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本編
日没と祝い事
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どうやら思ったより時間が過ぎていたらしい。冬になって日が落ちるのが早いというのもあるが、辺りは既に薄暗く、周りの家々からは明かりが漏れ始めていた。
「少し遅くなってしまったね。ここから一気に冷える。早く入ろうか」
「いや、ちょっと……裏庭借りてもいいか?」
「……別に構わないが……もうじき夕飯だ。遅れないようにね」
「あぁ」
と言って屋敷には入らず、そのままぐるっと回って裏手の方へ。
「いやさっむ」
コートの襟を立てて、髪を服の隙間に入れるがそれでも寒い。顔が全然隠れてねぇからな。あークソ、既に鼻が赤い気がする。風が強い。
『馬鹿か?とっとと家に入れよ』
「んー……ちょいと考え事を」
『何で外でやんだよ外で。部屋でやれ。体調崩すぞ』
「すぐ終わる。それに中だと、うっかり分からなくなりそうになる」
『何が』
「俺はどこまであの人達を頼っていいのか」
そう言って、中庭の冷たい土の上にどっかりと腰を下ろす。
俺の素性はアーネには話した。だがその家族には伝わっていない。
その上で本当にヒトではない俺が、どう彼らに関わっていいのか。
『なるほど?どうしたいんだ』
「出来るなら黙っておくのが吉。心情的にはバラしてしまいたいのが本音」
『なら黙っとけ。絶対に』
即座にシャルが答えた。
『お前のその発想は甘い。控えめに言っても最悪一歩手前の考えだ。《勇者》の存在を知られるってのは思ってるより反発される』
「何でだ?」
『さぁ?俺は《勇者》だったから知らんが、バケモノと言われたことはかなりあった。まぁ、ヒトの形してヒトじゃないってのは魔族や機人に近いからな。嫌悪感は強いだろう。それを超えて接してくる輩もいるかもしれないが、まぁ俺は見た事ないな』
なるほど、理解出来る。納得はあまり出来ないが。
『それに考えられる一番の最悪は、《勇者》の名を知ったヒトが《勇者》の名を信仰する事だ』
「……?、それってどういう事だ?」
『神は祈り、信仰を得て力を増す。教会の教えもそうだが、それより効率がいいのが自分の分身に祈りを捧げられることだ』
「……あぁつまり、グルーマルが嫌がるのか」
『察しが良くて助かる』
今マトモにヒトの神をしているのが、困ったことにグルーマルだけ。《勇者》の元となったヴェナムは文字通り元になったので居らず、システナは何故かちんちくりんになってこちらの世界に落とされた。
この状況だとグルーマルが信仰を独占しているのは想像にかたくない。正直、民主の《聖女》への祈りはシステナに行っていないようだし、この辺はよく分からないが、恐らく教会に属する《聖女》を通じているので三神を信仰しているという扱いにしてグルーマルが総取りしているのでは無いかという予想を前にシャルがしていた。
だが《勇者》は?
俺もアイツも決して表に出ず、どちらも教会と関わりはあるが《聖女》ほど密ではない。
もしかしたら、《勇者》の名が広がり、それを信じる心があるなら、その祈りはグルーマルではなく、居ないはずの神ヴェナムへと集約されるのでは無いか。
可能性に可能性を重ねる推論でしかないが、もしそうなれば、ヒトの祈りが神を創る。
他の神を蹴落として胡座をかいているような神が、それを良しとするか。絶対にしないだろう。
だからヒトの名声は広まっても構わないが、《勇者》の名声はあってはならない。故に口を閉ざせとシャルは言っているのだ。
『一人ぐらいならまぁ問題ない。《聖女》はもう完全に特殊ユニットだからヒトじゃない。もう数人ぐらいなら知ってても良いだろうが、相手は神だ。ニコラス達がどれだけ口が固かろうと、何かの拍子にバレかねん』
