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本編
プレゼントと出立
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よく寝た。本当によく寝た。
恐らく、俺の楽しかった日ランキングの中でも一、二を争うレベルだった。そのおかげで色々と疲れてしまったようだが。
ベッドで身を起こし、欠伸をひとつ。軽く目元を擦ってテーブルの上にあるマキナを目に入れる。
さて出ようかとした時に、髪が何かに引っかかっているらしい。違和感があった。
「?」
髪を手繰り、それを引っ張り出す。
「あー」
昨日貰ったプレゼントだ。確かこれはアーネの家族から貰ったもの。それを無くさないようにと髪の中に入れておいたら、中で絡んでしまったようだった。
どうやら昨日の飯に酒が入っていたようで、あまり酒には酔わないのだが、それのせいで記憶が少々曖昧なのだ。
「……少し臭ぇな」
俺と言うより、俺の寝ていたベッドからするアルコールの匂いに眉間を寄せる。風呂……は無理だが、身体を軽く拭いて気持ちサッパリとする。
さてと。
昨日の誕生日で、アーネの家族から一つ、アーネ本人から一つで計二つのプレゼントを貰った。
アーネからはやたらとデカくて重い、縦長で六十センチちょいぐらいの赤い箱。アーネの家族からは俺の手のひらより少し大きい程度の白い箱を貰った。
どちらもその場で開けていいと言われたが、流石に少し恥ずかしかったので、とりあえず受け取り、そのまま部屋に置いて寝てしまった訳だ。小箱の方は髪に突っ込んだままだったが。
「折角だし開けるか」
『お、開くのか。何が入ってんだろうな』
「何でも嬉しいけどな。こういう経験ほぼ無いし」
と言いつつ、白い箱をまず開くことにする。
包装の中から出てきた小箱を開くと、中から小さく黒い輪っかが出てきた。
「……ほー?」『ほぉん』
多分指輪。でも本当に輪だけで、一箇所なんか窪んでるところがあるぐらい。宝石らしいものもなければ装飾も……あぁいや訂正。よく見りゃ内側と外側になんか滅茶苦茶書き込んである。
同封されている紙を見つけ、シャルにも分かるよう読み上げていく。
「えーっと……?『この指輪をつけている者、及びその者の装備の色を自在に変える魔導具』……へー」
試しに一度右の人差し指につけてみて、説明に従いその手で軽く髪先を触る。
「おぉ」
触った所が黒く色を変えた。少しばかり試してみたが、どうやら幻術の類ではなく、本当に色が変わっているらしい。しかも割と色自体も自由に変えられる。
「こりゃ便利だな」
ちなみに魔力を溜め込む機能があるようだが、流石に液体では溜め込めない。つまりはアーネに頼んで魔力を込めてもらうしかないようだ。
『ま、普通魔力を入れるってなると物質じゃねぇからな。というか、魔力を溜め込めるって事は……』
「多分相当高ぇよな……」
それらしい宝石のないシンプルな作りは非常に好みだが、ただの金属に魔力を溜め込む、貯蔵する力は無い。方法があるのかもしれないが、聞いた事はほぼない。一般普及してないということは、余程貴重かコスパが悪いかと言った所だろう。
……これ、本当に貰ってよかったんだよな……?
