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本編
探し者と雷
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見つかんねぇ。
どこを探しても《雷光》を見たって奴どころか、心当たりがあるって奴すらいねぇ。
一度部屋に戻り、授業で同室のいない二人部屋に戻り、ベッドに寝転がる。
ばつの悪い顔をしながらウィルにもメッセージで聞いてみたが、彼も《雷光》がどこにいるか全く分からないらしい。
「結構長いこと居たんだろ。一緒に。なんか予想つかねぇの?」
『うーん……ごめんね。シオンとはあまり関わらないようにしてたから』
「……なんでだ?慕ってくれてたんだろ?」
『だからだよ。あくまで僕と彼女は主従の関係でなくてはならなかった。シラヌイの掟で結んだ関係でなければ、彼女は──』
「あん?どうした。急に黙って」
『いや、何でもない。とにかく僕も彼女のことを詳しく知らないんだ。ごめんね』
と言って、ウィルは一方的にメッセージを切った。
「……明らかになんかあるよな。アイツら」
『ま、今重要なのは《雷光》の居場所だ。いくらヒトが減ったからって、誰もアイツを見てねぇのは流石におかしいとなると──』
「隠れてるか、誰かが匿ってるか、な訳だ」
そう言うと、シャルが『よく出来ました』と言う。
「問題はどこに、あるいは誰が、だ。同じ答えかもしれんが」
少なくとも校舎の中は探し尽くした。寮の部屋──は、流石に全部調べるまではしていないが、《雷光》本人の部屋の他にも、ある程度顔を知ってる先輩達の部屋を訪ね、《雷光》の居場所を聞いてみたりはした。もっとも、アテは外れたのだが。
空き部屋は鍵が掛けられているし、その鍵は寮のオバチャンが持ってる。流石に盗みも強奪もするような奴ではないので、空き部屋という事はあるまい。
となると、最早残された場所は寮の誰かの部屋、ぐらいしかないのだが……いくらなんでも虱潰しに回るというのは論外。もし誰かが匿ってるなら、その行動が確実に悪手になる。もしかしたら手遅れかもしれないが、過ぎたことは仕方ない。
さて、どうするか。
『アレはどうだ?ほら、いつぞや使った、マキナをバラバラにして周囲を探るやつ』
「悪かねぇ。が、部屋の中に居ると仮定するなら、アレだと扉とか突破できないからな……平地とかだと便利なんだが」
マキナを細かくバラして飛ばし、索敵する事は出来る。また、それで敵を迎撃する事も可能だ。
だが、同時には流石に出来ないらしい。確かマキナのサイズが落ちると、それに合わせて頭脳の精度も下がるんだったか。言ってしまえばバカになるし、加減も難しくなるそうだ。
戦闘でマキナをバラして使う時の精度は高いが、アレは狭い範囲に絞っているから。今回みたいに広い範囲で使うなら精々が探索でしか使えない。
『こう、液体みたいになって隙間から入れんのか?形は自在だろ?』
「液体は難易度が高いからな。一塊になってないと無理だったはず。だな?」
「分裂しての液体変化についてなら不可能です。申し訳ありません」
「いや、別に謝る必要は無いが……」
とまぁそういう具合。
さて困った。どうしようか。せめて何か手がかりでもあればいいんだが。
『あ、そうだ。アイツに聞けよ。《剣姫》』
「あ?なん──そういや見てねぇな」
確かに今日見てはいないが、別段《剣姫》を探していた訳では無いし、彼女と会う方が稀だったので、《剣姫》と会えていなかったのは全く気にもしてなかったが。
と言うか、最近全く見ていなかったので、《剣姫》から話を聞くという選択肢自体が抜けていた。
「居るかね。《剣姫》にメッセージだ」
「わかりました」
と言ってマキナがしばし黙る。
『あれぇ……?レイくん……?どうしたのぉ……?』
「お、久しぶりだな。元気か?」
正直繋がると思っていなかったので、そんな無難な言葉が出る。
『うーん……まぁそうだねぇ……そこそこぉ……かなぁ……?』
「そうか……早速本題に入っていいか?」
いいよー、と返事が返ってきたのを確認して、今朝の一件を、ウィルのことは伏せつつ伝える。
「てな訳で、《雷光》の居場所、知らねぇ?」
『知らないよぉ……私最近……ずっと下にいるしぃ……』
「下?」
と言ってからその意味に気づく。研究所か。
「ラピュセに呼ばれたか?」
『ん~……大体そんな感じぃ……。そうだ、今度また来てよぉ……例の戦技、私も見たいんだぁ……』
「ありゃ俺の切り札だぞ。そう易々と見せるか」
『代わりにぃ……《雷光》の居場所、探して教えてあげるからぁ……』
「え、そんなこと出来んの?」