「となると、そもそも話さない方がいいのか」
『実際は《勇者》の血が入ってる俺の娘やその血族は若干怪しいところがあるが、少なくともニコラスは完全にヒトだ。信頼が信仰になったりすると不味い。一人ぐらいならまぁいいと言えばいいんだが、完全にヒトという事は《王》の影響下にあるという事だ』
「──!!」
それはつまり、《王》がやろうと思えばニコラスが簡単に消されるということだ。
暗殺や魔獣の襲撃等ならまだ防ぎようがあるかもしれないが、《王》の能力によって直に消されるような事になれば、どうあっても絶対に防げない。
「……わかった。アーネにも言っとく」
『それが良い。さて、そろそろ戻ろうぜ。寒さを感じない俺ですら震えそうだ』
言われてから一気に身体が冷えたような気がする。背筋をぶるりと震わせてから立ち上がると、既に辺りは真っ暗。時間はそんなに経っていないはずだが、うっかりするとすぐこうなる。
とはいえ時間的には丁度夕食の時間と言った所だろう。計ってはいないが多分五分十分経ったかどうかだろうし。
「さむさむ、こういう時に暖かい飯に与れるってのは助かるな」
と言いつつ、これだと完全に好意に甘えてタダ飯を食らうクソ野郎だなと我ながら思う。彼らに何か返せると良いんだが、俺に何が出来るのだろうか。
金属製のドアノブを髪で開け、家の中に入る。
流石に外とは違い、玄関からほのかに暖かい。風もないし、人がいるだけで生まれる熱が家を心地よく暖めている。
「お帰りなさいませレィア様。コートをお預かりします」
「悪いなモーリスさん。頼むわ」
玄関で待っていたモーリスさんに黒のコートを渡し、ついでに時間を聞くと丁度夕飯時。
特別荷物もないし、このまま食卓へ直行で良いな。
「ん、いい匂いだな」
凍えきった鼻が夕食の匂いを嗅ぎ分ける。料理名などはこれっぽっちも分からないが、肉と魚の焼けた匂い程度ならよく分かる。
しかし魚か。すぐにダメになるから、食卓に並ぶのはそれなりに珍しいらしいんだよな。海のある北側の都市だから全く並ばない訳では無いし、何度か見てもいるが。
「悪い、今戻っ──」
「「「「ハッピーバースデー!レィア!!」」」」
俺が扉を開き、中に入った瞬間。そんな声と共に、大きな音と紙吹雪が飛ぶ。
「──?」
部屋はいつもと変わりは無い。ただ違うのは、アーネとその家族が、小さな円錐状の何かを持っていること。
紙吹雪と火薬の匂い。そう言えば初めてこの家に来た時もこれがあった。たしか名前はクラッカーだったか。
何かを祝う時に鳴らすそれが、俺の入室とともに鳴らされた理由が全く理解出来ず、俺は首を傾げる。
とりあえず先程の言葉を思い出しながら、少しばかり気恥しそうな顔をした少女に「何コレ?」と視線を向ける。
「誕生日ですわ。おめでとうですの、レィア」
「たんじょうび?」
なんの事……って言うか何それ。
そんな俺の顔を見ていたのかどうか分からないが、シャルが補足してくれた。
『……一般的に言えば、一年のうちで生まれた日の事だな。文字通りの意味で誕生した日』
「へぇ……で、俺が生まれた日って今日なの?」
『いや知らん』「そういう事にしましたの!」
シャルとアーネの言葉が綺麗に重なる。
「前に冬に生まれたと言ってましたわよね?でも、いつ生まれたか正確にはわからないとも言ってましたわね?」
「言ったっけ?言ったかもなぁ」
なんの拍子に言ったかは分からないが、ポロッと言ったかもしれん。大したことじゃないが。
ナナキの記憶を漁ると、クソ寒い朝の日に見つけられたらしいし。
「だったら、今日この日、この瞬間が貴方の誕生日ですわ」
「???、はい」
ってことは俺今日から一歳ってこと?いや多分違うよな。
「アーネ、レィア君が混乱してるだろう。レィア君、誕生日が何かは分かるだろう?」
ニコラスの言葉に頷く。
「あぁ。そのまんまの意味で、そいつが生まれた日だろ?」