暫し思考がフリーズするも、シャルに『もう一個の方は?なぁなぁ?』と急かされ再起動。さて、問題はこっちなんだよなぁ。
赤い包装のを解き、デカい木箱が現れた時点で何か気後れがする。ガチじゃん。
とりあえず開けてみると、中から出てきたのは真っ白な装甲と赤いラインが特徴的なガントレット。
「うわぁお……」
『こりゃまた凄いな。付けてみろよ』
「けどこれどうやって──うぉ!?」
ガントレットと言いはしたが、実際は指先から肩まで覆うような物。形というかサイズだけ見るなら、どっちかと言うと義手に近い気さえする。まぁ、分かりやすくガントレットとして扱うが。
見た目はかなりシンプル。金属の面が多いが、そのせいでかなり重いか。
ファスナーの類も見当たらず、腕を突っ込む穴だけがあったので、少々困惑しながら左手突っ込んでみると、勝手に装着された。
「なるほど。急に動くからビビったわ」
『で、着心地は?』
手を二、三度握り、軽く肩を回す。次いでノックするように二の腕を叩いてみる。
「滅茶苦茶良いな。軽いし固い。そんでもって付けてる感覚がほぼない」
それぐらい馴染んでる。あるいはただの衣服と変わらないぐらいなのだ。
「あ、しかもあったけぇ」
明らかに金属製なのだが、ほんのりと熱を持っているらしい。心地よい程度に暖かい。これなら寒さで指先がかじかむことも無さそうだ。
「マキナ、この上から装備できるか?」
ガントレットを両方装備してそう聞く。
「……やってみましょう」
やや不服そうにそう言うマキナを装備してみる。
「どうだ?」
マキナが身体を覆い、いつもの鎧装備になった後、急にマキナが震え、流動し始める。
「お?え?」
『大丈夫か?』
ビクビクと形を変え、グルグルと動き回り、一瞬止まってまた蠢く。
やがて全て眼球に戻して、マキナがこう答えた。
「……マスター。非常に心外ですが、この武装、思ったより性能良いです」
「え、マジ?」
「この腕部装甲に私を重ねるより、他の部位に回した方が全体の底上げ的に効率がいいです。この武装と私の併用自体は問題ありません」
なるほど。しかし槌人種であるベルのオリジン・ウェポンを超えてくるか。どこで作ったものなのだろうか。
「補足すると、この腕部装甲が私より性能が良い訳ではありません。性能が二つに絞られているため、強く特化されているのです」
マキナは本当にオールラウンダーで隙がないタイプ。何なら人型になって攻撃も出来るしな。で、これはその逆だと。
「分析した結果、効果は恐らく耐熱。非常に強力で、それだけでほぼ炎や熱のダメージをカットできるレベルです。あとはただひたすらに壊れないようにしてあるようです」
「なるほどなぁ。でもなんか暖かいけど」
「自動装着とかと同じ範疇の便利機能ですよ」
へぇ。しかし思ったよりマキナが不機嫌になってしまった。
そりゃ俺がお前を絶対に捨てないという話をした後にこれだもんな。確かに他の魔導具も使うという話はしたが、だからと言って別のものを使われて気分のいい訳ではあるまい。
アーネにはそこまで伝えていなかったし、知らなかったのだろう。どうするか。
「お使いください。マスター」
「ん」
マキナが自らそう言ってきた。
「私の願いは、貴方が幾千幾万の戦場に出ようとも、傷なく帰ってくることです」
それだけ言って、マキナは沈黙した。
「じゃ、今後遠慮なく使わせてもらうか」
しかし相当良い物を貰ってしまった。何かしらの形で返さなくては。
そう考えると、アーネにはこの後いくらでも返すタイミングはあるだろう。一方でその家族にはあまりチャンスは無い。だって年に二度ぐらいしか会わないし。
うーむ、どうしたもんか。
── ── ── ── ──
「二度とすんなこんな依頼ボケお前コラ」
と言って顎でしゃくられた先、四本の長剣が置いてあった。
ギリギリまで待った方がいいかと思い、昼まで出立の準備をし、出る一時間ほど前にベルの所へ寄ったのだ。
「鞘は自分で探すか作るかしぃや。そこまで面倒見れんわ」
「いや、マジで悪かったと思ってる。今度からなんかある時、もっと前もって連絡入れるわ」
「当たり前や。それとこれ請求書。次会う時に耳揃えて払えや。出来んかったら呪う」
既に何か呪いに近しいものを発していそうな眉間から目を逸らし、そっと請求書を受け取る。
「……流石、槌人種の武器だな」
「絶対生きて帰ってきて、金払ってもらわんとならんしな。そらウチも本気出すわ。って言っても、使い手もアンタじゃないんやろ?無難なの四本作るので精一杯やわ」
「それで充分過ぎる。助かった」
「あとそれ質屋に流したら殺すからな。それと説明は二枚目見とけ」
と言って、シッシッ、と俺を追い払う。