『出来るよぉ……厳密には《雷光》の学生証とか制服の場所だけどねぇ……』
言われてみればの話だが、学校から支給されたこの二つの不思議で便利なアイテムがどこで作られているのか、と考えれば、答えはひとつしかあるまい。
その上で発信機の一つや二つ、ついていてもおかしくは無いだろう。
「……嫌ーなこと聞いちまったなぁ」
いや、寧ろされていない方がおかしいか。
『で、どうするのぉ……?』
「……背に腹は変えられん。その話、乗った」
『うーんと、ねぇ……反応はぁ……彼女の部屋からだよぉ……』
そう言うと、俺が聞き返すより早く、《剣姫》はメッセージを切った。
「………。」
《雷光》は自室に居なかった。それは間違いない。
限界まで意識を集中させ、強化した俺の聴覚なら、壁の一枚向こうの音ぐらいなら聞き取れる。心音だって勿論だ。
それが聞こえていないと言うことは、そこに居ないという事。
あるいは──既に死んでいるという事。
「まさか」
そんなはずは無い。そう思いつつも、俺は急いで部屋を出た。
── ── ── ── ──
殺すと誓ったあの日から鍛錬を欠かさなかった事、そしてウィル様に見合う剣になるためという明確な目標を持った事。この二つのお陰か、私の剣は実家にいた時とは比べ物にならないほど良くなって行った。
けれど、悔しいことにあの女との実力差は全くと言っていい程埋まらなかった。
我がシラヌイの家には四つの型がある。
それぞれ《雷刀》、《雷薙》、《雷弓》、《雷斧》。そしてそれらを支える、大元の基礎にして一族秘伝、門外不出の《雷法》と呼ばれる技術。
十年近くかけて《雷法》を習得、完全に使いこなして初めてスタートライン。
そこから四つの型のどれか一つを極め、十年二十年と掛けて鍛錬を積む。
奥義と呼ばれる技を会得して初めて一人前と言われ、二つ奥義を獲得すれば誰もが認める当主となれる。
そう言う家であの女は。
十五歳で全ての型を完全に極め、《至雷》という最高の名誉とされる名を得た正真正銘の天才──否、化物なのだから。
だからこその余裕だろう。あの女は私を歯牙にもかけず、学校や寮で会っても当たり前のように挨拶をし、にこやかに接してくる。
こちらがいくら殺そうとしても、その動作に移る前にやんわりと動きを押さえられたり、視線で制されたりと、全く隙がない。
──先輩は今、この学校で一番強い二つ名持ちだからね。超える壁としての目標は相当高いよ。
主と認めた方はそう言った。
だが、無理とは絶対に言わなかった。
──僕も、あの先輩の背中を超えたいからね。
そう言った彼は、少し恥ずかしそうに頬をかく。
私の思いと彼の純粋な心とは少し齟齬があったが、あの女が超えるべき壁という点では同じようで、それが少し嬉しかった。
そうしながらも時は流れ、初めて彼と会い、あの女とも因縁の再会をした日から一年近く経った。
あの女がもうじきに卒業してしまう。
だと言うのに、私の刀はまだ一度もあの女に触れていなかった。
── ── ── ── ──
一直線に《雷光》の部屋へと向かって走り、ドアの前で耳を澄ます。
「聞こえるか?」
『いや……』「いいえ」
シャルもマキナも聞こえないと言う。なら気の所為じゃない。
『どうする、破るか』
「それは最終手段。行けマキナ」
「承知しました」
と言ってマキナを放ると、床に落ちた瞬間に姿を崩して液状に。そのまま扉の隙間から中へと入っていく。先程言っていた液体への形状変化だ。
『……本当になんでもアリだな』
シャルが呟くのと同時に扉のロックが解除され、キィ、と開く。
「中は?」
「荒らされた形跡はありません。ですが……やはりシオン・シラヌイ様の姿もありません」
逃げたのか。この場合は逃げたと言うより、単に奴の移動と俺達の追跡が噛み合わなかったという方が近い気がするが。
いや、あるいは……
「アイツ……嘘をついたのか?」
正直、《剣姫》がこんな嘘をつく意味が分からない。だが、事実として《雷光》の姿はない。
溜息をつきつつ、ぐるりと部屋を見渡す。
質素だが、貧相ではない程度に整えられた部屋。生活感がやたらと薄い。
ゴミも無ければ荷物も無い。寝て起きるだけの部屋、そんな印象を一番最初に受けた。
そして、数少ない家具であるベッドも綺麗でシーツにシワひとつない。
そこまで見て、もしかしたら昨晩から帰っていないのかもしれないということに気づく。やたらと部屋が綺麗なままだ。
やっぱり嘘を?そう思いかけるが、逆に考えてみる。
《剣姫》が嘘を言っておらず、《雷光》がここにいる可能性。
だがそれは当然ながら即座に否定される。《雷光》がこの場にいないという事は覆らない事実。
ならば俺の足音に気づいて逃げた?