つい数秒前にシャルから聞かされた言葉の意味をそのまま答える。
その俺の言葉に、ニコラスは目の端を僅かばかりピクリと動かした。
「そうかい。正解だけど、それじゃ足りないな。誕生日っていうのは、そのことに対しての感謝とお祝いも兼ねてるんだ。一年間生きれました、ありがとう、おめでとう、ってね」
へぇ。聖女サマの生誕祭とかそんな感じの奴の規模が小さめの奴か。
「それで、アーネから聞いた所によると、君の家族はそういうのに疎いと聞いてね。誕生日の日にちすらあやふやだと。だったらいっそ、今日を誕生日にしてしまおうかと話して決めたのだよ」
「なるほど」
「そういう事ですわ。ほら、こっちに来て座って」
アーネが俺の手を取り、一瞬驚いたような顔をする。恐らく、俺の手が思ったより冷たくて驚いたのだろう。ついさっきまで外にいたせいで、まだ末端が温まりきっていないのだ。
アーネに手を引かれ、いつもならニコラスが座っている席へと連れていかれる。今日はここに座れということなのだろう。
そこからざっくり二時間程夕食の時間。いつもよりずっと長かったが、実際はもっと短く感じた。
やってた事は飯食って色々と雑談をして笑ってと、大していつもと変わらなかったのだが、不思議と飽きなかった。
本当に、いい人達だなと思いつつ、今日はぐっすりと寝た。
── ── ── ── ──
エルストイから、アーネの部屋からレィア君が出てきたという話を聞いた時、私の中では二つの心情が渦巻いていた。
一つは納得にも似た腑に落ちた感情。もしもアーネが今誰かを慕っているとするなら、間違いなく彼だろうと思っていた。
もう一つは怒り、あるいは喪失による焦り。私のアーネが、ただの小僧に取られそうになっているという事対し、そんな感情を抱いた。
正直私としては、アーネがどんな相手を選ぼうと概ね祝福するつもりだった。勿論レィア君も同じだ。何なら何度も家に泊めるぐらいには信頼出来ていた。
だが、いざその時が来たら、何とも言えない嫌悪感が腹の底から湧いてきた。
その結果があの底意地の悪い問答だ。あの時の私は恐らく、生まれて三本の指に入る程機嫌が悪かった。
だが、結果としてレィア君という人物がどういうものか、何となくだが理解出来たし、思ってもいなかったアーネの反応を見れて、親として嬉しく思えた。
あれから半年。私も色々と考え、悩み、自分の心を一つ一つ磨くように調べあげ、彼に対して嫉妬してしまったのだと理解し、飲み込んだ。
十五年以上一番に思っていた家族が、私以外に一番を見つけた。それが誇らしいと思えるようになるまで、比較的早かったのではないかと思う。
そして、丁度私の心の整理が終わった頃に、アーネから「今年の年末は帰れないかもしれない」というメッセージが来た時、私は全力でこちらへ帰って来るように言った。
アーネとは勿論、レィア君とももう一度話しておきたい。そう思ったからだ。
流石にそこまでメッセージに乗せて伝えはしなかったが、アーネは私の用意した馬車に乗って一度帰宅してくれたし、一緒にレィア君も来てくれた。去年の冬のことは少々想定外だったが、過ぎたことを今更どう言ってもあまり変わらない。それでも嘘はいけないとキツく言っておいたが。
その時に、アーネから今日の事を聞いた。
「あの人の誕生日をしようと思いますの」
彼の過酷な素性はアーネから聞いていた。
モーリスにどれだけ探らせても、聖学に来るほんの一週間ほど前に、突如プクナイムの外側から現れたという情報しか出て来なかった。それより前が一切分からないのだ。こんなにも情報が出ないと言うのは、何者かが隠蔽しているのでは無いかと疑うレベルで全く素性が掴めない。正直異常だ。
だからアーネの語る彼の半生を聞いて、私は嘘が含まれているのだと勝手に思っていた。
紅の森に住んでいた?育ての親はたった一人、周りに誰もいない状態で?魔獣をほぼ一人で撃退しつつ、それを十五年以上も?
