大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

剣技と冴え

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六日目の朝は、冷や水をぶっかけられる所から始まった。
いや、正確には、冷や水をぶっかけられる寸前に起き、そのままかけられたという方が正しいか。
「………。」
「なんじゃ、起きとったんか?」
「いや、今起きた」
昨日は確か……と思い出そうとして、手元を見る。
「ん」
金剣を握る右拳が、ガッチガチになるほど握り締められている。
まるで鍵でもかけられているかのように指が固まっているが、それを黙って丁寧に一本ずつ引き剥がしていく。
その様子を見たヴァルクスが、顎髭を擦りながら言う。
「随分と熱心じゃな。なにか掴めたか?」
「んあー……どうだろ。実は昨日、何やってたかよく覚えてねぇんだよな」
寝起きのぼんやりとした頭に昨晩の疲労がのしかかり、思考が巡らないまま、説明が面倒でそう嘘をついた。
「覚えとらん?それでは意味が無いじゃろ」
「そうなんだけどな。でもまぁ、何をしようとしてたかは覚えてる」
「ほう?」
「当たり前の事を、当たり前のように、だ」
そう答え、やっと自由になった手のひらをしげしげと眺める。
「なにかあったのか?」
「タコが少し増えただけだ。何もねぇよ」
ヒラヒラと手を振って立ち上がりつつ、金剣を仕舞う。
また修練所で剣を振ってそのまま寝たので、眠気覚ましも兼ねてシャワーを浴び、ベルと一緒に朝食を食べ、またここに戻る。
「なんと言うか……一晩で随分と落ち着いたな。レィア君」
戻ってきてヴァルクスが最初に言ったのは、そんな言葉だった。
「落ち着いた、か。まぁそうか。それでも多分、師匠にはまだ遠いけど」
そう言って、今日の始眼の練習用の中で比較的小さい、手のひらサイズの球体を拾い上げる。
カツカツ、と爪先で叩き、それが金属らしいことを確認した後、俺は小さく呟き、同時に手に力を込める。
「《始眼》」
その瞬間、まるで球体は柔らかいゼリーで出来ていたように握りつぶされる。
いや違う。五本の指、その全てがまるで刃物のように球体を切り裂いたのだ。
昨日は金属だと剣が必須だったのに。自分でやっておきながら、軽く引く。
これじゃあ、前まで言っていた前提の話とはまるで違うじゃないか。
「ほう」
「なるほどな」
でも調子はいい。
あの時──《魔王》と初めて会った時とも負けるとも劣らない感覚。
「一晩で、よくぞここまで研ぎ澄ましたな。どうやったんじゃ?」
「別に。特別なことは何もしてないさ。ただただ、模擬戦をしてただけだ」
「模擬戦……?誰と」
「アンタと。より正確に言えば、俺の想像したアンタと」
ただひたすらに、ただ愚直に。俺は剣を握り、この男を思い出し、その日の戦いを繰り返した。
あの時のヴァルクスならきっとこうした。あれが出来るならこれも出来ただろう。そうやって、実際と戦った時より拡張されたヴァルクスと、何十、何百、何千と繰り返し戦った。
そして、その中でのヴァルクスはありふれた真剣を持っていた。
彼の持つ剣が光を弾いて輝く度、俺の身体は削ぎ落とされ、次の瞬間には首が飛び、心臓を突かれ、頭をかち割られる。
想像の中の出来事だから問題ない?冗談じゃない。
想像の中だからこそ勝てる筈なのに、全く勝てなかった。
何度も何度も負けて、自分をすり減らして、研ぎ澄ます。
「どうも俺、追い込まれないと本気出せないタイプらしくって。だからひたすら戦って、頭ん中で何回も殺された」
現実で死ぬ程の危機に晒されてスイッチが入る。
それが今までの俺。
だから。
妄想で何十回、何百回と殺されて、無理矢理スイッチを入れた。
この男に勝てなければ不味い。そこまで自身を追い込んだ。
「ふむ、確かに悪い手段ではない。極短い時間で見るならな。じゃが、そのやり方はドーピングのようなものじゃ。もっとスマートに、常にその領域に足を踏み込んでおけ」
「そうか。善処する」
そう言って、俺は合図もなしに斬りかかった。
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