それも少しどうか。シワひとつないベッドや鍵のかかった窓を見るに、先程までいた形跡すらない。
では《剣姫》が間違えたのか。
可能性は高い。だが、それも正しくはないだろう。
「マキナ、あったか?」
「見つかりません」
「そうか……」
探しているのは《雷光》の学生証と制服。それを探知したのなら、この場に無いとおかしい。
なら奴は何を探知したのか。
「………。」
固まった俺の思考を外から破壊したのは、シャルの言葉だった。
『なら、上か下かだな』
「……あ?」
意味がわからず雑に聞き返すと、シャルが丁寧に答えた。
『探知系の魔法は大体の場合、地図とか……この場合は寮の見取り図か?ともかく、そういうモノの上に出す。全てを丸々写すような魔法は相当稀有だし、必要な触媒も馬鹿にならんぐらいレアな物になる。今回のはそんな大掛かりなことしてる訳ないから、多分簡単に真上から反応を探っただけだろうな』
「……えーっと、つまり?」
『この寮を真上から見た状態で、丁度《雷光》の部屋の辺りに反応があったんだろ。だからこの部屋の真上か真下あたりに居るはずだ。心当たりは?』
そう言われて少し考える。
下には何がある?
すぐ下には部屋が。しかし空き部屋だったはず。研究所は学校の方にしか無いため、寮の真下には何も無い。
なら上は?真上には特別何も──あぁ。
「屋上か?」
『勘づかれる前に行こうぜ』
同意だ。もしも《雷光》に本気で逃げられたら絶対に捕まえられない。雷をどうやって捕まえろって言うんだ。
と、思ってからふと気づく。
手足を縛ろうが、檻に入れようが、《雷体化》を使われた時点で逃げられるのでは?
「………。」
細かい事は後回しだ。とりあえず屋上へ向かおう。
── ── ── ── ──
あぁ、遠い。
最上級生の卒業に合わせて行う大乱戦。それが三日後まで迫っていた。
昔からそれなりに事故はあったらしいが、それでも無くならないこのイベント。これが私の最後のチャンス。
男子三日合わざれば云々という言葉があるが、女でも一年もあれば大きく変わる。一年前とは比較にならないほど技が冴え、立ち回りが変わり、動きが洗練された。
にも関わらず、あの女に勝てる気がまるでしない。
この一年、話の流れで何度か手合わせすることになった我が主。その彼が未だに一度も勝てていない相手がシデン・シラヌイ。
今の私では、主であるウィル様にすら十回やって二、三回勝てるかどうか。
雷刀の奥義まであと少し。一年かけて、ようやく掴みかけた。
逆に言うなら、まだ私は奥義に達していない。
その不安が、重責が、決意が、信念が、私に強くのしかかる。
その事に耐えきれず、私の腹の底から熱を持ってそれらが口から出た。
口と床を汚し、けれど吐くものはもう何も無い。胃液と血が少し混じった液体からとっとと目を背ける。ここ数日でもう見飽きた光景だ。
口元を拭って、視線を上に向ければそれだけで空が見える。
夜明け前。つい先程まで、星が散りばめられた夜空だった空が、星の明かりを弱め、薄らと白くなり始めた美しい夜明け色の空。
最悪の気分だが、これを見れば少しは気が晴れる。シラヌイの者としては、晴れるよりも降っていた方がいいし、雷があれば尚良いのだが。
──雷、か。
私の身に宿ったスキル《雷体化》。それを見た父は涙を流して喜んだ。この家にここまで望まれたスキルがあろうかと。
当時姉は身体が弱く、床に伏せがちだった。武術をするにはあまりに貧弱で、次期当主はどうしたものかと悩んでいたところに私が生まれたらしい。
二人続けての女児。父は初め難色を示したが、スキルの事もあり、熱心に《雷刀》を教えた。
どうやら刀の才能はあったらしく、天才と呼ばれ、持て囃されていたのを覚えている。
そしてその二年後、私に失望し、姉の指導に力を入れるようになった。
その頃には姉の病弱だった身体はすっかり治り、あっさりと私を追い抜いて上達して行った。
私は天才だったかもしれないが、姉はそれを優に上回る才能の持ち主だった。ただそれだけだ。
──シオンちゃんはもうやらんでええで。
姉が《雷刀》を学び始めて半年後に、私と初めて手合わせし、終わった後に言った言葉。彼女のその言葉と、「拍子抜け」と言わんばかりの表情が、私の心を打ちのめした。
あの日は、太陽の光すら届かない程厚い雲が、空を覆っていたのを覚えている。
それからずっと、勝てたことは無い。
それでも勝たなくてはならない。殺さなくてはならない。
でなければまた父に見捨てられる。
そしてきっと、主にも失望される。
だから極め、超えなくてはならない。
残り二日であの女を。
── ── ── ── ──
「発見しました。位置的に丁度シオン・シラヌイ様の自室の真上です」
一度自室に戻り、そこから壁を登って屋上へ。登りきってしまう前にマキナを先に飛ばし、様子を見てこさせたところだ。
そんな七面倒臭い事をした理由は単純。俺の記憶が合っていれば、《雷光》の部屋の真上は丁度屋上への出入口のすぐ側だからだ。
「どうしますか。今の所、座ってうずくまっているようですが」
今のうちに距離を詰めるか。それとももう少し様子を見て──
「誰だ。そこにいるのは」
「───。」
『おい、バレてんぞ』
「マスター。シオン様が立ち上がり、剣に手を」
マジかよ。
「《雷刀──》」
マジか!?