信じられる訳が無い。どうやってだ。仕事柄、魔獣のことについては人一倍詳しいと自負している。その上で断言するが、結界の外から結界を破って侵入してくるような魔獣が毎日攻めてくるような所は英雄様でも居ないと絶対に持たない。
そう否定したかったが、否定できなかった。
何故ならアーネが信じていたから。彼女が信じられる、それに足る理由をアーネが目撃してきたからだろう。
だから私も信じざるを得なかった。
そして今になってアーネがレィア君の誕生日を祝いたいと言っている。
アーネの言う通り、レィア君の語った通りの半生なら、きっと彼は生きてくるだけで精一杯の世界にいたのだろう。
生きるために戦い、殺されないために殺し、余分なものを削ぎ落とし、鋭く研磨された名剣──否、魔剣。それが彼として形作られてきた。
皮肉にも、私が以前語ったヒトとモノなら、彼は間違いなくモノとして形作られてきた。それも人の意思で歪められて出来た歪なものなどではなく、環境によって無意識に出来上がった天然の魔剣。
娯楽は無く、祈りも無く、ならば当然祝われることもなかっただろう彼の生誕を、私の娘が人として祝おうと、愛そうとしている。
それがどれだけ覚悟がいる事か、私にはよく分かった。
「分かった。思い切りやろうか」
そう答えた時のアーネの顔。私はきっと一生忘れないだろう。
どうやら既にアーネは色々と考えていたらしく、すぐに屋敷の者全員に何をするか伝え、役割を割り振った。我が娘ながら、采配は非常に良かったと思う。
途中、デート中にトラブルでアーネが家に戻る事になり、思ったより早く戻ろうとしていたレィア君を私が引き止めるという誤算は発生したが、結果的に私としては彼の内面を知れて良かった。
彼と二人きりで話すのが慣れていなかったり、思っていたものよりずっと過酷なものが飛び出してきたりと私もまだまだ未熟だと認識し直したが。
どうも彼も私と以前話した内容が気になっていたらしい。あの時は自分でもかなり混乱していたが、あの時話した事に嘘はひとつも無い。彼が真剣に悩んでくれているのはそれだけ真面目で、自分でも気にしているのかもしれないな。
もしそうなら、彼は思った以上に人になろうとしている。周りと関わりを持ち、少しずつ変わってきたのか。あるいは、少しばかり親馬鹿が過ぎるかもしれないが、アーネが変えてきたのか。
いずれにしろ、彼をもうモノと言い切ることは出来ない。いや、あるいはもっと前からそうだったのかもしれないな。とっくの昔に、彼は変わり始めていたのかもしれない。
しかし、まさか誕生日を理解していないとは思っていなかった。いや、そう言うのはこちらの理解が足りていなかった証拠か。日にちの感覚が無い森の中、自分の歳が幾つかを覚えていただけ幸運だったと言えるだろう。
最初は戸惑っていた様子だったが、少しずつ馴染んできて、最後は屈託なく笑っていた。喜んでくれたのなら私達も骨を折った甲斐が有るというものだ。
願わくば、私の娘と彼の道行に幸多からんことを。
「少し遅くなってしまったね。ここから一気に冷える。早く入ろうか」
「いや、ちょっと……裏庭借りてもいいか?」
「……別に構わないが……もうじき夕飯だ。遅れないようにね」
「あぁ」
と言って屋敷には入らず、そのままぐるっと回って裏手の方へ。
「いやさっむ」
コートの襟を立てて、髪を服の隙間に入れるがそれでも寒い。顔が全然隠れてねぇからな。あークソ、既に鼻が赤い気がする。風が強い。
『馬鹿か?とっとと家に入れよ』
「んー……ちょいと考え事を」
『何で外でやんだよ外で。部屋でやれ。体調崩すぞ』
「すぐ終わる。それに中だと、うっかり分からなくなりそうになる」
『何が』
「俺はどこまであの人達を頼っていいのか」
そう言って、中庭の冷たい土の上にどっかりと腰を下ろす。
俺の素性はアーネには話した。だがその家族には伝わっていない。
その上で本当にヒトではない俺が、どう彼らに関わっていいのか。
『なるほど?どうしたいんだ』
「出来るなら黙っておくのが吉。心情的にはバラしてしまいたいのが本音」
『なら黙っとけ。絶対に』
即座にシャルが答えた。
『お前のその発想は甘い。控えめに言っても最悪一歩手前の考えだ。《勇者》の存在を知られるってのは思ってるより反発される』
「何でだ?」
『さぁ?俺は《勇者》だったから知らんが、バケモノと言われたことはかなりあった。まぁ、ヒトの形してヒトじゃないってのは魔族や機人に近いからな。嫌悪感は強いだろう。それを超えて接してくる輩もいるかもしれないが、まぁ俺は見た事ないな』
なるほど、理解出来る。納得はあまり出来ないが。
『それに考えられる一番の最悪は、《勇者》の名を知ったヒトが《勇者》の名を信仰する事だ』
「……?、それってどういう事だ?」
『神は祈り、信仰を得て力を増す。教会の教えもそうだが、それより効率がいいのが自分の分身に祈りを捧げられることだ』
「……あぁつまり、グルーマルが嫌がるのか」
『察しが良くて助かる』
今マトモにヒトの神をしているのが、困ったことにグルーマルだけ。《勇者》の元となったヴェナムは文字通り元になったので居らず、システナは何故かちんちくりんになってこちらの世界に落とされた。
この状況だとグルーマルが信仰を独占しているのは想像にかたくない。正直、民主の《聖女》への祈りはシステナに行っていないようだし、この辺はよく分からないが、恐らく教会に属する《聖女》を通じているので三神を信仰しているという扱いにしてグルーマルが総取りしているのでは無いかという予想を前にシャルがしていた。
だが《勇者》は?