とりあえず剣を四本髪の中に仕舞い、向こうへ着いたら革か何かで鞘を作ろうと決める。
一言礼を言ってベルの店を出、急いでアーネの家へ。
そうだ、本屋に地図を調べてもらっていた件だが、どうやら間に合わなかったらしい。
ベルの所へ行く前に寄ってみたのだが、ローラも店主のペーターと話して色々探したようだが、「この辺にあった気がするんじゃがな~」を複数回繰り返してまだ見つからないとのこと。
「もし見つけたら連絡する」と言われたが、まぁ望みは薄いか。
「遅いですわよ。迎えに行こうかと思いましたの」
「悪い。思ったより遅れた」
首から上が滅茶苦茶重い。髪を地面に垂らしているのでそこも支えにしているのだが、それでも流石に四本は重かった。
「馬車に付与魔法は掛け終わったのか?」
「えぇ、先程。タイミング的にはバッチリですけれど、もう少し余裕が欲しかったですわね」
「悪かったって」
再度謝り、屋敷の前に来てくれたアーネの家族にもお礼を言って馬車に乗る。
「レィア君、ちょっといいかな?」
「うん?まぁ」
なんだろう。出る直前になって、ニコラスが少し離れた所へ俺を手招きする。
「出発直前に言うことでは無いのだがね、タイミングが合わずこうなってしまった。時間を取らせて悪いね」
「多少遅れるぐらいならいいさ。全部手配してもらってるのはこっちだし」
そう言うと、ニコラスは僅かに笑んだ。
「と言っても大した事では無い。今もつけてくれている、それの話だ」
ニコラスが指さしたのは、今朝開けたばかりの例の指輪。
「それは私達ケイナズ家からのプレゼントだ。だが同時に、少々烏滸がましいかもしれないが、君の家族としてのプレゼントでもある」
『うぇ』
シャルが変な声を出したが、一旦それはスルーする。
「だからという訳では無いが、その指輪について何か恩返しをしようとか、特別に何かしようと考えているなら、しなくていい」
「けどこんな高そうなモン貰っといて──」
「貰っておきなさい。それでいい」
ニコラスは俺の言葉を強引に遮った。
「それに、もしこの指輪のお返しをしようと言うのなら、貸し借りの話になる。商人にその話をさせるのかい?」
「いや……そういう訳じゃ……ないんだが……」
手持ちもないのに商人に勝てるか。しりすぼみになって言葉が消える。
するとニコラスが、先程の笑みより柔らかい笑顔で俺に話しかける。
「君はすぐに貸し借りを清算しようとする。それはきっと、『いつ死んでも後腐れがないようにする』ためだ。私達のこの指輪が貸し借りの対象だと思えるなら、それを返さずに、返すために、踏み倒すために生きて来なさい」
「……商人が踏み倒せとか言うのか」
「契約は守るためにある、貸し借りは清算するためにある。けれど、恩は残るし、残るからこそ人との繋がりが生まれるんだ。君はもっと生き残るための命綱を作りなさい」
「分かった。大事にさせてもらう」
ニコラスに答え、改めて馬車へ乗り込む。
「何の話しでしたの?」
「んー?コイツの話」
と言って、人差し指で指輪を二度叩く。
「それ……父様達が?」
「あぁ。昨日のでな……どうした?」
アーネが食い入るように指輪を見つめている。
「……やらんぞ?人から貰ったモンをやるのは流石にな……」
「い、いえ、そういう訳では無いんですわよ!?」
よく分からん。
「それでは、頼みますわよ!」
「はい。では出ます」
御者がそう言って馬を走らせる。
まだそこまで早くは無いが、ぐんぐんと街並みが後ろへと流れていく。
荒野に出れば遮るものもなく、今以上に速く駆けるだろう。
「元気かな、ヤツキ」
『だといいがなぁ』
「で、私のプレゼント、どうですの?」
「あぁ、最高だ。森に着いたらすぐにでも付けさせて貰う」
そう言うと、アーネが説明したそうな雰囲気だったので、折角なので話をそちらに向ける。
「なんか能力とかついてんのか?少し暖かかったけど」
と聞くと、アーネが嬉しそうに解説を始める。余程気合いの入ったプレゼントだったらしい。
行きの馬車は、今日開けたプレゼントと昨日のパーティの話ばかりの楽しい時間となった。
── ── ── ── ──
「いや本当に早いな」
どれだけ馬車を飛ばしても一日はかかると思っていたのだが、まさか夕方に荒野へ入る事になるとは。
とは言え、荒野の半分程行ったところで馬車には帰ってもらうので結局一日かかるのだが。
「助かりましたわ。帰りは気をつけるんですわよ」
「アーネ様、レィア様もお気をつけて。お二人の道行きに光があらんことを」
来た時ほどでは無いが、相当の速度で馬車が街の方へと駆けていく。魔獣に襲われなければ良いのだが、アーネの家は取り扱っている商品が商品だから、その辺の心配は野暮か。