慌てて飛び出し、状況を確認。
刀に手を添えた《雷光》。構えは低い。そして身体に纏う燐光は黄色。
戦技が来る。
「しくじった」
判断を間違えた。回避も防御も間に合わない。壁になるような物もない。これならいっそ隠れていた方が幾分マシだったか。
「《──一閃》」
距離は一瞬で詰められ、白刃が美しい弧を描いて俺の首を絶たんと迫る。
だが。
「ん?」
遅い。いや、勿論神速の一撃なのは間違いないが、いつもの《雷光》が放つ戦技はもっとずっと早い。端的に言うなら、技にキレが無い。
これぐらいなら間に合う。
マキナを纏った右手を刃と首の間に挟み、そのまま力の方向を滑らせて逸らす。
シャオン!!と音が響き、《雷光》の戦技が空を切り、そこで初めて俺と目が合った。
「!」
「よう。元気か?」
戦技の硬直。恐らくは相当繰り返した、馴染みのある戦技だったのだろう。しかし、それでも僅かに発生した硬直時間。その隙に、俺は《雷光》の刀を奪い、即座に髪で手に固定する。
「返せ!」
硬直の解けた《雷光》が、即座にスキルを使ってまで俺の手から刀を奪おうとする。
しかし、ガッチリと固定された刀は俺の手から離れない。
「何をっ!」
「そりゃこっちのセリフだ馬鹿。出会い頭に戦技放つな」
ふぅ、と溜息をつきながら、右手の刀を見て丁度いいとニヤリと笑う。
「な、何だ貴様」
「いや。丁度良かったと思ってな。話がしたかったんだ。お前とな。まぁ座れ」
この刀があるおかげで、《雷光》は逃げられない。自身の武器を放り出して逃げられないからな。運が良かった。
すると《雷光》は少し不服そうに眉を寄せる。しかしそれだけで何も言わず、俺の対面に黙って同じように座る。
「で、話とはなんだ」
「言わなきゃわからねぇか?テラーゴーストの件だ。手ぇ出すなって言ったろ」
そう言うと、《雷光》は動揺したように表情を険しくした。
「あれは……私の判断ミスだ。勝てると踏んだ」
「やらかした時の損害は考えなかったのか?」
「許容範囲内だと判断した」
「馬鹿が。奴で死人は出ないが、精神へのダメージってのは見えない分厄介だ。暗闇が怖いってビビるようになる奴も出る。あそこまでキレたらここに居着くかもな。どうするつもりだ」
「………。」
だんまりか。マジでこいつ一回ぶん殴ってやろうか。
最悪の場合、本当にテラーゴーストが居着き、それを倒すためにアーネ筆頭に魔法使い軍団が出動する羽目になるかもしれん。そうなれば、寮は運が良くても半壊。最悪更地になる。
そんでもって事態は相当悪い方向に転がった。ここまで来れば学校長も無視できないし、早急に討伐隊を組まれるだろう。それこそ、今アーネが呼び出されているかもしれない。
さて、どうしたもんか……
少し考え、ふと何の気なしに聞く。
「そういやお前、ほぼ魔法使えなかったよな。まさか他の魔法使いに倒してもらうつもりだったのか?」
少なくとも、戦闘でまともに使っている所を見たことがない。元々魔力の量もかなり少ないし、メッセージぐらいしか使っているのを見た事がない。
「いや、私が倒す。その算段はついていた」
「へぇ。どうやって?一応聞いてやるよ」
純剣士が奴を倒すのはまず不可能。俺みたいな反則もいいところの技を会得して初めてどうか、と言ったところか。
刀を寄越せと催促されたので、仕方なく渡す。ここで逃げるならその程度の奴だったと言うだけ。そう言う意味では信頼出来る。
《雷光》は静かに刀に手をやり、いつもの構えを取る。
一度大きく息を吸い、ゆっくり吐く。
「雷刀奥義──」
その後、屋上に雷が落ちた。
「──これならきっと、あの魔獣を倒すのに足りるだろう?」
「なるほどな。悪い、《雷光》。正直あんたを見くびってた。確かにこれなら倒せるだろう。だが、尚更分からないな。何故テラーゴーストを仕留め損ねた?」
そう聞くと、《雷光》は答えにくそうに少し視線を外したりする。
「いや、その実はだな」
こういう時、咄嗟に嘘をつけないというのは大変だな。それが彼女のいい所なのだが。
「昔、母に怖い幽霊の話を聞かされてな。ちょっとだけ、身がすくんでしまってな……それで、その、一手遅れた」
「………。」
『……大丈夫なのか?』
「テラーゴーストに呑み込まれたわけでは無い……んだよな?」
そう聞くと、《雷光》は首を縦に振る。
「なら問題は無い。下手したら今晩中に学校長が力ずくでテラーゴーストを処理する。そうなりゃ寮が半壊、あるいは消滅しかねん。どうする?《雷光》。最初で最後の名誉挽回のチャンスだ。今なら心強い囮もついてくるが」