俺もアイツも決して表に出ず、どちらも教会と関わりはあるが《聖女》ほど密ではない。
もしかしたら、《勇者》の名が広がり、それを信じる心があるなら、その祈りはグルーマルではなく、居ないはずの神ヴェナムへと集約されるのでは無いか。
可能性に可能性を重ねる推論でしかないが、もしそうなれば、ヒトの祈りが神を創る。
他の神を蹴落として胡座をかいているような神が、それを良しとするか。絶対にしないだろう。
だからヒトの名声は広まっても構わないが、《勇者》の名声はあってはならない。故に口を閉ざせとシャルは言っているのだ。
『一人ぐらいならまぁ問題ない。《聖女》はもう完全に特殊ユニットだからヒトじゃない。もう数人ぐらいなら知ってても良いだろうが、相手は神だ。ニコラス達がどれだけ口が固かろうと、何かの拍子にバレかねん』
「となると、そもそも話さない方がいいのか」
『実際は《勇者》の血が入ってる俺の娘やその血族は若干怪しいところがあるが、少なくともニコラスは完全にヒトだ。信頼が信仰になったりすると不味い。一人ぐらいならまぁいいと言えばいいんだが、完全にヒトという事は《王》の影響下にあるという事だ』
「──!!」
それはつまり、《王》がやろうと思えばニコラスが簡単に消されるということだ。
暗殺や魔獣の襲撃等ならまだ防ぎようがあるかもしれないが、《王》の能力によって直に消されるような事になれば、どうあっても絶対に防げない。
「……わかった。アーネにも言っとく」
『それが良い。さて、そろそろ戻ろうぜ。寒さを感じない俺ですら震えそうだ』
言われてから一気に身体が冷えたような気がする。背筋をぶるりと震わせてから立ち上がると、既に辺りは真っ暗。時間はそんなに経っていないはずだが、うっかりするとすぐこうなる。
とはいえ時間的には丁度夕食の時間と言った所だろう。計ってはいないが多分五分十分経ったかどうかだろうし。
「さむさむ、こういう時に暖かい飯に与れるってのは助かるな」
と言いつつ、これだと完全に好意に甘えてタダ飯を食らうクソ野郎だなと我ながら思う。彼らに何か返せると良いんだが、俺に何が出来るのだろうか。
金属製のドアノブを髪で開け、家の中に入る。
流石に外とは違い、玄関からほのかに暖かい。風もないし、人がいるだけで生まれる熱が家を心地よく暖めている。
「お帰りなさいませレィア様。コートをお預かりします」
「悪いなモーリスさん。頼むわ」
玄関で待っていたモーリスさんに黒のコートを渡し、ついでに時間を聞くと丁度夕飯時。
特別荷物もないし、このまま食卓へ直行で良いな。
「ん、いい匂いだな」
凍えきった鼻が夕食の匂いを嗅ぎ分ける。料理名などはこれっぽっちも分からないが、肉と魚の焼けた匂い程度ならよく分かる。
しかし魚か。すぐにダメになるから、食卓に並ぶのはそれなりに珍しいらしいんだよな。海のある北側の都市だから全く並ばない訳では無いし、何度か見てもいるが。
「悪い、今戻っ──」
「「「「ハッピーバースデー!レィア!!」」」」
俺が扉を開き、中に入った瞬間。そんな声と共に、大きな音と紙吹雪が飛ぶ。
「──?」
部屋はいつもと変わりは無い。ただ違うのは、アーネとその家族が、小さな円錐状の何かを持っていること。
紙吹雪と火薬の匂い。そう言えば初めてこの家に来た時もこれがあった。たしか名前はクラッカーだったか。
何かを祝う時に鳴らすそれが、俺の入室とともに鳴らされた理由が全く理解出来ず、俺は首を傾げる。
とりあえず先程の言葉を思い出しながら、少しばかり気恥しそうな顔をした少女に「何コレ?」と視線を向ける。
「誕生日ですわ。おめでとうですの、レィア」
「たんじょうび?」
なんの事……って言うか何それ。
そんな俺の顔を見ていたのかどうか分からないが、シャルが補足してくれた。
『……一般的に言えば、一年のうちで生まれた日の事だな。文字通りの意味で誕生した日』
「へぇ……で、俺が生まれた日って今日なの?」
『いや知らん』「そういう事にしましたの!」
シャルとアーネの言葉が綺麗に重なる。
「前に冬に生まれたと言ってましたわよね?でも、いつ生まれたか正確にはわからないとも言ってましたわね?」
「言ったっけ?言ったかもなぁ」
なんの拍子に言ったかは分からないが、ポロッと言ったかもしれん。大したことじゃないが。