というか、護衛を付けずに来るあたりで相当自信がある訳だし大丈夫だろう。
それでも紅の森に近づくと魔獣の質が変わってくる。なんせ森を突破したということは、ヤツキの目を掻い潜って出てきた魔獣という事だ。万が一のため帰ってもらった。
まぁ、森を突破したのではなく、荒野で産まれた魔獣の可能性もあるが、それはそれで面倒なので。
「シャル、マキナ、なんかあったら言ってくれよー」
「承知しました」『もち』
もちろん俺の方でも警戒はするが、用心に越したことはない。突破されるなんてこと、無いとは思うが。
そんな訳で。
「──ふぅ」
実家到着までの交戦回数零回。なんの問題もなく荒野を踏破し、罠だらけの森を駆け抜け、朝方に登る太陽と共に一軒家を見つける。
「やっと帰ってきたな」
見たところ大きな損傷も補修跡も無い。ひとまずは安心。
「ただいまー」
と言いながら、家に入る。この感覚いつぶりだろうか。
ひとまずリビングに剣を四本置き、ヤツキを探す。
「つ、疲れましたわぁ……」
「お疲れ様。先寝とけ。俺はヤツキに挨拶しとく」
じゃないと知らない敵だと思われて殺されかねん。
とは言え、少しばかり急いで帰宅したのが良くなかったらしい。アーネはフラフラと階段をのぼって行った。
「……あれ、アーネが行ったのって客間じゃなくて俺の部屋か?」
まぁいいけど。布団敷くよりベッドに飛び込んだ方が楽か。
それよかヤツキが何処にいるかだ。最悪森の中で寝こけてる可能性すらある。すれ違いを避けるため、アーネが起きてくるまでリビングで待って──
「キャアアアアアアッ!!」
「どうしたっ!?」
アーネの叫び声。慌てて階段を駆け上がり、俺の部屋へ飛び込むと、俺のベッドの上で、血塗れのヤツキが倒れていた。
恐らく、俺の楽しかった日ランキングの中でも一、二を争うレベルだった。そのおかげで色々と疲れてしまったようだが。
ベッドで身を起こし、欠伸をひとつ。軽く目元を擦ってテーブルの上にあるマキナを目に入れる。
さて出ようかとした時に、髪が何かに引っかかっているらしい。違和感があった。
「?」
髪を手繰り、それを引っ張り出す。
「あー」
昨日貰ったプレゼントだ。確かこれはアーネの家族から貰ったもの。それを無くさないようにと髪の中に入れておいたら、中で絡んでしまったようだった。
どうやら昨日の飯に酒が入っていたようで、あまり酒には酔わないのだが、それのせいで記憶が少々曖昧なのだ。
「……少し臭ぇな」
俺と言うより、俺の寝ていたベッドからするアルコールの匂いに眉間を寄せる。風呂……は無理だが、身体を軽く拭いて気持ちサッパリとする。
さてと。
昨日の誕生日で、アーネの家族から一つ、アーネ本人から一つで計二つのプレゼントを貰った。
アーネからはやたらとデカくて重い、縦長で六十センチちょいぐらいの赤い箱。アーネの家族からは俺の手のひらより少し大きい程度の白い箱を貰った。
どちらもその場で開けていいと言われたが、流石に少し恥ずかしかったので、とりあえず受け取り、そのまま部屋に置いて寝てしまった訳だ。小箱の方は髪に突っ込んだままだったが。
「折角だし開けるか」
『お、開くのか。何が入ってんだろうな』
「何でも嬉しいけどな。こういう経験ほぼ無いし」
と言いつつ、白い箱をまず開くことにする。
包装の中から出てきた小箱を開くと、中から小さく黒い輪っかが出てきた。
「……ほー?」『ほぉん』
多分指輪。でも本当に輪だけで、一箇所なんか窪んでるところがあるぐらい。宝石らしいものもなければ装飾も……あぁいや訂正。よく見りゃ内側と外側になんか滅茶苦茶書き込んである。
同封されている紙を見つけ、シャルにも分かるよう読み上げていく。
「えーっと……?『この指輪をつけている者、及びその者の装備の色を自在に変える魔導具』……へー」
試しに一度右の人差し指につけてみて、説明に従いその手で軽く髪先を触る。
「おぉ」
触った所が黒く色を変えた。少しばかり試してみたが、どうやら幻術の類ではなく、本当に色が変わっているらしい。しかも割と色自体も自由に変えられる。
「こりゃ便利だな」
ちなみに魔力を溜め込む機能があるようだが、流石に液体では溜め込めない。つまりはアーネに頼んで魔力を込めてもらうしかないようだ。
『ま、普通魔力を入れるってなると物質じゃねぇからな。というか、魔力を溜め込めるって事は……』
「多分相当高ぇよな……」
それらしい宝石のないシンプルな作りは非常に好みだが、ただの金属に魔力を溜め込む、貯蔵する力は無い。方法があるのかもしれないが、聞いた事はほぼない。一般普及してないということは、余程貴重かコスパが悪いかと言った所だろう。
……これ、本当に貰ってよかったんだよな……?