その言葉に《雷光》は目を丸くした後、強く頷いた。
どこを探しても《雷光》を見たって奴どころか、心当たりがあるって奴すらいねぇ。
一度部屋に戻り、授業で同室のいない二人部屋に戻り、ベッドに寝転がる。
ばつの悪い顔をしながらウィルにもメッセージで聞いてみたが、彼も《雷光》がどこにいるか全く分からないらしい。
「結構長いこと居たんだろ。一緒に。なんか予想つかねぇの?」
『うーん……ごめんね。シオンとはあまり関わらないようにしてたから』
「……なんでだ?慕ってくれてたんだろ?」
『だからだよ。あくまで僕と彼女は主従の関係でなくてはならなかった。シラヌイの掟で結んだ関係でなければ、彼女は──』
「あん?どうした。急に黙って」
『いや、何でもない。とにかく僕も彼女のことを詳しく知らないんだ。ごめんね』
と言って、ウィルは一方的にメッセージを切った。
「……明らかになんかあるよな。アイツら」
『ま、今重要なのは《雷光》の居場所だ。いくらヒトが減ったからって、誰もアイツを見てねぇのは流石におかしいとなると──』
「隠れてるか、誰かが匿ってるか、な訳だ」
そう言うと、シャルが『よく出来ました』と言う。
「問題はどこに、あるいは誰が、だ。同じ答えかもしれんが」
少なくとも校舎の中は探し尽くした。寮の部屋──は、流石に全部調べるまではしていないが、《雷光》本人の部屋の他にも、ある程度顔を知ってる先輩達の部屋を訪ね、《雷光》の居場所を聞いてみたりはした。もっとも、アテは外れたのだが。
空き部屋は鍵が掛けられているし、その鍵は寮のオバチャンが持ってる。流石に盗みも強奪もするような奴ではないので、空き部屋という事はあるまい。
となると、最早残された場所は寮の誰かの部屋、ぐらいしかないのだが……いくらなんでも虱潰しに回るというのは論外。もし誰かが匿ってるなら、その行動が確実に悪手になる。もしかしたら手遅れかもしれないが、過ぎたことは仕方ない。
さて、どうするか。
『アレはどうだ?ほら、いつぞや使った、マキナをバラバラにして周囲を探るやつ』
「悪かねぇ。が、部屋の中に居ると仮定するなら、アレだと扉とか突破できないからな……平地とかだと便利なんだが」
マキナを細かくバラして飛ばし、索敵する事は出来る。また、それで敵を迎撃する事も可能だ。
だが、同時には流石に出来ないらしい。確かマキナのサイズが落ちると、それに合わせて頭脳の精度も下がるんだったか。言ってしまえばバカになるし、加減も難しくなるそうだ。
戦闘でマキナをバラして使う時の精度は高いが、アレは狭い範囲に絞っているから。今回みたいに広い範囲で使うなら精々が探索でしか使えない。
『こう、液体みたいになって隙間から入れんのか?形は自在だろ?』
「液体は難易度が高いからな。一塊になってないと無理だったはず。だな?」
「分裂しての液体変化についてなら不可能です。申し訳ありません」
「いや、別に謝る必要は無いが……」
とまぁそういう具合。
さて困った。どうしようか。せめて何か手がかりでもあればいいんだが。
『あ、そうだ。アイツに聞けよ。《剣姫》』
「あ?なん──そういや見てねぇな」
確かに今日見てはいないが、別段《剣姫》を探していた訳では無いし、彼女と会う方が稀だったので、《剣姫》と会えていなかったのは全く気にもしてなかったが。
と言うか、最近全く見ていなかったので、《剣姫》から話を聞くという選択肢自体が抜けていた。
「居るかね。《剣姫》にメッセージだ」
「わかりました」
と言ってマキナがしばし黙る。
『あれぇ……?レイくん……?どうしたのぉ……?』
「お、久しぶりだな。元気か?」
正直繋がると思っていなかったので、そんな無難な言葉が出る。
『うーん……まぁそうだねぇ……そこそこぉ……かなぁ……?』
「そうか……早速本題に入っていいか?」
いいよー、と返事が返ってきたのを確認して、今朝の一件を、ウィルのことは伏せつつ伝える。
「てな訳で、《雷光》の居場所、知らねぇ?」
『知らないよぉ……私最近……ずっと下にいるしぃ……』
「下?」
と言ってからその意味に気づく。研究所か。
「ラピュセに呼ばれたか?」
『ん~……大体そんな感じぃ……。そうだ、今度また来てよぉ……例の戦技、私も見たいんだぁ……』
「ありゃ俺の切り札だぞ。そう易々と見せるか」
『代わりにぃ……《雷光》の居場所、探して教えてあげるからぁ……』
「え、そんなこと出来んの?」
『出来るよぉ……厳密には《雷光》の学生証とか制服の場所だけどねぇ……』