ナナキの記憶を漁ると、クソ寒い朝の日に見つけられたらしいし。
「だったら、今日この日、この瞬間が貴方の誕生日ですわ」
「???、はい」
ってことは俺今日から一歳ってこと?いや多分違うよな。
「アーネ、レィア君が混乱してるだろう。レィア君、誕生日が何かは分かるだろう?」
ニコラスの言葉に頷く。
「あぁ。そのまんまの意味で、そいつが生まれた日だろ?」
つい数秒前にシャルから聞かされた言葉の意味をそのまま答える。
その俺の言葉に、ニコラスは目の端を僅かばかりピクリと動かした。
「そうかい。正解だけど、それじゃ足りないな。誕生日っていうのは、そのことに対しての感謝とお祝いも兼ねてるんだ。一年間生きれました、ありがとう、おめでとう、ってね」
へぇ。聖女サマの生誕祭とかそんな感じの奴の規模が小さめの奴か。
「それで、アーネから聞いた所によると、君の家族はそういうのに疎いと聞いてね。誕生日の日にちすらあやふやだと。だったらいっそ、今日を誕生日にしてしまおうかと話して決めたのだよ」
「なるほど」
「そういう事ですわ。ほら、こっちに来て座って」
アーネが俺の手を取り、一瞬驚いたような顔をする。恐らく、俺の手が思ったより冷たくて驚いたのだろう。ついさっきまで外にいたせいで、まだ末端が温まりきっていないのだ。
アーネに手を引かれ、いつもならニコラスが座っている席へと連れていかれる。今日はここに座れということなのだろう。
そこからざっくり二時間程夕食の時間。いつもよりずっと長かったが、実際はもっと短く感じた。
やってた事は飯食って色々と雑談をして笑ってと、大していつもと変わらなかったのだが、不思議と飽きなかった。
本当に、いい人達だなと思いつつ、今日はぐっすりと寝た。
── ── ── ── ──
エルストイから、アーネの部屋からレィア君が出てきたという話を聞いた時、私の中では二つの心情が渦巻いていた。
一つは納得にも似た腑に落ちた感情。もしもアーネが今誰かを慕っているとするなら、間違いなく彼だろうと思っていた。
もう一つは怒り、あるいは喪失による焦り。私のアーネが、ただの小僧に取られそうになっているという事対し、そんな感情を抱いた。
正直私としては、アーネがどんな相手を選ぼうと概ね祝福するつもりだった。勿論レィア君も同じだ。何なら何度も家に泊めるぐらいには信頼出来ていた。
だが、いざその時が来たら、何とも言えない嫌悪感が腹の底から湧いてきた。
その結果があの底意地の悪い問答だ。あの時の私は恐らく、生まれて三本の指に入る程機嫌が悪かった。
だが、結果としてレィア君という人物がどういうものか、何となくだが理解出来たし、思ってもいなかったアーネの反応を見れて、親として嬉しく思えた。
あれから半年。私も色々と考え、悩み、自分の心を一つ一つ磨くように調べあげ、彼に対して嫉妬してしまったのだと理解し、飲み込んだ。
十五年以上一番に思っていた家族が、私以外に一番を見つけた。それが誇らしいと思えるようになるまで、比較的早かったのではないかと思う。
そして、丁度私の心の整理が終わった頃に、アーネから「今年の年末は帰れないかもしれない」というメッセージが来た時、私は全力でこちらへ帰って来るように言った。
アーネとは勿論、レィア君とももう一度話しておきたい。そう思ったからだ。
流石にそこまでメッセージに乗せて伝えはしなかったが、アーネは私の用意した馬車に乗って一度帰宅してくれたし、一緒にレィア君も来てくれた。去年の冬のことは少々想定外だったが、過ぎたことを今更どう言ってもあまり変わらない。それでも嘘はいけないとキツく言っておいたが。
その時に、アーネから今日の事を聞いた。
「あの人の誕生日をしようと思いますの」
彼の過酷な素性はアーネから聞いていた。
モーリスにどれだけ探らせても、聖学に来るほんの一週間ほど前に、突如プクナイムの外側から現れたという情報しか出て来なかった。それより前が一切分からないのだ。こんなにも情報が出ないと言うのは、何者かが隠蔽しているのでは無いかと疑うレベルで全く素性が掴めない。正直異常だ。
だからアーネの語る彼の半生を聞いて、私は嘘が含まれているのだと勝手に思っていた。
紅の森に住んでいた?育ての親はたった一人、周りに誰もいない状態で?魔獣をほぼ一人で撃退しつつ、それを十五年以上も?