暫し思考がフリーズするも、シャルに『もう一個の方は?なぁなぁ?』と急かされ再起動。さて、問題はこっちなんだよなぁ。
赤い包装のを解き、デカい木箱が現れた時点で何か気後れがする。ガチじゃん。
とりあえず開けてみると、中から出てきたのは真っ白な装甲と赤いラインが特徴的なガントレット。
「うわぁお……」
『こりゃまた凄いな。付けてみろよ』
「けどこれどうやって──うぉ!?」
ガントレットと言いはしたが、実際は指先から肩まで覆うような物。形というかサイズだけ見るなら、どっちかと言うと義手に近い気さえする。まぁ、分かりやすくガントレットとして扱うが。
見た目はかなりシンプル。金属の面が多いが、そのせいでかなり重いか。
ファスナーの類も見当たらず、腕を突っ込む穴だけがあったので、少々困惑しながら左手突っ込んでみると、勝手に装着された。
「なるほど。急に動くからビビったわ」
『で、着心地は?』
手を二、三度握り、軽く肩を回す。次いでノックするように二の腕を叩いてみる。
「滅茶苦茶良いな。軽いし固い。そんでもって付けてる感覚がほぼない」
それぐらい馴染んでる。あるいはただの衣服と変わらないぐらいなのだ。
「あ、しかもあったけぇ」
明らかに金属製なのだが、ほんのりと熱を持っているらしい。心地よい程度に暖かい。これなら寒さで指先がかじかむことも無さそうだ。
「マキナ、この上から装備できるか?」
ガントレットを両方装備してそう聞く。
「……やってみましょう」
やや不服そうにそう言うマキナを装備してみる。
「どうだ?」
マキナが身体を覆い、いつもの鎧装備になった後、急にマキナが震え、流動し始める。
「お?え?」
『大丈夫か?』
ビクビクと形を変え、グルグルと動き回り、一瞬止まってまた蠢く。
やがて全て眼球に戻して、マキナがこう答えた。
「……マスター。非常に心外ですが、この武装、思ったより性能良いです」
「え、マジ?」
「この腕部装甲に私を重ねるより、他の部位に回した方が全体の底上げ的に効率がいいです。この武装と私の併用自体は問題ありません」
なるほど。しかし槌人種であるベルのオリジン・ウェポンを超えてくるか。どこで作ったものなのだろうか。
「補足すると、この腕部装甲が私より性能が良い訳ではありません。性能が二つに絞られているため、強く特化されているのです」
マキナは本当にオールラウンダーで隙がないタイプ。何なら人型になって攻撃も出来るしな。で、これはその逆だと。
「分析した結果、効果は恐らく耐熱。非常に強力で、それだけでほぼ炎や熱のダメージをカットできるレベルです。あとはただひたすらに壊れないようにしてあるようです」
「なるほどなぁ。でもなんか暖かいけど」
「自動装着とかと同じ範疇の便利機能ですよ」
へぇ。しかし思ったよりマキナが不機嫌になってしまった。
そりゃ俺がお前を絶対に捨てないという話をした後にこれだもんな。確かに他の魔導具も使うという話はしたが、だからと言って別のものを使われて気分のいい訳ではあるまい。
アーネにはそこまで伝えていなかったし、知らなかったのだろう。どうするか。
「お使いください。マスター」
「ん」
マキナが自らそう言ってきた。
「私の願いは、貴方が幾千幾万の戦場に出ようとも、傷なく帰ってくることです」
それだけ言って、マキナは沈黙した。
「じゃ、今後遠慮なく使わせてもらうか」
しかし相当良い物を貰ってしまった。何かしらの形で返さなくては。
そう考えると、アーネにはこの後いくらでも返すタイミングはあるだろう。一方でその家族にはあまりチャンスは無い。だって年に二度ぐらいしか会わないし。
うーむ、どうしたもんか。
── ── ── ── ──
「二度とすんなこんな依頼ボケお前コラ」
