして悪かったな、という意味も込めて手のひらをヒラヒラと振って答える。
「それで、今はその《聖女》の力が入った剣を誰かが継がねばならない、という状況で間違いないですか?」
「ん?あぁ。まぁ」
「私が受けましょう」
間髪入れない言葉に、俺が逆に黙ってしまう。
「何で?」
思わず口から出たのはそんな言葉。
「だって、やっと《聖女》じゃなくなったんだぞ?重荷から解放されたんだぞ?もう普通に暮らして良くなったのに。なのになんで」
「私が《聖女》でいたいからです」
真っ直ぐ俺を見る眼は、先程泣いていた眼とは違い、一本の芯が通った強い眼をしていた。
全てを背負う。その覚悟が、信念が宿った、強い眼だ。
優しいからこそ強い、しなやかで折れない、包み込むような不屈の強さだ。
「……言ったら聞かねぇんだろうな」
「ならん!」
やろうと思った矢先、横から爺さんが吠える。
「シグナリム様。もう貴女は充分その仕事を終えました。これから先は教会の者が──」
「私のことを思っての発言なら不要です。今も言いました。私が望んでやろうとしているのです」
「ですが!」
「それに、私でさえも拒絶される可能性はあります。だとしたら、それが終わってから他の者に順番を回しても良いでしょう?それとも、他に今すぐ《聖女》になりたい者が居るのですか?あるいは──私が《聖女》になっては都合が悪いのですか?」
「そ、それは……」
爺さんが口ごもる。おっさんも黙ったままだ。
うーん、こういうの見ると本当に《聖女》をやってたんだなって思うな。圧がある。
「んじゃ、決まりだな」
と言って、立ち上がろうとして手の事を思い出す。
「悪い、離してくれるか?」
「あっ、ごめんなさい!」
つい数秒前に爺さんを黙らせた人と本当に同じ人か?顔と手を真っ赤にして、耳の先まで茹でられたようになっている。
「大丈夫だ。さて、と」
剣を軽く床に刺し、柄頭に手をやって構える。
「あ、私の名前は──」
「知ってるよ。よーく」
少しだけ笑ってから口上を始める。
「緋色の眼を持つ──」
と言って、軽く頭を振ってやり直す。
折角だから使わせてもらおう。
「白銀の英雄が《理》の継承を行う!!」
展開された魔法陣が金色に輝き、準備が整ったと知らせる。
「レィア──レィア・フィーネより、フライナ・シグナリムへ《理》を継ぎ、次へ託す!!」
瞬間、俺の手元から金剣が消え、フライナの手元に剣が移る。
ベッドから身を起こしただけだからだろうか。先程までとは逆で、切っ先は上を向き、柄は下。けれど同じように、そこに《理》はあった。
「これが──」
フライナが金剣に手を伸ばし、そして柄を握る。
その瞬間、剣を中心に風が吹くが、フライナが弾かれる様子は無い。
「ん」
ふっつ、と、俺の意識から何かが外されるような感覚。当たり前にあったものが、急になくなったような感覚。
金剣との繋がりだろう。そう気づいたのは、フライナが握った剣に大きな罅が入ったから。
「なっ、え!?」
「落ち着け。これで継承は終わった。その罅は、今お前に合わせて剣が作り変わってる証拠だ」
だとしてもかなり早いが。俺の時は完成までひと月ふた月ぐらいは普通に掛かった気が……
「おい貴様!!」
「なんだ爺さん」
「儂らの時と今とで口上が違うでは無いか!それが原因で儂らが拒まれたのだろう!!」
違う──とは断言出来ないんだよなコレ。
発動自体はしていたのだから、問題は無いとは思うんだが。
まだ何か喚こうとしていた爺さんの眼の前に、ガン!!と音を立てて剣が突き立てられる。
突き立てたのは《勇者》だ。
「煩い。黙れ。結論として教会に《理》が渡った。問題はあるのか?」
「……………………………無い」
「良し」
怖。俺でもあそこまではしないぞ。多分。
「では最後の取引だ」
《勇者》がそう言って爺さんとおっさんに寄る。
「は?」
なんだそれ。聞いてないぞ。何の話だ?
「俺がお兄ちゃんを連れてきて、聖女の力が入った剣を教会に渡す。その見返りとして、結界の通行証を俺に寄越すという取引。勿論生きているよな?」
「…………くれてやる」
爺さんがそう言い、懐から紙の札を取り出す。
「だが、使い捨て式だぞ。自由に出入りできる様なものを敵に奪われでもしたらこの国は滅びる」
「結構」
《勇者》が笑い、爺さんの手から奪うように取る。
「これでようやく《魔王》を殺しに行ける。後は──」
「居場所、か?」
そう言うと《勇者》がこちらを向く。
「よく分かってるじゃん」
「俺だってそう思うしな。と言う訳で俺取引だ」
今気づいた。
古い本だのなんだのを探さなくても。
当時の地形をよくよく知っている奴に聞けばいいじゃないか。
「まぁ、正直俺達もまだ正確に《魔王》の居場所が掴めた訳じゃない。だが次に現れるであろう場所は予測が着く。と言っても、残念ながら行き方がちょいと分からなくてな。お前、ないしはお前の中の亡霊に案内してもらいたい」
「馬鹿お兄ちゃん。そりゃ取引じゃねぇよ」
そう言って、《勇者》は笑う。
大きく、大きく。顔を歪ませ、獰猛に。
「利害の一致、って奴だ」
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