言われてみればの話だが、学校から支給されたこの二つの不思議で便利なアイテムがどこで作られているのか、と考えれば、答えはひとつしかあるまい。
その上で発信機の一つや二つ、ついていてもおかしくは無いだろう。
「……嫌ーなこと聞いちまったなぁ」
いや、寧ろされていない方がおかしいか。
『で、どうするのぉ……?』
「……背に腹は変えられん。その話、乗った」
『うーんと、ねぇ……反応はぁ……彼女の部屋からだよぉ……』
そう言うと、俺が聞き返すより早く、《剣姫》はメッセージを切った。
「………。」
《雷光》は自室に居なかった。それは間違いない。
限界まで意識を集中させ、強化した俺の聴覚なら、壁の一枚向こうの音ぐらいなら聞き取れる。心音だって勿論だ。
それが聞こえていないと言うことは、そこに居ないという事。
あるいは──既に死んでいるという事。
「まさか」
そんなはずは無い。そう思いつつも、俺は急いで部屋を出た。
── ── ── ── ──
殺すと誓ったあの日から鍛錬を欠かさなかった事、そしてウィル様に見合う剣になるためという明確な目標を持った事。この二つのお陰か、私の剣は実家にいた時とは比べ物にならないほど良くなって行った。
けれど、悔しいことにあの女との実力差は全くと言っていい程埋まらなかった。
我がシラヌイの家には四つの型がある。
それぞれ《雷刀》、《雷薙》、《雷弓》、《雷斧》。そしてそれらを支える、大元の基礎にして一族秘伝、門外不出の《雷法》と呼ばれる技術。
十年近くかけて《雷法》を習得、完全に使いこなして初めてスタートライン。
そこから四つの型のどれか一つを極め、十年二十年と掛けて鍛錬を積む。
奥義と呼ばれる技を会得して初めて一人前と言われ、二つ奥義を獲得すれば誰もが認める当主となれる。
そう言う家であの女は。
十五歳で全ての型を完全に極め、《至雷》という最高の名誉とされる名を得た正真正銘の天才──否、化物なのだから。
だからこその余裕だろう。あの女は私を歯牙にもかけず、学校や寮で会っても当たり前のように挨拶をし、にこやかに接してくる。
こちらがいくら殺そうとしても、その動作に移る前にやんわりと動きを押さえられたり、視線で制されたりと、全く隙がない。
──先輩は今、この学校で一番強い二つ名持ちだからね。超える壁としての目標は相当高いよ。
主と認めた方はそう言った。
だが、無理とは絶対に言わなかった。
──僕も、あの先輩の背中を超えたいからね。
そう言った彼は、少し恥ずかしそうに頬をかく。
私の思いと彼の純粋な心とは少し齟齬があったが、あの女が超えるべき壁という点では同じようで、それが少し嬉しかった。
そうしながらも時は流れ、初めて彼と会い、あの女とも因縁の再会をした日から一年近く経った。
あの女がもうじきに卒業してしまう。
だと言うのに、私の刀はまだ一度もあの女に触れていなかった。
── ── ── ── ──
一直線に《雷光》の部屋へと向かって走り、ドアの前で耳を澄ます。
「聞こえるか?」
『いや……』「いいえ」
シャルもマキナも聞こえないと言う。なら気の所為じゃない。
『どうする、破るか』
「それは最終手段。行けマキナ」
「承知しました」
と言ってマキナを放ると、床に落ちた瞬間に姿を崩して液状に。そのまま扉の隙間から中へと入っていく。先程言っていた液体への形状変化だ。
『……本当になんでもアリだな』
シャルが呟くのと同時に扉のロックが解除され、キィ、と開く。
「中は?」
「荒らされた形跡はありません。ですが……やはりシオン・シラヌイ様の姿もありません」
逃げたのか。この場合は逃げたと言うより、単に奴の移動と俺達の追跡が噛み合わなかったという方が近い気がするが。
いや、あるいは……
「アイツ……嘘をついたのか?」
正直、《剣姫》がこんな嘘をつく意味が分からない。だが、事実として《雷光》の姿はない。
溜息をつきつつ、ぐるりと部屋を見渡す。
質素だが、貧相ではない程度に整えられた部屋。生活感がやたらと薄い。
ゴミも無ければ荷物も無い。寝て起きるだけの部屋、そんな印象を一番最初に受けた。
そして、数少ない家具であるベッドも綺麗でシーツにシワひとつない。
そこまで見て、もしかしたら昨晩から帰っていないのかもしれないということに気づく。やたらと部屋が綺麗なままだ。
やっぱり嘘を?そう思いかけるが、逆に考えてみる。
《剣姫》が嘘を言っておらず、《雷光》がここにいる可能性。
だがそれは当然ながら即座に否定される。《雷光》がこの場にいないという事は覆らない事実。
ならば俺の足音に気づいて逃げた?