と言って顎でしゃくられた先、四本の長剣が置いてあった。
ギリギリまで待った方がいいかと思い、昼まで出立の準備をし、出る一時間ほど前にベルの所へ寄ったのだ。
「鞘は自分で探すか作るかしぃや。そこまで面倒見れんわ」
「いや、マジで悪かったと思ってる。今度からなんかある時、もっと前もって連絡入れるわ」
「当たり前や。それとこれ請求書。次会う時に耳揃えて払えや。出来んかったら呪う」
既に何か呪いに近しいものを発していそうな眉間から目を逸らし、そっと請求書を受け取る。
「……流石、槌人種の武器だな」
「絶対生きて帰ってきて、金払ってもらわんとならんしな。そらウチも本気出すわ。って言っても、使い手もアンタじゃないんやろ?無難なの四本作るので精一杯やわ」
「それで充分過ぎる。助かった」
「あとそれ質屋に流したら殺すからな。それと説明は二枚目見とけ」
と言って、シッシッ、と俺を追い払う。
とりあえず剣を四本髪の中に仕舞い、向こうへ着いたら革か何かで鞘を作ろうと決める。
一言礼を言ってベルの店を出、急いでアーネの家へ。
そうだ、本屋に地図を調べてもらっていた件だが、どうやら間に合わなかったらしい。
ベルの所へ行く前に寄ってみたのだが、ローラも店主のペーターと話して色々探したようだが、「この辺にあった気がするんじゃがな~」を複数回繰り返してまだ見つからないとのこと。
「もし見つけたら連絡する」と言われたが、まぁ望みは薄いか。
「遅いですわよ。迎えに行こうかと思いましたの」
「悪い。思ったより遅れた」
首から上が滅茶苦茶重い。髪を地面に垂らしているのでそこも支えにしているのだが、それでも流石に四本は重かった。
「馬車に付与魔法は掛け終わったのか?」
「えぇ、先程。タイミング的にはバッチリですけれど、もう少し余裕が欲しかったですわね」
「悪かったって」
再度謝り、屋敷の前に来てくれたアーネの家族にもお礼を言って馬車に乗る。
「レィア君、ちょっといいかな?」
「うん?まぁ」
なんだろう。出る直前になって、ニコラスが少し離れた所へ俺を手招きする。
「出発直前に言うことでは無いのだがね、タイミングが合わずこうなってしまった。時間を取らせて悪いね」
「多少遅れるぐらいならいいさ。全部手配してもらってるのはこっちだし」
そう言うと、ニコラスは僅かに笑んだ。
「と言っても大した事では無い。今もつけてくれている、それの話だ」
ニコラスが指さしたのは、今朝開けたばかりの例の指輪。
「それは私達ケイナズ家からのプレゼントだ。だが同時に、少々烏滸がましいかもしれないが、君の家族としてのプレゼントでもある」
『うぇ』
シャルが変な声を出したが、一旦それはスルーする。
「だからという訳では無いが、その指輪について何か恩返しをしようとか、特別に何かしようと考えているなら、しなくていい」
「けどこんな高そうなモン貰っといて──」
「貰っておきなさい。それでいい」
ニコラスは俺の言葉を強引に遮った。
「それに、もしこの指輪のお返しをしようと言うのなら、貸し借りの話になる。商人にその話をさせるのかい?」
「いや……そういう訳じゃ……ないんだが……」
手持ちもないのに商人に勝てるか。しりすぼみになって言葉が消える。
するとニコラスが、先程の笑みより柔らかい笑顔で俺に話しかける。
「君はすぐに貸し借りを清算しようとする。それはきっと、『いつ死んでも後腐れがないようにする』ためだ。私達のこの指輪が貸し借りの対象だと思えるなら、それを返さずに、返すために、踏み倒すために生きて来なさい」
「……商人が踏み倒せとか言うのか」
「契約は守るためにある、貸し借りは清算するためにある。けれど、恩は残るし、残るからこそ人との繋がりが生まれるんだ。君はもっと生き残るための命綱を作りなさい」