信じられる訳が無い。どうやってだ。仕事柄、魔獣のことについては人一倍詳しいと自負している。その上で断言するが、結界の外から結界を破って侵入してくるような魔獣が毎日攻めてくるような所は英雄様でも居ないと絶対に持たない。
そう否定したかったが、否定できなかった。
何故ならアーネが信じていたから。彼女が信じられる、それに足る理由をアーネが目撃してきたからだろう。
だから私も信じざるを得なかった。
そして今になってアーネがレィア君の誕生日を祝いたいと言っている。
アーネの言う通り、レィア君の語った通りの半生なら、きっと彼は生きてくるだけで精一杯の世界にいたのだろう。
生きるために戦い、殺されないために殺し、余分なものを削ぎ落とし、鋭く研磨された名剣──否、魔剣。それが彼として形作られてきた。
皮肉にも、私が以前語ったヒトとモノなら、彼は間違いなくモノとして形作られてきた。それも人の意思で歪められて出来た歪なものなどではなく、環境によって無意識に出来上がった天然の魔剣。
娯楽は無く、祈りも無く、ならば当然祝われることもなかっただろう彼の生誕を、私の娘が人として祝おうと、愛そうとしている。
それがどれだけ覚悟がいる事か、私にはよく分かった。
「分かった。思い切りやろうか」
そう答えた時のアーネの顔。私はきっと一生忘れないだろう。
どうやら既にアーネは色々と考えていたらしく、すぐに屋敷の者全員に何をするか伝え、役割を割り振った。我が娘ながら、采配は非常に良かったと思う。
途中、デート中にトラブルでアーネが家に戻る事になり、思ったより早く戻ろうとしていたレィア君を私が引き止めるという誤算は発生したが、結果的に私としては彼の内面を知れて良かった。
彼と二人きりで話すのが慣れていなかったり、思っていたものよりずっと過酷なものが飛び出してきたりと私もまだまだ未熟だと認識し直したが。
どうも彼も私と以前話した内容が気になっていたらしい。あの時は自分でもかなり混乱していたが、あの時話した事に嘘はひとつも無い。彼が真剣に悩んでくれているのはそれだけ真面目で、自分でも気にしているのかもしれないな。
もしそうなら、彼は思った以上に人になろうとしている。周りと関わりを持ち、少しずつ変わってきたのか。あるいは、少しばかり親馬鹿が過ぎるかもしれないが、アーネが変えてきたのか。
いずれにしろ、彼をもうモノと言い切ることは出来ない。いや、あるいはもっと前からそうだったのかもしれないな。とっくの昔に、彼は変わり始めていたのかもしれない。
しかし、まさか誕生日を理解していないとは思っていなかった。いや、そう言うのはこちらの理解が足りていなかった証拠か。日にちの感覚が無い森の中、自分の歳が幾つかを覚えていただけ幸運だったと言えるだろう。
最初は戸惑っていた様子だったが、少しずつ馴染んできて、最後は屈託なく笑っていた。喜んでくれたのなら私達も骨を折った甲斐が有るというものだ。
願わくば、私の娘と彼の道行に幸多からんことを。
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