それも少しどうか。シワひとつないベッドや鍵のかかった窓を見るに、先程までいた形跡すらない。
では《剣姫》が間違えたのか。
可能性は高い。だが、それも正しくはないだろう。
「マキナ、あったか?」
「見つかりません」
「そうか……」
探しているのは《雷光》の学生証と制服。それを探知したのなら、この場に無いとおかしい。
なら奴は何を探知したのか。
「………。」
固まった俺の思考を外から破壊したのは、シャルの言葉だった。
『なら、上か下かだな』
「……あ?」
意味がわからず雑に聞き返すと、シャルが丁寧に答えた。
『探知系の魔法は大体の場合、地図とか……この場合は寮の見取り図か?ともかく、そういうモノの上に出す。全てを丸々写すような魔法は相当稀有だし、必要な触媒も馬鹿にならんぐらいレアな物になる。今回のはそんな大掛かりなことしてる訳ないから、多分簡単に真上から反応を探っただけだろうな』
「……えーっと、つまり?」
『この寮を真上から見た状態で、丁度《雷光》の部屋の辺りに反応があったんだろ。だからこの部屋の真上か真下あたりに居るはずだ。心当たりは?』
そう言われて少し考える。
下には何がある?
すぐ下には部屋が。しかし空き部屋だったはず。研究所は学校の方にしか無いため、寮の真下には何も無い。
なら上は?真上には特別何も──あぁ。
「屋上か?」
『勘づかれる前に行こうぜ』
同意だ。もしも《雷光》に本気で逃げられたら絶対に捕まえられない。雷をどうやって捕まえろって言うんだ。
と、思ってからふと気づく。
手足を縛ろうが、檻に入れようが、《雷体化》を使われた時点で逃げられるのでは?
「………。」
細かい事は後回しだ。とりあえず屋上へ向かおう。
── ── ── ── ──
あぁ、遠い。
最上級生の卒業に合わせて行う大乱戦。それが三日後まで迫っていた。
昔からそれなりに事故はあったらしいが、それでも無くならないこのイベント。これが私の最後のチャンス。
男子三日合わざれば云々という言葉があるが、女でも一年もあれば大きく変わる。一年前とは比較にならないほど技が冴え、立ち回りが変わり、動きが洗練された。
にも関わらず、あの女に勝てる気がまるでしない。
この一年、話の流れで何度か手合わせすることになった我が主。その彼が未だに一度も勝てていない相手がシデン・シラヌイ。
今の私では、主であるウィル様にすら十回やって二、三回勝てるかどうか。
雷刀の奥義まであと少し。一年かけて、ようやく掴みかけた。
逆に言うなら、まだ私は奥義に達していない。
その不安が、重責が、決意が、信念が、私に強くのしかかる。
その事に耐えきれず、私の腹の底から熱を持ってそれらが口から出た。
口と床を汚し、けれど吐くものはもう何も無い。胃液と血が少し混じった液体からとっとと目を背ける。ここ数日でもう見飽きた光景だ。
口元を拭って、視線を上に向ければそれだけで空が見える。
夜明け前。つい先程まで、星が散りばめられた夜空だった空が、星の明かりを弱め、薄らと白くなり始めた美しい夜明け色の空。
最悪の気分だが、これを見れば少しは気が晴れる。シラヌイの者としては、晴れるよりも降っていた方がいいし、雷があれば尚良いのだが。
──雷、か。
私の身に宿ったスキル《雷体化》。それを見た父は涙を流して喜んだ。この家にここまで望まれたスキルがあろうかと。
当時姉は身体が弱く、床に伏せがちだった。武術をするにはあまりに貧弱で、次期当主はどうしたものかと悩んでいたところに私が生まれたらしい。
二人続けての女児。父は初め難色を示したが、スキルの事もあり、熱心に《雷刀》を教えた。
どうやら刀の才能はあったらしく、天才と呼ばれ、持て囃されていたのを覚えている。
そしてその二年後、私に失望し、姉の指導に力を入れるようになった。
その頃には姉の病弱だった身体はすっかり治り、あっさりと私を追い抜いて上達して行った。
私は天才だったかもしれないが、姉はそれを優に上回る才能の持ち主だった。ただそれだけだ。
──シオンちゃんはもうやらんでええで。
姉が《雷刀》を学び始めて半年後に、私と初めて手合わせし、終わった後に言った言葉。彼女のその言葉と、「拍子抜け」と言わんばかりの表情が、私の心を打ちのめした。
あの日は、太陽の光すら届かない程厚い雲が、空を覆っていたのを覚えている。
それからずっと、勝てたことは無い。
それでも勝たなくてはならない。殺さなくてはならない。
でなければまた父に見捨てられる。
そしてきっと、主にも失望される。
だから極め、超えなくてはならない。
残り二日であの女を。
── ── ── ── ──
「発見しました。位置的に丁度シオン・シラヌイ様の自室の真上です」
一度自室に戻り、そこから壁を登って屋上へ。登りきってしまう前にマキナを先に飛ばし、様子を見てこさせたところだ。
そんな七面倒臭い事をした理由は単純。俺の記憶が合っていれば、《雷光》の部屋の真上は丁度屋上への出入口のすぐ側だからだ。
「どうしますか。今の所、座ってうずくまっているようですが」
今のうちに距離を詰めるか。それとももう少し様子を見て──
「誰だ。そこにいるのは」
「───。」
『おい、バレてんぞ』
「マスター。シオン様が立ち上がり、剣に手を」
マジかよ。
「《雷刀──》」
マジか!?