「分かった。大事にさせてもらう」
ニコラスに答え、改めて馬車へ乗り込む。
「何の話しでしたの?」
「んー?コイツの話」
と言って、人差し指で指輪を二度叩く。
「それ……父様達が?」
「あぁ。昨日のでな……どうした?」
アーネが食い入るように指輪を見つめている。
「……やらんぞ?人から貰ったモンをやるのは流石にな……」
「い、いえ、そういう訳では無いんですわよ!?」
よく分からん。
「それでは、頼みますわよ!」
「はい。では出ます」
御者がそう言って馬を走らせる。
まだそこまで早くは無いが、ぐんぐんと街並みが後ろへと流れていく。
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『だといいがなぁ』
「で、私のプレゼント、どうですの?」
「あぁ、最高だ。森に着いたらすぐにでも付けさせて貰う」
そう言うと、アーネが説明したそうな雰囲気だったので、折角なので話をそちらに向ける。
「なんか能力とかついてんのか?少し暖かかったけど」
と聞くと、アーネが嬉しそうに解説を始める。余程気合いの入ったプレゼントだったらしい。
行きの馬車は、今日開けたプレゼントと昨日のパーティの話ばかりの楽しい時間となった。
── ── ── ── ──
「いや本当に早いな」
どれだけ馬車を飛ばしても一日はかかると思っていたのだが、まさか夕方に荒野へ入る事になるとは。
とは言え、荒野の半分程行ったところで馬車には帰ってもらうので結局一日かかるのだが。
「助かりましたわ。帰りは気をつけるんですわよ」
「アーネ様、レィア様もお気をつけて。お二人の道行きに光があらんことを」
来た時ほどでは無いが、相当の速度で馬車が街の方へと駆けていく。魔獣に襲われなければ良いのだが、アーネの家は取り扱っている商品が商品だから、その辺の心配は野暮か。
というか、護衛を付けずに来るあたりで相当自信がある訳だし大丈夫だろう。
それでも紅の森に近づくと魔獣の質が変わってくる。なんせ森を突破したということは、ヤツキの目を掻い潜って出てきた魔獣という事だ。万が一のため帰ってもらった。
まぁ、森を突破したのではなく、荒野で産まれた魔獣の可能性もあるが、それはそれで面倒なので。
「シャル、マキナ、なんかあったら言ってくれよー」
「承知しました」『もち』
もちろん俺の方でも警戒はするが、用心に越したことはない。突破されるなんてこと、無いとは思うが。
そんな訳で。
「──ふぅ」
実家到着までの交戦回数零回。なんの問題もなく荒野を踏破し、罠だらけの森を駆け抜け、朝方に登る太陽と共に一軒家を見つける。
「やっと帰ってきたな」
見たところ大きな損傷も補修跡も無い。ひとまずは安心。
「ただいまー」
と言いながら、家に入る。この感覚いつぶりだろうか。
ひとまずリビングに剣を四本置き、ヤツキを探す。
「つ、疲れましたわぁ……」
「お疲れ様。先寝とけ。俺はヤツキに挨拶しとく」
じゃないと知らない敵だと思われて殺されかねん。
とは言え、少しばかり急いで帰宅したのが良くなかったらしい。アーネはフラフラと階段をのぼって行った。
「……あれ、アーネが行ったのって客間じゃなくて俺の部屋か?」
まぁいいけど。布団敷くよりベッドに飛び込んだ方が楽か。
それよかヤツキが何処にいるかだ。最悪森の中で寝こけてる可能性すらある。すれ違いを避けるため、アーネが起きてくるまでリビングで待って──
「キャアアアアアアッ!!」
「どうしたっ!?」
アーネの叫び声。慌てて階段を駆け上がり、俺の部屋へ飛び込むと、俺のベッドの上で、血塗れのヤツキが倒れていた。
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