慌てて飛び出し、状況を確認。
刀に手を添えた《雷光》。構えは低い。そして身体に纏う燐光は黄色。
戦技が来る。
「しくじった」
判断を間違えた。回避も防御も間に合わない。壁になるような物もない。これならいっそ隠れていた方が幾分マシだったか。
「《──一閃》」
距離は一瞬で詰められ、白刃が美しい弧を描いて俺の首を絶たんと迫る。
だが。
「ん?」
遅い。いや、勿論神速の一撃なのは間違いないが、いつもの《雷光》が放つ戦技はもっとずっと早い。端的に言うなら、技にキレが無い。
これぐらいなら間に合う。
マキナを纏った右手を刃と首の間に挟み、そのまま力の方向を滑らせて逸らす。
シャオン!!と音が響き、《雷光》の戦技が空を切り、そこで初めて俺と目が合った。
「!」
「よう。元気か?」
戦技の硬直。恐らくは相当繰り返した、馴染みのある戦技だったのだろう。しかし、それでも僅かに発生した硬直時間。その隙に、俺は《雷光》の刀を奪い、即座に髪で手に固定する。
「返せ!」
硬直の解けた《雷光》が、即座にスキルを使ってまで俺の手から刀を奪おうとする。
しかし、ガッチリと固定された刀は俺の手から離れない。
「何をっ!」
「そりゃこっちのセリフだ馬鹿。出会い頭に戦技放つな」
ふぅ、と溜息をつきながら、右手の刀を見て丁度いいとニヤリと笑う。
「な、何だ貴様」
「いや。丁度良かったと思ってな。話がしたかったんだ。お前とな。まぁ座れ」
この刀があるおかげで、《雷光》は逃げられない。自身の武器を放り出して逃げられないからな。運が良かった。
すると《雷光》は少し不服そうに眉を寄せる。しかしそれだけで何も言わず、俺の対面に黙って同じように座る。
「で、話とはなんだ」
「言わなきゃわからねぇか?テラーゴーストの件だ。手ぇ出すなって言ったろ」
そう言うと、《雷光》は動揺したように表情を険しくした。
「あれは……私の判断ミスだ。勝てると踏んだ」
「やらかした時の損害は考えなかったのか?」
「許容範囲内だと判断した」
「馬鹿が。奴で死人は出ないが、精神へのダメージってのは見えない分厄介だ。暗闇が怖いってビビるようになる奴も出る。あそこまでキレたらここに居着くかもな。どうするつもりだ」
「………。」
だんまりか。マジでこいつ一回ぶん殴ってやろうか。
最悪の場合、本当にテラーゴーストが居着き、それを倒すためにアーネ筆頭に魔法使い軍団が出動する羽目になるかもしれん。そうなれば、寮は運が良くても半壊。最悪更地になる。
そんでもって事態は相当悪い方向に転がった。ここまで来れば学校長も無視できないし、早急に討伐隊を組まれるだろう。それこそ、今アーネが呼び出されているかもしれない。
さて、どうしたもんか……
少し考え、ふと何の気なしに聞く。
「そういやお前、ほぼ魔法使えなかったよな。まさか他の魔法使いに倒してもらうつもりだったのか?」
少なくとも、戦闘でまともに使っている所を見たことがない。元々魔力の量もかなり少ないし、メッセージぐらいしか使っているのを見た事がない。
「いや、私が倒す。その算段はついていた」
「へぇ。どうやって?一応聞いてやるよ」
純剣士が奴を倒すのはまず不可能。俺みたいな反則もいいところの技を会得して初めてどうか、と言ったところか。
刀を寄越せと催促されたので、仕方なく渡す。ここで逃げるならその程度の奴だったと言うだけ。そう言う意味では信頼出来る。
《雷光》は静かに刀に手をやり、いつもの構えを取る。
一度大きく息を吸い、ゆっくり吐く。
「雷刀奥義──」
その後、屋上に雷が落ちた。
「──これならきっと、あの魔獣を倒すのに足りるだろう?」
「なるほどな。悪い、《雷光》。正直あんたを見くびってた。確かにこれなら倒せるだろう。だが、尚更分からないな。何故テラーゴーストを仕留め損ねた?」
そう聞くと、《雷光》は答えにくそうに少し視線を外したりする。
「いや、その実はだな」
こういう時、咄嗟に嘘をつけないというのは大変だな。それが彼女のいい所なのだが。
「昔、母に怖い幽霊の話を聞かされてな。ちょっとだけ、身がすくんでしまってな……それで、その、一手遅れた」
「………。」
『……大丈夫なのか?』
「テラーゴーストに呑み込まれたわけでは無い……んだよな?」
そう聞くと、《雷光》は首を縦に振る。
「なら問題は無い。下手したら今晩中に学校長が力ずくでテラーゴーストを処理する。そうなりゃ寮が半壊、あるいは消滅しかねん。どうする?《雷光》。最初で最後の名誉挽回のチャンスだ。今なら心強い囮もついてくるが」
その言葉に《雷光》は目を丸くした後、強く頷いた。
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